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第四章
第122話 前世との決別……?
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天空庭園。帝都でも有数のデートスポット……だったらしい。
だが、現在ではそれも見る影もない。
つい先日のフォルナとラガイア王子との一騎打ちでほぼ半壊した荒れた公園となり果てていた。
「…………………………………………」
「おい、話をするのに時間を延ばしたり、んな気合いの入れた格好をしたかと思えば落ち込んだり、お前も結構めんどくさい女だな」
壊れかけのベンチで並ぶ、俺と綾瀬。
綾瀬は風呂に入ったり着替えたりしてくると言って、約束通り一時間後に庭園に現れたかと思えば、なんだが肩を出した薄着の黒いパーティードレスに、白いショールを羽織って、「舞踏会にでも行く気か?」的な格好で唖然としてしまった。
だが、綾瀬は息を切らせて現れたものの、綾瀬の知っていたものからスッカリ変わり果ててしまった天空庭園を見ながら、何だか試合後の負けたボクサーのように俯いて、しばらく黙り込んでいた。
「まさか、こ、こんなに、こんなに変わり果てているとは思わなくて……フォルナったら……帝国トップクラスのデートスポットでもありプロポーズスポットでもあるここを……」
「ドンパチやってたんだ。仕方ねえよ。つか、俺はそれよりも、さっきから本当にプロなのかと疑いたくなるほど気配と姿丸出しで様子を伺っている連中の方が気になるが」
そう、公園の柱の影や茂みやら木の裏やら、フォルナやら幼なじみやら姫の親衛隊やら、姿丸見えの状態で物陰から俺たちの様子を監視している。
これでゆっくり話せと言われても、気になって仕方ない。
「人気あるんだな、テメエは相変わらず」
「それを言うなら君もでしょう? というよりも、知らなかったわ。幼い頃からフォルナが自慢していた婚約者のヴェルトくんが、まさか君だったとはね」
「お互い様だ。俺も宮本から、お前が光の十勇者だって話は聞いてたが、帝国の姫様とは知らなかったよ」
「そう。……って、ちょっと待ちなさい。宮本くんから私が光の十勇者って話を聞いていて、何でそれ以上を聞いてないのよ」
「ん? いや、別に聞かなかったから……」
「聞かなかった? なんで?」
「え……なんでって……」
「ねえ……まさか、私に興味なかったから聞かなかったとか、イワナイワヨネ?」
「い、色々あって聞きそびれました。すまん」
そして、実は綾瀬と前世でこんな二人きりで話をした記憶があまりなく、正直俺はこいつのことをそこまで深く知っているわけではなかった。
そのため、かつてのクラスメートの暗黒面みたいなものを、転生して知ることになるとはな……
「で、お前は?」
「ちょっと、話は終わってないわよ!」
「いいから。お前は、いつ自分のことを思いだした?」
俺のことはどうでもいいだろと、話を逸らした。
すると、綾瀬は少し間をおいて、ゆっくりと自分の半生を語り始めた。
「初めに記憶が戻ったのは、六歳の頃。正直、自分の身に何が起こったのか、しばらくは理解できなかったわ」
「自分が日本の高校生の自分なのか、この世界の自分なのか、どっちの自分が本当なのかが分からなくなった。そんなとこか?」
「ええ、そうだったわ。ただ、精神年齢はどうしても十七歳だったから、回りからは大人びた子供、天才少女だなんだともてはやされたわ。事実、私は魔法の才能もあったしね」
「俺はひねたガキだった。回りからは生意気で、ひねくれてて、卑怯で、バカで、時には冷めてる落ちこぼれ扱い。まあ、俺は事実、魔法の才能は無かったしな。それこそ、フォルナと先生がいなければ、俺はきっとこの世界を恨んだまま腐ってた」
交互に話し合う自分たちの人生。
その時、綾瀬が俺の言葉の中の一つを拾って聞き返してきた。
「先生って?」
「小早川先生だよ」
「はあ? こ、こ、小早川先生!? うそ、せ、先生までこの世界に居るの?」
「ああ」
死んだのは生徒だけではない。
あのバスに乗っていた先生も死んでこの世界で生きている。
それを聞いて、綾瀬は何とも言えない表情で押し黙った。
「先生と再会したのは、俺が十歳の時だ。先生が王都に越してきて、ラーメン屋を開いたことで、俺たちが互いに何者なのかを気づいた」
「ラーメン屋を。そう、先生が……そういえば、先生……ラーメン好きだったわね」
「それからだよ。俺も自分以外に俺の事情や本当の俺を知ってくれる人がいるってことに救われた。前を向くようにもなったし、この世界で生きるって事を考え出した」
「そうなのね。それを聞くと、君は最初に出会った人が小早川先生で良かったかも知れないわね」
「ああ。お前は、その逆でしんどそうだったな」
俺がそう問いかけると、綾瀬は手をギュッと握りながら頷いた。
「そうね。私は、自分が何者かと考えるまでもなく、生き方を強制されたから。戦争をしている国の姫としての生き方や責務を負い、そして大義という旗の下で争いに身を投じて、そんなときに再会したのが、家族を人間に殺された亜人として生きる宮本くんに、この世を悪意で破壊しようとする加賀美くん。もう、昔の私たちには戻れないんだって思っていたの」
思っていた? 今は違うとでも言いたいのか?
