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第二章

第62話 動き始める世界

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 ぶっちゃけた話、俺から始めた喧嘩なのに、俺はあんまり活躍できなかった。

「少しは檻に閉じ込められた者の気持ちが理解できたか?」
「クソ歯ごたえのねえ連中だ」

 瞬殺だった。
 いや、一人も死んじゃいねーけど、やる気満々だったウラとファルガの二人だけで、亜人を引取りに来た競売組織の連中を撃破して、全員亜人と入れ替える形で檻の中に閉じ込めた。

「ファルガ王子、これがどれほど重大なことだと理解されていますか?」
「重大なこと? なら、どうなる?」
「っ、一国の王子自らが競売組織を襲い、商品まで盗み出すなど許されざる行為! このことが知れ渡れば、あなたは各国の上層部から、いや、エルファーシア王国そのものが睨まれることになるのですよ?」

 檻の中から睨んでくるジーエル。対してファルガはまるで動じていなかった。

「ふん。管理職としては優秀なんだろうが、戦場ではクソ小物も良いところだな」
「な、なんですと!」
「このことが知れ渡れば? それはお前たちが全員無事に帰れたらの話だろう?」
「ッ!」

 空気が変わった。
 ファルガから溢れる殺気。俺が一度も浴びたこともない、氷のように冷たい瞳だ。

「俺は愚弟とはちげえ。愚弟はメンドくさい性格だが、自分の行動に対する責任や覚悟が微妙に浅い奴だ。しかし、俺は違う。自分がやることがどんな事態を生むかも理解してから行動する。当然、その覚悟もできていると理解しろ」

 自分に向けられていないのに、それでも恐ろしいと感じるほどの威圧感。
 戦闘が本職ではないジーエルに耐えられるレベルじゃない。

「ば、馬鹿な、我々に手を出せば、自国の民も含めて他国の信を失い、ただでは済まないのですよ?」
「俺と俺の国の行く末を、お前が心配して何になる?」
「なっ、なにを、ば、やめ」

 本気の目だ。
 ファルガは、いざとなればマジでやるかもしれねえ。

「まあ、よく考えな。クソションベンくせえ亜人のガキども奪われたくらいで、俺を敵に回すことのメリットとデメリットをな」
「うっ、ううう」

 キレたら本当に後先考えないのはこいつかもしれねえ。
 だが、たいていのやつは、ファルガが行動する前に折れちまうがな。

「わ、分かりました! ど、どうかお許し下さい! 今回のことは目を瞑ります!」
「ふん、それでいい」

 観念したジーエルが檻の中から頭を下げて懇願した。
 命をすり減らす交渉では、ファルガとこいつでは潜ってきた修羅場が違うってことだろうな。

「かちょ~、い、いいんすか? 商品を納品しなければ、俺たちも」
「仕方ないでしょう。シーシーフズ同様に、亜人の援軍に襲われたと報告するしかないでしょう」

 とりあえず、ファルガが身内でよかった。あんまり怒らせねえようにしないとな。

「さて、残りはテメェらだな」

 ジーエルたちに背を向けたファルガが振り返る視線の先には、どうすればいいのか戸惑っている亜人たち。

「船は三隻ある。俺たちはこのままテキトーに進む。テメェらクソ亜人どもにも一隻くれてやるから、とっとと帰りな。亜人大陸にな」

 まあ、このままここに居られても困るから、それがベストな選択だろう。

「えっ、あ、わ、私たちは帰ってよろしいのですか?」
「その代わり、また人間に捕まっても今度は見捨てる。そして、今後エルファーシア王国にちょっかい出してみろ。テメェら全員一匹残らず俺が根絶やしにしてやるよ。地の果てまで追いかけてでもな」
「ひっ、ひいいいい!」
「失せろ。二度と俺たちの前に姿を現すな」

 果たして、この脅しがどれだけ効果があることやら。
 だが、今はこう言うしかないだろう。
 ファルガの圧倒的な威圧に亜人どもが生涯ビビってくれることを祈るだけだ。

「分かったでござる。たとえどのような形であれ、命を救われたことには人間相手といえど恩義は忘れぬでござる。少なくとも、拙者らはエルファーシア王国に手出しはせぬ」

 檻から出てシュンとなったムサシは、その場で正座しながら頭を下げた。
 人間相手に複雑な思いはあるんだろうが、それでも礼儀を忘れないあたり、大ジジとやらもちゃんと指導しているんだと思って、何だかおかしくなった。

「い、一応、死ぬほど、か、感謝する」
「ありがとう、ございましただよ」
「この恩は忘れないなの」

 三人娘も縮こまりながら頭を下げてやがる。
 随分と威勢がなくなったな。
 まあ、ガキ相手にそこをツッコんでイジメるのも大人気ないから言わないが。
 さてと、というわけで……

「おい、ムサシ。さっきの話を覚えているか?」
「ぬ、ヴェ、ヴェルト」
「呼び捨てかよ。まあ、いいけど。俺がさっき言った、お前のジイさんに会わせろって話だ。どうにかして欲しいんだが」

