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第六章

第179話 ラーメン決起集会

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 慣れ親しんだ作業。包丁で目の前の食材を捌き、一気に鍋にぶち込んで煮込む。
 だが、煮込みを行うには時間がかかりすぎる。
 しかし、空気を掴めるようになった俺には、こんなことができる。

「ふわふわ圧力鍋」

 ほら、圧力鍋の完成だ。これでスープを煮込む時間が圧倒的に短くなる。
 まあ、店でこんな手段を使ったら先生には怒られるだろうけど、今は別だ。
 時間もないんだし、食材もありあわせだし、むしろ上出来だろ。

「ほらよ、とんこつコッテリ一丁」

 陣営の火と鍋と食材を提供してもらい、ニコニコしながら椅子に座って待っているフォルナの目の前に差し出した。
 戦の前の食事だ。他の連中はパンとかスープとか腹にかき込んで、幹部の連中は少し豪華なものを各自の天幕で取ってるみたいだ。
 俺は誰も邪魔にならなそうな人通りの少ない端っこの方で簡易的なテーブルと椅子を置いて、フォルナを招いた。
 既に具体的な作戦会議は終わり、後は食事と、全体への号令だけとのことで、フォルナは即答で俺の誘いを頷き、今に至った。

「ああ、これですわ! じゅるるるるるるるるるるる、ん、これですわ! メルマさんの味ですわ!」

 おお、姫さまらしからぬ豪快な音。そして、五年ぶりだろうけど箸の使い方もうまいな。

「ああ~ヴェルトが、こんなに美味しく作れるようになっているなんて……初めて食べた時は、吐き出した記憶がありますわ」
「まだまださ、とても店に出せるレベルじゃねえよ」
「お店に出せるレベルではないのに、姫であるワタクシに出しているあたり、さすがはヴェルトですわね」

 フォルナは箸を止めない。途中でスープを飲んだり、香りを確かめたり、麺の食感を味わったりと、笑顔も絶やさない。
 なんか、本当に美味しそうに食べているのを見ると、俺も嬉しくなった。

「結構多めに作った。替え玉いくらでもいけるぜ? くっせー、ガルリックの匂いプンプンにして、鬼どもの顔をしかめさせてやれ」
「もう、ヴェルトってば、それではヴェルトとキスができないではないですの」
「安心しろ、俺はガルリックの匂いに慣れてるから、そんなキスぐらい平気だ」
「えっ……あ、あう……」
「なんだよ」
「だ、だだ、だって、ヴェルトがワタクシのそういう言葉をそういう風に返すんですもの……」

 このメシが終われば、フォルナは、光の十勇者の『金色の彗星』に戻ることになる。
 そして、人類の存亡を懸けた戦いに身を投じるわけだ。

「いいのか? こんなんで」
「これが最高なのですわ。この料理には……愛情という隠し味がコッテリ濃厚なのですわ♪ これで、ワタクシは無敵になりましたわ」
「別に~、隠してはいないんだけどな、くははははは」
「ぶっ、ヴェ、ヴェルト! もう~、それは卑怯ですわ! 反則ですわ! そうやってからかって……」

 そう、これが終わればフォルナは戦地へ向かう。
 でも、今は違う。今は、ただのフォルナだ。
 だから、この二人だけの時間を…………


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお、ヴェルトくううううううううううううううううううううん!」

  
 あら、来ちゃった。

「ガルバぶほうっ!」
「うおおお、ヴェルトくん! ヴェルトくん! ハウに聞いたときは、嘘かと思ったけど、ヴェルトくんがまさか来ていたとは!」

 な、内蔵が飛び出るかと思った。
 残存兵回収に向かってたガルバが、泣きながら猛ダッシュで俺に抱きつくという形でタックルしてきやがった。
 いや、ガルバだけじゃねえ。

「まったく、君は僕たちの救世主か何かかい?」
「まさか、本当に神族大陸にまで来てるとは思わなかったぜ」

 シャウト、バーツ。

「うまそうな匂いさせやがって! おい、俺らの分もあるんだろうな!」
「ヴェルトくん、もし良ければなんだけど、ギョウーザ作ってくれないかな? 僕、五年前から大ファンで」

 シップ、チェット。

「あのね、ヴェルトくん、私、チャーハン!」
「私はコッテリで攻めさせてもらうね」
「あ、あうぅ、あ、あっさりで……」

 サンヌ、ホーク、ペット。
 どいつもこいつも、短い間に一段とたくましくなってやがる。
 ハウに聞いて来たんだろうが、嬉しそうに来ては……って、

「って、俺は出張料理人じゃねーんだぞ!」
「あはははは、ヴェルト、じゃあ、僕にはチャーシューオマケしてくれるかな?」
「ガルリック大量に入れてくれ! 体力つけねーとな!」
「帝国では、姫様とイチャイチャしまくってたんだから、今は俺らの分も作ってくれねーとな」
「光栄だよね。僕たちのエルファーシア王国、未来の国王様に料理を作ってもらうなんて」
「私ね、将来自慢しよう!」
「あら、そうね、それなら頑張って勝たないとね!」
「うん、勝とう!」

