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第三章

第79話 逆に驚いた

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 森を歩いても、特に変わった様子はない。小川も静かに流れたまま。
 神経を張って鳥や虫の様子を伺っても変化無し。
 この土地自体も麓に小さな村があるが、村人も獣やモンスターの被害があるわけでもない。
 いたって、普通の森。

「おい、ファルガ~、ぜんぜん見つからねーじゃねえかよ。本当に、ドラゴンなんて居るのか? そもそも、どんだけデケードラゴンか分からねえけど、居れば結構簡単に気づくんじゃねえか?」

 ファルガは何も言わずに無言で歩いたまま。正直、疲れてきた。

「確かに手当たり次第とはいえここまで痕跡がないと疑いたくなるな」
「殿、喉が渇かれたのでしたら、こちらに水筒があります。どちらかで一度休憩でも?」

 今のところ、あのクレランという女がドラゴンを見つけて食べたとも思えない。
 他のハンターたちだって、見つけたらもっと大騒ぎしているはずだ。
 俺は何だか疲れて、飽きて、やる気も微妙になってきた。大体、そのカラクリドラゴンがこの近くに居る確証なんてそもそも無いからである。
 木に寄りかかって一息つく俺を見て、ウラとムサシも足を止めた。二人とも声には出さないが、微妙に飽きてきたと分かる。

「クソ軟弱共め。仕方ねえ、休憩するか」

 俺たちのテンションを見て、ファルガもここらで一息つこうと休憩を促す。
 大きめの鞄から水筒とサンドウィッチを俺たちに放り投げ、俺たちもホッとためいきついた。

「ったく。愚弟が、まだ五時間程度しか探してねえのに、バテやがって」
「いやいや、五時間って相当だぞ? しかも、ただ歩いたわけじゃなくて、周りに気を配って神経使うわで、もう……」

 モンスターとの戦闘でもあれば違ったか? いや、別に戦いたい訳じゃねえけど、これだけ森を歩いていたら遭遇してもおかしくないが、特にトラブルもなく平和そのもので、なんだか拍子抜けした。

「ふん、なら覚えておけ。ハンターってのはこんなもんだ。獲物がかかるか、財宝が手に入るどうかじゃねえ。まず、その獲物が居るかどうかすらも確証がねえ。だがな、確証があるから動くんじゃねえ。財宝だってそうだ。そこに財宝が埋まっていると確証があるから穴を掘るんじゃねえ。ハンターを突き動かすのは確証じゃねえ。ただの本能だ。その結果、空振りに終わろうと、それが俺たちの仕事だ」

 少し珍しかった。
 ガキの頃、ファルガは王位を継ぐのが嫌で、ハンターになったのだと思っていた。
 だが事実は、ファルガはハンターになるために、王位を捨てて家を飛び出したんだと思う。
 ファルガはファルガで分かりづらい性格だが、それなりにハンターに対する思い入れがあるんだろうなと感じ取れた。

「ハンターでござるか。拙者は複雑でござるな」
「ああ、そういやー、ムサシの両親と仕えてたエルフはハンターにやられたんだっけ?」
「はい。あっ、その、もちろんあれから拙者も考えて、人間全てを恨むという一括りにする考えは間違いだと思うようになったでござるが、やはり、ハンターというものにはまだ複雑な気持ちでござる」

 そうだった。シロムでは色々ありすぎて、こいつの過去はすっかり忘れていたが、ムサシが人間嫌いになった理由は、ハンターが原因だったんだ。
 高値で売買されるエルフや亜人をハンターに乱獲され、それを防ごうとした両親もハンターに殺された。
 そりゃー、複雑だよな。

「その話だが、恐らくそれを実行したクソ共は、『ラブ・アンド・マニー』が雇ったハンターだろうな。俺がまだ駆け出しの頃にシロムで大量のエルフや人魚が取り引きされた時期があった。ほとんどがセリ落とされたようだがな」

 ラブ・アンド・マニーか。
 その名前は微妙に引っかかった。

「ジーエルたちの、そして宮本……いや、ムサシの爺さんが潰そうとしていた組織か」

 シロムでの別れ際に宮本が告げた言葉。
 ラブ・アンド・マニーのボスが、朝倉リューマのかつての同級生だということ。
 
「なんだ、愚弟。興味あるのか?」
「いーや、全然」

 気にならないわけがない。
 宮本によれば、組織のボスは加賀美であり、そして加賀美はこの世界ではもう狂ってしまったと言っていた。
 あいつ自身にまだ会っていなくても、よほどのことがあったというのは伺える。
 そんなあいつに俺は何て言う?