いや、そんなはずはない。
もう、戻れない。それは、お前だって分かっているはずだ。
そうでなければ、鮫島も、宮本も、加賀美も、みんなしんどい思いをするはずがないからだ。
「ふふ、なんてね」
分かっている。そんな少し寂しそうな笑顔を綾瀬は浮かべた。
「フォルナが言っていたわ。ヴェルト・ジーハは、戦争には興味ないと。だから兵士にならないと。そんな君からすれば、私のことは十分変わってしまったと思うでしょうね。でもね……」
「分かってるよ」
だから、俺も「分かってる」と返した。
「それでもお前はやるしかなかったって、言いたい気持ちは分かってる。みんなそう言ってた」
「朝倉くん?」
「俺はそれを、やらなくてもいいという選択をできる立場だった。重いものを背負ってなかったからだ。だから、そんな俺がお前らにどうのこうのと偉そうに言う気はねえし、諭す気もねえよ」
重たい物を背負う必要の無かった俺に、こいつらの心の苦しさまで真に理解することはできねえ。
半端な慰めも不要。
だから、言ってやれるのはこれだけだ。
「まあ、お互いこうやってまた会えて良かったな」
お互いどんな人生を歩んでいようと、再会ぐらいは喜び合わねえとな。
もう、昔の俺たちには戻れなくても、再会すら呪っちまうなんて、救いがなさすぎるからな。
「うん……うっ、うう……うん!」
俺は横を見なかった。
綾瀬の今の顔を見ないでやった。
どんだけ、鼻をすする音が聞こえようともだ。
「ふふ、でも、いいな~、フォルナは」
「はっ?」
「戦争に興味のない君が、命がけで飛び込むほど大切に思われていて」
何だか冷やかすような笑みを浮かべている綾瀬に、俺は少し照れくさくなった。
「大切にしてあげてね、あの子のことを」
「まあ、見捨てられない限りはな」
「あの子は十歳の時に帝国軍士官学校で、良く私と競い合っていたから。それでことあるごとに、自分には恋人がいるとか、キスを何回したことあるとか自慢してたから」
「あのマセガキは……どうりで、帝都の連中がみんなニヤニヤニヤニヤしているはずだ」
「本当よ。模擬戦では、私に向かって恋を知らない私には絶対負けないとか言い出すし。本当に失礼しちゃうわ。私だって、恋はしたことあるのにね。……アルーシャではなく、綾瀬の時代だけどね」
その時、笑みを浮かべてウインクしながら、綾瀬が俺の顔を間近でのぞき込んだ。
俺は思わず、「ウッ」となって距離を取ろうとしたが、逃がさないとばかりに、綾瀬が俺の手を掴んだ。
なんだか、「きゃー」とか「姫様アア」とか絶叫が聞こえるが、綾瀬は一切気にしていない。
「かつて綾瀬だった私は、色々な人に頼られていた。それが信頼だってわかっていたから、誇らしくて、そして応えようと必死だった。クラス委員、文化祭実行委員、生徒会の仕事や部活での部長としての仕事。成績に影響を及ばさないように塾も休まず、寝る間もなく必死だった。ふふ、今の生活からすれば本当に軟弱だけどね」
知っている。いや、こいつがどれだけのことをやっていたかは知らないが、あまりのハードワークで疲労によりぶっ倒れたことを覚えている。
「でもある日、軟弱だった私が倒れて、でも、その時に私のことを背負って保健室に連れて行ってくれた男の子……何だかとても頼もしい背中だったのを覚えているわ」
「…………ほ…………ほ~」
「私はね、その人のこと嫌いだった。だって、イベントの準備とかいい加減な人なんだもの。その本番を迎える前の準備にどれだけ私が体力使ってるか全然分かっていないで、『俺は興味ねー』、で片づけるのよ? どう思う? そういう男子」
「まあ、すこぶる高二病の痛い奴だな」
「その通りよ。おまけに素行も悪いし、口も性格も悪い。私の真逆に生きる人。挙げ句の果てに、私をおぶっているところをからかわれたら、『別に俺はこいつに興味ねえ』とか、普通に言うんだから。どう思う?」
「他に、……好きな奴でもいたんじゃないのか?」
