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第四章
第111話 単純明快
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修学旅行に行って、死ぬ間際に俺は神乃の亡骸を見て、絶望した。
本当は、もっといっぱい話たかった。
照れくさくて言えなかったことがいっぱいあった。
一言お礼を、そして、「好きだ。付き合ってくれ」この言葉をずっと言いたかった。
「俺もそうやって後悔した。この世界を受け入れられなかった。だからテメェの痛みは分からないでもねえ」
気を失って倒れている加賀美の傍らで、森の大樹に体を預けながら座り込み、俺は呟いていた。
加賀美は起き上がらない。
この世界を思えば、今この場でトドメを刺すのは間違っていないはずだ。
ここは平和ボケした日本とは違う。
この状況下で、こいつを殺したところで殺人罪だなんだなんて適用されない。
それなのに俺は…………何度も何度もぶっ殺すって言ってたのに…………
「そう…………なんだ………………」
加賀美が急に声を出した。
「ちっ、生きてやがったか」
「あはは、よく言うよ~、殺せなかったくせに……あいたたた、パナい無理しちゃったよ」
そうだ。殺せなかった。
どんなにこいつに殺意を抱いても、俺は結局こいつを殺すことができなかった。
今でもまだ息の根を止めようと思えばできるはずなのに。
「いいさ、それで。朝倉くんは…………それでいいよ…………」
「加賀美…………」
既に悪巧みをする体力も残っていないだろう。
ゆっくりと体を起こしながら、加賀美は言葉を続ける。
「ねえ、朝倉くん、俺さ~…………この世界の基準から見て、本当にそんなに狂ってんのかな~?」
「はあ?」
「俺はさ~、シチュエーションを用意したり筋書きを書いただけなんだぜ? 実行したのは、他の奴らだ。人さらいや亜人や魔族の奴隷売買、宮もっちゃんの家族を殺したり、ハイエルフを陵辱したり虐殺したり、むしろみんな笑いながらやってたんだぜ? シロムで人間の金持ちども相手に商売してた時だってそうさ。あいつら自分の意志で生物を弄んでたんだ。この戦争だってそうさ」
ゆっくりと体を起こしつつ、加賀美は言葉を紡ぎ続ける。
「そそのかしたのは俺だけど、最終的にはラガイア王子たちが、自身の意志で戦争をおっぱじめたんだ。十代のガキが武器持って戦って英雄とか言われるなんて、俺たちの居た世界から見たら子供が爆弾持って人を巻き込んで自爆して、息子は神様のところへ行ったとか泣いて誇らしげにしてるバカ親と同じじゃん。なんで俺だけ…………狂ってるとか言われなきゃいけないわけ?」
それは、泣き事というよりも、どこか俺を試しているかのような質問。
こいつをボロクソ言った俺を、世界の非道や常識を突きつけて論破しようとしてんのか?
