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第六章

第152話 ギャルフ

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 都市の中央は、東西南北から人が集まるには十分なスペースがあり、そこには長蛇の列が出来上がっていた。

「キャー、マジ可愛い! これ、私、自分のダガーに貼っちゃお。ねえねえ、ター君、お揃いで貼ろ」
「う~、恥ずかしいけど、いいぜ! 彼女との『プーリクラ』か。俺も、剣に貼るぜ」
「ねえねえ、全員で集合で撮ろうよ! チーム仲良しでさ」
「サンセー!」
「ねえねえ、交換しない?」
「なんかさ、プーリ帳とかいうのも売ってるらしいよ? プーリクラを貼ったりする専用の本だってさ」

 プーリクラ。つうか、もはやプリクラだった。
 紫のローブで全身を隠した亜人の魔法使いが、人の顔や体を小さな紙に転写させ、しかもその紙は吸着性があり、物に貼ったりすることができる、シールみたいなもの。
 黒姫の新作文化の発表ということで、広場に集まった若者たちがこぞって試しに撮ったり、カップルでラブラブで撮ったりと、大盛況だった。

「くははは、日本でプリクラが出来たころも、ひょっとしてこんな感じだったか?」
「クソくだらねえな。あんな自分の顔や人の顔を撮って、どうするんだ?」
「オイラもよくわかんねーっす」

 だよな。普通はそうだ。特に男なら。
 なのに


「「「「ジ~~~~~ッ」」」」


 女たちは何やら羨ましそうに、ウズウズしながら見ていた。

「な、なあ、ヴェルト。その、あれだ。試しにやってみるというのも悪くないと思うぞ、うん」
「あの、ヴェルト様。もしよろしければ、コスモスと私……家族三人で、というのは、その、いかがでしょうか?」
「は~~~~~、プーリクラでござるか~、拙者も、あっ、いやいやいや、いかんいかんいかん」
「ね~、ファルガ~、ねえ~、一回ぐらいよくないかな?」
「あぶるあぶうあばぶ!」

 女性陣がチラチラこっちを見ながら、気づけば俺たちの服の裾を掴んで人だかりの中に連れて行こうとしやがる。
 やっぱ、女ってのはああいうのが好きなのか?
 まあ、男でも彼女持ちのやつは、彼女と写っているのを自慢することもあるみたいだが、基本的に男が率先してやるものでもねえ。

「まあ、今日は気分が良い。少しぐらい付き合ってもいいか」
「お、おお、ヴェ、ヴェルト、それは本当か! だったら、え~っと、え~っと、待ってろ! 写り方の参考なんて看板が貼ってある! あの中だと……よし! この、『チュープリ』というものを!」
「却下だ!」
「な、何故だ! カップル定番と書いてあるだろ! ほら! ほら! チューしながら!」
「できるか、アホ! そんな恥ずかしいのじゃなくて、普通に撮ればいいだろ!」
「うっ、うう、今更チューぐらい……だ、だったら……ん? こ、これだ! ヴェルト! チュウは諦めるから、これで撮ってくれ! こう、後ろからギュッと抱きしめる、これで!」
「あ○なろ抱きかよ。○すなろ抱きとか、そんな命名、この世界じゃ誰も分からねえだろうが……つか、朝倉リューマの時代でも既に死語だったしな……」

 だから、普通の撮り方にしてくれ。と言っても、なんか、スゲー泣きながら頼み込んできてやがる。
 まあ、こいつにはエルジェラの件でかなりショックを与えちまったし、まあ、これぐらいなら‥‥‥‥

「ったく、分かったよ、これでいいんだな」
「ッ、ヴェ、ヴェルト! ヴェルトおおおおおおォ!」
 
 恥ずかしいけど、これで少しぐらい元気になるなら‥‥‥‥

「あびゅ!」
「いたっ!」
「あびゅる! あぶ! ぶんあ! ぱー! ぶんぱ! ぱー!」
「お、おいおい、そんな怒んなよ」

 いきなり、頬をコスモスに摘まれた。
 なんかスゲー不機嫌そうな顔でむくれて、俺を引っ張ってきやがった。

「コスモスが怒るのも無理ないです、ヴェルト様。私たちも、一緒に撮りたいです」
「ばっぷん!」

 コスモスは、まるで「当たり前だ」と言いたげに、エルジェラの言葉に頷いた。
 
「というわけで、ヴェルト様。ウラさんと撮られた後に……このポーズでお願いします!」
「キャっぷ! キャッぷ!」

 エルエジェラとコスモスが鼻息荒くして、ある看板を指差した。
 そこには、『家族バージョン』のポーズが書かれており、内容は、赤ちゃんを真ん中に、左右から父親と母親が、赤ちゃんの頬にキスしているポーズ。

