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第二章
第67話 クラスメートの苦悩
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俺はこの時、戦場の空気や熱気に当てられて頭がおかしくなっていたかもしれない。
自分の感情に戸惑いを隠せなかった。
「こいつが、こいつが!」
シロム国を制圧し、こんな大虐殺を作り出した極悪非道の亜人。
戦場で雌とヤリまくって、全裸で登場の変態亜人。
なのに、何だ?
俺は、そんな全てがどうでもいいと思えるほど、この亜人が「男」というより「漢」に見えた。
「うほほーい、ムサシ~、どうしたのじゃ? こやつらは、おぬしが連れて来たか?」
まるで、豪快なガキ大将がそのままジジイになった感じ。
それが、世界三大称号の一つ『四獅天亜人』の肩書を持った一人、イーサムに抱いた感情だった。
「はは! 途中で隊を離れるというご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございませぬ」
「あ~、よいよい。家族は大切だからのう。その様子じゃと、ジューベイは無事のようじゃな」
「はは、ありがたきお言葉!」
イーサムはムサシの姿を見て、近所のおじいちゃん的な笑顔を見せる。
「あの、込み入った事情は承知しますが、緊急事態ゆえに、拙者の話をまずは聞いていただきたい」
「おお、どうしたのじゃ、ムサシ! おぬしはワシの孫みたいなもんじゃ、何でも聞いてやるぞ!」
俺たちが言葉を失っているところに、ムサシが頭を下げてイーサムに進言する。
「既にこの地の制圧は完了し、同胞の解放という当初の目的は達せられたとお見受けします。しかし、一部の暴走した隊が無抵抗な人間に度を超えた蹂躙行為を行っております。これを止めるため、直ちに局長のお力をお借りしたくお願い申し上げますでござる」
「え~、やじゃ」
「はっ! このムサシが、案内……へっ?」
「うおおおい、ソルシ~、早くワシの愛が必要な同胞を連れてこい!」
ムサシ、目が点に。
他のシンセン組の連中は、まるで予想していたかのように淡々としていた。
「きょ、局長!」
「な~んじゃ、ムサシ、欲求不満で抱いて欲しいか? 言っておくが、友人の娘を抱くほどワシは外道じゃないぞ?」
「はっ? そ、そのようなことは一言も! というよりも、局長! 拙者の話を聞いてましたか!」
「おお、聞いておったぞ~。というか、知っておるぞ。いくつかの隊が、本能の赴くままにまだ暴れておることはな」
それがどうした?
まるでそう言わんばかりのイーサムの言葉に、ムサシは激しくうろたえた。
「な、そ、そんな、な、なぜ、ほ、拙者たちは、ほ、誇り高いシンセン組で……」
「おお、そうじゃ。誠の旗の下に集った、サムライソードのように揺るがぬ信念と誇りを持った、ブシドーを胸に秘めた者たちじゃ」
「っ! そ、それならば、なぜ! 度を超えた蹂躙行為は我らの隊律違反! まさか、局長もその規律は人間には適用外と申すでござるか!」
そこまで分かっているなら、なぜ?
すると、イーサムは場全体を圧倒するかのような強烈な威圧感を開放した。
「侮るな、ムサシ!」
「っ!」
「ワシが、そこまで器の小さな牡だと思っているのか?」
俺たちも不思議だった。
イーサムは紛れもなく人類の敵の亜人だが、器は小さくないと感じていた。
だからこそ、なぜ? ムサシの疑問は、俺たちにとっても疑問だった。
すると、
「だがな、ムサシよ。この国は慈悲を与える価値など微塵もないぞ」
「な、えっ?」
「ワシはこの国に来て戦慄したのじゃ。どんなことをしてでも、この国は滅ぼさねばならぬと思うぐらいにな」
イーサムは言った。そこには、重い言葉と共に悲痛な想いを感じ取ることができた。
「ワシが癒した亜人は三十人程度じゃが、その他にも救い出せた亜人を計算すると、百ぐらいはおったわい」
「百? 百ですか……」
「この国やオークションの規模を考えて、ワシらの見立てではこの数倍はおるはずじゃった。そうでなければ、ワシらも人類大陸に隊は動かせまい。じゃが、実際にはその程度しか保護できんかった。そのワケは分かるか?」
それは、答えるまでもない問題だった。
簡単だ。既にこの世には居ないからだ。
「ワシは、人類全てに慈悲は無用とは言うておらん。しかし、全てに慈悲を与えるとも言うておらん。この国は末期であった。幼い童が純粋な目で亜人を虐待し、それを悪いことと自覚せぬ。この国は、なぜ自分たちが亜人に恨まれているかの理解すらしておらん。それほどまでに病んでおった! 亜人は蹴ってよい、殴ってよい、殺してよい、刻んでよい、犯してよい、弄んでよい。亜人とはそういう存在だったはずなのに、なぜ自分たちは亜人に殺される? 誰もがそんな顔をしておったわい!」
