167 / 290
第六章
第163話 人間の怪物
しおりを挟む
それは、唐突だった。
「は~~~~~~~~~~~~~」
ママンことユーバメンシュからため息が漏れた。
「いいところだってのに、無粋ねん。でも、まだ、もう少し時間はあるけどん。一応、準備だけはしといたほうがいいかしらん?」
それが何の意味かは分からないが、俺たちにそれを気にしている余裕はなかった。
「三段突きドリブル」
「トランスフォーメーション・バグズアイ! 絶対に逃さな……ッ!?」
「ふふふ」
「うそでしょ!」
ソルシと対峙して昆虫のような瞳を見せる、クレラン。
聞いた話だと、トンボのような目になると、複眼で何万もの瞳で世界を見ることが出来るとか。
だが、どれほど視野を広げようと、究極の野生の速度には適わなかった。
「おっとー、クレランちゃんを抜いたソルシちゃんのシュート! でも、それは見えない壁が弾いたわん!」
弾いたわけじゃない。勝手に弾かれたんだ。案の定、俺にはクレランを抜き去った瞬間も、シュートフォームも見えなかった。
ただ、ソルシがクレランと対峙して、抜こうとしているところまでしか分からなかった。
いつの間に、クレランを抜き去り、シュートの態勢に入っていたかも分からなかった。
常時ゴール周辺に気流を集めていなければ、防げなかった。
「へえ、自分が意識していなくても、自動防御できるわけか。なかなか器用だね、ヴェルトくん。でも、甘いよ」
ボールは弾かれて宙を舞う。そこには、三人娘が飛び込んでいた。
「あの時の、借り! 死んでも返す!」
「船の上では相手にならなかっただよ」
「でも、三人揃った私たちなら勝てるの!」
ソルシと違う。動きは目で追える。
だが、なまじ追えてしまうのが問題だった。
「それ、パス!」
「ほっ!」
「それ!」
ボールが上下左右に行ったり来たり。三人はまるで分身しているかのように徐々にゴールに迫ってくる。
「出たー! フットサル界名物のパス回し! 三位一体のゴールデントリオ!」
ボールが行ったり来たりするたびに、首を動かし目を向け、しかし段々それも加速していく。
「ちっ、は、速すぎるぜ!」
さらに、パスの速度とともにボールの威力も増し、それが最大限に高まった瞬間、ジュウベイが空中から叩き込むようなボレーシュートを放つ。
「っ、ふわふわセービング! っ、だ、ダメだ、距離が短え!」
「なら、その弾かれたボールはもらうよ」
「げっ!」
反応が遅い。完全にいなしきれずに、ボールの威力が手に伝わり、ボールを取りこぼす。
だが、取りこぼしたボールと共に、俺の脇に目にも映らない速度でソルシが駆け抜けて後押しする。
「さあ、四点目だ。まさか、これで終わりかい? トンコトゥラメーン」
結果、俺たちは開始間もない時間帯で、既に四対ゼロと圧倒的な力差を見せられるという展開になっちまった。
「四点目~! すごいわん! 亜人界最高のプレーヤー、ソルシ・オウキ! 普段はファンタジスタとしての異名を持つ彼も、この試合では自らが切れ込む野性的なプレーを開放し、全開よん!」
「つか、もちっと頑張れよな、朝倉!」
うるせえよ。マジメにやってんだよ。
いや、クレランも、エルジェラも、ムサシも持てる能力を駆使して守ろうとしている。
だからこそ、これは見たまんまだ。
「ちっ、ツエーな」
差があるんだ。俺たちとこいつらでは実力差がありすぎる。
少なくとも、今日初めて組んでプレーする俺たちが間違っても奇跡を起こせるような相手じゃねえ。
「だが、ツエーけど、マジで恐ろしいのはそれだけじゃねえ」
「殿? どういうことでござる」
「あのな~、あいつらはサムライだぞ?」
そう、今はどういうわけかボールを蹴ってるが、普段は刀を脇に携帯している奴らだ。
「おやおや、もう諦めたのかい? もう少し、楽しませてもらえると思ったけどね。ねえ? 緋色のドラゴンスレイヤー?」
「テメェ」
「ふふ、でも君なら気づいているだろう? 相手に反応すらさせずに抜き去ること。もし、僕が剣を持っていたら、君たちは何回斬られていたかな?」
相手の本職は、あくまで剣士。もし、こいつと殺し合いをすることになったら?
