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第三章
第92話 いつやるか? 今じゃなくてもいーじゃん
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戦争の世の常識? 真実との決着? 復讐?
全部俺にはどうでもいいんだよ。興味ねえ。
勝手に悩んで、倫理や道徳を説いてりゃいい。
そんなもん、何が一番の正解かなんて、真の当事者にしか分からねえ。
俺だってそうだ。親父とおふくろを殺した亜人との決着がどうなるかなんて、実際に会って、そいつの顔を見て、俺が真っ先にどうしようとするか。それが分かるまではどうしようもねえ。
だからこそ、今の俺にできるのはこれぐらい。
「ヴェルト、お前は何がしたいんだ!」
深い意味はねえよ。ただ、出来ることをやるだけだ。
しっかし、この重症な体で麺を作るのがこんなに困難だとは思わなかったぜ。
製麺機がねえから、常に手打ち。
小麦粉を攪拌して、生地をまとめて、こねて、伸ばして、切る。
黙々とただ、目の前のものと向き合って、作業を繰り返す。
先生はよく、十年以上もこれを繰り返してきたな。怪我一つできねえじゃん。
「おい、ムサシ、食材は切って鍋にぶち込んだな。ちゃんと見張ってろよ」
「は、はは!」
正直、ラーメンのスープ作りは下処理を入れれば余裕で十時間ぐらいかかる。
俺の好きなギトギトラーメン作るんだったら、一日中煮込む必要もある。
こんなもん、朝倉リューマの時は、サッと出されてパッと食って終わりの食いもんだと思ってたのに、こんなに手間がかかるとは思わなかった。かつての世界のラーメン屋の店長が偉そうなのが多かった理由もなんか分かる。
「おい、ヴェルト。まさか今から煮込むのか? 時間がないのでは?」
「ん~、いや、酒飲みまくってメシも食いまくってる連中にこってりは出さねえよ。短い時間で、アッサリのを出す。まあ、六時間ってとこだな」
「ろ、六時間? そんなにかかるでござるか! しかし、それでは夜が明けてしまうか、みなも疲れて寝てしまうのでは?」
「かもな。でも、どんなに真剣にやっても必要な時間ってのがあるんだ。時間がねえからって、テキトーに出したって意味がねえ」
そう、ラーメン作りには根気が必要だというのは、この五年足らずでよく分かった。
「なあ、ウラ。先生はよ~、これを作るのに、俺たちが生まれる前からずっと、悩んで試行錯誤して、ここまでたどり着いてんだよ」
「う、うむ、その話は聞いたことがある」
「そしてな、あれはお前と出会う前の頃だった。ある日、全然努力ってやつをしねえ俺に、先生は言ったんだよ」
――メルマの人生を歩み、俺は魔法や戦闘の才能がなく、十六からレストランで下積みを積み重ねてきた。皿洗いから始まり、料理を任されるまで何年もかかり、そこからラーメンの修行を初めて十年。それでもまだまだ俺は味の追求をやめない。覚えておけよ。どの世界でも一朝一夕なんかで得られるものはねえってことをよ。
「…………そう言ったんだ」
あの時、俺はあの言葉の意味を全然心にとどめなかった。
むしろ、俺には努力なんてもんは似合わないと言って、気にもしなかった。
でも、親父とおふくろが死んでから、たまに考えるようになる。
「このラーメンはよ~、一杯、八百エル。いや、先生のお許しももらってねえ俺の作ったもんなんざ、所詮はその半額以下だ。割に合わねーだろ? でもな、こうやってじっくりやって、だけどそれでも悩んで、追求して、それでもまだまだ完璧なんてもんには届かねえ。そんな世界みたいだぜ?」
エルファーシア王国で大成功を収めたくせに、先生は今でもより旨いスープを、旨い麺を、新しい味を、なんて追求してやがる。
