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第三章

第96話 なぜ、今日なんだ

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 できないものはできない。
 そこに俺の意志や勇気は関係ないほど大きな流れが、俺の行く末を邪魔しやがる。
 俺は思わずベッドを力強く叩いた。

「くそが、人がせっかくやりたいことができたってのに邪魔しやがって。戦争なんてなくなりゃいいんだ」
「あらら、弟くんにソレを言われるようじゃ、この世は終わりかもね」

 本当にいい迷惑だ。と思ったら、少しファルガの様子が変だ。
 新聞を食い入るように見ている。
 何だ? 気になるニュースでもあったか?

「あ…………ッ!」

 そこで、俺もハッとした。

「そ、そうだ。光の十勇者ってまさか!」
 
 だが、ファルガはすぐに俺に新聞を戻して首を横に振った。

「出陣した十勇者が書かれていたが、フォルナは入ってねえ」
「えっ、あっ、そうなの?」
「ああ。数ヶ月前に出陣したばかりだから、今回は帝国で待機と軍編成と調整だとよ」

 一瞬、ドキッとしたが、すぐに安心した。
 そうか。まあ、あいつも覚悟をして戦争に行ったとはいえ、やっぱりこんだけ大々的に取り上げられる戦争の話を聞くと、かなり心配になる。
 だが、今回はあいつの参戦がないっていうのは、正直ホッとした。

「まあ、安心したのはいいとして、それじゃあ俺は神族大陸にしばらく行けないってことかよ」

 再び元の問題に戻るわけだが、こっちは解決難しそうだ。
 正直、やる気を削がれるだけに、かなりへこむ。
 だが、何だか得意げにクレランがニヤニヤしだした。

「ふふ~ん、弟くん、そこまで神族大陸に行きたいなら、いい方法あるんだけどな~?」
「なに!」
「だって、大戦といっても、所詮は広大な神族大陸の一部分。そこを避けるようにすれば、上陸できるんじゃない?」

 それはそうだ。だが、それが簡単にいかないから困ってるんだよ。

「あのな~、それは俺だって考えたよ。でもな、人類大陸から渡れる神族大陸の入口はたいていが人類大連合軍の拠点が作られて、不法侵入が見つかりゃ強制送還か逮捕だぞ? 今の大戦中に、民間人が入れるわけねーだろうが」
「そうだね。うん、その通りだよ。見つかれば、ね?」
「いや、だから見つかるだろうが!」

 だが、俺の常識に対して、クレランが提示したのは意外なものだった。

「ボルバルディエの作ったトンネル。人類大連合軍が認識できていない神族大陸へのトンネルがあるとしたらどう?」

 ボルバルディエのトンネル? まだ、そんな都合のいいものがあんのかよ!

「実はね、一部のハンターたちのみの間で共用しているものがあるの。ふふ、ハンターの情報網には帝国だって及ばないんだからね」

 帝国すら及ばない? たかが、一つの組合みたいなものがか?
 念のためファルガを見ると、頷いていた。

「俺はそのトンネルを知らねえが、ハンターの情報網が帝国や連合軍より上ってのは本当だ。ハンターは地べたを這いずって、テメェの足で表も裏も関係なく情報を収集する」
「そのとーり。それでね~、けっこ~いい値段して手に入れたトンネルの情報だけど、おとーとくんはどうする?」

 どうする? 俺を試すような喋り方だ。 
 そんなもん答えは決まってる。
 考えるまでもねえ。そんなありがたいものがあるなら、俺は今すぐにでも旅立てる。
 そうなると、気になるのはコッチの方。

「要求は? まさか、あんたがタダってわけがねえ」
「ふふ~ん、せーかい。でも、安心して。無理にお金とか要求したりしないから」

 金じゃない。だが、こいつの場合はそれで安心できないからタチが悪い。
 普通に、「身体の一部ちょーだい」とか「血を吸わせろ」とか、言われても不思議じゃないところが怖い。
 だが、何が来ても可能な限り受け入れるしかない。
 さあ、なんだ? 来てみやがれ! 俺は覚悟してその言葉を待った。
 すると、