「そーいやー、鮫島にも内容が違うが、質問されて答えられなかったな」
「鮫っちに?」
「ああ。魔王として人間全てを殺そうって極端な思考について、自分はどうしようもなかったって………後戻りできないところまで行っちまったって」
「ふ~ん………じゃあ、俺と同じかな? どうしようもなく後戻りができないってところ」
「どうかな? どっちもどっちと言っちまえばそれまでだけどよ。俺は………テメエとあいつを一緒にしたくねえ」
加賀美の質問は、俺に鮫島の複雑な豊穣を思い起こさせる。
「あっはっはっは。なんだ、結局のところ君もこの世界と、俺や鮫っちの感覚とどちらが正しいか分かってないじゃんか。答えられないなら素直にそう言いなよ。まあ、君が答えられるほど単純なものなら、とっくに世界で戦争はなくなってるけどね。ほんと、君はまだまだ青いよ……くそったれの世界を表面でしか楽しんでねえ……パナい青い」
まあ、確かに、俺に答えられるわけがねーよ。
きっと、フォルナや世界の勇者たちですらたどり着けない。
だが、それでもあえて一言だけ言うとしたら………
「ふん、グダグダとこの後に及んでくだらねえ奴だぜ」
「おや?」
「つーか、この世を呪って好き放題生きてきた奴が、今になって常識持ち出してクソみたいな講釈するのは、都合が良すぎるんじゃねえのか?」
「も~、それを言っちゃ身も蓋もないでしょうが!」
鮫島が死んだ日から悔しい思いをしてきた。
宮本を救ってやりたいと思ったものの、結果は微妙なところ。
宮本はどこかスッキリとしていたが、俺自身、あいつに何かしてやれた気はしねえ。
そして今も、俺は加賀美を救えてねえ。
一番救いようのねえバカは、何をやっても半端な俺なのかもしれねえと、少しだけ自己嫌悪に陥った。
「で、んなことよりテメエは今後どうするんだ? まあ、捕まって死刑がイイところだろけどな」
「はは、逃げるに決まってんじゃーん、パナい怖いこと言わないでよ~。それに、俺にはまだまだ役立つ手駒のマニーちゃんを始めとする、ラブ・アンド・マニーがある。いくらでも楽しみようがあるさ。社長が現場で働くのは、しばらく控えるけどね」
「ッ、テメェまだ懲りてねえのか! 本気でここで息の根止めておいたほうが……」
「仕方ねーじゃん。一度きりなはずが、何故か手にした二度目の人生。反省して死ぬより、楽しんで死んだほうが素敵じゃ~ん」
もう一度、こいつをぶっ飛ばしてやろうと、気づいたら俺の手は殴りかかっていた。
だが、ケガで動けないはずだったこいつがいきなり目の前から消えた。
「なっ……消えた……」
いや、消えたんじゃない。
誰かが、加賀美を助けたんだ。
誰が?
その時、真上から調子が崩れる声が聞こえた。
「マッキーは、私が守るよ! お給料まだもらってないし!」
「わーお、パナいタイミングで登場! さすが、俺のマニーちゃん!」
マニーラビット! なんでこいつがここに!
「テメエは、ウラが………ウラをどうした?」
「もーやめてよー! ウラ姫怖い! 怖いよー! マニー逃げてきちゃったの」
「て、テメェ! ウラに何をしやがった! 答えろ! ブッ殺すぞ、コラァ!」
と、俺が思わず叫んだら…………
「魔極神空手・宙弾蹴り!」
着地した瞬間のマニーを狙うように、背後からケリを一閃。
「うわ、うわあああああああああ、にっげろー!」
「ちっ、また…………素早い!」
何だよ、ウラのやつ、メチャクチャ元気じゃん…………おまけに無傷。
「よう、…………ウラ」
「ヴェルト! どうやら無事だったようだな!」
「ああ。つか、お前どうしたんだ? あいつと戦ってたんじゃ?」
「う、うむ、それが………何だか変な能力で逃げ回られて、決定打を一度も当てられずに……」
まあ、よくよく考えたらあんなフザけたマニーなんてキャラに、ウラが負けるはずがねえか。
だが、それでも加賀美が手元に置いてるぐらいだから、何かしらの能力はあるんだろうが。
「へ~、パナいな~、ウラちゃん。空手……いいね~、鮫っちの遺志が感じられる」
「………お前が、マッキーラビットの素顔か。ヴェルトに随分とやられたようだが……貴様、父上のことを知っているのか?」
「ま~ね~。つか、元友達? ヴェルトくんと一緒でね」
その時、マニーに抱えられながら、加賀美が興味深そうにウラに話しかける。
そして、嫌な笑いを浮かべてニタニタとしだした。
「つーかさ、君も大概狂ってるよね」
「なに?」