「そう。その通りなのよ。その人はね、何だかんだである一人の女の子の姿を目で追ってるの。会えば悪態ついたりするのに、気づけば照れたり、少しだけ笑ったり、結局その子のお願いなら必死で叶えようとする。でも素直になれないで、回りで見ている人はイライラする」
「メンドクセー奴だな」
「ええ。本当にめんどくさい人だったわ。そう……なんでだろうな……そんなめんどくさい人の挙動を、おんぶされた日以来、ずーっと目で追いかけていた。きっと、自分と正反対の人だから、気になったのね」
聞けば聞くほど恥ずかしくなるのに、綾瀬は逃がすことを許さず俺の手を離さない。
最初は笑顔だったのに、徐々に真剣な顔で、ジッと俺を見つめていた。
目が……熱い……
「そんなめんどくさい人がね、修学旅行に来て、どこか決意を秘めた表情をしていたの。私はピンと来たわ。ああ、この人は修学旅行中に好きな人に告白する気なんだって」
「ッ、え? え! ちょ、おまえ、何でそのこと!」
「だから、……それを直感で気づいた瞬間、私も決意したわ。私もその人に『あなたのことが、気になって気になって仕方がない』と伝えようと。むしろ、彼の告白は失敗する可能性大だと思っていたから、振られたらワンチャンあると思って周辺のラブホ……コホン……結局、想いを伝えるのに来世までかかっちゃったけどね」
いや、待て。お前待て。
多分、のぞき見している連中は俺たちがどんな会話をしているのか意味不明だろうが、今のお前の顔だと何を言おうとしているのか、モロバレだぞ?
ちょっと待て。
それは俺でも……
「ぷっ……うふふふふふ」
「あっ」
「なーんてね。どう? ちょっとはドキっとしてくれたかしら?」
途端に綾瀬が俺から両手を話して、笑い出した。
「えっ?」
何が何だか分からない俺が変な声を出すと、綾瀬は少し切ない笑みを浮かべながら、首を横に振った。
「色々と私も感極まって舞い上がってしまったけれど……今のはこの世に存在しない、綾瀬華雪という名の女の子の恋物語。そして、私はこの世界を生きる、アークライン帝国の姫、アルーシャ・アークライン。君が朝倉リューマではなく、ヴェルト・ジーハとして生きているようにね」
ああ、そうだ。お前の言うとおりだよ。
俺たちはもう、どんな経緯があろうと、この世界で生きているんだから。
「ああ、その通りだよ……お前はアルーシャ・アークライン……俺はヴェルト・ジーハ……たとえ前世に繋がりがあったとしても、俺たちはこの世界の俺たちとして生きている」
「ええ」
頷く綾瀬の表情は、もう日本の女子高生の表情はしていなかった。
もうアルーシャ・アークラインという、帝国の姫にして人類のために戦う英雄の表情に戻っていた。
そして……
「君もそうなのよね……いつまでも朝倉リューマの好きだった女の子の幻影を追いかけたりせず、今を大切にしているんでしょ?」
……………………………………………………ん?
「あら? どうしたの?」
し~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん
「ねえ。どうしたのよ。急に黙り込んで」
俺は何も言うことが出来ず、気まずくなって目を背けた。
だが次の瞬間、何かに感づいたのか、綾瀬はベンチから立ち上がって俺の前に回り込んで、なにやらジト目でのぞき込んで、声のトーンを変えて聞いてきた。
「ねえ、朝倉くん。君、まさか……」
「な。なんだ? なんだよ、んなツラして」
「君……まさか……神乃美奈を……まだ美奈のことが好きとか言わないわよね?」
あ、あれ? 何か急に空気がまた……
「ん? 答えなさい。私は今、かなり切ない想いを打ち明けて前世と決別して、再び帝国の姫として戦争に~とかカッコイイことを言おうと思っていたのだけれど、なーに? ねえ……ネエ、ドウイウコト?」
ちょ、怖い! 怖いよ! 人類の英雄モードから、秒で綾瀬モードに戻った?!