俺たちは、気づかない間に、首をはねられていただろうな。
そして、守っては、トウシが居る。
「止めたー! クレランちゃんのミラージュシュートに惑わされることなく、その瞳で真実を見極め、強靭な腕一本でキャッチング! これはもう、勝負あったかしらん?」
ミブロウは守ることはしない。ゴレイロにトウシが居るから、その信頼で誰も守備に着こうとしない。
徹底的に攻撃にのみ専念し、俺たちをボッコボコにする気だ。
「きゃ~~、ソルシ様! トウシ様、マジサイコー!」
「大会後に、カップリングあるんしょ? 私、絶対ソルシ様書くし!」
「はあ? これだからミーハーは。トウシ様の寡黙さ、マジわかんないの?」
「う~、ゴールデントリオ、可愛すぎす!」
「へへ、いいぞー! 俺たちの仇だ! 人間どもを徹底的にブチのめせ!」
既に会場中全体かミブロウを後押ししている。
俺たちの応援は、ドラとコスモスだけ。
孤立無援の四面楚歌。
「ふう、まずいわね、弟くん。彼らは人間の知能と獣の野生を兼ね備えた亜人を、正に体現しているわ。ハッキリ言って、亜人としての完成度が、これまで出会った亜人とは桁違いよ。特に、あの二人はね」
「これが地上世界の生物。ゴールという獲物を狙う狩人の如き鋭さですね」
「演舞以外で、拙者も実戦で亜速をあそこまで使えぬでござる」
集まって話をしても出てくるのは打開策でも対抗策でもない、ただの賞賛だった。
それだけ俺たちも、ぐうの音が出ないほど圧倒されているというわけでもあるが。
「クソくだらねえ」
だが、それを一人だけ一蹴する奴が居た。
「いや、つってもよ~、お前だって、ソルシにボコスカ抜かれてんじゃねえかよ!」
「ファルガ、相手を認めることも重要よ? その上で作戦考えないと」
そうだ。俺たちはそれだけやられてるんだから。
だが、ファルガは鼻で笑った。
「そうだな。確かに、遊びや大道芸じゃ勝てねえことは理解した」
遊び。その一言は、盛り上がっていた会場を凍りつかせた。
「遊び? 僕たちは真剣に勝負をと思っていたけど、そんな負け惜しみを言うのかい?」
ソルシの言い方は、まるで、無様な言い訳をするなと言っているように見えた。
だが、ファルガは変わらない。
「なんだ? テメェらは、真剣勝負がしたかったのか?」
何を言っている? 誰もがそう思う中、ファルガがボールを脇に抱えたまま中央に向かって歩き出す。
「もし、真剣を持っていたら何回斬られた? 実際に持ってもいないと分かりきっている相手に、警戒もクソもねえ。テメェらこそ、何を勘違いしてやがる。俺がその気になったら、何回ぶっ殺されていたと思ってやがる?」
その言葉には、背筋に寒気が走るほどの圧迫感があった。
ファルガのどこにそれほどの自信が? 槍もないのに?
いや、だが、それでも分かるのが一つ。
ファルガは自惚れた強がりを言うような奴じゃないということを。
「だが、真剣勝負がお望みなら、見せてやるよ、クソども。真剣勝負ならぬ心剣勝負。俺流で言えば、真槍勝負ならぬ、心槍勝負をな」
ファルガの目がマジになった。
この目、見覚えがある。
シロムでイーサムと単独でやりあった時だ。
というより、俺はファルガが力を解放するところは見たことあっても、全力で戦う姿を見たことはねえ。
「あら~ん? 六対ゼロと圧倒的な点差でも、まだ抗う獣が一匹。ファルガちゃんがいよいよベールを脱ぐかしらん?」
興味深そうに身を乗り出す、ママン。どうやら、こいつも何かを感じ取ったみたいだな。
そう思うと、俺も少し楽しみになってきた。
ファルガが、何をしでかすか?