 そう、問題が片付いたところで本題だ。
 さっき途中で中断してしまった、こいつらの祖父に会わせろという話だ。

「ま、待つでござる。先ほども尋ねたが、一体、大ジジに会ってどうするつもりでござるか?」
「別に、どうもしねえよ。話をするだけだ」
「話とは? 恩人に対して失礼だが、やはりそれが分からぬ以上は大ジジに会わせるわけにはいかぬ!」

 まあ、当然だよな。人間と亜人の偉い人を簡単に引き合わせるわけがない。ましてや、こいつの身内なんだから。
 そして、俺は俺で、どうするか。
 信じてもらえるもらえないは別にして、正直勿体ぶっても仕方ないことだし、転生云々を話してもいいかもしれない。
 でも、それを話そうとすると、やっぱりあいつの顔が思い浮かんじまう。

「正直な、俺がどうしてお前の大ジジに会いたいかは話してもいいんだ。だが、それを話すということは、誰も知らない俺自身のことを教える必要がある。ファルガもウラも知らない話だ。だが、別に死ぬまで秘密ってわけでもねえから、教えてやってもいいとは思ってる」

 そう、別に教えてやったところで、俺自身に何か影響があるわけでもないし、世界にとってみれば取るに足らない小さなことだ。
 でも、それでも俺は、今はまだ話すことができない。

「ムサシ。俺はよ、自分でも自分をかなりメンドくさいやつだと思っている」

 おい、ウラもファルガも何を思いっきり頷いてんだよ。

「ガキの頃からそうだった。めんどくさくて、ひねくれて、素直になれなくて。でもな、そんな俺の何がいいのか分からないが、それでも俺を好きだと言ってくれた子が居た。ウラと出会うよりも前からそのマセガキは俺につきまとった。ウザったいと思うときも、俺が悲しみに打ちひしがれている時も、そいつは俺につきまとった」

 俺が朝倉リューマのことを話そうとしても、どういうわけか真っ先に俺はあいつを思い出した。
 フォルナ。もう随分と会っていない、金髪の幼馴染が俺の頭の中でチラついた。

「俺はな、俺自身の秘密を話すなら、まずはそいつに話してからにしたいんだ。別に順番なんて関係ねーし、あいつも今では俺のことをどう思ってるかなんて知らねえけど、なんかそれが筋ってもんだと思ってよ」

 本当に我ながらメンドくさい性格だ。でも、仕方ない。
 朝倉リューマのことを、かつての旧友や先生以外に話をするなら、まずはフォルナに教えてからにしてやりたかった。
 ウラは少し拗ねたようにそっぽ向き、ファルガは無言で腕組んで何を考えてるか分からないが、少なくとも今はまだこの二人にも教えたくなかった。
 そして、ムサシに関しては、思いの他真剣な顔つきで俺の話を聞いていた。

「その者は……」
「あ?」
「今はどこに? 国でおぬしの帰りを待っておるのか?」
「いいや。あいつは俺なんかとは比べ物にならないほどの才能と大義を持っていた。今は神族大陸で戦争中だ。ずっと会ってねえ」
「ッ、では、おぬしはいつ会えるかも分からぬ、いや、二度と会えぬかもしれぬ者へ、操を立て続けているのか!」
「いや、操って……恋愛じゃねーっての」

 やけにグイグイ食いついてきやがった。
 なんか、こいつの何かに引っかかったのか?

「ヴェルトよ。おぬしは誓えるか?」
「何をだ?」
「大ジジに会っても、決して危害を加えぬと」
「ふん、そこまで心配か。でも、いいぜ~、約束破ったら切腹でもしてやるよ。なんならお前らの流儀に従って、血判書でも金打でもしてやるよ」
「な、なんと! キンチョウまで知っているでござるか!」

 おお、かなり嬉しそうに前のめりになってきた。
 最初の頃とはエライ違いだな。

「あい、分かった! このムサシ、おぬしを信じるでござる! おぬしを大ジジに会わせよう」
「おお! そいつはありがてーな。是非とも頼む」
「うむ。ならば、このまま拙者らと一緒に亜人大陸に来て欲しい。今、大ジジは極秘任務中で留守にしているが、帰ってくるまで拙者が匿おう」

 俺は心の中でガッツポーズした。
 会える。
 神乃じゃないが、この世界で「本当」の俺を知っている奴に会うことができる。
 情けねえもんだ。それだけで、俺はこんなに嬉しくなるなんてな。


「で、会えるとしたらどれぐらいだ?」

「そう遠くない。極秘任務は今日中に行われる。それが終わればだ。もっとも、拙者も本当はその極秘任務参加のために人類大陸に向かっていたが、ウシワカたちに助けを求められたので、部隊を離脱してこっちに来たでござるよ」

「ほ~。つか、その極秘任務って何だ?」

 
 極秘任務。なんか興味をそそられたのでダメもとで聞いてみたが、ムサシは慌てたように首を横に振る。


「あっ、すまぬ! それは言えないでござる! それだけは教えることは出来ないでござる!」

「くはは、そりゃそーか。まあ、亜人たちの極秘つうぐらいだからな」

「うむ、すまぬな。シンセン組がシロムを強襲して奴隷として捕らわれている同胞を救出する作戦のことなど、教えるわけにはいかぬ」


 …………………………ん?

