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第三章

第88話 すねすね姫

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 村に帰ったら、村人全員が山に向かって跪いて祈りを捧げていた。
 どうやら、突如崩壊した大地や森で暴れるドラゴンの姿を見て、この世の終わりだと勘違いしていたようだ。
 脅威は去ったと伝えて村人たちは胸を撫で下ろしたものの、美しい森がメチャクチャになってしまったことに肩を落としていた。
 俺がやったというのは、黙っていた。

「回復薬である程度回復したが、少し安静にするんだな……クソバカ愚弟」

 安宿のボロッちいベッドに横たわり、全身包帯とギブスでミイラ状態になった俺に、ファルガは容赦なかった。
 命あるだけありがたいと考えるべきか微妙なところだが、とにかくしばらくは一人で寝起きも食事もトイレも出来ない状態だった。

「まったく、無茶をする! このバカものめ」
「う~、殿~、拙者がついていながら~、拙者がついていながら~」

 ベッドの両脇で待機しているウラとムサシは片時も俺から離れようとしなかった。
 俺がほんの僅かな動作でもしようものなら、「何がやりたい!」「殿、拙者が!」と反応する。
 まあ、正直助かってるんだが。

「ヴェルト、用を足したくなったらいつでも言え。尿瓶を用意している。他の者には恥ずかしくて言えないだろうから、私がやる」
「殿! 体を拭きたくなったらいつでも言ってくだされ! 拙者、常に清潔な布を用意して待機しております故に!」
「そうだ、ヴェルト、お腹空いてないか? ライスをスープにして食べやすくした。ほれ、あ~ん」
「あいや待たれよ、ウラ殿。殿の奥方であるそなたの手を煩わせることはありませぬ。ここは拙者がやりますゆえ」
「いや、いい。お前は外で見張りでもしていろ」
「いえいえ、拙者、お側仕えとして片時も殿の側から離れるわけにはまいりませぬ」
「ぐぬぬぬ、そ、そうだ、ヴェルト。そ、その、お前も年ごろの男子なわけだし、え、え、エッチなこ、こととか、その、わ、私を使ってもいいんだぞ?」
「あいやまたれよ、ウラ殿! 殿の夜伽も拙者が……せ、せっしゃが、ぼ、ぼーちゅうじゅつ……で、ふ、ふにゃぁ……」

 やっぱ、邪魔だ。
 普通に看病して欲しい。つか、重症患者の前で喧嘩すんなよ。

「いや~、良かったね~、弟くん。弟くんみたいなめんどくさい男には普通、こんなに尽くしてくれる女の子いないよ?」
「兄さん、男っすね!」

 そして、何故か部屋のボロ椅子に腰を下ろしてくつろいでいるクレランに、テーブルの上で機嫌良さそうに座ってる、ドラ。
 いや、その前に…………

「って、お前ら何をのほほんとしてんだよ! 喰う喰われるの間柄だっただろうが!」
「だって~、もう、ドラちゃんは弟くんのモノなんだから食べちゃダメなんでしょ~?」
「襲ってこないならオイラは大丈夫っす! むしろ美人の姉さんと仲良くなれてラッキーっす!」

 なんだったんだ? 俺のあの命をすり減らすような死闘は。
 こうまで、アッサリと仲良くなられると、あれほどの殺し合いはしなくて良かっただろうと言いたくなる。

「どっちにしろ、愚弟。テメエのその怪我じゃ、旅には出れねーだろ。しばらく、クソ大人しくしてるんだな」
「かっ~、マジかよ。せっかく、手がかりを見つけたってのによ!」

 そうだ。俺が何よりも悔しいのは、神乃の手がかりと思えるドラが手に入ったのに、しばらく身動き取れないことだった。
 あいつと会えるかもしれない。そう思うとすぐにでも動き出したかった。でも出来ない。
 それが歯がゆくて、悔しくて、苦しかった。
 だが、俺がその想いを顔に出していると、ウラが何だかつまらなそうにむくれた。

「また、その話か。ヴェルト、いい加減お前の探している者とは何者か教えてくれぬのか?」

 まあ、気になるのも仕方ねーか。だが、俺はこれに関しては何度も誤魔化してきたし、正直、今の時点で誰かに言う気はなかった。

「だから、言っただろうが。教えるなら、まずはフォルナに教えてからって」

 すると、それが琴線に触れたのか、途端にウラが怒鳴った。

「ッ~、な、何がフォルナだ! 五年も音信不通な女にいつまでも義理を立てている!」

 その思わぬ大声に、俺もムサシもファルガも思わず驚いた。

「ねえ、フォルナって、確かファルガの実の妹さんよね?」
「ええ。拙者も会ったことはないでござるが」
「愚弟の婚約者だ。今は、帝国と神族大陸を行ったり来たりだがな」
「えええ! ちょっ、兄さんって婚約者居たんすか! オイラ、てっきりウラ姉さんが兄さんの恋人だと思ってたっす」

 正直、ドラの言うとおり、この五年の間、俺とウラは周りからそう見られなくもなかった。
 だが、俺はテキトーに流した。ウラもまた、あまり直接的な行動を取っていなかったから、俺も特に何もしなかったが、ウラのこんな顔を見るのは初めてだ。
 そう……直接的な行動は……た、たぶん……俺の寝ている間は分からねえが……たぶん、一線までは越えていないと思う……

「大体、幼なじみがなんだというのだ。お前が五年間もフォルナと共にいたなら、私だってこれで五年もお前と一緒に居るし、正直私の方がお前のことを理解していると思っているぞ!」

 何だか、ウラらしくねえな。
 いつもならちょっと怒ってむくれて、拗ねるぐらいの反応なのに、今日はやけに言ってくる。

「ヴェルト、正直、私のことでお前が知らないことはないし、知らないことがあったとしたら何でも教えるつもりだ。人は誰もが何かしら言えないことぐらいはある。でもな、私はお前には言うぞ。それはお前に何かを隠していると思われたくないからだ」

 どうしたんだ? こんなに捲し立てて。確かにフォルナとこいつはあまり仲良くなかったが、ここまで感情的になることか?
 ついに欲求不満が爆発したか? それはそれで申し訳ない気がするが、俺が自分や前世のことを教えないことはいつものことじゃねえか。何をいきなり怒ってんだ?


「しかしだ、ヴェルト。それでもお前の中にあるフォルナが大きいというのであれば、それは仕方ない。認めよう。だが、それを認めるのはフォルナまでだ。しかし、お前の今探している者については、そのフォルナすら知らないときている」

「まあ、教えてねえしな」

「そうだ。だからこそ、許せん! 私やフォルナすら知らないお前の探し人! 私たちのお前が、命をかけてまで、人生を捧げてでも会おうとしている人を、私たちは知ってすらいないのだぞ! お前が、お前がこんなにボロボロになってまで会おうとしているのにだ!」


 あっ…………ああ…………そういうことか…………

「つまりだ、本来俺のことを一番知っているはずのお前にまで隠し事をしているから、モヤモヤして仕方ないってことか?」
「あ~、有り体に言えばそうだ」
「弟くん、少しはデリカシーって知らない?」
「愚弟は昔からこうだ」
「殿はなかなか酷でござるな」
「兄さん、女心っつ~のを分かってるけど、配慮がないっすね~」
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