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第二章
第73話 落とし前
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落とし前って言われても、何をされるんだ?
さすがにもう腕を切り落とされることはねえだろうが、こいつの程度が分からねえから、判断に困る。
「クソジジイが」
「ヴェルトに近づくな!」
「局長、お、落とし前とはいかなることでござるか!」
咄嗟に俺の前に立つ、ファルガ、ウラ、ムサシ。
だが、その瞬間、イーサムは俺たちを見て、機嫌良さそうに笑った。
「ガーハッハッハッハ、いいのー、仲が良くて。しかし、そんな早とちりすることはないぞ? 危害は加えぬ。危害はな」
じゃあ、何をやる気だ? 随分怖い。
すると、機嫌良さそうに笑ったかと思えば、イーサムは途端に厳しい顔を見せた。
「ムサーシ!」
「は、はは!」
「まずは、おぬしの落とし前じゃ」
ムサシに対する厳しい言葉。
ムサシ自身もどこか覚悟を決めていたのか、拳を強く握り締めながら頭を下げた。
「ムサシ、おぬしは昔から真面目一直線だったが、今回は随分と大胆なことをしたのう」
「はい」
「おぬしは誇りが汚れることに我慢できなかった。だが、戦は勝ってなんぼの世界じゃ。誇りに囚われるあまりに大事な物を失うこともまた愚かしいことじゃ」
親が子を、師が生徒を導くように、丁寧に語りかけるイーサム。
ムサシはその一言一句に対して、ただ、頭を下げたまま頷くばかりだった。
「組織の長としてやはりそのような個を放置するわけにはゆかぬ」
「はい」
「だがな、ムサシよ。幼い頃からおぬしを見続けたただのジジイとしては、シンセン組よりも、おぬしこそがワシにとっては誇らしいと思うぞ」
「ッ、は、……はい……もったいなきお言葉」
震えるムサシの表情は伺えない。だが、顔を見なくても分かる。
泣いているのか?
それは、もう次の瞬間、イーサムの口から出る言葉を理解しているからだろう。
「ムサシよ。おぬしを今日限りでシンセン組より永久追放する。今後、シンセン組を名乗ることは決して許さぬ!」
分かっていたことだ。それでもやったんだ。後悔はしていないだろう。
それでもやはり現実を突きつけられると、こみ上げてくるものがあるのか、ムサシは声を出さずに泣いていた。
「ムサシよ。本来なら上官に斬りかかったおぬしはセプークに値する。これはワシの最大限の譲歩だと思うことじゃ。だから、間違っても己自身で命を絶つことは許さんぞ」
土下座をしたまま、ムサシは顔を上げなかった。
祖父が作り、両親が愛し、ムサシ自身の全てでもあったシンセン組。
その誇りを守るために、自身がシンセン組を追放されることになった。
俺が巻き込んだことでもあり、俺自身も少しだけ心が痛む。
「さてと、ヴェルトと言ったな」
「えっ?」
「次はおぬしの番だ」
あっ、やっぱりそこは覚えてるわけね。
でも、俺に何をする気だ?
「ヴェルトよ。おぬしは、戦争に対する理解がまるでなかった。戦う力や度胸がありながら、これから先も戦争に参加せず、英雄への道も進まず、この世界の流れも静観するということで間違いないか?」
また始まった。さっきからこのジジイは俺に何を言わせたいんだ。
「戦争? 参加するわきゃねーだろ、危ねーし。つーか、どいつもこいつも戦争を神聖化するのはいいが、参加しねーやつをイチイチ見下してんじゃねえよ、うっとおしい」
俺自身の正直な感想を言ってやった。さあ、本音を言ってやったぞ。何か文句あんのか?
すると、イーサムはまた、
「ガーハッハッハッハッハ、聞いたかバルよ! こやつ、こんなアホヅラで、悠久の時より繰り広げられる戦国の伝説を、アッサリ小馬鹿にしおったぞい! ガーハッハッハッ!」
なんか、また豪快に機嫌良さそうに笑った。
何なんだよ。こいつはどういうポイントで怒って、どういうポイントで爆笑するんだよ。
「いや、悪くないぞ、小僧。何故なら、おぬしは戦争を馬鹿にする資格があるからじゃ」
「はあ? 別に資格なんてねーよ。俺はただ、俺が戦争に参加したくねーって思ってるだけだ」
「いいや。戦争で死ぬのはアホらしいと考えている時点で、馬鹿にしておる。そして、おぬしには確かに資格がある」
資格? 何でだ? 何で戦争にも参加したことのねえ俺が、そんな資格を持っているんだ?
