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第六章

第154話 炭酸

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 お互い微妙にディスったところで、黒姫様こと備山と話をすることになるわけだ。
 俺たちは二人並んで亜人たちの大注目を集めながら大通りを歩いていた。

「なあ、あの『イチサンキュウ』とかって、渋谷のか?」
「おう」
「あのハチコウは?」
「ハチ公」
「……ギャルアイテムは?」
「いや、あたしのマストアイテムだし、無けりゃ作りゃいいじゃんってことでやったら、広まった」

 お互い何から話をするべきか、何からツッコミを入れていいいのか、俺たちはまだ手探り状態のまま歩いていた。

「あんた加賀美をぶっ飛ばしたじゃん。それは分かってんの?」
「ああ」
「ふ~ん、まっ、あいつ、スゲー馬鹿だし」
「そういえば、お前らは再会してたんだっけ? お前にとってはどうだったんだ?」
「はっ? あたし? いや、もうあいつにはマジでついてけなかったし。世界壊しますとか、マジイミフだし」

 なるほど。加賀美は狂ってる。そういう基準で考えると、この女は割かしまともなのかもしれねえな。
 少なくとも、世界がどうとかブッ飛んだことをする気はなさそうだ。

「つかさ、あんた、マジで朝倉?」
「ああ」
「…………ふ~ん……つか、マジ変な感覚だよ。あたしらクラスの問題児が、エルフと英雄で再会とかさ」
「確かにな。まあ、俺も最近中二的なところが酷すぎて、英雄とかマジで勘弁して欲しいんだが。しかも、加賀美ぶっ倒した功績だし」
「いいんじゃね? あいつのジゴージトクっしょ」
「お前、意外にクールだな」
「いや、私は元々あいつ嫌いだし」

 摺合わせをしていく上で、いくつか感じたことがある。
 こいつは加賀美とは違って、狂ってない。
 だが、綾瀬や鮫島たちのように、染まっているわけでもねえ。
 だからと言って、宮本のように迷っているわけでもねえ。
 これはこれで、何とも良く分からんやつだと感じながら、俺たちは備山に案内されるままについていった。
 
「うう~、ヴェルト、何の話をしている」
「しかし、黒姫様ともお知り合いとは、殿はどれだけ交友関係があるでござるか?」
「ほ~んと、おとーとくんって顔広いね~」
「流石、ヴェルト様です」

 どこら辺が「流石」なのかは置いておいて、後ろで俺たちの様子を伺いながらついてくる、ウラたちはかなり気が気じゃない様子だ。
 さっきも思ったけど、そろそろ教えてやってもいいかな? 
 そう思いかけたとき、備山がある場所で立ち止まった。

「あい、ここ。今、あたしが住んでる家ね」

 それは、家というよりも酒場にしか見えないんだけど。
 いや、てか、飲食店だよな? 中には普通にテーブルとか椅子とか置かれて、飯食ってるし。
 まあ、結構広いな。カウンターもついてるし、お姫様が住んでる割には、一般的だな。
 なんか天井にはミラーボールとかついてるけど。


「「「「「お帰りなさいませ、お姫様」」」」


 いや、一般的から少しズレてる。
 なんか、カラフルなメイドたちが一斉にお辞儀してるし! 
 ギャルっぽくない普通の女? そして、俺たちの姿を見て、さらに……


「「「「「お帰りなさいませ、ご主人様」」」」」


 目が点になった俺たちに、微山が一言。

「昼はメイドレストラン。夜はクラブ。私が最初に始めた店がここ。『アルカディア』」

 理想郷の名のついた、実にポリシーもクソもない店に、俺はもはや何でもありだなと考えるのも面倒になった。

「お、おい、ヴェルト、なんなんだ、この店は。小娘のゴッコ遊びか?」
「メイドという割には、クソなっちゃいねえ」
「地上世界の女給は、随分とくだけた方たちなのですね」

 まあ、本物の王族から見ればそうだろうけど、あんま細かいツッコミは無しだ。
 そういうなりきり的なものを楽しむ趣向だからな。

「まっ、座んな。奢ってやるから。ねえ、全員にコーラね」
「かしこまりました。お姫様」

 大人数が座れそうな丸テーブルの席にドカッと座り、注文する備山。
 ん?