「できるかああああああああああああああ!」

 なんだ、その幸せほやほやのアットホーム写真は。
 思わず無理だと叫んだ。
 思いの他ショックな顔を浮かべたエルジェラが沈んだ顔で、コスモスに語りかける。
 すると……

「そ、そんな、ヴェルト様…………ッ、そう、ですか…………残念だったわね、コスモス」
「うぎゅる………ぶ~………ホギャーホギャーホギャーホギャーホギャーホギャーホギャー!」

 ズルい……

「撮ってあげればいいじゃん、おとーとくん」
「ま、まあ、私はヴェルトとアスウナウロ抱き? というポーズで撮ってくれるなら」
「兄さん、コスモスちゃん泣かせちゃダメっすよ」
「殿、これも殿の人徳ゆえ、応えてさしあげるのも努めかと存じます」
「クソくだらねえ。さっさとやってこい」
「なに、こいつ、死ね死ね! 子供が居るくせに、お姉をたぶらかして!」
「ゲス野郎だよ」
「クズ野郎なの」

 なろお、言いたい放題言いやがって。

「わーったよ、撮ればいいんだろ、撮れば! ったく、人の事情も知らねえで、好き放題言いやがって!」
「さすが、ヴェルト様です! よかったね、コスモス。パーパは本当に優しいわ!」
「んぱ! んぱ! んぱ!」
 
 あ~、クソ。
 つうか、今の俺って、周りから見たらどういうシチュエーションに見えるんだ?

「ね、ねえ、マジ、あれなに? 彼女と写真撮ろうとしたり、妻と子供と写真とか、ありえなくない?」
「てか、あれ人間じゃん! なんで人間と魔族いんの? 誰かが買った奴隷?」
「ひゅ~、つか、なんだよあれ。魔族も羽の生えてる姉さんもメチャクチャ美人じゃねえか」
「それをはべらすあの人間って何者?」
「つか、どっかで見たことない?」

 少し騒ぎすぎたのか、周りがざわつきだしだ。
 やっぱ、どう考えても目立つよな。

「ったく、さっさと、撮るぞ」
「お、おお、そうだな。うふ、うふふふふ」
「ご機嫌すぎるな……」
「ふふ、これでいいんだ。撮ったプーリクラを今度手紙でメルマさんたちに送ろう!」

 そんなプリクラ送ったら爆笑されるだろうな。
 まあ、フォルナに見せられるよりはマシだな。
 フォルナに見られたら、どんな状況でもぶっ飛ばされそうだし。

「いらっしゃいませ。ようこそ、プーリクラに。こちらの暗室にどうぞ」

 ローブを被った亜人に連れられて、四角い箱型ボックスの中に入れられる俺たち。
 まずは、俺とウラからだ。

「こちらの画面にお好きなポーズをしてください。合図とともに、そのポーズの転写をします」

 プリクラと言っても、やっぱそこはアナログだな。
 まあ、仕方ねえけど、俺たちは言われた通りに暗室に入り、大きめの鏡と向かい合った。

「では、ポーズをお願いします」

 さて、やるか。

「い、いくぞ?」
「お、おう。来るなら、来い」

 俺は、目の前に立つウラを後ろから手を回して、抱きしめ…………い、良い香りがする。
 てか、こいつは肉弾戦が得意だからもう少し体が硬いかと思ったけど、柔らか……髪もサラサラで……

「ん、ヴェルト………」

 何だ甘えるような声で……って、ウラのやつ、顔が真っ赤じゃねえか。
 つか、やべえ。恥ずかしすぎる。

「はい、いきますよー、三、二、一、はい! 撮りました! では、もう一枚別のポーズお願いします!」
「えっ、もう一枚?」
「ええ。さっ、どうぞ~」
「う、うう……あっ、はい! ではこれでお願いだ! チュッ♡」