「家族も国も人間に滅ぼされ、君たちだって人間の国を滅ぼして。どのツラ下げてヴェルトくんと行動してるの?」
チッ、こいつは本当に……
「加賀美。テメェ、マジでもう一度地獄を見せてやろうか?」
俺が再び加賀美へ手を伸ばそうとした瞬間、ウラはすました顔で俺の手首を掴んで止めた。
「ウラ……?」
「かまわん、ヴェルト。もう、この手の挑発に乗る私ではない」
ウラはどこか余裕な様子で微笑んで、加賀美に向けてビシッと指差した。
「答えてやる。何故私がヴェルトと一緒に? そんなもん、好きになったのだから仕方ないだろ!」
「……………………わ~お」
「仮にヴェルトが亜人だったら、私は亜人のヴェルトを好きになっていた。そうだ。人間がどうのこうのではなく、私が好きになったヴェルトが、たまたま人間だっただけだ」
そう来たか……。
あまりにもアレな回答過ぎて、もはやツッこむのがアホらしい。
だが、下手に理論武装するよりも、よっぽど効果的かもしれねえな。
どうせ、加賀美の問いかけは、深い意味のないおちょくりでしかない。
そして、俺は同時にかつてハナビに言った言葉を思い出した。
――ハナビ、姉ちゃんが言った、魔族とか人間とか、んなもんどーでもいいんだよ。ハナビは兄ちゃんと姉ちゃんが好き。兄ちゃんと姉ちゃんもハナビが好き。世界はそれでいいんだよ
そう、それでいいんだ。
「そういうことだ、加賀美。お前が見てきた世界や、今の世の中はどうであろうと、俺の世界はそれでいーんだよ」
「本当に君は運がいいね、朝倉くん。出会いに恵まれて」
「ああ、運が良かったよ、俺は。出会った女はみんな、マニーちゃんの百倍イイ女だよ!」
ああ、その通りだよ。
「ふわふわメリーゴーランド!」
誰が来ようと関係ねえ。
着ぐるみ着たマニーを回転させてお終いだ。
そう思っていた。だが…………
「あ、あれ?」
不発だった。あれ?
試しにもう一度やってみる。だが、二人に何の変化もない。
どういうことだ?
その時、加賀美が大笑いした。
「あははははは、残念無念また来週! これがマニーちゃん能力なんだよね~」
「なに?」
「この世のありとあらゆる魔法を無効化にする突然変異体。『魔法無効化《マジックキャンセル》』の能力者」
「は? …………げっ!」
「元々は競売用として持ち込まれた商品だったマニーちゃんを、オークションに出さずに俺が買い取ったのさ! パナい便利でしょ? 俺のマニーちゃん」
マジックキャンセル? そんな反則みたいな力があるのか?
いや、確かにいつも通りに魔法を使おうとしても、まったく発動しない。
「ちょっ、ちょっと待て……それじゃあ……」
「その通り。俺が魔法で敵を潰して、マニーちゃんが敵の攻撃を全てを無効化する。それが俺たちの必勝パターン。どう? パナいでしょ」
いや、パ、パナ過ぎる!
ちょっと待て、それじゃあ、手だては…………
「私にまかせろ、ヴェルト!」
「おっ…………」
「魔極神空手・正拳魂砲!」
そうでもなかった。
上空に向けて拳を突き出したウラから、エネルギーの固まりのような拳大の砲弾が飛んだ。
その砲撃を、マニーと加賀美はあわてて回避。
「うえええええん、マッキー、だからヤなの~、ウラ姫は全然魔法を使わないんだもん」
「おっと~、そいつはパネえな。素の身体能力や剣術じゃあ、マニーちゃんに防ぎようがないぜ! パナい最悪の相性!」
なるほど。魔法を無効化するなら、魔法を使わないで倒せばいいわけか。
本当は滅茶苦茶レアな能力なんだろうが、相手が悪すぎたな。
なら、ウラが居ればこの場でこいつらを始末することも…………
「加賀美。どうやらこれまでみたいだな」
「大人しく投降しろ。既にマーカイ魔王国軍の大半が降伏して捕虜になっている。貴様らも逃げ切れると思うな?」
せめて、自首しろ。
俺はこいつを殺す気はねえが、逃がすつもりもねえ。
こいつの行く末は、帝都や人類大連合軍に任せるさ。
情けはかけねえ。
だが…………
「あ~、パナいピンチ。こんなことなら、幹部も連れてくりゃよかったな~」
「あきらめちゃダメだよ、マッキー! マッキーはいつも言ってたでしょ? 諦めたらそこで人生終了だよ? って」
あの野郎…………日本人なら誰もが知る名言を滅茶苦茶にしやがって…………
しかしどういうことだ? もうこれ以上の手だてはないはずなのに、加賀美やマニーから感じる、この余裕は…………
「仕方ない。奥の手を使うか…………」
「その意気だよ、マッキー!」
奥の手?