 甲板にいた全員が固まってしまった。

「お、お姉」
「ム、ムサシ様……」
「あ、あなたというお方は……」

 チビッコ三人組も開いた口が塞がらない様子だ。


「新選組がシロムを強襲して奴隷を解放する? ……って、それが極秘任務だろうがッ!」

「アアアアアアアアア、せ、拙者としたことがアアアアアアア!」


 やばい。こいつ、とんでもないアホだ。


「お、おま、それってつまり亜人の軍が人類大陸に攻め込んでるってことだろ! 戦争じゃねえか!」

「い、いや、戦争などと大それたものではなく、あくまでシロムの奴隷市場がある一都市を襲うのであって、大ジジも参謀役として…………」

「だから、ベラベラ喋ってんじゃねえっての! つか、それならさっさと俺たちはシロム国にこのことを教える必要があるんじゃねえのか? 人間として」

「ぬおおおお、ヴェ、ヴェルト、どの、ヴェルト殿! 何卒、何卒今の任務内容は聞かなかったことに! これには同胞の命がかかっています故に、どうか見逃して欲しいでござる!」

「アホか! 人間がいっぱい死ぬとわかってたら、さすがに俺も関係ねえとか言って知らん顔できねえだろうが!」


 さすがに俺だけじゃなく、ウラも、ファルガも予想していなかったために、頬に汗をかいていた。


「ちっ、俺としたことが。よくよく考えれば、そこの逃げたクソチビ亜人どもが、この船に戻るまでかなり早かったのはそのためか。亜人大陸なんざ、船で行けば数ヶ月はかかるっていうのに、迂闊だった。テメエは最初からシロムを襲うために人類大陸近くにいやがったか」

「なんということだ。それが事実だとしたら、亜人と人間の戦争は激化する」


 これは確かにまずいことになった。
 正直、戦争に関わる気はねえし、誰が何人死のうと他人ならあんまり関係ねえ。
 しかし、人がたくさん死ぬかもしれない事態になることをあらかじめ知ってしまった以上、関係ねーやで済ませるほど俺も冷めちゃいねえ。
 最低限のことをするべきかもしれないが……


「ま、待つでござる! いくらおぬしたちが手練とはいえ、この件に関われば命はないでござる! どうか、ここは黙って堪えて欲しいでござる」

「っ、そう言われてもな~、つか、シンセン組ってツエーのか? 聞いたこともねえが」

「そ、それは、神族大陸に派遣されずに亜人大陸内の鎮圧を主な生業としているため、大陸外にはその名前は知れ渡っていないが、強さは本物でござる」

「ちっ、世界が知らねえ精鋭部隊かよ。そりゃー、強襲にはもってこいだな。ちなみに、どれぐらい居るんだ?」

「こ、今回は……およそ五百……」


 ダメだ、ピンとこなさすぎる。


「五百か。国を落とすにしちゃ少ねえが、不意打ちで街一つを襲うなら十分だな。ましてや、シロムは戦争できるほど強い国じゃねえ。クソが」

「うむ。しかも、今の人類大陸の主立った戦力は、人類大連合軍として、帝国や神族大陸にいる。シンセン組とやらの強さは分からぬが、率いる将によっては、シロムの都市はあっさり滅ぶかもしれんぞ?」


 ファルガとウラが真面目な顔してそう言うなら、きっとそうなんだろうな。
 やべえな、絶望的すぎるな。

「おい、クソ亜人。シンセン組とやらを率いているのは、誰だ? いざとなったら、頭を潰してどうにかする」

 すると、ファルガの問いにムサシは更に大慌て。


「そ、それは聞かないで欲しいでござる! いや、聞いてはダメでござる! さすがにそこまで教えたら、拙者もセプークものでござる! というか、いくらおぬしでも絶対に敵わぬでござる!」

「なんだと? この俺が敵わないだと?」


 まあ、こいつがいくらアホでも、さすがに極秘任務の作戦を指揮するやつまで教えるわけがねえか。
 てか、ファルガでも敵わない? そんな奴がこの世に存在するのか?


「そうでござる。いくらおぬしでも、あの『四獅天亜人≪ししてんあじん≫』の一人、シンセン組の新局長となった『イーサム・コンドゥ』様には敵わぬでござる」


……誰か……こいつを黙らせろ。
言いやがったよ、聞きたくなかった名前を……


「ふ~、愚弟、シンセン組とやらは知らねえが、その局長の名前だけはよく知っているぞ……は~、頭がクソ痛え」

「は~、ヴェルトよ、私もシンセン組とやらは知らぬが、その局長の名前だけはよく知っている……うう~なんということだ」


 安心しろ、ファルガ、ウラ、さすがにそれは俺も名前だけはよく知っている。
 なんかも~、メチャクチャすごい名前が出てきちゃったよ。
 知らねえ奴なんざこの世にいねえさ……四獅天亜人のことをよ。
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