前世が熱血教師だっただけに、一つのことに没頭するとそれに命をかける。
「ラーメンに命をかけるなんて、大げさすぎる馬鹿だと俺は思っていた。だって、そうだろ? 言い換えれば先生の作ったもんですら、たかが八百エルだ。仕事終わりの汚ねえおっさんたちが、パッと立ち寄ってものの数分足らずでかきこんで、さっさと出る。そんなもんに命をかけて、何十年も試行錯誤するとか、アホだろ」
そう、俺は思って「いた」。過去形だ。
「ウラ、ムサシ。お前らよ、今日出された問題を、今日中に答え出そうなんて無理だろ? ましてや、家族を殺した殺されたの問題だぞ? ソッコーで死んで償う、殺して復讐する、そういう答えを出せないほど重い問題だったら、じっくり考えたらどうだ?」
「じっくりと…………か? しかし、それはただ単に、答えから逃げる。問題を先送りにしているとも取れないか?」
「だからって、何でもかんでも即決しろってのも無理なんだよ。いつやるか? 今すぐやるのも大事だろう。でもな、時間をかけてじっくり答えださなきゃいけねえ問題だってあるんだ。だったら、いいじゃねえかよ。今すぐじゃなくてもよ」
少なくても俺はそう思った。
「まっ、何でもかんでもラーメンに繋げる気はねえよ。ただ、俺も先生と同じでこれしかやってこなかったから、これしかできねえ。後はテメェらで勝手に決めろよ」
真実をあいつらに突きつけなくてもいいんじゃねえか? それは俺の願望だ。
何も変わって欲しくねえからだ。
だが、どうしても決着をつけなきゃ、答えを見つけなきゃならねーんだったら、そんなもん簡単に見つかるわけねえだろってことだ。
すると、多少なりとも、俺の言葉で何かを考えるきっかけになったのか、ずっと俯いていた二人も、少しだけスッキリした顔をしているような気がした。
「お前は相変わらず意地悪だな。ようするに、答えを簡単に出させない上に、じっくり悩んで自分で考えろと言いたいんだな? 男は女を引っ張って導いてくれるものではないのか?」
「しかし、これは困ったでござるな。拙者たちが考えて出した答えが、もし殿の考えているものと違った場合、そしてそれを殿に非難されてしまったら、拙者たちは二度と立ち直れぬでしょう」
ったく、この俺のことを大好き種族共め。
まあ、女に優しい男らしいことは言ってやれねえから仕方ねえ。
「あー、それなら心配いらねえよ。どんな答えでも、俺はお前らを嫌いにならねーからよ。良かったな」
だから、これぐらいは言ってやる。
ただ、ちょっと恥ずかしかったので、俺はもう後ろを振り返らなかった。
しかし、直後に何かすすり泣くような音が聞こえたが、そんなもん無視した。
俺はそのまま、ずっとスープと睨めっこだ。
何分でも何時間でも、意識が遠のきかけようと、全身全霊を夜通しかけ続けた。
気づけば、窓の外から微妙に陽の光が顔を出そうとしている。
もうじき、朝日が顔を出そうとしているのが分かる。
村の中心からも、まだへべれけ状態の酔っぱらいたちの声が聞こえるが、さすがに完全に朝を迎える頃には爆睡に入るだろう。
そして、俺自身もまた、丁度いい時間帯だと手応えを感じた。
「お、おお……」
「うう~む、何とも味わい深い香り。食を唆るでござる」
「ああ、今の俺のレベルからして間違いなく良い出来だ」
デカイ鍋からスープをよそい、啜ってみると、恐らく今の俺の中でも良い状態のアッサリとした味わいが口の中に広がった。
「よっしゃ! 器を用意しろ!」
「おまかせあれ!」
「まかせろ! 皿運びなら、私は誰にも負けん!」
どこか吹っ切れた二人が俺の指示に黙って従い、テキパキ動き出す。
あれ? 二人? ファルガは?
「クソうめえ」
あっ、自分一人で先に食ってやがる!
この野郎! クソうめえ? うれしいじゃねえかよ、この野郎!