だが、現在ではそれも見る影もない。
つい先日のフォルナとラガイア王子との一騎打ちでほぼ半壊した荒れた公園となり果てていた。
「…………………………………………」
「おい、話をするのに時間を延ばしたり、んな気合いの入れた格好をしたかと思えば落ち込んだり、お前も結構めんどくさい女だな」
壊れかけのベンチで並ぶ、俺と綾瀬。
綾瀬は風呂に入ったり着替えたりしてくると言って、約束通り一時間後に庭園に現れたかと思えば、なんだが肩を出した薄着の黒いパーティードレスに、白いショールを羽織って、「舞踏会にでも行く気か?」的な格好で唖然としてしまった。
だが、綾瀬は息を切らせて現れたものの、綾瀬の知っていたものからスッカリ変わり果ててしまった天空庭園を見ながら、何だか試合後の負けたボクサーのように俯いて、しばらく黙り込んでいた。
「まさか、こ、こんなに、こんなに変わり果てているとは思わなくて……フォルナったら……帝国トップクラスのデートスポットでもありプロポーズスポットでもあるここを……」
「ドンパチやってたんだ。仕方ねえよ。つか、俺はそれよりも、さっきから本当にプロなのかと疑いたくなるほど気配と姿丸出しで様子を伺っている連中の方が気になるが」
そう、公園の柱の影や茂みやら木の裏やら、フォルナやら幼なじみやら姫の親衛隊やら、姿丸見えの状態で物陰から俺たちの様子を監視している。
これでゆっくり話せと言われても、気になって仕方ない。
「人気あるんだな、テメエは相変わらず」
「それを言うなら君もでしょう? というよりも、知らなかったわ。幼い頃からフォルナが自慢していた婚約者のヴェルトくんが、まさか君だったとはね」
「お互い様だ。俺も宮本から、お前が光の十勇者だって話は聞いてたが、帝国の姫様とは知らなかったよ」
「そう。……って、ちょっと待ちなさい。宮本くんから私が光の十勇者って話を聞いていて、何でそれ以上を聞いてないのよ」
「ん? いや、別に聞かなかったから……」
「聞かなかった? なんで?」
「え……なんでって……」
「ねえ……まさか、私に興味なかったから聞かなかったとか、イワナイワヨネ?」
「い、色々あって聞きそびれました。すまん」
そして、実は綾瀬と前世でこんな二人きりで話をした記憶があまりなく、正直俺はこいつのことをそこまで深く知っているわけではなかった。
そのため、かつてのクラスメートの暗黒面みたいなものを、転生して知ることになるとはな……
「で、お前は?」
「ちょっと、話は終わってないわよ!」
「いいから。お前は、いつ自分のことを思いだした?」
俺のことはどうでもいいだろと、話を逸らした。
すると、綾瀬は少し間をおいて、ゆっくりと自分の半生を語り始めた。
「初めに記憶が戻ったのは、六歳の頃。正直、自分の身に何が起こったのか、しばらくは理解できなかったわ」
「自分が日本の高校生の自分なのか、この世界の自分なのか、どっちの自分が本当なのかが分からなくなった。そんなとこか?」
「ええ、そうだったわ。ただ、精神年齢はどうしても十七歳だったから、回りからは大人びた子供、天才少女だなんだともてはやされたわ。事実、私は魔法の才能もあったしね」
「俺はひねたガキだった。回りからは生意気で、ひねくれてて、卑怯で、バカで、時には冷めてる落ちこぼれ扱い。まあ、俺は事実、魔法の才能は無かったしな。それこそ、フォルナと先生がいなければ、俺はきっとこの世界を恨んだまま腐ってた」
交互に話し合う自分たちの人生。
その時、綾瀬が俺の言葉の中の一つを拾って聞き返してきた。
「先生って?」
「小早川先生だよ」
「はあ? こ、こ、小早川先生!? うそ、せ、先生までこの世界に居るの?」
「ああ」
死んだのは生徒だけではない。
あのバスに乗っていた先生も死んでこの世界で生きている。
それを聞いて、綾瀬は何とも言えない表情で押し黙った。
「先生と再会したのは、俺が十歳の時だ。先生が王都に越してきて、ラーメン屋を開いたことで、俺たちが互いに何者なのかを気づいた」
「ラーメン屋を。そう、先生が……そういえば、先生……ラーメン好きだったわね」
「それからだよ。俺も自分以外に俺の事情や本当の俺を知ってくれる人がいるってことに救われた。前を向くようにもなったし、この世界で生きるって事を考え出した」
「そうなのね。それを聞くと、君は最初に出会った人が小早川先生で良かったかも知れないわね」
「ああ。お前は、その逆でしんどそうだったな」
俺がそう問いかけると、綾瀬は手をギュッと握りながら頷いた。
「そうね。私は、自分が何者かと考えるまでもなく、生き方を強制されたから。戦争をしている国の姫としての生き方や責務を負い、そして大義という旗の下で争いに身を投じて、そんなときに再会したのが、家族を人間に殺された亜人として生きる宮本くんに、この世を悪意で破壊しようとする加賀美くん。もう、昔の私たちには戻れないんだって思っていたの」
思っていた? 今は違うとでも言いたいのか?