「のう、ヴェルトよ。なぜ、この世界は戦争を続けていると思う?」
「今度は歴史の授業かよ! シラネーヨ、神族大陸の縄張り争いとか、あとは仲が悪いからじゃねえの?」
「ガーハッハッハッ! 大正解じゃ!」
当たったよ。つか、ファルガやウラどころか、ムサシも、もはや何が何だか分からないといった様子で呆けている。
「もちろん、過去のしがらみ、政治、種族間の問題、利権、恐怖、大義、正義、信念、野望、単純な戦好きとか一言では語り尽くせぬ理由があるが、極論してしまえば、異種族同士で仲が悪いということに尽きる。結局は過去も水に流せず、平和的に話し合うことも、問題を打開することもできずに、最後は血を流す選択しかない。だから争いは続いている」
ああ、その通りだ。結局は互いに分かり合えないもの同士だから、戦争は終わらない。
終わらせるには、三つに分かれた種族のうち、二つが滅ぶしか道はないだろう。
「仲が悪い。それだけで終わらぬ戦を続けている連中が、アホらしいじゃろ、ヴェルト」
「はあ? 何でだよ! 俺は一言もそんなこと言ってねーよ!」
「いいや、思えるはずじゃ。何の疑問もなく、人間、魔族、亜人という異なる種族と手を取り合うおぬしからすれば、今の世界は阿呆にしか見えんじゃろう!」
………?
「あ……!」
そーいやー、忘れてた。
「そっか、あ~、そういえば、ムサシ! お前って亜人だよ! 途中から、宮本の孫っていうことしか頭になかったよ!」
「な、何を今更申すか、ヴェルト殿!」
そうだった。言われてみれば、今この瞬間は、三種族が揃ってんだよ。
「ムサシよ。人間は薄汚いとか言っていたおぬしも、ヴェルトに対してそんな考え、忘れておっただろう?」
「それは、その、た、確かに……」
「魔族の娘よ。おぬしは、人間だろうとヴェルトにゾッコンじゃろう?」
「むっ、い、今更何を。五年も前から私とヴェルトは、ら、らぶらぶだ」
「槍使いの男よ。おぬしはそんな怖い顔をしながら、ヴェルトを家族のように大切にしているだろう」
「愚弟だ」
一人一人に確かめるように尋ねるイーサム。何だか照れ臭かった。
「ヴェルトよ。おぬしは自覚しとらんじゃろうが、この三人は偶然ではなく、おぬしが居たからここに集まったのじゃ。そして、気づいた頃には種族の壁というものなど忘れてしまう。何故か分かるか?」
「知らねーよ、人徳とかカリスマとか言うんじゃねーだろうな? 寒いぞ?」
「何故おぬしの回りに集まるか。それは、おぬしが種族というものに執着がないからじゃよ」
いや、執着がねーんじゃなくて、良く分かってねーだけなんだが。
「こんな小僧が、誰も越えられなかった種族の壁を……のう」
「おい、貶すのかベタ褒めすんのか、どっちかにしろ! つーか、お前はさっきから何が言いてーんだよ」
まどろっこしすぎる。俺に落とし前つけるとか言って、結局俺に何をさせてーんだ?
「変わらずにいろ! これから先、何があろうと今のお前のままで世界を渡れ!」
「……はっ?」
「これから先、何を見ようと、何を感じようとも、今の貴様のまま変わらずにいろ。もし、貴様が世界を渡り、ありふれた人間のように変わったのなら、その時は死を持って償え!」
メ……メ……
「メ、メチャクチャにも程があんだろうが! 変わらずにいろって、何で俺がどうなるかをテメエに決められなきゃなんねーんだよ!」
「黙れ! 今殺さないでやるだけありがたいと思え!」
「こ、この、て、テメェ……」
「ムサシ! おぬしは監視役じゃ! 監視役としてヴェルトたちと今後行動するのじゃ!」
しかもムサシの今後までサラリと決めやがった。
「えっ、えええ! ちょっと待てジジイ、なんでこいつも!」
「ヴェルトが変わったと感じたら斬り捨てろ! 拒否は許さぬ!」
おいおいおいおい、ムサシも唖然としてんじゃねえかよ。
ファルガは頭を抱え、ウラは絶句してやがる。
「くく、なるほどのう。イーサムよ。おぬしは、新たな景色に懸けたか」
で、おいおい、宮本! テメエは何を一人だけ状況を理解した的にほくそ笑んでるんだよ!
つーか、ムサシはお前の孫娘だろうが!