「ね~、なんかすごい良い匂いがしてきたんだけど~、何かな? お姉ちゃんに内緒で何作ってんの~?」
すげえ。
泥酔してブッ倒れてたくせに食いもんの匂いに釣られて起きやがった。
まあ、食のプロであるクレランに食わせるのは怖い気もするが、ここは自信を持って答えてやる。
「あっさりとんこつのシメラーメンだ」
「あっさりトンコトゥシメラメーン? なにそれ」
「シメのラーメン。今日の格別うまい酒と楽しい宴会を終わりにして、また明日から一日頑張るぞと誓うケジメの一品だ」
「えー、なにそれ、すごい面白い!」
「ああ、これは料理というより、文化だ! しっかり学んでブクブク太りやがれ!」
器にスープと麺と、有り合わせだが具材を乗せて俺たちは広場に出る。
空が微妙に明るく、キャンプファイヤーのために積んであった薪なんて、とっくに炭クズになっている。
ハンターや村の連中なんか、まだ盃や酒を持っているが、既にフラフラ状態だ。
まったく、このおっさんたちは……
「おーい、テメェら、いい加減にしまいにしろ! さっさとこれ食って、寝てやがれ!」
俺たちが現れて叫ぶと、誰もがぐでんぐでんになりながら、手をあげる。
「うお~、にいちゅあん、ろこいっでだんだよ~、おでのさけをのめねえのがよ~」
「坊や~、おねえちゅあんをべっどにはごんで~、そしたら~してあげる~、ちゅ~」
「ヴぇりゅどどの~」
「ウラもムザジもごいよ~」
すげーな、酒って。屈強なハンターたちですら、殴るより酒飲ましたほうが簡単に倒せるんじゃねえの? と思えるぐらい酷い。
しかも、大半が服脱いだ裸族状態。ウラとムサシも思わず目を背けるほど、見てられぬ状態。
ったく、
「ほれ、俺からのおごりだ」
「お~、なんら~、にいちゃんの、なんかくわぜてぐれんのか? なんらこら~」
つーか、こいつら、俺が何をしようとしてるのか、何を差し出されてるのか、自分たちが何を食おうとしているのかも全然分かってねえ。
一応、器は受け取って、フォークも持ったが、寝たり起きたりを繰り返してる。 零しそうだ。
「ヴェ、ヴェルト、ここまでくると、なんというか、食べさせがいがないのでは?」
「うう~、せっかく、せっかく、殿が情熱を注ぎ込んだものを!」
「くははははは、いいんだよ、これで。ラーメンの食い方なんて、下品で上等なんだよ」
全員に行き渡って、皆がそれぞれの態勢やタイミングでフラフラとラーメンを啜ろうとし始めた。
そして、次の瞬間……
「「「「「ッッッ!!!!!!!!」」」」」」
全員が、一口目を口にした瞬間、両目を見開いて意識を覚醒させた。
「「「「「ウッ………………ウマッッッ!!!!!!!!」」」」」」
そして、二口目からはもう滅茶苦茶だ。誰もが汁を弾こうが、音を立てようが、とにかく夢中で貪り喰らった。
「うまっ! うーまっ! うおお、なんだこりゃあ!」
「じゅるうううううううううううう!」
「かー、染み渡る~、なんだこりゃ! うおおおお、ちょっ、うま!」
「ぎもじわるい~、はぎたい~、れもはぐのがもっだいないぐらい~、うまい!」
「おおおお、弟くん、何よ、おいしいじゃない! なんだろ、お腹に優しい、スープも濃すぎずアッサリしていて良い感じ!」
「っか~、スープがいい! なんつ~かこ~、落ち着くっつうか」
なるほど、先生が命をかけるのも分かる気がする。
結局、この光景だけで十分なんだろうな。
どんな食い方されようと、どんなに手間ひまかけようと、ただ、「うまい」の一言だけで心が満たされる。
「はは……あははは、すごいなヴェルト。みんな、一心不乱だ」
「はい。では、僭越ながら拙者もいただきます……おお! こ、これは! うま! あっ、失礼! とても美味でござる」
ああ、また同じ光景に戻った。
人間も魔族も亜人も関係なく酔っ払って盛り上がった宴会が終わったと思ったら、今度は三種族関係なくラーメンに夢中になってる。
ウラもクリとリスも、ムサシもハンターもだ。
「ふん、まったく品がないな」