その言葉に、俺たちは思うところがあった。
「自らの異常性に疑問を持たない者たちがこんな国を、シロムのような国家を造るのじゃ」
それは、競売組織のジーエルたちだ。俺たちがあいつらに対して抱いた感情とまったく同じことを、イーサムも感じたのだ。
「ワシは確信した。同胞の奪還のみという生ぬるいやり方だけでは、この国の人間は必ず同じことを繰り返すと。そのツケを支払わされるのは、未来の同胞たちだ。だからこそ、今この場で全ての禍根を断つ必要があるのじゃ」
「そ、そんな、し、しかし、それとこの無意味な虐殺は何の関係が!」
「いくらワシらとて、数日後には他国の援軍が来るであろうから、この国の人間を根絶やしにすることはできぬ。ゆえに、やり方を変えた。亜人に対して人間が抱く感情を変える。二度と愚かなことをせぬようにするには、恐怖しかない」
二度とナメられないように。
亜人に手を出したらどうなるか、身をもってこの国の人間たちの体と心に刻み込ませる。
一体、この国で暴れている亜人たちが何人そんな考えを持っているかは分からないが、イーサムの表情に一切の揺らぎはない。
「宮本。テメエも、同じ考えなのか?」
「……朝倉くん」
「それが、第二の人生をヨボヨボのジジイになるまで生きてきたお前の出した考えか?」
責めるわけでも、賛同するわけでもねえ。
俺はただ、かつては同じ世界の同じ環境で育った旧友の今の考えを知りたかった。
すると、宮本はまた弱々しい老人のツラのまま、うつむいた。
「そうじゃよ、朝倉くん。君はワシを軽蔑するかの? 君はこの世界に人間として生まれ変わったようじゃが」
「そんなバカな。俺は人に意見できるほど立派な人間じゃねえ」
宮本もイーサムと同じ考え。ただ、唯一違うのは、宮本は明らかに苦しみ抜いて絞り出した考えに見えた。
だから、俺はそうまでして答えを出したこいつを否定することなんて出来なかった。
「俺は、お前と再会する前に、鮫島に会った」
「サメジマ? っ、鮫島君に?」
「ああ。魔王シャークリュウ。奴の第二の人生はそれだったよ」
「シャークリュウ! そ、それは、七大魔王の! あっ、でも、シャークリュウは五年も前に………」
「そうだ。あいつの最後を看取ったのが俺だ。そして、ここに居るあいつの娘を、俺は託された」
「ッ! そ、そうか、その娘は鮫島君の……そうか……まさか、彼がシャークリュウだったとはのう」
鮫島も宮本と同じだった。
人間を殺すことがどれだけのことかを理解していながらも、それをもう押さえることが出来なかった。
俺なんかでは想像も出来ない重く苦しい人生を送りながら、悩み、そして考えて出した答えだ。
「宮本。俺はな、戦争とは程遠い生ぬるい世界で生きてきた。だからぶっちゃけ、人の醜さも、亜人や魔族もよくわかんねえ。俺にとってはお互い理解しちまえば、異種族だろうとウラみたいに家族になれる。そんな平和な思考だ。俺のこの世界の両親は亜人に殺された。そりゃー、殺した亜人をぶっ殺してやろうとは思ったが、別にこの世の亜人全てをどうのとか、極端なことは考えたこともねえ」
「……そう……か……」
「だからな、宮本。これだけはハッキリさせておくぜ。テメエが人間全てを敵に回し、もしその結果、俺の大事な人たちを傷つけることになれば、テメエは俺の敵だ。そん時は容赦なくぶっつぶしてやる。でもな、仮にどうしようもなく苦しんでるって言うなら、話は聞いてやる。俺に出来ることがあるなら、やってやる。それが鮫島に何もしてやれなかった、俺の償いみてーなもんだ」
相変わらず俺の立場はハッキリとしない。
あっちにいったり、こっちにいったり、ふらふらしたままだ。
ただ、できることをしてやりたかった。
今のこいつは、それほど見るに耐えないほど、苦しんで見えたから。
「君は、昔はそこまで誰かと関わろうとはしなかった。じゃが、少し丸くなったような気がするわい」
「ッ、ふん。生ぬるい人生にも色々あったんだよ」
「そうか……そうか……解決にはなっていない。でも、少しだけ救われた気がするわい」
ほんの少しだけ宮本が笑った気がした。
「さて……さっきから気になっておったが、こいつらはなんじゃ? バルの友人とのことだが、ムサシが連れて来たのか?」
自分の感情に戸惑いを隠せなかった。
「こいつが、こいつが!」
シロム国を制圧し、こんな大虐殺を作り出した極悪非道の亜人。
戦場で雌とヤリまくって、全裸で登場の変態亜人。
なのに、何だ?