「いくぞ」
ファルガが、ドリブルで上がる。その先にいるソルシへ、真っ直ぐ。
「ふふ、きたまえ。何がどう変わったのかを…………っ!」
「ふん」
それは、なんのフェイントも高速のドリブルでもない。
ファルガはただ、ボールを蹴ったまま、ソルシの脇を通り過ぎた。
だが、ソルシは一歩も動いていない。茫然自失でその場に立ち尽くしていた。
「はあ? ちょっ、組長!」
「なにやってるだよ」
「っ、とにかくすぐ取り返すの!」
普段は守らない三人娘も、何かを感じ取ったのか、三人で急いでファルガを三方向から取り囲もうとした。
しかし、その時だった。
「へっぐ!」
「っ!」
「あっ……」
三人娘は何もしていない。
ファルガは何もしていない。
なのに、三人娘は、腰が抜けたかのようにストンとその場に落ちた。
「なっ!」
「ファルガ?」
「いっ、一体何が起こったでござる!」
味方の俺達ですら困惑している。
状況が状況じゃなきゃ、八百長していると言われてもおかしくないほど、唐突な出来事。
「こ、これほどとは…………ちょっと、想像以上ねん」
何が起こったか理解しているのは、ママン一人。
しかも、その口調はいつものような甘い声ではなく、僅かに恐れているような感じが伝わってきた。
「何が起こったか分からないが、自分が止める」
「やってみろ、クソ副長」
ファルガとトウシが一対一。
どうする気か? そう思ったとき、ファルガが寸前で止まった。
何があった? しかし、トウシも微動だにしない。
俺たちは何が起こったか分からず、しかし誰も手出しができず、その不動の睨み合いが数秒続いたと思ったら、ファルガがボールを軽く蹴り、それがそのままゴールに入った。
「ゴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーール!」
ママンの声と共に告げられるゴール。
しかし、今の状況、誰も何が起こっていたもわからないままで、会場全体が混乱した。
すると、そんな中……
「見事だ。ファルガ・エルアーシア」
「ふん。クソが……思いの他、てめーは想像以上だったがな。八十七回も俺の槍を素手で捌くやつが居たとはな」
両者をたたえ合う、ファルガとトウシ。
いや、マジで何がったの?
そう思ったとき、トウシが自身の右手を見た。
「空想上のやりとりだった。ファルガと対峙した瞬間、槍で突かれるイメージが頭の中で浮かび上がった。空想上とはいえ、自分は必死にその槍を回避していったが、八十八回目にして右腕が飛んだ」
はっ……?
「なめていたよ。僕も対峙した瞬間に、心臓を一突きされたイメージが頭の中にこびりついた」
ソルシが補足するように、苦笑しながらそう告げた。
さらに、腰を抜かした三人娘たちは、体をガタガタ震わせながら、泣きそうな声を漏らしていた。
「わ、私、く、首が、首が一瞬で飛ばされるイメージが……」
「ひ、ひとつきで、こ、殺されてただよ」
「い、一歩も動けなかったの」
おいおい、嘘だろ? そんなこと……
「達人が寸止めで拳を止めても。寸止めされた方は、その破壊力を脳裏で想像してしまうもの。もし寸止めされなければ、自分の頭はこんなふうに破壊されていただろうってねん」
「あ、ママン、それ、私も分かる。熱そうな鍋とか見ると、触っていないのに、火傷しそうとか思うじゃん」
「うん。でもね、ファルガちゃんのはそれを更に高めたもの。寸止めどころか、技を繰り出す前に、ファルガちゃんと対峙しただけでどのような攻撃が繰り出されて、そして殺されるのかがミブロウのメンバーには分かってしまったのよん。そして、あたかも一瞬自分が殺されたと錯覚した。まあ、トウシちゃんには時間がかかったみたいだけどねん」
解説されても意味不明だった。
いや、とりあえず内容はわかったが、理解はできねえ。
だって、そんなことが現実にありえるのか?