「なによ~、ウラちゃん、これすごくイイじゃない。う~、でも太ったらどうしよ~」
「スープまで~、飲んだら~太ると思うけど~、私は飲む~!」
「ハンター殿。スープが溢れているでござる。まったく、だらしないでござる」
「うおおお、もったいね~、つーか、おかわりあるか? 吐きそうなほど腹いっぱいなのに、もう一杯だけ食いてえ!」
ああ、これでいいんだよ。
せっかく楽しめそうな時に、いちいち、過去のしがらみを蘇らせてメンドクセーことするより、ただ、楽しんで、腹が減ったら飯食って。
「ふん。これでいいんじゃねえのか? 愚弟」
「ああ。これでいいよ、俺たちは」
戦争にも出てねえ、勇者でもねえ俺には、種族同士や戦争がどうのの問題なんて、こんなもんでいいんだよ。
そうだよな? 先生。
全部俺にはどうでもいいんだよ。興味ねえ。
勝手に悩んで、倫理や道徳を説いてりゃいい。
そんなもん、何が一番の正解かなんて、真の当事者にしか分からねえ。
俺だってそうだ。親父とおふくろを殺した亜人との決着がどうなるかなんて、実際に会って、そいつの顔を見て、俺が真っ先にどうしようとするか。それが分かるまではどうしようもねえ。
だからこそ、今の俺にできるのはこれぐらい。
「ヴェルト、お前は何がしたいんだ!」
深い意味はねえよ。ただ、出来ることをやるだけだ。
しっかし、この重症な体で麺を作るのがこんなに困難だとは思わなかったぜ。
製麺機がねえから、常に手打ち。
小麦粉を攪拌して、生地をまとめて、こねて、伸ばして、切る。
黙々とただ、目の前のものと向き合って、作業を繰り返す。
先生はよく、十年以上もこれを繰り返してきたな。怪我一つできねえじゃん。
「おい、ムサシ、食材は切って鍋にぶち込んだな。ちゃんと見張ってろよ」
「は、はは!」
正直、ラーメンのスープ作りは下処理を入れれば余裕で十時間ぐらいかかる。
俺の好きなギトギトラーメン作るんだったら、一日中煮込む必要もある。
こんなもん、朝倉リューマの時は、サッと出されてパッと食って終わりの食いもんだと思ってたのに、こんなに手間がかかるとは思わなかった。かつての世界のラーメン屋の店長が偉そうなのが多かった理由もなんか分かる。
「おい、ヴェルト。まさか今から煮込むのか? 時間がないのでは?」
「ん~、いや、酒飲みまくってメシも食いまくってる連中にこってりは出さねえよ。短い時間で、アッサリのを出す。まあ、六時間ってとこだな」
「ろ、六時間? そんなにかかるでござるか! しかし、それでは夜が明けてしまうか、みなも疲れて寝てしまうのでは?」
「かもな。でも、どんなに真剣にやっても必要な時間ってのがあるんだ。時間がねえからって、テキトーに出したって意味がねえ」
そう、ラーメン作りには根気が必要だというのは、この五年足らずでよく分かった。
「なあ、ウラ。先生はよ~、これを作るのに、俺たちが生まれる前からずっと、悩んで試行錯誤して、ここまでたどり着いてんだよ」
「う、うむ、その話は聞いたことがある」
「そしてな、あれはお前と出会う前の頃だった。ある日、全然努力ってやつをしねえ俺に、先生は言ったんだよ」
――メルマの人生を歩み、俺は魔法や戦闘の才能がなく、十六からレストランで下積みを積み重ねてきた。皿洗いから始まり、料理を任されるまで何年もかかり、そこからラーメンの修行を初めて十年。それでもまだまだ俺は味の追求をやめない。覚えておけよ。どの世界でも一朝一夕なんかで得られるものはねえってことをよ。
「…………そう言ったんだ」
あの時、俺はあの言葉の意味を全然心にとどめなかった。
むしろ、俺には努力なんてもんは似合わないと言って、気にもしなかった。
でも、親父とおふくろが死んでから、たまに考えるようになる。
「このラーメンはよ~、一杯、八百エル。いや、先生のお許しももらってねえ俺の作ったもんなんざ、所詮はその半額以下だ。割に合わねーだろ? でもな、こうやってじっくりやって、だけどそれでも悩んで、追求して、それでもまだまだ完璧なんてもんには届かねえ。そんな世界みたいだぜ?」