いや、そんなはずはない。
もう、戻れない。それは、お前だって分かっているはずだ。
そうでなければ、鮫島も、宮本も、加賀美も、みんなしんどい思いをするはずがないからだ。
「ふふ、なんてね」
分かっている。そんな少し寂しそうな笑顔を綾瀬は浮かべた。
「フォルナが言っていたわ。ヴェルト・ジーハは、戦争には興味ないと。だから兵士にならないと。そんな君からすれば、私のことは十分変わってしまったと思うでしょうね。でもね……」
「分かってるよ」
だから、俺も「分かってる」と返した。
「それでもお前はやるしかなかったって、言いたい気持ちは分かってる。みんなそう言ってた」
「朝倉くん?」
「俺はそれを、やらなくてもいいという選択をできる立場だった。重いものを背負ってなかったからだ。だから、そんな俺がお前らにどうのこうのと偉そうに言う気はねえし、諭す気もねえよ」
重たい物を背負う必要の無かった俺に、こいつらの心の苦しさまで真に理解することはできねえ。
半端な慰めも不要。
だから、言ってやれるのはこれだけだ。
「まあ、お互いこうやってまた会えて良かったな」
お互いどんな人生を歩んでいようと、再会ぐらいは喜び合わねえとな。
もう、昔の俺たちには戻れなくても、再会すら呪っちまうなんて、救いがなさすぎるからな。
「うん……うっ、うう……うん!」
俺は横を見なかった。
綾瀬の今の顔を見ないでやった。
どんだけ、鼻をすする音が聞こえようともだ。
「ふふ、でも、いいな~、フォルナは」
「はっ?」
「戦争に興味のない君が、命がけで飛び込むほど大切に思われていて」
何だか冷やかすような笑みを浮かべている綾瀬に、俺は少し照れくさくなった。
「大切にしてあげてね、あの子のことを」
「まあ、見捨てられない限りはな」
「あの子は十歳の時に帝国軍士官学校で、良く私と競い合っていたから。それでことあるごとに、自分には恋人がいるとか、キスを何回したことあるとか自慢してたから」
「あのマセガキは……どうりで、帝都の連中がみんなニヤニヤニヤニヤしているはずだ」
「本当よ。模擬戦では、私に向かって恋を知らない私には絶対負けないとか言い出すし。本当に失礼しちゃうわ。私だって、恋はしたことあるのにね。……アルーシャではなく、綾瀬の時代だけどね」
その時、笑みを浮かべてウインクしながら、綾瀬が俺の顔を間近でのぞき込んだ。
俺は思わず、「ウッ」となって距離を取ろうとしたが、逃がさないとばかりに、綾瀬が俺の手を掴んだ。
なんだか、「きゃー」とか「姫様アア」とか絶叫が聞こえるが、綾瀬は一切気にしていない。
「かつて綾瀬だった私は、色々な人に頼られていた。それが信頼だってわかっていたから、誇らしくて、そして応えようと必死だった。クラス委員、文化祭実行委員、生徒会の仕事や部活での部長としての仕事。成績に影響を及ばさないように塾も休まず、寝る間もなく必死だった。ふふ、今の生活からすれば本当に軟弱だけどね」
知っている。いや、こいつがどれだけのことをやっていたかは知らないが、あまりのハードワークで疲労によりぶっ倒れたことを覚えている。
「でもある日、軟弱だった私が倒れて、でも、その時に私のことを背負って保健室に連れて行ってくれた男の子……何だかとても頼もしい背中だったのを覚えているわ」
「…………ほ…………ほ~」
「私はね、その人のこと嫌いだった。だって、イベントの準備とかいい加減な人なんだもの。その本番を迎える前の準備にどれだけ私が体力使ってるか全然分かっていないで、『俺は興味ねー』、で片づけるのよ? どう思う? そういう男子」
「まあ、すこぶる高二病の痛い奴だな」
「その通りよ。おまけに素行も悪いし、口も性格も悪い。私の真逆に生きる人。挙げ句の果てに、私をおぶっているところをからかわれたら、『別に俺はこいつに興味ねえ』とか、普通に言うんだから。どう思う?」
「他に、……好きな奴でもいたんじゃないのか?」
