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第三章

第81話 今からただの敵だ

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「ッ、お、弟くん? どういうことかな? かな~? ねえ? かな~? お姉ちゃん、怒っちゃうよ?」

 いや、おい、ちょっと待てよ。
 何でカラクリドラゴンの口から、「そんな言葉」が出るんだよ。

「おい、鉄くず」
「し、しどいっす!」
「テメエ、てーやんでーべらんめーって、どこでその言葉を覚えた?」
「えっ?」
「質問に答えろ。答えなければ、もう一度あの女に食わせる。だが、答えれば、ちょっと考える」
「言う、言うっす! オイラのご主人様っす! オイラのご主人様が、ある日、怒ったときに言ってた言葉で、なんかオイラも気に入ったんで真似ただけっす!」

 ご主人様が言った言葉? ファンタジー世界の?

「おい、ウラ! ムサシ! 『おこ』、『てーやんでーべらんめー』『激おこプンプン丸』とか、どういう意味か知ってるか?」
「………? なんの呪文だ、それは?」
「申し訳ありません。拙者、そのような言葉は存じ上げぬでござる」

 知らない。一応は十代の若者である二人が知らない。
 試しに、ファルガやクレランを見ても、首を横に振っている。
 つまり、この世界では一般的ではないということだ。

「おい、鉄くず」
「ちょ、兄さん、さっきから鉄くずって酷いっす! そもそも、オイラにはご主人様がつけてくれた、『ドラノスケエモン』という名前があるっす!」

 ………おい、それを先に言えよ。

「おい、ドラちゃん」
「あっ、何でご主人様がよく言ってたオイラのあだ名を知ってるっすか!」

 何か、聞いたことのある名前だな。
 朝倉リューマの時代、日本に住む日本人なら大人から子供まで知っていた。

「なあ、ウラ、ムサシ、ファルガ、未来からやってきたドラ猫型任侠ロボット、ドラノスケエモンって知ってるか?」

 知ってるはずがない。ウラたちは余計に首を傾げている。
 この世界ではありえないはずのもの。それが何を意味するか?
 つまりは、そういうことだろう。

「おい、ドラ。お前のご主人様、どこに居るんだ?」
「わかんねーっす。神族大陸のどこかってことしか。さっきも言ったように、オイラ、屋敷から出たことなくて、コッソリ外に出て探検していたら、人間に捕まって連れてこられたっす」

 神族大陸か。よりにもよって。
 
 だが、こいつのご主人様は、ほぼ間違いなく、俺や宮本たちと同じ存在だ。

 何よりも、あの世界でも廃れかけたギャル語を使用していた奴は限られる。
 そして、俺は実際に、クラスメートのある女から、言われたことがある。


―――朝倉くん、修学旅行は行かないってどういうこと! てーやんでい、べらんめーだよ! いこ、みんな楽しみにしてるよ


 お前なのか?

「神乃………」

 まさか、こんなところで、こんな短期間に手がかりを見つけるとは思わなかった。
 だが、もしそうなのだとしたら? 
 
「事情が変わった」
「えっ?」
「ドラ。テメエを助けてやるよ」

 だったら、俺のやるべきことは一つしかない。

「ええええええええええ、ま、マジっすか! にいさああああああん!」
「愚弟?」
「ヴェルト、どうした、いきなり!」
「殿! あっ、いえ、殿がそう判断されるのでしたら、拙者も協力しますが!」

 今、こいつを死なせるわけにはいかねえ。
 同情でも優しさでもねえ。ただの手掛かりとして。

「弟くん、どういうつもりかな? 私、怒っちゃうよ?」
「ああ。そこを見逃してやれねえか? あとで、うまいメシを食わせてやるよ。俺の手作りラーメンでもな」
「………できないよ………さっきから食べたくて、食べたくて、我慢できないの。もし、まだイジワルするなら………ファルガの弟くんでも許さないよ?」

 まあ、当然話し合いでどうにか助けられるとも思えねえがな。
 だが、それでも助ける、いや、助けなきゃなんねえ理由ができた。

「ああ、かまわねーぜ。どうしてもこいつを食いてえっていうなら、今からテメエはただの敵だ。ぶっ倒してやるよ」
「はっ? ぶっ倒す? なにそれ? 血の匂いなんてまるで染み込んでないお利口さんの弟くんには似合わない言葉だよ?」
「だからどうした。雑食この上ないお嬢様を、俺が料理してやるよ」

 こればっかりは引くわけにはいかねえ。
 たとえ、目の前の美人な姉さんの顔が、恐ろしい鬼のような表情に変貌しようとも。


「ふ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん」


 どうやら、腹を好かせた獣の逆鱗に触れたようだな。

「ちっ、愚弟が。メンドクセーことしやがって」
「も~、ヴェルトは何でこ~突発的に意味の分からぬ行動に出る!」
「どちらにせよ、拙者はどこまでも殿に付き従うでござる」

 俺の突然の行動にもかかわらず、文句を言いながらもファルガたちはクレランと対峙するように構える。
 今の俺たちなら、このメンツなら正直、この女が何者でも負ける気はしなかった。


「弟くんが強気なのは、四人がかりだからかな? 確かにさっきも言ったけど、四人がかりで戦われたら、さすがに私でも勝てないわ………四人がかりなら………ね」


 クレランの全身から眩いまでの光が溢れ出た。

「ッ、なんだ、この光は」
「ヴェルト、気をつけろ」
「拙者が相手をいたす!」

 何をする気だ? 
 その瞬間、ファルガが叫んだ。

「ちっ、おい、下がってろ、テメェら!」

 ファルガには何が起ころうとしているのか分かったのか?
 頬に一筋の汗が流れている。

「メンドクセーことになった。モンスターマスター三つ目の能力」
「なっ、三つ? モンスターマスターって能力がそんなにあんのかよ!」

 俺たちが驚愕する中、輝く発光の中で笑みを浮かべたクレランが語り始めた。

「モンスターマスターはね、三つの能力を持っているの。一つ目は生物の言語は何でも分かる。二つ目は食べた生物の能力を会得することが出来る。そして三つ目は、食べたことのある生物を自分の魔力と引き替えに生み出すことが出来る」

 それは、あまりにも悍ましい能力だった。
 光が天を穿つほどの柱を作り出し、その光の柱がやがて三つに分裂し、徐々に何かの形を型どり始めた。

「昔、ファルガと一緒に始末してペロリと平らげた。うふふふ、死にかけたよね、私たち」
「テメェ、クソ女!」
「この子達と会うの、久しぶりだよね、ファルガ」

 ああ、これは違う。
 カラクリドラゴンのドラなんかとは全然違う。
 家よりも遥かに巨大な図体、強固な皮膚に、鋭い鉤爪と牙に、刺々しい角。
 そして何よりも、その圧迫感は、正に本物と呼ぶにふさわしいもの。
 
 これが、正真正銘ファンタジーの代名詞。


「炎竜! 氷竜! 風竜!」


 ドラゴンの中のドラゴン。
 それが、まさかの三体も、森林を踏み潰して目の前に出現した。

「あら、これで四対四だね」

 やってくれるぜ、このお姉さんは。
 まあ、俺が自分で蒔いた種でもあるんだがな。
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