「ヴェルトよ、武運を祈るぞ。今度会った時も変わっとらんかったら、褒美でワシの娘を嫁にくれてやる」
そう言って、言いたい放題勝手なことを言ったイーサムは俺たちに背を向けた。
って、そんなもん納得できるか。
「ふざけんじゃねえ! 大体、変わるとか変わらないとか、テメエはそもそも俺の何を知って言ってるんだよ!」
「おい、クソ亜人は連れて帰れ」
「って、嫁とは何だ、嫁とは! サラッと私の前で何を言う! ヴェルトの嫁は私だぞ!」
「局長! これは一体どういうことでござるか? 大ジジも何を笑っておるか!」
俺たちは腹の奥底からイーサムに向けて罵声を浴びせてやったが、どこ吹く風。
それどころか、
「あっ、ヴェルトよ。最後に、おぬしに言っておくことがある」
「今度は何だコラァ!」
「ワシはこれからシンセン組を引き連れて、『撤退』する。それの意味を重々理解することじゃ」
撤退の意味? そもそもあんたの気まぐれじゃねーのかよ。
「国に帰ったワシは当然報告せねばならぬ。シロム国の完全壊滅を目前としながらも、撤退せねばならなくなった。その報は、瞬く間に種族を問わず全世界中に広まるであろう。ワシのような超有名人の戦は尚更のう」
「だ、だから、それがどうしたんだよ」
「つまりじゃ。四獅天亜人のイーサムを撤退させた。その偉業を成し遂げたおぬしら四人組の存在は、明日にでも全世界に広まることになるじゃろう」
……!
「「「「はあああああああああああ?」」」」
えっ……はっ? う、うそだろ?
「全世界より注目を集めながらも、それでも変わらぬ貴様らであり続けよ! ではのっ!」
最後の最後に大爆弾を放り投げて、四獅天亜人のイーサムはシンセン組と共に姿を消した。
宮本も最後に、「孫娘をよろしく」とだけサラっと言い残して消えやがった。
結局、シロム国の城下町はほぼ崩壊し奴隷もほとんど解放されてしまったものの、国の滅亡とまではいかなかった。
競売組織がその後どうなったのかは知らない。
加賀美のことも謎のままだったが、俺はもうそのことは忘れることにした。
とにかく色んなことがありすぎて、うん、……今日はちょっと疲れた……
さすがにもう腕を切り落とされることはねえだろうが、こいつの程度が分からねえから、判断に困る。
「クソジジイが」
「ヴェルトに近づくな!」
「局長、お、落とし前とはいかなることでござるか!」
咄嗟に俺の前に立つ、ファルガ、ウラ、ムサシ。
だが、その瞬間、イーサムは俺たちを見て、機嫌良さそうに笑った。
「ガーハッハッハッハ、いいのー、仲が良くて。しかし、そんな早とちりすることはないぞ? 危害は加えぬ。危害はな」
じゃあ、何をやる気だ? 随分怖い。
すると、機嫌良さそうに笑ったかと思えば、イーサムは途端に厳しい顔を見せた。
「ムサーシ!」
「は、はは!」
「まずは、おぬしの落とし前じゃ」
ムサシに対する厳しい言葉。
ムサシ自身もどこか覚悟を決めていたのか、拳を強く握り締めながら頭を下げた。
「ムサシ、おぬしは昔から真面目一直線だったが、今回は随分と大胆なことをしたのう」
「はい」
「おぬしは誇りが汚れることに我慢できなかった。だが、戦は勝ってなんぼの世界じゃ。誇りに囚われるあまりに大事な物を失うこともまた愚かしいことじゃ」
親が子を、師が生徒を導くように、丁寧に語りかけるイーサム。
ムサシはその一言一句に対して、ただ、頭を下げたまま頷くばかりだった。
「組織の長としてやはりそのような個を放置するわけにはゆかぬ」
「はい」
「だがな、ムサシよ。幼い頃からおぬしを見続けたただのジジイとしては、シンセン組よりも、おぬしこそがワシにとっては誇らしいと思うぞ」
「ッ、は、……はい……もったいなきお言葉」
震えるムサシの表情は伺えない。だが、顔を見なくても分かる。
泣いているのか?