エルファーシア王国で大成功を収めたくせに、先生は今でもより旨いスープを、旨い麺を、新しい味を、なんて追求してやがる。
前世が熱血教師だっただけに、一つのことに没頭するとそれに命をかける。
「ラーメンに命をかけるなんて、大げさすぎる馬鹿だと俺は思っていた。だって、そうだろ? 言い換えれば先生の作ったもんですら、たかが八百エルだ。仕事終わりの汚ねえおっさんたちが、パッと立ち寄ってものの数分足らずでかきこんで、さっさと出る。そんなもんに命をかけて、何十年も試行錯誤するとか、アホだろ」
そう、俺は思って「いた」。過去形だ。
「ウラ、ムサシ。お前らよ、今日出された問題を、今日中に答え出そうなんて無理だろ? ましてや、家族を殺した殺されたの問題だぞ? ソッコーで死んで償う、殺して復讐する、そういう答えを出せないほど重い問題だったら、じっくり考えたらどうだ?」
「じっくりと…………か? しかし、それはただ単に、答えから逃げる。問題を先送りにしているとも取れないか?」
「だからって、何でもかんでも即決しろってのも無理なんだよ。いつやるか? 今すぐやるのも大事だろう。でもな、時間をかけてじっくり答えださなきゃいけねえ問題だってあるんだ。だったら、いいじゃねえかよ。今すぐじゃなくてもよ」
少なくても俺はそう思った。
「まっ、何でもかんでもラーメンに繋げる気はねえよ。ただ、俺も先生と同じでこれしかやってこなかったから、これしかできねえ。後はテメェらで勝手に決めろよ」
真実をあいつらに突きつけなくてもいいんじゃねえか? それは俺の願望だ。
何も変わって欲しくねえからだ。
だが、どうしても決着をつけなきゃ、答えを見つけなきゃならねーんだったら、そんなもん簡単に見つかるわけねえだろってことだ。
すると、多少なりとも、俺の言葉で何かを考えるきっかけになったのか、ずっと俯いていた二人も、少しだけスッキリした顔をしているような気がした。
「お前は相変わらず意地悪だな。ようするに、答えを簡単に出させない上に、じっくり悩んで自分で考えろと言いたいんだな? 男は女を引っ張って導いてくれるものではないのか?」
「しかし、これは困ったでござるな。拙者たちが考えて出した答えが、もし殿の考えているものと違った場合、そしてそれを殿に非難されてしまったら、拙者たちは二度と立ち直れぬでしょう」
ったく、この俺のことを大好き種族共め。
まあ、女に優しい男らしいことは言ってやれねえから仕方ねえ。
「あー、それなら心配いらねえよ。どんな答えでも、俺はお前らを嫌いにならねーからよ。良かったな」
だから、これぐらいは言ってやる。
ただ、ちょっと恥ずかしかったので、俺はもう後ろを振り返らなかった。
しかし、直後に何かすすり泣くような音が聞こえたが、そんなもん無視した。
俺はそのまま、ずっとスープと睨めっこだ。
何分でも何時間でも、意識が遠のきかけようと、全身全霊を夜通しかけ続けた。
気づけば、窓の外から微妙に陽の光が顔を出そうとしている。
もうじき、朝日が顔を出そうとしているのが分かる。
村の中心からも、まだへべれけ状態の酔っぱらいたちの声が聞こえるが、さすがに完全に朝を迎える頃には爆睡に入るだろう。
そして、俺自身もまた、丁度いい時間帯だと手応えを感じた。
「お、おお……」
「うう~む、何とも味わい深い香り。食を唆るでござる」
「ああ、今の俺のレベルからして間違いなく良い出来だ」
デカイ鍋からスープをよそい、啜ってみると、恐らく今の俺の中でも良い状態のアッサリとした味わいが口の中に広がった。
「よっしゃ! 器を用意しろ!」
「おまかせあれ!」
「まかせろ! 皿運びなら、私は誰にも負けん!」
どこか吹っ切れた二人が俺の指示に黙って従い、テキパキ動き出す。
あれ? 二人? ファルガは?
「クソうめえ」
あっ、自分一人で先に食ってやがる!
この野郎! クソうめえ? うれしいじゃねえかよ、この野郎!