「で、ムサシ。実際のところ、テメエはどうすんだ? 人間への恨みは綺麗さっぱり流して、俺の後ろにくっついてくるのか?」
「それは、今の時点では何とも言えぬでござるが……殿やファルガ殿は特別であって、人間に対しては何とも……でも、殿に生涯仕えたいという思いにウソはないでござる! 殿は特別の中の特別でござる! 最上の特別でござる!」
「そ、そうか……ちょっと照れるが……まあでも、人間全部に対してはそう簡単に割り切れるもんじゃねえよな……」
「正直、拙者自身も戸惑っているでござる。だからこそ、殿はどうなのでしょうか? ご両親を亜人に殺されながら、同じ亜人である拙者を割り切ることは簡単に出来たでござるか?」

 割り切る? いや、多分、それは俺も微妙なところではあるな。
 実際に、親父やおふくろを殺した亜人を目の前にしたら、どうなるかは想像できねえ。
 亜人って聞いただけで微妙な気分になる。
 だが、だからといって、ムサシや宮本たちに拒絶反応が出るほどでもねえ。

「割り切ったつうより、俺は単純に運が良かっただけだと思う。俺は、恨みや憎しみや悲しみで狂っちまうほど墜ちなかったから」
「それは、あの、まさか、ご両親を殺されて……それほど悲しくなかったと?」
「いいや。泣いたよ。後悔したよ。亜人をぶっ殺してやろうと思ったよ。でもな、俺が狂う前に救い上げてくれた奴が居たからな」
「救いあげてくれた?」

 そう、俺は運が良かったんだ。鮫島よりも。宮本よりも。
 大切なものを失って、憎しみに囚われるようなことはなかった。

「一人は俺の先生だ。本当の俺を理解して、俺自身が何も隠さずに語り合うことが出来る人。もう一人は……少しマセガキだが、ガキなりに、本気で俺のことを好きだと言って、本気で俺のために泣いたりしてくれた奴が居たからな」

 先生。そして、フォルナだ。俺は二人が居たから、今でも俺のままで居れるのかもしれねえな。

「愚弟。お前、それを愚妹に言ってやれ。この世のものとは思えねえほどクソ喜び狂うぞ?」
「……ふん……私だって、同じ状況に居たら絶対に……」

 いや、フォルナには言わねえよ。言ったら、すげえ調子に乗りそうで、なんかムカツクから。
 あと、ウラ。そこで競っても仕方ねーから、あんまむくれんなよ。

「とにかく、俺は今言ったように運が良かったんだ。今も前世も、何故か手を差しのばしてくれる奴が居た。だから、あんま参考にはならねえよ」

 前世。そうだ、朝倉リューマの時もそうだった。
 一人で何の意味もなく反発して、そんな俺に手を差しのばした女が居た。

「ウラ殿はどうでござる?」
「私も微妙だな。母上はイカれた人間に殺され、父上も、昔からの臣下たちも皆殺されて人間に対していい感情はないが、それでも戦争であるという前提でのことだから、無理やり割り切ろうとはしたがな」

 そう、だから、ムサシもウラもウダウダ考えすぎなんだよ。

「割り切るとかどーでもいいだろ、そんなもん。嫌いなもんは嫌いで、好きなもんは好きなもん、好きになったら仕方ねえ。そんなんでいいんだよ、俺たちはよ」
「殿~、しかし、世の中はそんな単純に好きと嫌いでは分けられないでござるよ」
「だったら、分けられない奴は好きでも嫌いでもない。つまり、敵でも味方でもねえってことでいいだろ」