「私もさ、君たちの旅に――――――」

 そう、考えるまではない。そう思っていたんだ。

 何があっても、俺は神族大陸に行く。
 何があろうと、神族大陸へ行くことを優先する。
 今度からは、そうする。

 考えるまでもないと考えていた。

 だから、俺が今日の朝のうちにこの村から出れば、考えるまでもなかったんだ。
 俺の望むように、神乃を探しに行けたんだ。

 そう、少しでも早くこの村から出ていれば、俺の旅も大幅に狂うことなんてなかったんだ。


「大変だー、誰かー! 誰か来てくれー! 血だらけの兵士が倒れてるぞー!」


 俺たちは顔を見合わせた。

「おいおい、大丈夫か? 怪我がかなりひどいぞ?」
「って、おい、若いな。それに、この白い軍服。お前、人類大連合軍の新兵か?」

 俺とファルガは『若い』『人類大連合軍』という言葉に反応して飛び出していた。
 外では、まだ宴会の残骸が残って後片付けもされていない広場に人が集まっていた。
 中を見ると、村の医者らしき老人に手当をされている若い兵士らしき男が苦痛に顔を歪めていた。

「あいつか」

 人ごみを背伸びして覗き込む俺たちから見て、兵士らしき男の年齢は俺ぐらいに見える。
 白い軍服も所々が破れていたり、血に染まったりしている。
 だが、怪我自体はそれほど深くはなさそうだ。
 どちらかというと、疲労か? まるで三日三晩不眠不休で全力で走っていたかのような消耗ぶりだ。
 一体…………

「あれ?」

 そう思ったとき、俺は倒れている男に何か見覚えがあった。
 あれ? 誰だっけ? いや、どこかで会ったというか……懐かしいというか……
 その時、ファルガが血相を変えて飛び出した。


「おい、ちょっとどけ! テメェ、まさか…………チェットじゃねえか!」


 チェット? あ……そうだ、こいつ……

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ! 思い出したああああああああ!」

 そうだ。どこかで見たことがあると思ったら、チェットだよ。
 そう、『あのペット』の双子の兄だ。
 エルファーシア王国公爵家の息子で、エリートだけどちょっと臆病な双子の片割れの、チェット・アソークだよ。
 そして、魔法学校七位の成績で、フォルナたちと一緒に飛び級で大帝国軍士官学校に行ったんだった。

「おい、テメェ、こんなところで何してやがる! そのケガは? 何があった?」
「おーい、チェット、テメェはこんなところで何やってんだよ、おーい、起きろー」

 ペシペシとチェットの頬を叩いて起こそうとする俺たちに、医者たちは慌てている。
 だが、帝国にいるはずのこいつがこんなところで倒れている方が気になる。
 何かあったに決まっている。
 すると、チェットは、俺とファルガを認識しないまま、うなされるように掠れた声で呟いた。

「えん……ぐん……援軍を……至急帝国に援軍を……帝国を……七大魔王国家、一つ目……『サイクロプス』の国……『マーカイ魔王国』が襲撃……援軍を……」

 チェットが息も絶え絶えにつぶやいた言葉に、村中に動揺とざわめきが走る。
 一体、何があったんだ? 誰もがそんな様子で不安をあらわにしている。

「………………クレラン。治療頼むは」
「ん、そうだね」

 だが、逆に冷静になっちまったのか、俺とファルガとクレランは落ち着いてチェットの治療に当たった。
 そして…………

「うう、お、俺は~……」

 クレランのホーリージェリーフィッシュの能力で、チェットの顔の血色が良くなっていき、ようやく落ち着いたのか、少しずつ目が開いていく。
 そして、少しぼんやりとした顔をして辺りを見渡し始めた。

「目が覚めたか?」
「よう」

 すると、チェットがファルガと俺を捉えた瞬間、ぼんやりとした表情が一変し、チェットの意識がようやく覚醒した。

「あ……ファルガ王子! な、なんで! そ、それに、君はまさか……まさか……ヴェルトくん!」
「久しぶりだな」
「つーか、お前こんな所で何してんだよ。帝国に行ってたんじゃねーのかよ?」

 ありえない。そんな表情で俺たちを見るチェット。うろたえて、だがどこか少し嬉しそうに俺の手を掴んできた。

「ヴェルトくん、本当に久しぶり! うわ~、やっぱり大きくなったね」
「おい、タメだろうが。つか、五年も経ってるならお互い様だ」
「うんうん、うわ~、懐かしいな~、あのね、向こうでも結構みんなで君のことを話してるんだ。ヴェルトくんは何してるかな~って。うん、元気そうで嬉しいよ!」