「ね~、なんかすごい良い匂いがしてきたんだけど~、何かな? お姉ちゃんに内緒で何作ってんの~?」
すげえ。
泥酔してブッ倒れてたくせに食いもんの匂いに釣られて起きやがった。
まあ、食のプロであるクレランに食わせるのは怖い気もするが、ここは自信を持って答えてやる。
「あっさりとんこつのシメラーメンだ」
「あっさりトンコトゥシメラメーン? なにそれ」
「シメのラーメン。今日の格別うまい酒と楽しい宴会を終わりにして、また明日から一日頑張るぞと誓うケジメの一品だ」
「えー、なにそれ、すごい面白い!」
「ああ、これは料理というより、文化だ! しっかり学んでブクブク太りやがれ!」
器にスープと麺と、有り合わせだが具材を乗せて俺たちは広場に出る。
空が微妙に明るく、キャンプファイヤーのために積んであった薪なんて、とっくに炭クズになっている。
ハンターや村の連中なんか、まだ盃や酒を持っているが、既にフラフラ状態だ。
まったく、このおっさんたちは……
「おーい、テメェら、いい加減にしまいにしろ! さっさとこれ食って、寝てやがれ!」
俺たちが現れて叫ぶと、誰もがぐでんぐでんになりながら、手をあげる。
「うお~、にいちゅあん、ろこいっでだんだよ~、おでのさけをのめねえのがよ~」
「坊や~、おねえちゅあんをべっどにはごんで~、そしたら~してあげる~、ちゅ~」
「ヴぇりゅどどの~」
「ウラもムザジもごいよ~」
すげーな、酒って。屈強なハンターたちですら、殴るより酒飲ましたほうが簡単に倒せるんじゃねえの? と思えるぐらい酷い。
しかも、大半が服脱いだ裸族状態。ウラとムサシも思わず目を背けるほど、見てられぬ状態。
ったく、
「ほれ、俺からのおごりだ」
「お~、なんら~、にいちゃんの、なんかくわぜてぐれんのか? なんらこら~」
つーか、こいつら、俺が何をしようとしてるのか、何を差し出されてるのか、自分たちが何を食おうとしているのかも全然分かってねえ。
一応、器は受け取って、フォークも持ったが、寝たり起きたりを繰り返してる。 零しそうだ。
「ヴェ、ヴェルト、ここまでくると、なんというか、食べさせがいがないのでは?」
「うう~、せっかく、せっかく、殿が情熱を注ぎ込んだものを!」
「くははははは、いいんだよ、これで。ラーメンの食い方なんて、下品で上等なんだよ」
全員に行き渡って、皆がそれぞれの態勢やタイミングでフラフラとラーメンを啜ろうとし始めた。
そして、次の瞬間……
「「「「「ッッッ!!!!!!!!」」」」」」
全員が、一口目を口にした瞬間、両目を見開いて意識を覚醒させた。
「「「「「ウッ………………ウマッッッ!!!!!!!!」」」」」」
そして、二口目からはもう滅茶苦茶だ。誰もが汁を弾こうが、音を立てようが、とにかく夢中で貪り喰らった。
「うまっ! うーまっ! うおお、なんだこりゃあ!」
「じゅるうううううううううううう!」
「かー、染み渡る~、なんだこりゃ! うおおおお、ちょっ、うま!」
「ぎもじわるい~、はぎたい~、れもはぐのがもっだいないぐらい~、うまい!」
「おおおお、弟くん、何よ、おいしいじゃない! なんだろ、お腹に優しい、スープも濃すぎずアッサリしていて良い感じ!」
「っか~、スープがいい! なんつ~かこ~、落ち着くっつうか」
なるほど、先生が命をかけるのも分かる気がする。
結局、この光景だけで十分なんだろうな。
どんな食い方されようと、どんなに手間ひまかけようと、ただ、「うまい」の一言だけで心が満たされる。
「はは……あははは、すごいなヴェルト。みんな、一心不乱だ」
「はい。では、僭越ながら拙者もいただきます……おお! こ、これは! うま! あっ、失礼! とても美味でござる」
ああ、また同じ光景に戻った。
人間も魔族も亜人も関係なく酔っ払って盛り上がった宴会が終わったと思ったら、今度は三種族関係なくラーメンに夢中になってる。
ウラもクリとリスも、ムサシもハンターもだ。
「ふん、まったく品がないな」
「なによ~、ウラちゃん、これすごくイイじゃない。う~、でも太ったらどうしよ~」
「スープまで~、飲んだら~太ると思うけど~、私は飲む~!」
「ハンター殿。スープが溢れているでござる。まったく、だらしないでござる」
「うおおお、もったいね~、つーか、おかわりあるか? 吐きそうなほど腹いっぱいなのに、もう一杯だけ食いてえ!」
ああ、これでいいんだよ。
せっかく楽しめそうな時に、いちいち、過去のしがらみを蘇らせてメンドクセーことするより、ただ、楽しんで、腹が減ったら飯食って。
「ふん。これでいいんじゃねえのか? 愚弟」
「ああ。これでいいよ、俺たちは」
戦争にも出てねえ、勇者でもねえ俺には、種族同士や戦争がどうのの問題なんて、こんなもんでいいんだよ。
そうだよな? 先生。
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