それは、もう次の瞬間、イーサムの口から出る言葉を理解しているからだろう。
「ムサシよ。おぬしを今日限りでシンセン組より永久追放する。今後、シンセン組を名乗ることは決して許さぬ!」
分かっていたことだ。それでもやったんだ。後悔はしていないだろう。
それでもやはり現実を突きつけられると、こみ上げてくるものがあるのか、ムサシは声を出さずに泣いていた。
「ムサシよ。本来なら上官に斬りかかったおぬしはセプークに値する。これはワシの最大限の譲歩だと思うことじゃ。だから、間違っても己自身で命を絶つことは許さんぞ」
土下座をしたまま、ムサシは顔を上げなかった。
祖父が作り、両親が愛し、ムサシ自身の全てでもあったシンセン組。
その誇りを守るために、自身がシンセン組を追放されることになった。
俺が巻き込んだことでもあり、俺自身も少しだけ心が痛む。
「さてと、ヴェルトと言ったな」
「えっ?」
「次はおぬしの番だ」
あっ、やっぱりそこは覚えてるわけね。
でも、俺に何をする気だ?
「ヴェルトよ。おぬしは、戦争に対する理解がまるでなかった。戦う力や度胸がありながら、これから先も戦争に参加せず、英雄への道も進まず、この世界の流れも静観するということで間違いないか?」
また始まった。さっきからこのジジイは俺に何を言わせたいんだ。
「戦争? 参加するわきゃねーだろ、危ねーし。つーか、どいつもこいつも戦争を神聖化するのはいいが、参加しねーやつをイチイチ見下してんじゃねえよ、うっとおしい」
俺自身の正直な感想を言ってやった。さあ、本音を言ってやったぞ。何か文句あんのか?
すると、イーサムはまた、
「ガーハッハッハッハッハ、聞いたかバルよ! こやつ、こんなアホヅラで、悠久の時より繰り広げられる戦国の伝説を、アッサリ小馬鹿にしおったぞい! ガーハッハッハッ!」
なんか、また豪快に機嫌良さそうに笑った。
何なんだよ。こいつはどういうポイントで怒って、どういうポイントで爆笑するんだよ。
「いや、悪くないぞ、小僧。何故なら、おぬしは戦争を馬鹿にする資格があるからじゃ」
「はあ? 別に資格なんてねーよ。俺はただ、俺が戦争に参加したくねーって思ってるだけだ」
「いいや。戦争で死ぬのはアホらしいと考えている時点で、馬鹿にしておる。そして、おぬしには確かに資格がある」
資格? 何でだ? 何で戦争にも参加したことのねえ俺が、そんな資格を持っているんだ?
「のう、ヴェルトよ。なぜ、この世界は戦争を続けていると思う?」
「今度は歴史の授業かよ! シラネーヨ、神族大陸の縄張り争いとか、あとは仲が悪いからじゃねえの?」
「ガーハッハッハッ! 大正解じゃ!」
当たったよ。つか、ファルガやウラどころか、ムサシも、もはや何が何だか分からないといった様子で呆けている。
「もちろん、過去のしがらみ、政治、種族間の問題、利権、恐怖、大義、正義、信念、野望、単純な戦好きとか一言では語り尽くせぬ理由があるが、極論してしまえば、異種族同士で仲が悪いということに尽きる。結局は過去も水に流せず、平和的に話し合うことも、問題を打開することもできずに、最後は血を流す選択しかない。だから争いは続いている」
ああ、その通りだ。結局は互いに分かり合えないもの同士だから、戦争は終わらない。
終わらせるには、三つに分かれた種族のうち、二つが滅ぶしか道はないだろう。
「仲が悪い。それだけで終わらぬ戦を続けている連中が、アホらしいじゃろ、ヴェルト」
「はあ? 何でだよ! 俺は一言もそんなこと言ってねーよ!」
「いいや、思えるはずじゃ。何の疑問もなく、人間、魔族、亜人という異なる種族と手を取り合うおぬしからすれば、今の世界は阿呆にしか見えんじゃろう!」
………?
