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第三章
第78話 みんなで仲良くハンティング
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金と浪漫に目がくらんだ冒険者たちが、早い者勝ちのように森の中へとなだれ込む。
「おい、占術使って、場所を特定できるか?」
「まずはこの村で猟師をやっているものが居たら、生息している野生動物や魔獣の生態系の情報を入手しようぜ」
「おい、この山の中は高レベルモンスターはいないらしいが、結構広い。捜索範囲と、目印を決めておこうぜ」
「森と山のルートも調べておこうぜ」
意外だった。全員が手当たり次第というわけではない。
それぞれのスタイルや作戦があるのか、ハンターたちは各々のやり方でカラクリドラゴンを探そうとしている。
一方で俺たちは? ファルガは無言のまま先頭を歩くだけで、特に俺たちに指示はない。
「おい、ファルガ、これでいいのかよ? なんか、索敵魔法みたいなの使ってる奴らもいるぞ?」
「ふん、ああいう魔法はテメェの勘や感覚が身についてねえ奴らが身につける能力だ。俺には必要ねえ」
「いや、そんな感覚的な話をされてもだな~」
「長年経験していけば、ただ森を歩く、落ち着いて呼吸をして天と地を虫や鳥の息遣い一つ一つを感じ取る。それだけで、クソみてえに小さな違和感すら目につくようになる」
「ああ、ダメだこの兄貴、素人に優しくねえ。天才すぎるわ」
俺たちも何か作戦を考えた方がいいんじゃないか? すると、ファルガは後ろを振り返らずに淡々と話した。
「カラクリドラゴンの生態はクソ解明されてねえ。ただ、そういうドラゴンを神族大陸で目撃されたという情報だけだ。目撃した連中も余計な戦闘を避けるためにやり過ごしたため、カラクリドラゴンの力がどの程度かも分からねえ。だからこそ、今回のオークションに出品されると聞いたとき、クソ驚いた。誰が、どうやって、いつ捕獲できたかは分からねえ。正直分からねえことだらけの敵をあれこれ考えても仕方ねえ。テメエの勘を信じて歩くしかねえ」
「つまり、手がかりなしだけど、テキトーに歩いて見つかればラッキーってことか? テメエはそれでもハンターかよ」
だが、それも仕方ねえ。
今、改めて俺たちのパーティーを見ると、槍使い、格闘家、剣士というあまりにも攻撃に特化したメンツばかりだ。
正直、万能な魔法使いでも居てくれれば楽だから、集まってるハンターと協力すりゃいいのに、ファルガは断固として断りやがった。
まあ、元々群れるのがガキの頃から嫌いな奴ではあったけどな。
「ファルガよ、例のクレランという女はどうなんだ? モンスターマスターと呼んでいたが、居たら相当助かるのではないのか?」
「うむ、少々怖い方でござったが、モンスターマスターとはこの世の動物や魔獣などの言語を全て理解して、時には自分の仲間にする、『生物界の突然変異体』。これまで、魔族、亜人、人間でも何人か確認されているが、それほど数の居ない貴重な存在でござろう?」
モンスターマスター。
俺もよく分からないが、そういう職種というよりも体質を持った者をそういう総称で呼ぶらしい。
その体質に、種族は関係なく、才能の一つとして備わるもの。
朝倉リューマの世界で言う、絶対音感みたいなもんかもしれねえ。
ただし、その能力は訓練で身につけることはできない、先天的に備わるものらしいが。
「あのクソ女には関わるな。まあ、向こうから関わってくるんだろうがな」
「くははは、何だよ、随分とテメエがビビってるじゃねえかよ。何か昔にあったか?」
「あのクソ女は、確かにモンスターマスターではあるが、本質は違う」
「本質?」
「そもそもテメェらは、モンスターマスターってのをクソほども分かってねえ。あれは、ただ動物やモンスターと意思疎通ができるとか仲間にするとか、そういうもんじゃねえ」
興味本位で聞いてみた。
すると、
「お姉ちゃんとファルガはね~、まだ駆け出しの頃に出会ったのよ」
いつの間に! いつの間に俺の肩を組んで歩いている女が居て、柔らかい微笑みを見せていた。
「ッ、クソ女が!」
「ヴェルト!」
「くっ、下郎! 殿から離れるでござる!」
誰も気づかなかった。
それゆえ、その姿を見た瞬間、誰もが即座に攻撃動作に移った。
だが、
「あは! も~、怒っちゃダメなんだからね、ぷん・ぷん♪」
ファルガの槍が、ウラの拳が、ムサシの剣がクレランを捉えたかと思ったら、その攻撃が全て通り抜けた。
「ちっ」
「な、す、すり抜けた!」
「なっ、お、お化けでござる!」
気づけば、俺の肩に回す手にも感触がない。この女、実体がねえ?
「うふふ、弟くんの家来さん、すっごくかわいいね。お化けなんてね! それにしてもひどいぞ~、仲間に入れて欲しいのに、無視してどんどん先に行っちゃうんだもん」
声がした。気配も感じる。見上げると、木の枝に座ってニッコリと微笑んでいるクレランが居た。
今のは、一体?
「ふふ~ん、不思議そうな顔してるね、弟くん。知りたい? 知りたいでしょ~、仕方ないね、うんうん。お姉ちゃんが教えてあげよう!」
別に聞いちゃいないが、自分からベラベラ喋ってくれるようなので黙っていた。
「魔虫のミラジュって知ってる? ミラジュは小さく戦闘能力もない最弱クラスの魔虫。でもね、野生においてその生存率は他の魔虫に比べて格段に高い。それは、天敵に襲われそうになったとき、ミラジュは自身の体温を変化させて蜃気楼を起こすことが出来るの」
学校の先生のように解説しだすクレランだが、正直それとこれに何の関係が?
すると、その説明が全て終わる前に、ファルガが飛んでいた。
「クソ死ね」
「も~、ファルガ~、今は弟くんにレクチャー中なんだからね!」
だが、
「うふふ、ピューっとね!」
「ッ、クソが!」
次の瞬間、クレランが口から白い何かを吐き出した。
「ファルガ!」
「触るな、ヴェルト!」
「な、なんでござる! 殿、拙者の後ろに!」
咄嗟に避けるファルガだが、その白い何かが地面に着弾したとき、俺たちは目を疑った。
それは、巨大な蜘蛛の糸。
「すっごい、反応だね、ファルガ」
何でこの女は口から蜘蛛の糸を吐き出せるんだよ!
「これも、魔虫の一種なんだけど、エレファントスパイダーって知ってる? 魔族大陸にしか存在しない巨大で凶暴な肉食蜘蛛。人間なんてこ~、パクッて丸飲みしちゃうほど怖いんだよ~。でもね、一番怖いのは、体内から魔力を内蔵した弾力性や伸縮性に優れながらも半端な攻撃では決して切ることのできない糸を作り出すことなの」
だから、それはいいとして、何でそんなことをあんたが出来るんだよ。
そう思った瞬間、ファルガがため息をはいて答えた。
「これが、この女の正体だ。モンスターマスターにとって、生物の声が分かるのは、おまけみたいなもんだ。その本質は、食った生物の能力を自分のものにできることだ」
く、食う?
「食うとは文字通りだ。始末して焼くか、それとも戦闘中に生きたまま喰らいつくか、それともバラバラに解体して料理して食うか、そんなところだ。この世の全てのモンスターの能力や体質をマスターすることができる。だからこそ、モンスターマスターだ」
食うとは比喩じゃねえ。ましてや、エロイ意味でもねえ。
「ファルガと一緒に居れば、まだまだ食べたことのないモンスターと、い~っぱい出会えるかもしれないからね。以前食べたドラゴン、美味しかったな~」
正真正銘、食うってことだ。
「ちょっと待て、ファルガよ。モンスターマスターにそんな能力があるなど、私は知らないぞ! モンスターマスターの能力は、動物や魔獣と意志疎通が出来るだけではないのか?」
「そうだ。だが、その能力が知られていない理由は他にある。それは、ほとんどのモンスターマスターは能力を自覚した瞬間、菜食主義者になるからだ」
菜食主義者? ああ、ベジタリアンのことか。
「テメエは食用でもない魔獣を、ましてや会話をすることも出来る魔獣を食うことが出来るか?」
た、確かに。
俺もウラもムサシも心から納得できた。
そういえば、似たような話をどっかの誰かが言ってたな。
もし、牛や豚と会話することが出来たら、食べることが出来ますか? とか。
「こいつは食う。動物が泣き叫ぼうが血肉を喰らい、時には臓腑を解体して美味の部分を自分で漁り、平らげる」
「ファルガ、人を異常者みたいに言わないで! それは、自然界の弱肉強食に沿った習わしよ! それに、私はただ、倒した魔獣たちの死を無駄にしないよう、血の一滴から骨の髄まで平らげるのが礼儀と自然の摂理だと思っているだけなんだよ?」
いや、まあ、残酷な調理法とか食い方をいちいち議論する気はねえ。
牛乳なんて常に牛を妊娠させてるし、魚の活け作りとか、躍り食いとか、フォアグラの製造方法とか、別に人間はいくらでもやるし、俺も美味しく頂いている。
問題はそこじゃねえ。
俺に出来るか? 意志疎通が出来る相手を食うことか?
多分、無理だ。精神が犯される。
そりゃあ、モンスターマスターがベジタリアンになる気持ちも分かる。
それをこの女はやる。
「なるほどな。ポワポワした姉さんかと思ったが、随分とワイルドな姉さんじゃねえか。まあ、それはそれで、イカしてんじゃねえの?」
まさに文字通りの肉食系。精神を犯されることもなく肉を喰らう。
ただ、この女は異常者とは微妙に言い難い。
異常者とは、俺からすれば、動物の泣き叫ぶ悲鳴とか血を見たりするのが単純に好きだと言う様な奴らだ。
多少の感覚は狂ってるんだろうが、あくまで食うのが目的である以上、それを異常っていうのもどこか違う気がした。
ギャンザのような思い込みの激しすぎる会話の通じないバカ女とは違う。
むしろ、随分と豪快な女だなと思えなくもなかった。
「あら」
「おい、愚弟」
「いやいやいやいや、待て待て、ヴェルト」
「とととととと、殿! 何を仰いますか!」
ん? なんだ? ファルガたちどころか、クレランまで驚いた顔してる。
何でだ?
「殿は怖くないでござるか! このお方が」
「あ? 別にいいんじゃねえの? どうせ殺すなら食おうが捨てようが、こいつの勝手だろ? まあ、人間とかまで食うって話になったら別だけどな」
「い、いやいやいや、しかし!」
「ベジタリアンになって半端な動物愛護精神振りかざされるより、自分の能力最大限に使って前向きに生きてる方がいいんじゃねえの?」
「そ、それはそうとも言えるでござるが」
「まあ、俺は死んでも身につけたくねえ能力ではあるがな」
まあ、趣味でハンティングしたり、毛皮作ったりするのと大差ねえ。
こいつはただ、その動物の声が聞こえるってだけだ
もっとも、俺にはできねえ生き方だがな。
しかもそれを隠す気もなくオープンに生きてる。
「まあ、イーサムよりは怖くねーだろうし、ギャンザよりバカじゃなさそうだから、もう、俺はどうでもいいぜ」
すると、クレランは、ニコニコを通り越して、何だかニンマリとした笑みを浮かべた。
「いいじゃない、弟くん! ファルガがブラコンになる理由が分かるな~、じゃあさ、ファルガにお願いしてよ~、お姉さんを仲間にしてって」
あ、いや、ちょっと待て。
「いや、どーでもいいってのは、あんたに興味がねえってことで、仲間にする気なんかサラサラねえよ」
「えーっ! なによそれ!」
ソレとコレとでは話が違う。
「俺もファルガと同じで、そこらへんは何でもかんでも群れるのは嫌いなんでな」
「ちょっ、なによー! 群れるの嫌いって群れてるじゃない!」
「いや、俺も元々一人旅の予定だったけど、色々あったんだよ」
俺のこの返答に頬を膨らませてむくれるクレランだが、ウラたちは安心したのか何度も頷いている。
いや、そこは俺だって嫌だよ、こんな変な姉さんを仲間に入れるのなんか。
すると、
「ぶ~、弟くんのイジワル~、ちょっとお姉ちゃん怒っちゃうよ?」
「あ? なんだ、テメェ、怒ったらどうなんだよ」
「内臓、ちょっとだけ取っちゃおうかな?」
やる気か? ちょっと顔がマジになってきてる。
気づけば森の木々が揺れ、鳥たちが慌てて飛び立っている。
何だか嫌な空気だな。
だが、喧嘩売った身としては、あんま怖くなかった。
それはさっき言ったように、この女がイーサムよりは怖いとは思わなかったからだ。
だが、
「ふふ、なーんてね!」
次の瞬間、クレランが宙へと飛んだ。
飛行能力? 少なくとも魔法じゃねえ。
「動物的本能。相手の実力ぐらい分かるよ。ファルガも居るのに、そこの魔族ちゃんや亜人ちゃんも相当な手練。『今の私』じゃ勝てないね」
やっぱ、この女は完全に狂ってない。
冷静に相手の力を判断することだってできる。
だが、次の瞬間告げられた言葉に、俺たちは全員凍りついた。
「そう、今の私じゃ勝てない。でも、『カラクリドラゴン』を食べたらどうなるかな~?」
「「「「ッ!!」」」」
しまっ!
「また後でね、イジワルなファルガと弟くん。もし今度会った時も生意気だったら、ファルガを食べちゃうからね」
山の頂上へと飛び立ったクレラン。
その背を見つめながら、俺たちはハッとなった。
カラクリドラゴンの力や能力は不明だが、さすがに弱いってことはないだろ?
そんなドラゴンの能力をあの女が手に入れたら?
「クソが!」
「ちょっ、まずいぞ! ヴェルトが無駄に挑発するから!」
「やば、ちょっと調子に乗りすぎた」
「うおおお、殿ォ、追いかけましょう! 早く追いかけないと、殿が、殿がー!」
かなりメンドーな展開になっちまったな。
これは楽しいハンティングとはいかなそうだぜ。
「おい、占術使って、場所を特定できるか?」
「まずはこの村で猟師をやっているものが居たら、生息している野生動物や魔獣の生態系の情報を入手しようぜ」
「おい、この山の中は高レベルモンスターはいないらしいが、結構広い。捜索範囲と、目印を決めておこうぜ」
「森と山のルートも調べておこうぜ」
意外だった。全員が手当たり次第というわけではない。
それぞれのスタイルや作戦があるのか、ハンターたちは各々のやり方でカラクリドラゴンを探そうとしている。
一方で俺たちは? ファルガは無言のまま先頭を歩くだけで、特に俺たちに指示はない。
「おい、ファルガ、これでいいのかよ? なんか、索敵魔法みたいなの使ってる奴らもいるぞ?」
「ふん、ああいう魔法はテメェの勘や感覚が身についてねえ奴らが身につける能力だ。俺には必要ねえ」
「いや、そんな感覚的な話をされてもだな~」
「長年経験していけば、ただ森を歩く、落ち着いて呼吸をして天と地を虫や鳥の息遣い一つ一つを感じ取る。それだけで、クソみてえに小さな違和感すら目につくようになる」
「ああ、ダメだこの兄貴、素人に優しくねえ。天才すぎるわ」
俺たちも何か作戦を考えた方がいいんじゃないか? すると、ファルガは後ろを振り返らずに淡々と話した。
「カラクリドラゴンの生態はクソ解明されてねえ。ただ、そういうドラゴンを神族大陸で目撃されたという情報だけだ。目撃した連中も余計な戦闘を避けるためにやり過ごしたため、カラクリドラゴンの力がどの程度かも分からねえ。だからこそ、今回のオークションに出品されると聞いたとき、クソ驚いた。誰が、どうやって、いつ捕獲できたかは分からねえ。正直分からねえことだらけの敵をあれこれ考えても仕方ねえ。テメエの勘を信じて歩くしかねえ」
「つまり、手がかりなしだけど、テキトーに歩いて見つかればラッキーってことか? テメエはそれでもハンターかよ」
だが、それも仕方ねえ。
今、改めて俺たちのパーティーを見ると、槍使い、格闘家、剣士というあまりにも攻撃に特化したメンツばかりだ。
正直、万能な魔法使いでも居てくれれば楽だから、集まってるハンターと協力すりゃいいのに、ファルガは断固として断りやがった。
まあ、元々群れるのがガキの頃から嫌いな奴ではあったけどな。
「ファルガよ、例のクレランという女はどうなんだ? モンスターマスターと呼んでいたが、居たら相当助かるのではないのか?」
「うむ、少々怖い方でござったが、モンスターマスターとはこの世の動物や魔獣などの言語を全て理解して、時には自分の仲間にする、『生物界の突然変異体』。これまで、魔族、亜人、人間でも何人か確認されているが、それほど数の居ない貴重な存在でござろう?」
モンスターマスター。
俺もよく分からないが、そういう職種というよりも体質を持った者をそういう総称で呼ぶらしい。
その体質に、種族は関係なく、才能の一つとして備わるもの。
朝倉リューマの世界で言う、絶対音感みたいなもんかもしれねえ。
ただし、その能力は訓練で身につけることはできない、先天的に備わるものらしいが。
「あのクソ女には関わるな。まあ、向こうから関わってくるんだろうがな」
「くははは、何だよ、随分とテメエがビビってるじゃねえかよ。何か昔にあったか?」
「あのクソ女は、確かにモンスターマスターではあるが、本質は違う」
「本質?」
「そもそもテメェらは、モンスターマスターってのをクソほども分かってねえ。あれは、ただ動物やモンスターと意思疎通ができるとか仲間にするとか、そういうもんじゃねえ」
興味本位で聞いてみた。
すると、
「お姉ちゃんとファルガはね~、まだ駆け出しの頃に出会ったのよ」
いつの間に! いつの間に俺の肩を組んで歩いている女が居て、柔らかい微笑みを見せていた。
「ッ、クソ女が!」
「ヴェルト!」
「くっ、下郎! 殿から離れるでござる!」
誰も気づかなかった。
それゆえ、その姿を見た瞬間、誰もが即座に攻撃動作に移った。
だが、
「あは! も~、怒っちゃダメなんだからね、ぷん・ぷん♪」
ファルガの槍が、ウラの拳が、ムサシの剣がクレランを捉えたかと思ったら、その攻撃が全て通り抜けた。
「ちっ」
「な、す、すり抜けた!」
「なっ、お、お化けでござる!」
気づけば、俺の肩に回す手にも感触がない。この女、実体がねえ?
「うふふ、弟くんの家来さん、すっごくかわいいね。お化けなんてね! それにしてもひどいぞ~、仲間に入れて欲しいのに、無視してどんどん先に行っちゃうんだもん」
声がした。気配も感じる。見上げると、木の枝に座ってニッコリと微笑んでいるクレランが居た。
今のは、一体?
「ふふ~ん、不思議そうな顔してるね、弟くん。知りたい? 知りたいでしょ~、仕方ないね、うんうん。お姉ちゃんが教えてあげよう!」
別に聞いちゃいないが、自分からベラベラ喋ってくれるようなので黙っていた。
「魔虫のミラジュって知ってる? ミラジュは小さく戦闘能力もない最弱クラスの魔虫。でもね、野生においてその生存率は他の魔虫に比べて格段に高い。それは、天敵に襲われそうになったとき、ミラジュは自身の体温を変化させて蜃気楼を起こすことが出来るの」
学校の先生のように解説しだすクレランだが、正直それとこれに何の関係が?
すると、その説明が全て終わる前に、ファルガが飛んでいた。
「クソ死ね」
「も~、ファルガ~、今は弟くんにレクチャー中なんだからね!」
だが、
「うふふ、ピューっとね!」
「ッ、クソが!」
次の瞬間、クレランが口から白い何かを吐き出した。
「ファルガ!」
「触るな、ヴェルト!」
「な、なんでござる! 殿、拙者の後ろに!」
咄嗟に避けるファルガだが、その白い何かが地面に着弾したとき、俺たちは目を疑った。
それは、巨大な蜘蛛の糸。
「すっごい、反応だね、ファルガ」
何でこの女は口から蜘蛛の糸を吐き出せるんだよ!
「これも、魔虫の一種なんだけど、エレファントスパイダーって知ってる? 魔族大陸にしか存在しない巨大で凶暴な肉食蜘蛛。人間なんてこ~、パクッて丸飲みしちゃうほど怖いんだよ~。でもね、一番怖いのは、体内から魔力を内蔵した弾力性や伸縮性に優れながらも半端な攻撃では決して切ることのできない糸を作り出すことなの」
だから、それはいいとして、何でそんなことをあんたが出来るんだよ。
そう思った瞬間、ファルガがため息をはいて答えた。
「これが、この女の正体だ。モンスターマスターにとって、生物の声が分かるのは、おまけみたいなもんだ。その本質は、食った生物の能力を自分のものにできることだ」
く、食う?
「食うとは文字通りだ。始末して焼くか、それとも戦闘中に生きたまま喰らいつくか、それともバラバラに解体して料理して食うか、そんなところだ。この世の全てのモンスターの能力や体質をマスターすることができる。だからこそ、モンスターマスターだ」
食うとは比喩じゃねえ。ましてや、エロイ意味でもねえ。
「ファルガと一緒に居れば、まだまだ食べたことのないモンスターと、い~っぱい出会えるかもしれないからね。以前食べたドラゴン、美味しかったな~」
正真正銘、食うってことだ。
「ちょっと待て、ファルガよ。モンスターマスターにそんな能力があるなど、私は知らないぞ! モンスターマスターの能力は、動物や魔獣と意志疎通が出来るだけではないのか?」
「そうだ。だが、その能力が知られていない理由は他にある。それは、ほとんどのモンスターマスターは能力を自覚した瞬間、菜食主義者になるからだ」
菜食主義者? ああ、ベジタリアンのことか。
「テメエは食用でもない魔獣を、ましてや会話をすることも出来る魔獣を食うことが出来るか?」
た、確かに。
俺もウラもムサシも心から納得できた。
そういえば、似たような話をどっかの誰かが言ってたな。
もし、牛や豚と会話することが出来たら、食べることが出来ますか? とか。
「こいつは食う。動物が泣き叫ぼうが血肉を喰らい、時には臓腑を解体して美味の部分を自分で漁り、平らげる」
「ファルガ、人を異常者みたいに言わないで! それは、自然界の弱肉強食に沿った習わしよ! それに、私はただ、倒した魔獣たちの死を無駄にしないよう、血の一滴から骨の髄まで平らげるのが礼儀と自然の摂理だと思っているだけなんだよ?」
いや、まあ、残酷な調理法とか食い方をいちいち議論する気はねえ。
牛乳なんて常に牛を妊娠させてるし、魚の活け作りとか、躍り食いとか、フォアグラの製造方法とか、別に人間はいくらでもやるし、俺も美味しく頂いている。
問題はそこじゃねえ。
俺に出来るか? 意志疎通が出来る相手を食うことか?
多分、無理だ。精神が犯される。
そりゃあ、モンスターマスターがベジタリアンになる気持ちも分かる。
それをこの女はやる。
「なるほどな。ポワポワした姉さんかと思ったが、随分とワイルドな姉さんじゃねえか。まあ、それはそれで、イカしてんじゃねえの?」
まさに文字通りの肉食系。精神を犯されることもなく肉を喰らう。
ただ、この女は異常者とは微妙に言い難い。
異常者とは、俺からすれば、動物の泣き叫ぶ悲鳴とか血を見たりするのが単純に好きだと言う様な奴らだ。
多少の感覚は狂ってるんだろうが、あくまで食うのが目的である以上、それを異常っていうのもどこか違う気がした。
ギャンザのような思い込みの激しすぎる会話の通じないバカ女とは違う。
むしろ、随分と豪快な女だなと思えなくもなかった。
「あら」
「おい、愚弟」
「いやいやいやいや、待て待て、ヴェルト」
「とととととと、殿! 何を仰いますか!」
ん? なんだ? ファルガたちどころか、クレランまで驚いた顔してる。
何でだ?
「殿は怖くないでござるか! このお方が」
「あ? 別にいいんじゃねえの? どうせ殺すなら食おうが捨てようが、こいつの勝手だろ? まあ、人間とかまで食うって話になったら別だけどな」
「い、いやいやいや、しかし!」
「ベジタリアンになって半端な動物愛護精神振りかざされるより、自分の能力最大限に使って前向きに生きてる方がいいんじゃねえの?」
「そ、それはそうとも言えるでござるが」
「まあ、俺は死んでも身につけたくねえ能力ではあるがな」
まあ、趣味でハンティングしたり、毛皮作ったりするのと大差ねえ。
こいつはただ、その動物の声が聞こえるってだけだ
もっとも、俺にはできねえ生き方だがな。
しかもそれを隠す気もなくオープンに生きてる。
「まあ、イーサムよりは怖くねーだろうし、ギャンザよりバカじゃなさそうだから、もう、俺はどうでもいいぜ」
すると、クレランは、ニコニコを通り越して、何だかニンマリとした笑みを浮かべた。
「いいじゃない、弟くん! ファルガがブラコンになる理由が分かるな~、じゃあさ、ファルガにお願いしてよ~、お姉さんを仲間にしてって」
あ、いや、ちょっと待て。
「いや、どーでもいいってのは、あんたに興味がねえってことで、仲間にする気なんかサラサラねえよ」
「えーっ! なによそれ!」
ソレとコレとでは話が違う。
「俺もファルガと同じで、そこらへんは何でもかんでも群れるのは嫌いなんでな」
「ちょっ、なによー! 群れるの嫌いって群れてるじゃない!」
「いや、俺も元々一人旅の予定だったけど、色々あったんだよ」
俺のこの返答に頬を膨らませてむくれるクレランだが、ウラたちは安心したのか何度も頷いている。
いや、そこは俺だって嫌だよ、こんな変な姉さんを仲間に入れるのなんか。
すると、
「ぶ~、弟くんのイジワル~、ちょっとお姉ちゃん怒っちゃうよ?」
「あ? なんだ、テメェ、怒ったらどうなんだよ」
「内臓、ちょっとだけ取っちゃおうかな?」
やる気か? ちょっと顔がマジになってきてる。
気づけば森の木々が揺れ、鳥たちが慌てて飛び立っている。
何だか嫌な空気だな。
だが、喧嘩売った身としては、あんま怖くなかった。
それはさっき言ったように、この女がイーサムよりは怖いとは思わなかったからだ。
だが、
「ふふ、なーんてね!」
次の瞬間、クレランが宙へと飛んだ。
飛行能力? 少なくとも魔法じゃねえ。
「動物的本能。相手の実力ぐらい分かるよ。ファルガも居るのに、そこの魔族ちゃんや亜人ちゃんも相当な手練。『今の私』じゃ勝てないね」
やっぱ、この女は完全に狂ってない。
冷静に相手の力を判断することだってできる。
だが、次の瞬間告げられた言葉に、俺たちは全員凍りついた。
「そう、今の私じゃ勝てない。でも、『カラクリドラゴン』を食べたらどうなるかな~?」
「「「「ッ!!」」」」
しまっ!
「また後でね、イジワルなファルガと弟くん。もし今度会った時も生意気だったら、ファルガを食べちゃうからね」
山の頂上へと飛び立ったクレラン。
その背を見つめながら、俺たちはハッとなった。
カラクリドラゴンの力や能力は不明だが、さすがに弱いってことはないだろ?
そんなドラゴンの能力をあの女が手に入れたら?
「クソが!」
「ちょっ、まずいぞ! ヴェルトが無駄に挑発するから!」
「やば、ちょっと調子に乗りすぎた」
「うおおお、殿ォ、追いかけましょう! 早く追いかけないと、殿が、殿がー!」
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しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
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