つまり、ファルガは対峙しただけで相手を殺したと思わせることができるってことだ。
「普通は達人同士のイメージトレーニングで取り入れるものだけどん、それをこの場でやるなんてねん。なるほどん、ファルガちゃんなりの心槍勝負。見せてもらったわん」
ついにベールを脱いだ、人間の怪物に、しばらく会場中が凍りついたままだった。
「は~~~~~~~~~~~~~」
ママンことユーバメンシュからため息が漏れた。
「いいところだってのに、無粋ねん。でも、まだ、もう少し時間はあるけどん。一応、準備だけはしといたほうがいいかしらん?」
それが何の意味かは分からないが、俺たちにそれを気にしている余裕はなかった。
「三段突きドリブル」
「トランスフォーメーション・バグズアイ! 絶対に逃さな……ッ!?」
「ふふふ」
「うそでしょ!」
ソルシと対峙して昆虫のような瞳を見せる、クレラン。
聞いた話だと、トンボのような目になると、複眼で何万もの瞳で世界を見ることが出来るとか。
だが、どれほど視野を広げようと、究極の野生の速度には適わなかった。
「おっとー、クレランちゃんを抜いたソルシちゃんのシュート! でも、それは見えない壁が弾いたわん!」
弾いたわけじゃない。勝手に弾かれたんだ。案の定、俺にはクレランを抜き去った瞬間も、シュートフォームも見えなかった。
ただ、ソルシがクレランと対峙して、抜こうとしているところまでしか分からなかった。
いつの間に、クレランを抜き去り、シュートの態勢に入っていたかも分からなかった。
常時ゴール周辺に気流を集めていなければ、防げなかった。
「へえ、自分が意識していなくても、自動防御できるわけか。なかなか器用だね、ヴェルトくん。でも、甘いよ」
ボールは弾かれて宙を舞う。そこには、三人娘が飛び込んでいた。
「あの時の、借り! 死んでも返す!」
「船の上では相手にならなかっただよ」
「でも、三人揃った私たちなら勝てるの!」
ソルシと違う。動きは目で追える。
だが、なまじ追えてしまうのが問題だった。
「それ、パス!」
「ほっ!」
「それ!」
ボールが上下左右に行ったり来たり。三人はまるで分身しているかのように徐々にゴールに迫ってくる。
「出たー! フットサル界名物のパス回し! 三位一体のゴールデントリオ!」
ボールが行ったり来たりするたびに、首を動かし目を向け、しかし段々それも加速していく。
「ちっ、は、速すぎるぜ!」
さらに、パスの速度とともにボールの威力も増し、それが最大限に高まった瞬間、ジュウベイが空中から叩き込むようなボレーシュートを放つ。
「っ、ふわふわセービング! っ、だ、ダメだ、距離が短え!」
「なら、その弾かれたボールはもらうよ」
「げっ!」
反応が遅い。完全にいなしきれずに、ボールの威力が手に伝わり、ボールを取りこぼす。
だが、取りこぼしたボールと共に、俺の脇に目にも映らない速度でソルシが駆け抜けて後押しする。
「さあ、四点目だ。まさか、これで終わりかい? トンコトゥラメーン」
結果、俺たちは開始間もない時間帯で、既に四対ゼロと圧倒的な力差を見せられるという展開になっちまった。
「四点目~! すごいわん! 亜人界最高のプレーヤー、ソルシ・オウキ! 普段はファンタジスタとしての異名を持つ彼も、この試合では自らが切れ込む野性的なプレーを開放し、全開よん!」
「つか、もちっと頑張れよな、朝倉!」
うるせえよ。マジメにやってんだよ。
いや、クレランも、エルジェラも、ムサシも持てる能力を駆使して守ろうとしている。
だからこそ、これは見たまんまだ。
「ちっ、ツエーな」
差があるんだ。俺たちとこいつらでは実力差がありすぎる。
少なくとも、今日初めて組んでプレーする俺たちが間違っても奇跡を起こせるような相手じゃねえ。
「だが、ツエーけど、マジで恐ろしいのはそれだけじゃねえ」
「殿? どういうことでござる」
「あのな~、あいつらはサムライだぞ?」
そう、今はどういうわけかボールを蹴ってるが、普段は刀を脇に携帯している奴らだ。
「おやおや、もう諦めたのかい? もう少し、楽しませてもらえると思ったけどね。ねえ? 緋色のドラゴンスレイヤー?」
「テメェ」
「ふふ、でも君なら気づいているだろう? 相手に反応すらさせずに抜き去ること。もし、僕が剣を持っていたら、君たちは何回斬られていたかな?」
相手の本職は、あくまで剣士。もし、こいつと殺し合いをすることになったら?