「あ……!」
そーいやー、忘れてた。
「そっか、あ~、そういえば、ムサシ! お前って亜人だよ! 途中から、宮本の孫っていうことしか頭になかったよ!」
「な、何を今更申すか、ヴェルト殿!」
そうだった。言われてみれば、今この瞬間は、三種族が揃ってんだよ。
「ムサシよ。人間は薄汚いとか言っていたおぬしも、ヴェルトに対してそんな考え、忘れておっただろう?」
「それは、その、た、確かに……」
「魔族の娘よ。おぬしは、人間だろうとヴェルトにゾッコンじゃろう?」
「むっ、い、今更何を。五年も前から私とヴェルトは、ら、らぶらぶだ」
「槍使いの男よ。おぬしはそんな怖い顔をしながら、ヴェルトを家族のように大切にしているだろう」
「愚弟だ」
一人一人に確かめるように尋ねるイーサム。何だか照れ臭かった。
「ヴェルトよ。おぬしは自覚しとらんじゃろうが、この三人は偶然ではなく、おぬしが居たからここに集まったのじゃ。そして、気づいた頃には種族の壁というものなど忘れてしまう。何故か分かるか?」
「知らねーよ、人徳とかカリスマとか言うんじゃねーだろうな? 寒いぞ?」
「何故おぬしの回りに集まるか。それは、おぬしが種族というものに執着がないからじゃよ」
いや、執着がねーんじゃなくて、良く分かってねーだけなんだが。
「こんな小僧が、誰も越えられなかった種族の壁を……のう」
「おい、貶すのかベタ褒めすんのか、どっちかにしろ! つーか、お前はさっきから何が言いてーんだよ」
まどろっこしすぎる。俺に落とし前つけるとか言って、結局俺に何をさせてーんだ?
「変わらずにいろ! これから先、何があろうと今のお前のままで世界を渡れ!」
「……はっ?」
「これから先、何を見ようと、何を感じようとも、今の貴様のまま変わらずにいろ。もし、貴様が世界を渡り、ありふれた人間のように変わったのなら、その時は死を持って償え!」
メ……メ……
「メ、メチャクチャにも程があんだろうが! 変わらずにいろって、何で俺がどうなるかをテメエに決められなきゃなんねーんだよ!」
「黙れ! 今殺さないでやるだけありがたいと思え!」
「こ、この、て、テメェ……」
「ムサシ! おぬしは監視役じゃ! 監視役としてヴェルトたちと今後行動するのじゃ!」
しかもムサシの今後までサラリと決めやがった。
「えっ、えええ! ちょっと待てジジイ、なんでこいつも!」
「ヴェルトが変わったと感じたら斬り捨てろ! 拒否は許さぬ!」
おいおいおいおい、ムサシも唖然としてんじゃねえかよ。
ファルガは頭を抱え、ウラは絶句してやがる。
「くく、なるほどのう。イーサムよ。おぬしは、新たな景色に懸けたか」
で、おいおい、宮本! テメエは何を一人だけ状況を理解した的にほくそ笑んでるんだよ!
つーか、ムサシはお前の孫娘だろうが!
「ヴェルトよ、武運を祈るぞ。今度会った時も変わっとらんかったら、褒美でワシの娘を嫁にくれてやる」
そう言って、言いたい放題勝手なことを言ったイーサムは俺たちに背を向けた。
って、そんなもん納得できるか。
「ふざけんじゃねえ! 大体、変わるとか変わらないとか、テメエはそもそも俺の何を知って言ってるんだよ!」
「おい、クソ亜人は連れて帰れ」
「って、嫁とは何だ、嫁とは! サラッと私の前で何を言う! ヴェルトの嫁は私だぞ!」
「局長! これは一体どういうことでござるか? 大ジジも何を笑っておるか!」
俺たちは腹の奥底からイーサムに向けて罵声を浴びせてやったが、どこ吹く風。
それどころか、
「あっ、ヴェルトよ。最後に、おぬしに言っておくことがある」
「今度は何だコラァ!」
「ワシはこれからシンセン組を引き連れて、『撤退』する。それの意味を重々理解することじゃ」
撤退の意味? そもそもあんたの気まぐれじゃねーのかよ。
「国に帰ったワシは当然報告せねばならぬ。シロム国の完全壊滅を目前としながらも、撤退せねばならなくなった。その報は、瞬く間に種族を問わず全世界中に広まるであろう。ワシのような超有名人の戦は尚更のう」
「だ、だから、それがどうしたんだよ」
「つまりじゃ。四獅天亜人のイーサムを撤退させた。その偉業を成し遂げたおぬしら四人組の存在は、明日にでも全世界に広まることになるじゃろう」
……!
「「「「はあああああああああああ?」」」」
えっ……はっ? う、うそだろ?
「全世界より注目を集めながらも、それでも変わらぬ貴様らであり続けよ! ではのっ!」
最後の最後に大爆弾を放り投げて、四獅天亜人のイーサムはシンセン組と共に姿を消した。
宮本も最後に、「孫娘をよろしく」とだけサラっと言い残して消えやがった。
結局、シロム国の城下町はほぼ崩壊し奴隷もほとんど解放されてしまったものの、国の滅亡とまではいかなかった。
競売組織がその後どうなったのかは知らない。
加賀美のことも謎のままだったが、俺はもうそのことは忘れることにした。
とにかく色んなことがありすぎて、うん、……今日はちょっと疲れた……
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