ちっ、このクソ野郎は、この状況で何をやろうって言うんだよ。
邪悪な笑みを浮かべて、手を天に掲げる、加賀美。
嫌な空気がプンプン漂ってくる。
何をする気だ?
「さあ、見せてやろう! これが俺の奥の手、パナいからビックリし―――――」
だが、その時だった。
「それまでですわ!」
雷光が加賀美たちの背後に回り込み、二人まとめて叩き落とした。
それは、つい先程まで敵軍総大将と死闘を繰り広げていた、フォルナ。
「ふふふ、なんだかウラが愛を叫んでいましたが、ワタクシが正妻だということをお忘れなく」
「チッ、せっかく私がいいところを見せようと思ったのに。というより、いつから貴様が正妻になった」
「十年前からですわ」
「五年前からお前は元嫁だ」
しかも、メチャクチャ元気だ。
「ぐっ! あららららら、正妻まできちゃったよ」
「いったああああい、ううぇえええええん、マッキー、どうしよ~」
それは、俺も、ウラも、マニーも、そして加賀美自身も予想外の出来事だった。
だが、マニーの能力や加賀美の奥の手が何であれ、この瞬間にこの戦いは完全に詰となった。
本当は、もっといっぱい話たかった。
照れくさくて言えなかったことがいっぱいあった。
一言お礼を、そして、「好きだ。付き合ってくれ」この言葉をずっと言いたかった。
「俺もそうやって後悔した。この世界を受け入れられなかった。だからテメェの痛みは分からないでもねえ」
気を失って倒れている加賀美の傍らで、森の大樹に体を預けながら座り込み、俺は呟いていた。
加賀美は起き上がらない。
この世界を思えば、今この場でトドメを刺すのは間違っていないはずだ。
ここは平和ボケした日本とは違う。
この状況下で、こいつを殺したところで殺人罪だなんだなんて適用されない。
それなのに俺は…………何度も何度もぶっ殺すって言ってたのに…………
「そう…………なんだ………………」
加賀美が急に声を出した。
「ちっ、生きてやがったか」
「あはは、よく言うよ~、殺せなかったくせに……あいたたた、パナい無理しちゃったよ」
そうだ。殺せなかった。
どんなにこいつに殺意を抱いても、俺は結局こいつを殺すことができなかった。
今でもまだ息の根を止めようと思えばできるはずなのに。
「いいさ、それで。朝倉くんは…………それでいいよ…………」
「加賀美…………」
既に悪巧みをする体力も残っていないだろう。
ゆっくりと体を起こしながら、加賀美は言葉を続ける。
「ねえ、朝倉くん、俺さ~…………この世界の基準から見て、本当にそんなに狂ってんのかな~?」
「はあ?」
「俺はさ~、シチュエーションを用意したり筋書きを書いただけなんだぜ? 実行したのは、他の奴らだ。人さらいや亜人や魔族の奴隷売買、宮もっちゃんの家族を殺したり、ハイエルフを陵辱したり虐殺したり、むしろみんな笑いながらやってたんだぜ? シロムで人間の金持ちども相手に商売してた時だってそうさ。あいつら自分の意志で生物を弄んでたんだ。この戦争だってそうさ」
ゆっくりと体を起こしつつ、加賀美は言葉を紡ぎ続ける。
「そそのかしたのは俺だけど、最終的にはラガイア王子たちが、自身の意志で戦争をおっぱじめたんだ。十代のガキが武器持って戦って英雄とか言われるなんて、俺たちの居た世界から見たら子供が爆弾持って人を巻き込んで自爆して、息子は神様のところへ行ったとか泣いて誇らしげにしてるバカ親と同じじゃん。なんで俺だけ…………狂ってるとか言われなきゃいけないわけ?」
それは、泣き事というよりも、どこか俺を試しているかのような質問。
こいつをボロクソ言った俺を、世界の非道や常識を突きつけて論破しようとしてんのか?