 まったく、どいつもこいつも、仕方ねーな。

「あ~、フォルナ」
「うふふふ、構いませんわ。これはこれで、ワタクシ、とっても力になりますもの」

 本当は二人きりでもうちょい何かしてやっても良かったが、なんかフォルナもこれはこれで嬉しそうだ。
 まあ、そうなんだろうな。
 残念ながら、帝国での戦いで欠けちまった幼馴染は居る。
 でも、それでも俺たちはこうしてここに居る。
 俺たちは、今から戦争が始まるっていうのに、ガキの頃みたいにハシャイでいた。

「ふぎゅう、ふぐう、ふゅぎゅう」

 しかも、ガルバ全開で号泣してるし。てか、汚ねえよ。
 まったく……

「騒がしいね、ホント」
「よお、ハウ。オメーにも何か作ってやろうか?」
「はあ? あんたの? ………じゃあ、ツケメン」

 こいつ、サラッとメンドクセーことを………
 つうか、フォルナの分を作るだけだったのに……って何を、どんどん椅子とかテーブルとか食材運び込んでんだよ、オメーら。

「へへへ、出張トンコトゥラメーン屋だね。五年前には想像もできなかったけどね」
「ほんとだよな。よくわかんねー理由で神族大陸来てるしよ」
「まあ、来ちまったからには腹くくってもらうしかねえ。そのためには、俺たちの腹を満たしてもらわねえとな」
「ふふ、楽しみだな」
「でも、いいのかな? 私たちだけ。隊の先輩とか探してないかな?」
「大丈夫でしょ。ここに、エルファーシア王国の姫様と未来の国王様が居るんだから」
「ホーク。あんたって、たまにバカだね」

 は~、メンドくせえ。
 まあいいか、これぐらいしかできねーし、これぐらいなら。
 それに、何かこうやってるのも悪い気もしねーしな。
 俺たちはそうやって、何か同窓会的なことで盛り上がってた。

「あれ? シャウト、テメェ、なんか胸にキラキラしたものが」
「ああ、これかい? 帝国での戦いのあとに、すぐに神族大陸に派遣されて、一度敵軍の精鋭部隊と戦って手柄を立てて、勲章をもらったのさ」
「またかよ。オメーも随分と立派になったもんだな」
「いやいや、この程度、姫様や光の十勇者と比べればまだまだだよ」

 目に付いたシャウトの新しい勲章に話題を触れてみるが、それを誇っても見せびらかすような真似をしない。
 驕りもなく、まあ、本当に俺も見習ったほうがいいんだろうけどな。
 ただ、一つだけ、気になったのは……

「なあ、シャウト。お前さ……タイラー将軍と手紙とかやり取りしてねえのか?」
「パパとかい? いや、最近はあまり……どうしてだい?」
「いや、なんつーか……」

 やっぱ、こいつは知らねーんだろうな、ラブ・アンド・マニーのことや親父のことを。
 正直、話したほうがいいんだろうけど、今は言うべきじゃないんだろうな。

「それより、君は勲章どうしたんだい? 帝国で授与されただろ? 肌身離さず持ち歩いているのかい?」
「ん? あれ? そういえば……え~っと……」

 勲章……あれ? そういえば、あれどうしたっけ?
 確か、ポケットに入れたまま……あっ! そうだ! 天空世界で服ボロボロになって、全裸になって……


「あっ…………やべ、無くした」

「「「「「ぶふううううおおおおおおおおおおお!!」」」」」


 あ、全員鼻からラーメン吹き出した……

「き、君は一体、なんてことをしたんだい! まだ、そんなに日にちは経っていないのに、もう無くしたのかい?」
「なにしてくれてんだ、このバカ野郎!」
「おま、兵士じゃねえお前がもらえた、滅多にねえ勲章だろうが!」
「そ、それは、あんまりだよ、ヴェルトくん」
「私なんて貰ったこともないのに!」
「っていうか、それを貰うために死に物狂いで本当に死んだりする兵も居るのに……あなたって人は……」
「今のはさすがのワタクシでも卒倒しましたわ! ヴェルト、あなた、とんでもない隠し事してましたわね!」
「はっはっはっは、良いではないですか、姫様。いや~、さすがはヴェルトくんだ!」

 だって、あの日から起こったことが衝撃的なことばかりでそれどころじゃなかったんだよ。
 今俺が持ってんのは、僅かな金とジェーケー都市で撮ったプリクラと、昔鮫島とウラからもらった、指輪。これは無くしたらまずいから肌身離さずだな。
 とりあえず、エルジェラとコスモスの存在は、今はまだ秘密にしておこう……


「すごいわね。兵士でもない平民が皇帝から直々に勲章授与されたのに、アッサリ無くすなんて、帝国の面目丸つぶれね」


 その時、呆れたように笑いながら、陣営のこんな隅っこに、大物が現れた。

「アルーシャ! あなたまでどうしてここに?」
「ふふ、あさく……ヴェルトくんとあなたを探していてね。それよりも、ひどいわね、私に内緒でこんなこと」

 綾瀬と目でアイコンタクト。なんか、綾瀬もどこか嬉しそうだ。
 人類はこれほど追い詰められているのに、逆に追い詰められて開き直っているのか?

「さあ、私にはアッサリで、背脂も少なめでね。太っちゃうから」
「って、お前も食うのかよ」
「当たり前でしょ? 何年ぶりの、ラーメンだと思っているの?」

 綾瀬は、用事がなんだったのかも告げずに、当たり前のように狭い間隔の椅子に座って、この輪の中に入ってきやがった。
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