俺は、そんな全てがどうでもいいと思えるほど、この亜人が「男」というより「漢」に見えた。
「うほほーい、ムサシ~、どうしたのじゃ? こやつらは、おぬしが連れて来たか?」
まるで、豪快なガキ大将がそのままジジイになった感じ。
それが、世界三大称号の一つ『四獅天亜人』の肩書を持った一人、イーサムに抱いた感情だった。
「はは! 途中で隊を離れるというご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございませぬ」
「あ~、よいよい。家族は大切だからのう。その様子じゃと、ジューベイは無事のようじゃな」
「はは、ありがたきお言葉!」
イーサムはムサシの姿を見て、近所のおじいちゃん的な笑顔を見せる。
「あの、込み入った事情は承知しますが、緊急事態ゆえに、拙者の話をまずは聞いていただきたい」
「おお、どうしたのじゃ、ムサシ! おぬしはワシの孫みたいなもんじゃ、何でも聞いてやるぞ!」
俺たちが言葉を失っているところに、ムサシが頭を下げてイーサムに進言する。
「既にこの地の制圧は完了し、同胞の解放という当初の目的は達せられたとお見受けします。しかし、一部の暴走した隊が無抵抗な人間に度を超えた蹂躙行為を行っております。これを止めるため、直ちに局長のお力をお借りしたくお願い申し上げますでござる」
「え~、やじゃ」
「はっ! このムサシが、案内……へっ?」
「うおおおい、ソルシ~、早くワシの愛が必要な同胞を連れてこい!」
ムサシ、目が点に。
他のシンセン組の連中は、まるで予想していたかのように淡々としていた。
「きょ、局長!」
「な~んじゃ、ムサシ、欲求不満で抱いて欲しいか? 言っておくが、友人の娘を抱くほどワシは外道じゃないぞ?」
「はっ? そ、そのようなことは一言も! というよりも、局長! 拙者の話を聞いてましたか!」
「おお、聞いておったぞ~。というか、知っておるぞ。いくつかの隊が、本能の赴くままにまだ暴れておることはな」
それがどうした?
まるでそう言わんばかりのイーサムの言葉に、ムサシは激しくうろたえた。
「な、そ、そんな、な、なぜ、ほ、拙者たちは、ほ、誇り高いシンセン組で……」
「おお、そうじゃ。誠の旗の下に集った、サムライソードのように揺るがぬ信念と誇りを持った、ブシドーを胸に秘めた者たちじゃ」
「っ! そ、それならば、なぜ! 度を超えた蹂躙行為は我らの隊律違反! まさか、局長もその規律は人間には適用外と申すでござるか!」
そこまで分かっているなら、なぜ?
すると、イーサムは場全体を圧倒するかのような強烈な威圧感を開放した。
「侮るな、ムサシ!」
「っ!」
「ワシが、そこまで器の小さな牡だと思っているのか?」
俺たちも不思議だった。
イーサムは紛れもなく人類の敵の亜人だが、器は小さくないと感じていた。
だからこそ、なぜ? ムサシの疑問は、俺たちにとっても疑問だった。
すると、
「だがな、ムサシよ。この国は慈悲を与える価値など微塵もないぞ」
「な、えっ?」
「ワシはこの国に来て戦慄したのじゃ。どんなことをしてでも、この国は滅ぼさねばならぬと思うぐらいにな」
イーサムは言った。そこには、重い言葉と共に悲痛な想いを感じ取ることができた。
「ワシが癒した亜人は三十人程度じゃが、その他にも救い出せた亜人を計算すると、百ぐらいはおったわい」
「百? 百ですか……」
「この国やオークションの規模を考えて、ワシらの見立てではこの数倍はおるはずじゃった。そうでなければ、ワシらも人類大陸に隊は動かせまい。じゃが、実際にはその程度しか保護できんかった。そのワケは分かるか?」
それは、答えるまでもない問題だった。
簡単だ。既にこの世には居ないからだ。
「ワシは、人類全てに慈悲は無用とは言うておらん。しかし、全てに慈悲を与えるとも言うておらん。この国は末期であった。幼い童が純粋な目で亜人を虐待し、それを悪いことと自覚せぬ。この国は、なぜ自分たちが亜人に恨まれているかの理解すらしておらん。それほどまでに病んでおった! 亜人は蹴ってよい、殴ってよい、殺してよい、刻んでよい、犯してよい、弄んでよい。亜人とはそういう存在だったはずなのに、なぜ自分たちは亜人に殺される? 誰もがそんな顔をしておったわい!」
その言葉に、俺たちは思うところがあった。