「そーいやー、鮫島にも内容が違うが、質問されて答えられなかったな」
「鮫っちに?」
「ああ。魔王として人間全てを殺そうって極端な思考について、自分はどうしようもなかったって………後戻りできないところまで行っちまったって」
「ふ~ん………じゃあ、俺と同じかな? どうしようもなく後戻りができないってところ」
「どうかな? どっちもどっちと言っちまえばそれまでだけどよ。俺は………テメエとあいつを一緒にしたくねえ」
加賀美の質問は、俺に鮫島の複雑な豊穣を思い起こさせる。
「あっはっはっは。なんだ、結局のところ君もこの世界と、俺や鮫っちの感覚とどちらが正しいか分かってないじゃんか。答えられないなら素直にそう言いなよ。まあ、君が答えられるほど単純なものなら、とっくに世界で戦争はなくなってるけどね。ほんと、君はまだまだ青いよ……くそったれの世界を表面でしか楽しんでねえ……パナい青い」
まあ、確かに、俺に答えられるわけがねーよ。
きっと、フォルナや世界の勇者たちですらたどり着けない。
だが、それでもあえて一言だけ言うとしたら………
「ふん、グダグダとこの後に及んでくだらねえ奴だぜ」
「おや?」
「つーか、この世を呪って好き放題生きてきた奴が、今になって常識持ち出してクソみたいな講釈するのは、都合が良すぎるんじゃねえのか?」
「も~、それを言っちゃ身も蓋もないでしょうが!」
鮫島が死んだ日から悔しい思いをしてきた。
宮本を救ってやりたいと思ったものの、結果は微妙なところ。
宮本はどこかスッキリとしていたが、俺自身、あいつに何かしてやれた気はしねえ。
そして今も、俺は加賀美を救えてねえ。
一番救いようのねえバカは、何をやっても半端な俺なのかもしれねえと、少しだけ自己嫌悪に陥った。
「で、んなことよりテメエは今後どうするんだ? まあ、捕まって死刑がイイところだろけどな」
「はは、逃げるに決まってんじゃーん、パナい怖いこと言わないでよ~。それに、俺にはまだまだ役立つ手駒のマニーちゃんを始めとする、ラブ・アンド・マニーがある。いくらでも楽しみようがあるさ。社長が現場で働くのは、しばらく控えるけどね」
「ッ、テメェまだ懲りてねえのか! 本気でここで息の根止めておいたほうが……」
「仕方ねーじゃん。一度きりなはずが、何故か手にした二度目の人生。反省して死ぬより、楽しんで死んだほうが素敵じゃ~ん」
もう一度、こいつをぶっ飛ばしてやろうと、気づいたら俺の手は殴りかかっていた。
だが、ケガで動けないはずだったこいつがいきなり目の前から消えた。
「なっ……消えた……」
いや、消えたんじゃない。
誰かが、加賀美を助けたんだ。
誰が?
その時、真上から調子が崩れる声が聞こえた。
「マッキーは、私が守るよ! お給料まだもらってないし!」
「わーお、パナいタイミングで登場! さすが、俺のマニーちゃん!」
マニーラビット! なんでこいつがここに!