俺たちは、気づかない間に、首をはねられていただろうな。
そして、守っては、トウシが居る。
「止めたー! クレランちゃんのミラージュシュートに惑わされることなく、その瞳で真実を見極め、強靭な腕一本でキャッチング! これはもう、勝負あったかしらん?」
ミブロウは守ることはしない。ゴレイロにトウシが居るから、その信頼で誰も守備に着こうとしない。
徹底的に攻撃にのみ専念し、俺たちをボッコボコにする気だ。
「きゃ~~、ソルシ様! トウシ様、マジサイコー!」
「大会後に、カップリングあるんしょ? 私、絶対ソルシ様書くし!」
「はあ? これだからミーハーは。トウシ様の寡黙さ、マジわかんないの?」
「う~、ゴールデントリオ、可愛すぎす!」
「へへ、いいぞー! 俺たちの仇だ! 人間どもを徹底的にブチのめせ!」
既に会場中全体かミブロウを後押ししている。
俺たちの応援は、ドラとコスモスだけ。
孤立無援の四面楚歌。
「ふう、まずいわね、弟くん。彼らは人間の知能と獣の野生を兼ね備えた亜人を、正に体現しているわ。ハッキリ言って、亜人としての完成度が、これまで出会った亜人とは桁違いよ。特に、あの二人はね」
「これが地上世界の生物。ゴールという獲物を狙う狩人の如き鋭さですね」
「演舞以外で、拙者も実戦で亜速をあそこまで使えぬでござる」
集まって話をしても出てくるのは打開策でも対抗策でもない、ただの賞賛だった。
それだけ俺たちも、ぐうの音が出ないほど圧倒されているというわけでもあるが。
「クソくだらねえ」
だが、それを一人だけ一蹴する奴が居た。
「いや、つってもよ~、お前だって、ソルシにボコスカ抜かれてんじゃねえかよ!」
「ファルガ、相手を認めることも重要よ? その上で作戦考えないと」
そうだ。俺たちはそれだけやられてるんだから。
だが、ファルガは鼻で笑った。
「そうだな。確かに、遊びや大道芸じゃ勝てねえことは理解した」
遊び。その一言は、盛り上がっていた会場を凍りつかせた。
「遊び? 僕たちは真剣に勝負をと思っていたけど、そんな負け惜しみを言うのかい?」
ソルシの言い方は、まるで、無様な言い訳をするなと言っているように見えた。
だが、ファルガは変わらない。
「なんだ? テメェらは、真剣勝負がしたかったのか?」
何を言っている? 誰もがそう思う中、ファルガがボールを脇に抱えたまま中央に向かって歩き出す。
「もし、真剣を持っていたら何回斬られた? 実際に持ってもいないと分かりきっている相手に、警戒もクソもねえ。テメェらこそ、何を勘違いしてやがる。俺がその気になったら、何回ぶっ殺されていたと思ってやがる?」
その言葉には、背筋に寒気が走るほどの圧迫感があった。
ファルガのどこにそれほどの自信が? 槍もないのに?
いや、だが、それでも分かるのが一つ。
ファルガは自惚れた強がりを言うような奴じゃないということを。
「だが、真剣勝負がお望みなら、見せてやるよ、クソども。真剣勝負ならぬ心剣勝負。俺流で言えば、真槍勝負ならぬ、心槍勝負をな」
ファルガの目がマジになった。
この目、見覚えがある。
シロムでイーサムと単独でやりあった時だ。
というより、俺はファルガが力を解放するところは見たことあっても、全力で戦う姿を見たことはねえ。
「あら~ん? 六対ゼロと圧倒的な点差でも、まだ抗う獣が一匹。ファルガちゃんがいよいよベールを脱ぐかしらん?」
興味深そうに身を乗り出す、ママン。どうやら、こいつも何かを感じ取ったみたいだな。
そう思うと、俺も少し楽しみになってきた。
ファルガが、何をしでかすか?