 あ……

「あら♪ では、三、二、一、はい! 撮りました~、とってもラブラブに撮れましたよ~」

 ローブの亜人がクスクス笑い、ウラはガッツポーズ。

「お、お前なぁ……ダメって言ったのに……」
「えへへへ~♪」

 パッと魔力が光り、それで撮影は終わった。
 暗室から出ると、ローブの亜人が完成したプリクラを手渡してきた。
二種類のプリクラを……二枚目には、ウラが俺の唇にキスしている、いわゆるチュープリ……前世も含めて初めて撮った。
 そしてプリクラを手に取り、ウラはこれ以上ないぐらいハシャイだ。

「うううううううううううううううううううううううううう! おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 は、恥ずかしいやつめ。
 両膝ついてプリクラを天に掲げてやがる。

「最高だ! 最高だ! 最高だ! こ、これ、どうしよう、とりあえず、一枚は財布に……あとは、どこに~」

 やめろ、無闇に貼るんじゃねえ。
 仮にも魔族の姫様だったんなら、小躍りしてんじゃねえよ、みっともねえ。

「さあ、次は私たちですよ、ヴェルト様」
「ぱー! だだだだ、あう!」
「だ~、くそ分かったよ、もうヤケだ! これで最後だからな!」

 そして、次は親子ショット。本当に何なんだ? 
多分、恋人ショットの数秒後に親子ショットを撮るとか、世界初じゃねえのか?
 
 だが、俺が今、それを撮るまでにいかなかった。

 何故なら……


「へえ、随分盛況じゃん。やっぱ、亜人だろうとなんだろうと、みんな女の子っつーことだね」


 その時、広場がワッと盛り上がった。

「チョーマジマジマジマジ! 黒姫様じゃん!」
「やべ、マジヤバス! マジパナイ!」
「ひゃー、ラッキー! 黒姫様見れるなんて、チョーついてる!」
「うおお、黒姫様、今日もお美しい」
「ああ、なんといういつも我らを驚かせるセンス。やはり、あの方は稀代の天才だ!」

 そこには、「カリスマ」、「神」、ありあまる賞賛の声を浴びながら、堂々と闊歩するお姫様。

「お、おお、あ、あれが、黒姫様でござるか」
「た、確かに、色々な意味ですごい」
「わ、わお、何なの? あれは、どういう種族?」

 初めて見た俺たちには、超希少生物を見たような感覚。
 あんなの、この世界で初めて見た。
 いや、ダークエルフを見たっていうのは確かに初めてだが、もはやそれはダークエルフというより、もっと違う生物にしか見えない。

「ちょ、ちょっと待て…………やりすぎだ………」

 エルフ特有の長い耳。褐色の肌。ダークエルフの特徴だが、ハッキリ言ってそんなもん霞んで見える。
 じゃあ、妖艶なダークエルフらしい、細身に大きめな胸か? いや、そんなもん、巨乳勝負ならエルジェラが圧勝だ。
 なら、ミニスカートにパッツンパッツンの襟付きシャツ一枚という軽装だからか?
いや……

「うわ~、黒姫様のネイル、花柄でチョーカラフル!」
「今月はミルクティーのようなベージュ色のヘア。どんな色でも素敵」
「ああ~ん、今日の髪型なんて、マジカリスマ! マジ神! てか、もう、最強!」
「あんなの、私たちじゃできな~い。あれが噂の、昇天ペガサス盛り!」

 なんか、もう、色々凄すぎんだけど!

「って、ちげーだろ! エルフってあれだろ? なんか、森の妖精的なやつだろ? ダークエルフってのは良く知らねえけど、ザ・ファンタジーだろうが! あんなの、ただのケバケバのガングロギャルじゃねえかよ! あれは、世の中のオタクがマジギレすんぞ! 夢をぶち壊しだよ!」

 他にも星のマークのアクセサリーなり、指輪なり、もはや武装が凄すぎる。
 免疫のない奴らからすれば、絶句ものだ。


「そう、黒姫様が他のエルフと線を引かれる理由は、これでござる」


 さすがに予想を越えた容貌にかなりショックを受けているムサシが、恐る恐る口を開いた。


「みなが、口を揃えて言うでござる。アレは、エルフではない、突然変異の生物と。そして、黒姫様は自らを、『ギャルのエルフ』通称『ギャルフ』と名乗っているそうでござる」


 確かに、ありゃ~、エルフじゃねえよ。ギャルフだよ。
 俺は、しばらく呆然として声をかけられなかった。


「あ~、もう、なんだし。騒ぎすぎっつーの。マジ恥ずかしいじゃん」


 と言いつつ、手を振る神ギャルフなカリスマ様に、俺はどう話しかけりゃいいんだ?
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