「テメエは、ウラが………ウラをどうした?」
「もーやめてよー! ウラ姫怖い! 怖いよー! マニー逃げてきちゃったの」
「て、テメェ! ウラに何をしやがった! 答えろ! ブッ殺すぞ、コラァ!」
と、俺が思わず叫んだら…………
「魔極神空手・宙弾蹴り!」
着地した瞬間のマニーを狙うように、背後からケリを一閃。
「うわ、うわあああああああああ、にっげろー!」
「ちっ、また…………素早い!」
何だよ、ウラのやつ、メチャクチャ元気じゃん…………おまけに無傷。
「よう、…………ウラ」
「ヴェルト! どうやら無事だったようだな!」
「ああ。つか、お前どうしたんだ? あいつと戦ってたんじゃ?」
「う、うむ、それが………何だか変な能力で逃げ回られて、決定打を一度も当てられずに……」
まあ、よくよく考えたらあんなフザけたマニーなんてキャラに、ウラが負けるはずがねえか。
だが、それでも加賀美が手元に置いてるぐらいだから、何かしらの能力はあるんだろうが。
「へ~、パナいな~、ウラちゃん。空手……いいね~、鮫っちの遺志が感じられる」
「………お前が、マッキーラビットの素顔か。ヴェルトに随分とやられたようだが……貴様、父上のことを知っているのか?」
「ま~ね~。つか、元友達? ヴェルトくんと一緒でね」
その時、マニーに抱えられながら、加賀美が興味深そうにウラに話しかける。
そして、嫌な笑いを浮かべてニタニタとしだした。
「つーかさ、君も大概狂ってるよね」
「なに?」
「家族も国も人間に滅ぼされ、君たちだって人間の国を滅ぼして。どのツラ下げてヴェルトくんと行動してるの?」
チッ、こいつは本当に……
「加賀美。テメェ、マジでもう一度地獄を見せてやろうか?」
俺が再び加賀美へ手を伸ばそうとした瞬間、ウラはすました顔で俺の手首を掴んで止めた。
「ウラ……?」
「かまわん、ヴェルト。もう、この手の挑発に乗る私ではない」
ウラはどこか余裕な様子で微笑んで、加賀美に向けてビシッと指差した。
「答えてやる。何故私がヴェルトと一緒に? そんなもん、好きになったのだから仕方ないだろ!」
「……………………わ~お」
「仮にヴェルトが亜人だったら、私は亜人のヴェルトを好きになっていた。そうだ。人間がどうのこうのではなく、私が好きになったヴェルトが、たまたま人間だっただけだ」
そう来たか……。
あまりにもアレな回答過ぎて、もはやツッこむのがアホらしい。
だが、下手に理論武装するよりも、よっぽど効果的かもしれねえな。
どうせ、加賀美の問いかけは、深い意味のないおちょくりでしかない。
そして、俺は同時にかつてハナビに言った言葉を思い出した。
――ハナビ、姉ちゃんが言った、魔族とか人間とか、んなもんどーでもいいんだよ。ハナビは兄ちゃんと姉ちゃんが好き。兄ちゃんと姉ちゃんもハナビが好き。世界はそれでいいんだよ
そう、それでいいんだ。
「そういうことだ、加賀美。お前が見てきた世界や、今の世の中はどうであろうと、俺の世界はそれでいーんだよ」
「本当に君は運がいいね、朝倉くん。出会いに恵まれて」
「ああ、運が良かったよ、俺は。出会った女はみんな、マニーちゃんの百倍イイ女だよ!」
ああ、その通りだよ。
「ふわふわメリーゴーランド!」
誰が来ようと関係ねえ。
着ぐるみ着たマニーを回転させてお終いだ。
そう思っていた。だが…………
「あ、あれ?」
不発だった。あれ?
試しにもう一度やってみる。だが、二人に何の変化もない。
どういうことだ?