 難しい顔をしていたムサシも、何だか考えるのがアホらしくなったのか、木に寄りかかって上を見上げた。
 俺の言ったことで、こいつが何を感じたのかは分からない。
 だが、目の前でグズグズ考えられるよりは、どこかスッキリした顔をしていた。
 何だか空気がまったりとし始めた。
 しかし、その時だった。


「ギャアアアア、た、助けてくださいっすー!」


 その時、恐怖の入り交じった悲鳴が森中に響いた。

「や、やだ、殺される! 喰われる! 誰か、誰か助けてぇっすー!」

 声の主は一人のようだが、無我夢中で叫んでいるのだろう。
 鬼気迫る驚異を感じ取ることが出来た。

「おい、ファルガ、この当たりは、凶暴なモンスターとか動物は居ないんだったよな?」
「少なくとも、プロのハンターが恐れをなして逃げるようなのはな」
「ただし、ある例外を除いて……でござるな……」

 自然と俺たちにも緊張感が走った。

「やれやれ、人が真面目な話をしてる時に」
「無粋な奴だ」
「まったくでござる」

 俺にとってはドラゴンなんて初めて見る。
 まずい、かなり緊張してきた。てか、大丈夫だよな? 
 いきなり喰われたりしないよな? 
 だが、この悲鳴は「喰われる」とハッキリ言ってる。

「ふん、クソが。向こうから出ててきやがったか」

 ファルガの口角がつり上がる。全身から突き刺さるようなプレッシャーを感じる。
 本気だ。

「ヴェルト、少し下がっていろ。援護を頼むぞ」
「殿には指一本触れさせないでござる!」

 前衛にファルガ。二列目にウラとムサシ。最後尾に俺がその辺に落ちてる岩でもなんでもいつでも浮かせてぶつけられるように待機。

「ったく、ウザってえファンタジーの天然素材が! 来るなら来やがれ!」

 さあ出てこい。覚悟も決まった。いつでも相手してやるぜ。


「いやああああ、誰か助けてくださいっすー!」


 そして、深い林をかき分けて現れたその姿を俺たちは見た。

「なっ!」
「なんだと!」
「なんと!」
「こ、こ、これが、カ、カラクリドラゴン!」

 飛び出してきたのは、両翼を羽ばたかせ、二本の角、二つの腕とかぎ爪に二本の足。
 典型的なありふれたドラゴンといえばドラゴンだが、その皮膚は目玉に至るまでが全て灰色の鉄なのかステンレスのように見え、部分的に繋ぎ目が見られる。
 確かに、生物というよりは、物質が動いているように見える。

 だが、俺たちが驚いたのはむしろそこじゃなかった。
 驚いたのは二点。

 まず一つ目は大きさだ。

「こ、これは、本当か?」
「うむ、かわいい?」
「なんと、ちい、ちい、ちい、ちいさ……」
「ちっ、ちいせええええええええええええ!」

 そう、林の奥から飛び出してきたカラクリドラゴンは、メチャクチャ小さかった。
 なんか、猫や小型犬ぐらいの大きさしかねえ。

「うわああああ、殺される~!」

 そしてもう一つ驚いたのは、これだ。
 てっきりハンターの誰かがカラクリドラゴンに追いかけられて悲鳴を上げているかと思ったが、違う。

「まちなさーい! 大人しく、食べられなさーい!」

 悲鳴を上げて逃げていたのは、カラクリドラゴンの方。
 カラクリドラゴンは鳴きながら、いや、泣きながら、捕食者となったクレランに追われていた。
 そう、


「うわああん、もう、人間ってこえーっすよー!」


 カラクリドラゴンは人間の言葉で悲鳴を上げていた。


「「「「「しゃ、しゃべった!!」」」」」


 ドラゴンて喋る? いや、ファルガも絶句している。
 俺たちは一体、この状況をどうすればいい?
 何が起ころうと即座に動き出せるように身構えていたのに、俺たちは誰一人として一歩も動けないままだった。

 こいつが敵なのか味方なのか、どちらでもないのか、この時ばかりは判断できなかった。

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