 そうだな。話をすれば俺も懐かしく感じる。
 だが、今は懐かしんでいる場合じゃなさそうだ。

「おい、チェット。再会のクソ感動は後にしろ」
「あっ、ファルガ王子! ご無沙汰しております!」
「なんで、テメエがシロムの北方のこんな村に傷だらけでいやがる」
「そ、そうだ、僕は、他国に援軍の要請を求めて帝国を脱出して…………ッ、こんなことをしている場合じゃない!」
「ああ、だから、何があったんだ?」

 そう、問題はそれだ。
 そして、さっきうなされながら言っていた言葉。あれは何だ?
 すると、途端にチェットの表情が蒼白していった。

「敵襲です」
「なに?」
「人類大連合軍の正規軍や精兵部隊のほとんどを神族大陸に派遣したら、手薄になった帝国を、七大魔王国でもあり、サイクロプス族の国『マーカイ魔王国』が、軍を率いて帝国を襲撃したんです!」

 帝国が襲撃を受けている? それが一体どれほどのことか、人類大陸に住む者で理解できないものは居ない。

「馬鹿な。いくら手薄とはいえ、どうして連中の襲撃を察知できなかった! 七大魔王国家が動けば、いくらクソ帝国でも察知できたはずだ」
「ッ、情報戦で負けたのは認めます。ですが、それ以上に予想外のことが…………」
「予想外?」
「ボルバルディエのトンネル。帝国が認識していなかったトンネル情報を、『ラブ・アンド・マニー』という組織が魔族に売って、手薄になった帝国に手引きしたんです!」
「な、んだと…………ッ、クソどもの目的はなんだ!」
「わかりません。わかりませんが、でも、これは今起こっている事実です! 俺は、一刻も早くこの情報を他国に届けて援軍を要請するために! でも、途中で追手に見つかって、他の隊の仲間はみんな…………」

 俯き、拳から血が出るほど悔しそうに涙を流すチェット。
 それが、チェットの言葉が全て事実だと物語っていた。

「ッ、今、帝国は残存兵と、この間、士官学校を卒業したばかりの僕たち新兵を中心に……帝国に残っていた、フォルナ姫の指示の下に戦っています! でも、軍の質に差がありすぎて……このままじゃ!」

 だからこそ、援軍を。
 追手に追われて、途中で仲間がやられても、こいつはただ無我夢中で駆け抜けた。
 なぜなら、援軍を呼びに行ったこいつが死んだら、本当に帝国は終わってしまうからだ。
 だが、クレランが残酷な言葉を告げた。


「無理よ。そもそも、シロムが亜人に襲撃されて、どの国も自国の防衛に力を入れているから、援軍の余裕もない。唯一大丈夫そうなエルファーシア王国ですら、一ヶ月はかかるわ。むしろ、こんなタイミングで十五万も出陣させた帝国の失態よ」

「ッ、そんな、でも、それじゃあ…………」

「いえ、帝国の失態というより、タカをくくってたのかしら? ヴェスパーダ王国が滅んで以来、人類大陸への襲撃に魔族が尻込みしていると」


 いや、そんなものはどっちでもいいことだ。
 今更言ったってどうにもならない。
 問題は、いま現実に起きていることだ。

「……ヴェルトくん!」

 ちょっと待て…………そこで、何で俺を見る……

「ヴェルトくん、ファルガ王子! お願いします、今すぐ帝国に向かってください! このままじゃ、姫様が……みんなが! 取り返しのつかないことになってしまいます!」
「ッ、チェット…………テメェ……」
「ヴェルトくん、お願いだ。みんなを…………助けて……姫様が……姫様が!」

 だから……俺は……戦争には興味ねーんだって…………


「この野郎…………勝手なこと言いやがって。自分たちの意思で戦争行ったくせに、どうして自分の意思で戦争行かなかった俺に……くそっ!」


 それが、お前らの選んだ道だろうが……なんでよりにもよって……今日なんだよ!

 恨むぞ…………フォルナ…………

 お前のピンチを知って……

 駆けつけないわけにいかねえだろうが!
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