「って、コーラなんてあんのかよ!」
「は? ギャルなめんなし。んなもん、コンジョーで作ったっつーの。マジ飲みたかったし」
「お、お前……意外とスゲーな」

 先生はラーメン。鮫島は空手。宮本は剣道。
 色々みんな前世の知識で開発してるが、開発量でいったらこいつがダントツかもしれねえな。

「あの、殿…………その、そろそろよろしいでしょうか?」
「ムサシ?」
「その……殿は、黒姫様とどのようなご関係なのでしょうか?」

 まあ、気になるよな。
 だが、俺が説明しようとする前に、備山が身を乗り出した。

「はっ? トノ? 殿ってお殿様? は? なんだしそれ! つか、その子、シンセン組じゃん! あんた、人間のクセにマジなにやってんの? つか、今気づいたけど、あんたのこの組み合わせ何なの?」

 まず、お前ら何なの? その問いかけに、皆が胸を張って答えた。

「せ、拙者は種族の壁を越えて殿に忠誠を誓う、右腕にして懐刀でござる!」
「わ、私はヴェルトのお嫁さんだ!」
「義理の兄だ」
「おねーちゃんでっす!」
「子分っす!」
「ヴェルト様の奥様です。そして、こちらは娘のコスモスです」
「あびゅ!」

 若干ツッコミがある紹介に、俺はテーブルに頭を強打した。


「……はっ……ぷっ、アハハハハハハハハハ! マジ、なにそれ! ありえねーし! マジなに? 兄貴に姉貴に子分に手下に、嫁さんと奥さんと子供って、アハハハハハハハ!」

「ぐっ、わ、笑いすぎだ! 俺だって、どーかと思うけど、なんかそーなったんだよ!」

「いや~、マジ傑作。あ~、加賀美のバカが悪の秘密結社? 的なものを作ってハシャイでたのにはマジでウケたけど、あんたのは幸せすぎて傑作だわ。あの朝倉が、第二の人生マジリア充じゃん」

「わ、悪かったな」

「あれ? でもさ、あんた他にも女居なくね? 確か、光のなんたらとかいうお姫様…………」


 ああ、フォルナのことか。こいつも見てたんだな。

「それが俺の愚妹で、愚弟の正妻だ」
「いや、待て、ファルガ。まだ、それは決まったわけではなくて……私になる可能性も……」
「ふふ、パーパはとても人気者ですね。ね? コスモス」
「きゃっきゃっ!」
「わお、エルジェラちゃん、一番スタート遅いのにこの余裕と貫禄」

 それを聞いて、備山がまた爆笑しだした。

「マジうける! つか、マジであんたの子供?」
「いや、まあ、なんつーか、それももう、話すのも長くなる色々が……」
「やっほー、あんたのパパの友達だよ、よろしくね~」
「ほぎゃーほぎゃーほぎゃーほぎゃー」
「うお、泣き出した! 朝倉、なんとかしろ!」
「んな化けもんみたいなメイクした顔で、コスモスに近づくんじゃねえよ!」

 くそ、ダメだ、なんかペースが乱される。
 もう少しシリアスな話をするかと思ったのに、なんか、「よう久しぶり」の軽いノリでしか話をできねえ。

「あ~、まあ、あれだ。中にはお前にとっても無関係じゃねえやつもいるよ」
「は? どゆこと?」
「このムサシは、宮本の孫だ。そんで、ここにいるウラは、鮫島の娘だ」
「……えっ、うっそ、マジで~……って、その前に、ミヤモトとサメジマって誰だっけ?  クラスの男子?」
「へっ……いや、クラスメートだけど?」
「いや、私さ、記憶取り戻したの十年ぐらい前なんだけどさ、ぶっちゃけそれ以上前のクラスメートとか、覚えてねーし」

 こ、この野郎! 素で聞き返してきやがった!
 お、俺ですら……俺ですら覚えているのに!