その時、加賀美が大笑いした。
「あははははは、残念無念また来週! これがマニーちゃん能力なんだよね~」
「なに?」
「この世のありとあらゆる魔法を無効化にする突然変異体。『魔法無効化《マジックキャンセル》』の能力者」
「は? …………げっ!」
「元々は競売用として持ち込まれた商品だったマニーちゃんを、オークションに出さずに俺が買い取ったのさ! パナい便利でしょ? 俺のマニーちゃん」
マジックキャンセル? そんな反則みたいな力があるのか?
いや、確かにいつも通りに魔法を使おうとしても、まったく発動しない。
「ちょっ、ちょっと待て……それじゃあ……」
「その通り。俺が魔法で敵を潰して、マニーちゃんが敵の攻撃を全てを無効化する。それが俺たちの必勝パターン。どう? パナいでしょ」
いや、パ、パナ過ぎる!
ちょっと待て、それじゃあ、手だては…………
「私にまかせろ、ヴェルト!」
「おっ…………」
「魔極神空手・正拳魂砲!」
そうでもなかった。
上空に向けて拳を突き出したウラから、エネルギーの固まりのような拳大の砲弾が飛んだ。
その砲撃を、マニーと加賀美はあわてて回避。
「うえええええん、マッキー、だからヤなの~、ウラ姫は全然魔法を使わないんだもん」
「おっと~、そいつはパネえな。素の身体能力や剣術じゃあ、マニーちゃんに防ぎようがないぜ! パナい最悪の相性!」
なるほど。魔法を無効化するなら、魔法を使わないで倒せばいいわけか。
本当は滅茶苦茶レアな能力なんだろうが、相手が悪すぎたな。
なら、ウラが居ればこの場でこいつらを始末することも…………
「加賀美。どうやらこれまでみたいだな」
「大人しく投降しろ。既にマーカイ魔王国軍の大半が降伏して捕虜になっている。貴様らも逃げ切れると思うな?」
せめて、自首しろ。
俺はこいつを殺す気はねえが、逃がすつもりもねえ。
こいつの行く末は、帝都や人類大連合軍に任せるさ。
情けはかけねえ。
だが…………
「あ~、パナいピンチ。こんなことなら、幹部も連れてくりゃよかったな~」
「あきらめちゃダメだよ、マッキー! マッキーはいつも言ってたでしょ? 諦めたらそこで人生終了だよ? って」
あの野郎…………日本人なら誰もが知る名言を滅茶苦茶にしやがって…………
しかしどういうことだ? もうこれ以上の手だてはないはずなのに、加賀美やマニーから感じる、この余裕は…………
「仕方ない。奥の手を使うか…………」
「その意気だよ、マッキー!」
奥の手?
ちっ、このクソ野郎は、この状況で何をやろうって言うんだよ。
邪悪な笑みを浮かべて、手を天に掲げる、加賀美。
嫌な空気がプンプン漂ってくる。
何をする気だ?
「さあ、見せてやろう! これが俺の奥の手、パナいからビックリし―――――」
だが、その時だった。
「それまでですわ!」
雷光が加賀美たちの背後に回り込み、二人まとめて叩き落とした。
それは、つい先程まで敵軍総大将と死闘を繰り広げていた、フォルナ。
「ふふふ、なんだかウラが愛を叫んでいましたが、ワタクシが正妻だということをお忘れなく」
「チッ、せっかく私がいいところを見せようと思ったのに。というより、いつから貴様が正妻になった」
「十年前からですわ」
「五年前からお前は元嫁だ」
しかも、メチャクチャ元気だ。
「ぐっ! あららららら、正妻まできちゃったよ」
「いったああああい、ううぇえええええん、マッキー、どうしよ~」
それは、俺も、ウラも、マニーも、そして加賀美自身も予想外の出来事だった。
だが、マニーの能力や加賀美の奥の手が何であれ、この瞬間にこの戦いは完全に詰となった。
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