「自らの異常性に疑問を持たない者たちがこんな国を、シロムのような国家を造るのじゃ」
それは、競売組織のジーエルたちだ。俺たちがあいつらに対して抱いた感情とまったく同じことを、イーサムも感じたのだ。
「ワシは確信した。同胞の奪還のみという生ぬるいやり方だけでは、この国の人間は必ず同じことを繰り返すと。そのツケを支払わされるのは、未来の同胞たちだ。だからこそ、今この場で全ての禍根を断つ必要があるのじゃ」
「そ、そんな、し、しかし、それとこの無意味な虐殺は何の関係が!」
「いくらワシらとて、数日後には他国の援軍が来るであろうから、この国の人間を根絶やしにすることはできぬ。ゆえに、やり方を変えた。亜人に対して人間が抱く感情を変える。二度と愚かなことをせぬようにするには、恐怖しかない」
二度とナメられないように。
亜人に手を出したらどうなるか、身をもってこの国の人間たちの体と心に刻み込ませる。
一体、この国で暴れている亜人たちが何人そんな考えを持っているかは分からないが、イーサムの表情に一切の揺らぎはない。
「宮本。テメエも、同じ考えなのか?」
「……朝倉くん」
「それが、第二の人生をヨボヨボのジジイになるまで生きてきたお前の出した考えか?」
責めるわけでも、賛同するわけでもねえ。
俺はただ、かつては同じ世界の同じ環境で育った旧友の今の考えを知りたかった。
すると、宮本はまた弱々しい老人のツラのまま、うつむいた。
「そうじゃよ、朝倉くん。君はワシを軽蔑するかの? 君はこの世界に人間として生まれ変わったようじゃが」
「そんなバカな。俺は人に意見できるほど立派な人間じゃねえ」
宮本もイーサムと同じ考え。ただ、唯一違うのは、宮本は明らかに苦しみ抜いて絞り出した考えに見えた。
だから、俺はそうまでして答えを出したこいつを否定することなんて出来なかった。
「俺は、お前と再会する前に、鮫島に会った」
「サメジマ? っ、鮫島君に?」
「ああ。魔王シャークリュウ。奴の第二の人生はそれだったよ」
「シャークリュウ! そ、それは、七大魔王の! あっ、でも、シャークリュウは五年も前に………」
「そうだ。あいつの最後を看取ったのが俺だ。そして、ここに居るあいつの娘を、俺は託された」
「ッ! そ、そうか、その娘は鮫島君の……そうか……まさか、彼がシャークリュウだったとはのう」
鮫島も宮本と同じだった。
人間を殺すことがどれだけのことかを理解していながらも、それをもう押さえることが出来なかった。
俺なんかでは想像も出来ない重く苦しい人生を送りながら、悩み、そして考えて出した答えだ。
「宮本。俺はな、戦争とは程遠い生ぬるい世界で生きてきた。だからぶっちゃけ、人の醜さも、亜人や魔族もよくわかんねえ。俺にとってはお互い理解しちまえば、異種族だろうとウラみたいに家族になれる。そんな平和な思考だ。俺のこの世界の両親は亜人に殺された。そりゃー、殺した亜人をぶっ殺してやろうとは思ったが、別にこの世の亜人全てをどうのとか、極端なことは考えたこともねえ」
「……そう……か……」
「だからな、宮本。これだけはハッキリさせておくぜ。テメエが人間全てを敵に回し、もしその結果、俺の大事な人たちを傷つけることになれば、テメエは俺の敵だ。そん時は容赦なくぶっつぶしてやる。でもな、仮にどうしようもなく苦しんでるって言うなら、話は聞いてやる。俺に出来ることがあるなら、やってやる。それが鮫島に何もしてやれなかった、俺の償いみてーなもんだ」
相変わらず俺の立場はハッキリとしない。
あっちにいったり、こっちにいったり、ふらふらしたままだ。
ただ、できることをしてやりたかった。
今のこいつは、それほど見るに耐えないほど、苦しんで見えたから。
「君は、昔はそこまで誰かと関わろうとはしなかった。じゃが、少し丸くなったような気がするわい」
「ッ、ふん。生ぬるい人生にも色々あったんだよ」
「そうか……そうか……解決にはなっていない。でも、少しだけ救われた気がするわい」
ほんの少しだけ宮本が笑った気がした。
「さて……さっきから気になっておったが、こいつらはなんじゃ? バルの友人とのことだが、ムサシが連れて来たのか?」
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