「クラスメートの男子で、剣道部の宮本と、空手部の鮫島だよ!」
「あ、あ~、そうだっけ? ワリ。あたしほら、あんまクラスの男子とか話してねえし。それに部活やってる真面目くんとか別世界だし。まあ、加賀美はチャラ男だから辛うじて覚えてたけどな」
「あ、ありえねえ~……つか、良く俺のことは覚えてたな」

 っていうか、普通なら俺のことも忘れてるだろ。
 すると、備山が少し「あちゃ~」って顔をして頬を苦笑しながらかきだした。


「ああ、そりゃ~さ、え~まあ、もう時効だから言っちゃうけどさ、ほら、あたしってさ、……あん時、あんたんことオトそうとしてたしさ」

「「「「「ぶふううううううううううううう!!」」」」」


 会話の流れはまったく分からなかったウラ達も、これには驚いて顔面をテーブルに強打した。

「がっ、あがが、ヴェ、ヴェルト、おま、お前!」
「と、殿………ここまでくると、さすがと言うより、恐るべしでござる」
「おい、愚弟。このクソ女はやめておけ」

 や、だから時効つってんだろうが。

「……俺の目の前で消しゴム落として拾おうとして、お前のヒョウ柄パンツを見た記憶はある」
「あはは、懐かしいっしょ? まあ、今はヒョウ柄とか、亜人として動物のガラ使うとはありえねーけどな」
「うわ、そういうところだけ真面目なのか? ビッチのくせに」
「はあ? ビッチってなんだっつーの! あたしは、前世からまだバージ……いや、ほら、そういうのはお嫁さんになったときに……」
「うすら寒いからキャラじゃねえこと言ってんじゃねえよ、ボケ!」
「は~? 節操なくしてファンタジー世界で現地人とイチャコラしてるあんたに言われたくないっつーの。つーか、恋人とか嫁とか奥さんとか、ありえねーっつうの! 昔は純情ヤンキーだったくせに!」
「ヘンテコな文化を流行らせて、ファンタジー世界に前世の知識ひけらかして姫様気取りのガングロ女がチョーシこいてんじゃねえ!」

 正直、これまでの再会とはかなり違う形になってしまった感がある。
 これまでの再会は、自分たちの死んだ頃から遡り、第二の半生を語り、そして共に前世を懐かしむ。
 そんな展開だったのに…………

「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」
「ふう、ふう、ふう、ふう、ふう、ふう、ふう」

 もはや公衆の面前で何の意味もねえ言い合いをして、俺たちは何をやってんだか。
 つか、「黒姫様と口喧嘩……誰だあの人間?」とか言って、周りの客やら外からも野次馬が覗き込んでるしよ。

「あの~、お姫様、ご主人様、お飲み物をお持ちしました……」

 そう言って、メイドが透明なグラスに氷とともに注いだ黒い液体を差し出してきた。
 炭酸が僅かに音を立てて、氷がカランと溶ける音が聞こえる、この懐かしい感覚。

「な、なんだ、この黒い液体は。コーヒーか?」
「おい、愚弟。なんだこれは?」
「こ、これがまさか、噂に聞く、コーラというものでござるか?」
「わお、私も飲んだことがないわ」
「これが地上世界の飲み物ですか?」
「きゃうる」

 初めて見る奴らには、奇怪な飲み物にしか見えないだろう。
 試しにウラたちが口にすると……

「「「「「ごほおおおおおおおお!!」」」」」

 当然、ビックリして吹き出した。

「な、なんだこれは、甘いかと思ったら、なんかシュワシュワって!」
「…………?」
「ビビビビ、ビックリしたでござる~」
「で、でも、なんだろ、この感じ」
「驚きました。あ~、ダメよ、コスモスには飲めないわ」
「あきゃきゃきゃきゃ!」

 なんか、天然記念物を見ているかのような感覚だ。
 まあ、正直、コーラなんて俺でも前世ぶりな飲み物だ。
 つうか、備山と言い合って、喉がカラカラだ。
 俺は懐かしい感覚に囚われながら、グラスのコーラを一気に飲み干す。
 備山も同時に飲み干す。

「く~~~~~あぶ」
「か~~~~~~、ゲボ!」

 お約束でゲップをして一言。

「くそ、ムカつくぐらいウメーじゃねえかよ、この野郎!」
「マジやばいっしょ!」

 本当にムカつくぐらい忠実に再現されている。
 甘さ、炭酸の量、キンキンに冷えた状態。完璧すぎだ。

「お、おかわり」
「あたしも!」

 とりあえず、もう一杯俺は注文。
 こんなものを一気飲みした上に、もう一杯? 仲間たちがそんな視線を俺に向けるが、俺は構わずにもう一杯飲んだ。
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