「そう。その通りなのよ。その人はね、何だかんだである一人の女の子の姿を目で追ってるの。会えば悪態ついたりするのに、気づけば照れたり、少しだけ笑ったり、結局その子のお願いなら必死で叶えようとする。でも素直になれないで、回りで見ている人はイライラする」
「メンドクセー奴だな」
「ええ。本当にめんどくさい人だったわ。そう……なんでだろうな……そんなめんどくさい人の挙動を、おんぶされた日以来、ずーっと目で追いかけていた。きっと、自分と正反対の人だから、気になったのね」
聞けば聞くほど恥ずかしくなるのに、綾瀬は逃がすことを許さず俺の手を離さない。
最初は笑顔だったのに、徐々に真剣な顔で、ジッと俺を見つめていた。
目が……熱い……
「そんなめんどくさい人がね、修学旅行に来て、どこか決意を秘めた表情をしていたの。私はピンと来たわ。ああ、この人は修学旅行中に好きな人に告白する気なんだって」
「ッ、え? え! ちょ、おまえ、何でそのこと!」
「だから、……それを直感で気づいた瞬間、私も決意したわ。私もその人に『あなたのことが、気になって気になって仕方がない』と伝えようと。むしろ、彼の告白は失敗する可能性大だと思っていたから、振られたらワンチャンあると思って周辺のラブホ……コホン……結局、想いを伝えるのに来世までかかっちゃったけどね」
いや、待て。お前待て。
多分、のぞき見している連中は俺たちがどんな会話をしているのか意味不明だろうが、今のお前の顔だと何を言おうとしているのか、モロバレだぞ?
ちょっと待て。
それは俺でも……
「ぷっ……うふふふふふ」
「あっ」
「なーんてね。どう? ちょっとはドキっとしてくれたかしら?」
途端に綾瀬が俺から両手を話して、笑い出した。
「えっ?」
何が何だか分からない俺が変な声を出すと、綾瀬は少し切ない笑みを浮かべながら、首を横に振った。
「色々と私も感極まって舞い上がってしまったけれど……今のはこの世に存在しない、綾瀬華雪という名の女の子の恋物語。そして、私はこの世界を生きる、アークライン帝国の姫、アルーシャ・アークライン。君が朝倉リューマではなく、ヴェルト・ジーハとして生きているようにね」
ああ、そうだ。お前の言うとおりだよ。
俺たちはもう、どんな経緯があろうと、この世界で生きているんだから。
「ああ、その通りだよ……お前はアルーシャ・アークライン……俺はヴェルト・ジーハ……たとえ前世に繋がりがあったとしても、俺たちはこの世界の俺たちとして生きている」
「ええ」
頷く綾瀬の表情は、もう日本の女子高生の表情はしていなかった。
もうアルーシャ・アークラインという、帝国の姫にして人類のために戦う英雄の表情に戻っていた。
そして……
「君もそうなのよね……いつまでも朝倉リューマの好きだった女の子の幻影を追いかけたりせず、今を大切にしているんでしょ?」
……………………………………………………ん?
「あら? どうしたの?」
し~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん
「ねえ。どうしたのよ。急に黙り込んで」
俺は何も言うことが出来ず、気まずくなって目を背けた。
だが次の瞬間、何かに感づいたのか、綾瀬はベンチから立ち上がって俺の前に回り込んで、なにやらジト目でのぞき込んで、声のトーンを変えて聞いてきた。
「ねえ、朝倉くん。君、まさか……」
「な。なんだ? なんだよ、んなツラして」
「君……まさか……神乃美奈を……まだ美奈のことが好きとか言わないわよね?」
あ、あれ? 何か急に空気がまた……
「ん? 答えなさい。私は今、かなり切ない想いを打ち明けて前世と決別して、再び帝国の姫として戦争に~とかカッコイイことを言おうと思っていたのだけれど、なーに? ねえ……ネエ、ドウイウコト?」
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