「いくぞ」
ファルガが、ドリブルで上がる。その先にいるソルシへ、真っ直ぐ。
「ふふ、きたまえ。何がどう変わったのかを…………っ!」
「ふん」
それは、なんのフェイントも高速のドリブルでもない。
ファルガはただ、ボールを蹴ったまま、ソルシの脇を通り過ぎた。
だが、ソルシは一歩も動いていない。茫然自失でその場に立ち尽くしていた。
「はあ? ちょっ、組長!」
「なにやってるだよ」
「っ、とにかくすぐ取り返すの!」
普段は守らない三人娘も、何かを感じ取ったのか、三人で急いでファルガを三方向から取り囲もうとした。
しかし、その時だった。
「へっぐ!」
「っ!」
「あっ……」
三人娘は何もしていない。
ファルガは何もしていない。
なのに、三人娘は、腰が抜けたかのようにストンとその場に落ちた。
「なっ!」
「ファルガ?」
「いっ、一体何が起こったでござる!」
味方の俺達ですら困惑している。
状況が状況じゃなきゃ、八百長していると言われてもおかしくないほど、唐突な出来事。
「こ、これほどとは…………ちょっと、想像以上ねん」
何が起こったか理解しているのは、ママン一人。
しかも、その口調はいつものような甘い声ではなく、僅かに恐れているような感じが伝わってきた。
「何が起こったか分からないが、自分が止める」
「やってみろ、クソ副長」
ファルガとトウシが一対一。
どうする気か? そう思ったとき、ファルガが寸前で止まった。
何があった? しかし、トウシも微動だにしない。
俺たちは何が起こったか分からず、しかし誰も手出しができず、その不動の睨み合いが数秒続いたと思ったら、ファルガがボールを軽く蹴り、それがそのままゴールに入った。
「ゴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーール!」
ママンの声と共に告げられるゴール。
しかし、今の状況、誰も何が起こっていたもわからないままで、会場全体が混乱した。
すると、そんな中……
「見事だ。ファルガ・エルアーシア」
「ふん。クソが……思いの他、てめーは想像以上だったがな。八十七回も俺の槍を素手で捌くやつが居たとはな」
両者をたたえ合う、ファルガとトウシ。
いや、マジで何がったの?
そう思ったとき、トウシが自身の右手を見た。
「空想上のやりとりだった。ファルガと対峙した瞬間、槍で突かれるイメージが頭の中で浮かび上がった。空想上とはいえ、自分は必死にその槍を回避していったが、八十八回目にして右腕が飛んだ」
はっ……?
「なめていたよ。僕も対峙した瞬間に、心臓を一突きされたイメージが頭の中にこびりついた」
ソルシが補足するように、苦笑しながらそう告げた。
さらに、腰を抜かした三人娘たちは、体をガタガタ震わせながら、泣きそうな声を漏らしていた。
「わ、私、く、首が、首が一瞬で飛ばされるイメージが……」
「ひ、ひとつきで、こ、殺されてただよ」
「い、一歩も動けなかったの」
おいおい、嘘だろ? そんなこと……
「達人が寸止めで拳を止めても。寸止めされた方は、その破壊力を脳裏で想像してしまうもの。もし寸止めされなければ、自分の頭はこんなふうに破壊されていただろうってねん」
「あ、ママン、それ、私も分かる。熱そうな鍋とか見ると、触っていないのに、火傷しそうとか思うじゃん」
「うん。でもね、ファルガちゃんのはそれを更に高めたもの。寸止めどころか、技を繰り出す前に、ファルガちゃんと対峙しただけでどのような攻撃が繰り出されて、そして殺されるのかがミブロウのメンバーには分かってしまったのよん。そして、あたかも一瞬自分が殺されたと錯覚した。まあ、トウシちゃんには時間がかかったみたいだけどねん」
解説されても意味不明だった。
いや、とりあえず内容はわかったが、理解はできねえ。
だって、そんなことが現実にありえるのか?
つまり、ファルガは対峙しただけで相手を殺したと思わせることができるってことだ。
「普通は達人同士のイメージトレーニングで取り入れるものだけどん、それをこの場でやるなんてねん。なるほどん、ファルガちゃんなりの心槍勝負。見せてもらったわん」
ついにベールを脱いだ、人間の怪物に、しばらく会場中が凍りついたままだった。
0
お気に入りに追加
684
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


Hしてレベルアップ ~可愛い女の子とHして強くなれるなんて、この世は最高じゃないか~
トモ治太郎
ファンタジー
孤児院で育った少年ユキャール、この孤児院では15歳になると1人立ちしなければいけない。
旅立ちの朝に初めて夢精したユキャール。それが原因なのか『異性性交』と言うスキルを得る。『相手に精子を与えることでより多くの経験値を得る。』女性経験のないユキャールはまだこのスキルのすごさを知らなかった。
この日の為に準備してきたユキャール。しかし旅立つ直前、一緒に育った少女スピカが一緒にいくと言い出す。本来ならおいしい場面だが、スピカは何も準備していないので俺の負担は最初から2倍増だ。
こんな感じで2人で旅立ち、共に戦い、時にはHして強くなっていくお話しです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。
アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。
両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。
両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。
テッドには、妹が3人いる。
両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。
このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。
そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。
その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。
両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。
両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…
両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが…
母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。
今日も依頼をこなして、家に帰るんだ!
この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。
お楽しみくださいね!
HOTランキング20位になりました。
皆さん、有り難う御座います。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる