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第三章

第74話 殿

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 イーサムとの戦いで、正直何度も死にかけて、いつも以上に魔力を振り絞ったために全身がヤバイぐらいに悲鳴を上げている。
 昨夜、イーサムがシンセン組を引き連れて撤収したあとに上がり込んだ安宿。
 俺たちの泊まる部屋のボロッちい穴だらけのカーテンの隙間から日の光が射し込んで、もう朝なのかと気が重い。
 本来、ラーメン屋で働く俺もウラも早起きが習慣として身に付いているが、今日ばかりはダラダラとベッドの中で過ごしたいと思っていた。
 だが、

「殿《との》! 朝でござる。朝食も既に御用意できているでござる!」

 なんでこいつはこんなに元気なのか分からないが、虎娘のムサシが勢いよくカーテンを開けて俺たちを無理矢理起こした。

「ちょ、ま、待て、ムサシ」
「さあ、殿。いつまでも寝ていてはダメでござる。朝は一日の始まり、その始まりを疎かにすることは怠惰な道への始まりとなります。さあ、起きてください、殿!」
「う~ぬ~」
「ウラ殿も早く起きられよ。ファルガ殿など既に朝の鍛錬のために外で槍を振っているでござるよ?」
「あんな、戦闘狂と一緒にするな! というより、もう少し寝かせろ」
「なりませぬ! ささ、無駄な抵抗はやめられよ」

 ムサシが、イキイキとウザイぐらいに構ってくる。
 
「あのな~、ムサシ。『殿《との》』はやめろ。なんか、スゲー恥ずかしいぞ」

 そう、なんか「殿」とか呼んでくるようになった。


「いいえ、人の身でありながらも我らシンセン組の誇りを守るために命を懸けて戦い、あの四獅天亜人のイーサム様にまで臆せずに立ち向かった勇気。この、ムサシ、種族の壁を越えて、殿に感服いたしました」

「いや、おめーらも一緒に戦ったじゃねえかよ」

「あまつさえ、同種族からも追放され、途方に暮れた拙者に手を差しのばしてくださった。この、ムサシ! この恩義は一生忘れませぬ! この刃と心を捧げ、生涯を殿と共に歩むことを許されよ!」


 おかしい。こいつってアレか? かなり思いこみの激しい天然か?
 そこまで目を輝かせて一生を捧げられても、正直困る。
 それもこれも全ては……


「嗚呼、昨日の殿の勇敢さ、そして拙者に下さったお言葉……拙者は生涯、いや、生まれ変わっても忘れぬでござる!」

「……生まれ変わっては俺に対しては冗談にならねぇから……つか、あんまそんなに大げさに捉えないでくれ……」

  
 そう、全ては昨日、イーサムたちが退却した後のシロムで起こったことだった。
 


 それもこれもあのとき……


 
 イーサムたちが撤退したシロムの街の中で、いつまでもその場に留まっても仕方ないと、俺たちはすぐにそこから退散しようとした。

「よいっしょっと……ふふ、軽いな、ヴェルト」
「ちょっと、待て、何でお前が俺をおぶってんだよ」
「何って、お前が一番重症だろう? 腕がくっついたとはいえ、血とかいっぱい出たわけだし」
「そうじゃねえよ、何で女におぶられてんだよ俺は! そりゃ、空手やってりゃ重いもの持つの苦じゃねーだろうが、ここはファルガだろうが!」
「ダメだ。お前は私がおぶる。何故なら、お前は私が居ないと全然ダメだからな♪」

 自分よりも一回り小さいウラにおぶられる。激しい戦闘の後だというのに、後頭部から感じる艶のあるサラサラの銀髪からいい匂いがする。
 いかん、これ、かなり恥ずかしいぞ?

「とりあえず、愚弟をさっさとベッドにでも寝かせるのが先決だ。幸い、この都市の近郊にもいくつか村がある。テキトーに宿を取る」
「そうだな。ヴェルト、もう少しの辛抱だからな?」

 くそ、一番気を使われているというか、甘やかされているというか、なんか情けねえ。

「あっ、ファルガ、ちょっと待て」
「あ? どうした、クソ魔族」

 その時、滅び行く街をジッと見つめたまま、ムサシが呆然として立っていた。
 それに気づいたウラが、ムサシに声をかける。
 すると……

「ムサシ、何をやっている?」
「ウラ殿……」

 振り返ったムサシの表情。それは、自身の意志を貫き通すために共にイーサムに立ち向かった時の表情とは違う。
 どこか、迷子になったガキがキョロキョロしながら涙目になっているように見えた。

「何をやっている……でござる……か……拙者はむしろ、今後どうすれば……そのことで頭がいっぱいでござる」

 あっ、違うな。迷子のガキじゃねえな。これはもう、捨てられたチワワみたいな目だ。
 興奮していた時は逆立っていた虎耳も、今では情けなくペタンコにお辞儀している。
 情けねえと思いつつも、なんが保護欲に駆られた。
 すると、そんな時だった。


「うわあああああああ!」

「ッ!」


 それは、ハッキリ言って力のないノロノロとしたもの。
 攻撃する意思は感じられるものの力はなく、避けることなど造作もないもの。
 それは、石。ガレキの破片のようなもの。

「なにをするでござる!」

 声のした方向を見ると、それを投げたのは、ひ弱そうなおっさんだった。

「よくもこの街を襲ったなッ! よくも俺の家を燃やしてくれたな! 何十年も働いて手にした俺の城を!」

 ムサシめがけて石を投げつけた。その目には憎しみを滲ませながら。
 すると……

「おい、ここに亜人が居るぞ! まだ、残ってる奴がいるぞ!」
「くそ、まだいやがったのか、薄汚い亜人がッ!」
「おい、一人だ! 一人なら、なんとかなるんじゃねえか?」
「ただじゃ殺さねえ! 俺の親父は、斬り殺されたんだッ!」
「俺の弟は、解放された奴隷どもに切り刻まれた! それも全てこいつらの所為だ!」

 自分たちの街。家。親兄弟。友人。あらゆるものを唐突に奪われたことに、憎しみの炎を燃やして集うシロムの生き残りたち。
 その目に殺意、そしてその手には凶器を持ち、自分たちの胸の中に渦巻く感情のぶつけ場所を探していて、ムサシを見つけたというところか。


「おぬしら……生き残りでござ―――――」


 口を開こうとしたムサシ。だが、その前に次々と投擲がムサシへと放たれた。

「ぐっ、なにをっ!」
「うるせええ! 薄汚い亜人が! もう、その口を開くんじゃえっ!」

 その形相は既に常軌を逸していたかもしれない。
 シンセン組の一部の暴走した隊が人間たちに働いた残虐な蹂躙行為を行っていた時の顔が、狂った蹂躙者の顔なら?
 こいつらは、正に暴徒といったところか。

「クソが、ようやくクソ邪魔な連中追い払ったって時に」
「まずいぞ、次々と集まっている。これはちょっとやそっとでは、引かないぞ? どうする」

 だが、こいつらの気持ちも俺には良く分かる。
 おふくろとオヤジが殺されたとき、俺も相手の亜人をズタズタにしてやりたいと思ったしな。
 復讐はよくない? 心っつうのは、そう簡単に割り切れるものじゃねえ。
 ましてや、ムサシはこの街を蹂躙したシンセン組たちと同じ格好をしているわけだしな。

「やめるでござる! 拙者は、うぐっ!」

 次々と止まぬ礫がムサシの頭部にあたり、ウッスラと血が流れ出る。
 しかし、それでも暴徒と化した民衆の怒りは収まらない。

「テメーらのせいで、この街はメチャクチャだ! どうしてくれんだよ!」
「私の婚約者は、目の前で斬り殺された! 許さないッ! 絶対に許さない!」
「何年も苦労してようやく建てた俺の店をよくも燃やしてくれたなッ!」
「引っ捕えてやれ! 死ぬほど痛めつけて犯して吊るし上げて、地獄の苦しみを味あわせてやる!」

 次々とぶつけられる憎しみの嵐。
 十人、二十人、三十人、次々と集まる怒りに満ちた民衆の数が百を越えようとしている。
 意外と生き残りが居るもんだと思いながら、集まる連中が男たちだけでなく、少し年老いた連中から、女に至るまで居る。
 それほどまでに、許せねえってことなんだろうな。

「うぐっ、ぐう、ううう」

 うずくまって身動き取れないムサシ。
 本来のムサシなら、こんな連中、一瞬で全員クビを撥ね飛ばせるはず。
 しかし、自分自身の心に迷いのある今のムサシは、ただ堪えて、何もできないままだ。

「お、おいっ! お前たち、もう我慢できんぞ! ムサシに手を出すんじゃないッ!」
「ちっ、……少し落ち着きやがれ、クソどもが」

 さすがに見るに耐えねえと感じたのか、俺をおぶったままのウラ、そしてファルガがムサシを庇うように立ちはだかった。
 二人の姿を見て、一瞬、何事かと民衆からの攻撃が止む。
 しかし、すぐに形相を変えて罵声を飛ばしてきた。

「なんでゴミクズの魔族までここにいやがるんだよ!」
「おい、そこの人間! 何で、魔族と亜人と行動してやがるッ!」
「こいつらも人間の裏切り者か? ひょっとして、こいつらが手引きしたんじゃねえのか?」
「許さねえ、男二人を捉えて火炙りにしてやれ!」
「あの魔族と亜人の女は任せろ! 裸にひん剥いて、街中の男で犯してやる!」

 ああ。復讐する気持ち……わからなくも……


「ふわふわ演奏会《コンサート》!」


 分かるから? 知ったことかよ。
 ったく、ボロボロの体でこんなことさせやがって……


「「「「「ぐわあああああああああああああああああああああっ!」」」」」


 立つことすら疲れるが仕方がねえ。俺はウラの背中から降りて、とりあえずゲスなことを叫んでた男どもをお仕置きしてやった。
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