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第二章
第57話 吐き気のする光景
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出航はまだかと、港で船を見上げて待っている俺の背後から、俺の様子を伺いながら、この酒場の家族が声をかけてきた。
「あの、お兄ちゃんたち、お姉ちゃんを助けてくれてありがとう」
「本当にありがとうございます」
「本当に、なんとお礼を言ってよいやら」
正直何かをやった気分ではない。
俺は俺の都合で動いただけだ。
「ヴェルトよ。やり方や本音はどうあれ、感謝されているのだ。笑顔で手ぐらい振ってやったらどうだ?」
「バーカ。笑顔で手を振って喜ばれるのはアイドルとイケメンだけって決まってんだよ」
「い、イケメン? ああ、お前が以前言っていた、イケている面という意味だな。それなら、心配なかろう。私にとってお前は世界一のイケメンだ」
「お前、たまに頭が残念だな」
「なんだそれは! というより、その一言で済ませるな!」
単純に照れくさい。ぶっちゃけ、俺自身はジードの持っていた日本刀さえ気にならなければ、ファルガとウラに任せて、あいつらは瞬殺されていただろうし。
「あの、それで大丈夫なんですか? あんな危ない方たちと一緒の船に乗って?」
助けた女が少し聞きづらそうに訪ねてくる。
この女は俺の何を見ていた? 俺とジードとのやり取りで、何を心配するようなことがあったんだ?
「問題ねーよ。俺は、麦畑で生まれたこの世で最も凶暴な奴なんだぜ?」
「…………?」
あっ、やべ、外したか? 目がキョトンとしている。
「あははははははは、お兄ちゃんぜんぜんこわくない! 面白い!」
わ、笑われた! ガキに! しかも、お兄ちゃん? ふざけんな。俺をそう呼んでいいのはハナビだけなんだよ。
「ふふ、ほんと、面白い!」
って、何であんたまで笑ってんだよ。
「ご、ゴメンなさい。お店の中では本当にスゴイ怖い人なのかと思っていたけど、あなた、本当は怖そうな人ぶっていますね」
「は、はあ? ざけんなよ、コラ! 俺は!」
「どうかご無事で。また、来てくださいね。今度は盛大におもてなしさせてください」
やべえ。むず痒い
何でそんなニコニコしながら見送ろうとしてんの?
「また来てね、お兄ちゃん達」
いかん、調子が狂う。
「ふん」
「って、イテーなウラ! 何で耳を引っ張る」
「別に。あんまデレデレするなよな」
「テメ、愛想よくしろって言ったのはテメェだろうが!」
しかも、ウラまで少しだけ機嫌悪そう。あー、メンドくせ。
「ふふ、帽子を深く被ってるけど、とても美人な人ですね。あんな危ない人たちの船に乗るなら、恋人さんをしっかり守ってあげてくださいよ?」
俺にコソコソ言ってるけど、その声はしっかりとウラまで聞こえていたのか、なんかいきなり不機嫌さが一変して、ウラが鼻歌を歌いだした。
てか、彼女じゃねーし。つか、心配はいらねえ。
迂闊に手ェ出して海の藻屑になるのは、むしろジードたちの方だ。
「おい、クソども、何をくっちゃべってやがる。もう準備はできたみたいだ。さっさと乗り込め」
その時、上を見上げると、船の手すりから顔を出して、ファルガが言ってきた。
乗組員五十人程度。それなりに大きな船だから特に航海の心配もないだろう。
「出航するぞ、野郎ども……シロムに帰るぞ……」
「「「「「お……お~」」」」」
何だかあまり元気の無さそうな、ジードを始めとする商業ギルド・シーシーフズのおっさんたち。
まあ、あれだけ俺にやりたい放題されて、しかも船にまで乗せることになったんだ。
かなり気分が落ち込んでいても仕方ない。
「よっし」
「では行くか」
港から切り離した船に飛び乗って、俺たちは航海の旅に出る。
これである意味、本当に国を出ることになる。
僅かな緊張と、好奇心を胸に抱き、いざ旅立ちって奴だ。
「さよーなら!」
「また来てね、お兄ちゃん達!」
とりあえず手だけ振ってやるか。
これから先、どんな残酷な世界が待っているか分からねえからな。
少しぐらいの人間性を補給しとかねえと、
「さてと、ジード、そろそろ約束は守ってもらおうか?」
そう、今からは多少のトラウマも覚悟しなければならないからだ。
「ふん」
「さて、案内せよ」
船の甲板で、俺たち三人に言われて、ジードはかなり嫌そうな顔をしているが約束は約束だ。
俺たちを案内しようと船内へと招く。
「ついてこい。下の倉庫だ」
船が揺れる。心地よい風が吹く。波の音も穏やかだ。
この船も普段は帝国との定期船として使っていたために、作りはしっかりとしていて掃除も行き届いている。
なのに、船内を歩けば歩くほど、俺は心がざわめいた。
すました表情のウラですら、どこか不安そうに俺の服の裾をギュッと握っている。
とくに変化が見られないのはファルガだが、内心はどうかは分からない。
そして、
「こ、ここだ」
ジードが扉の前で止まった。鍵をドアに差し込んでゆっくりと開ける。
俺も唾を飲み込んで覚悟した。
その扉の向こうにあるであろう光景に。
「お願いだ、助けてくれ! 奴隷は嫌だ!」
「もう二度と人類大陸には来ないから!」
「やだ、人間の奴隷なんてやだ! ねえ、出して! お願い、私を国に帰して!」
「っ、ねえ、君、助けて! ねえ、ここから出して! 出してくれたら内緒でイイことしてあげるから、ねえ! 何でも言うこと聞くから!」
「頼む、俺には故郷に家族が居るんだ! 俺だって本当はやりたくなかったけど、借金を返すためにはどうしようもなかったんだ!」
涙と悲鳴。
籠のように小さな檻には手足を拘束された、亜人。
その大半は人の体に部分的に動物などの器官や特徴がある多様な種族ばかり。
猫や狐、ウサギのような耳や鼻の形をした、ボロボロで薄汚れた布に包まっている男たち。
そして同じように女も居る。
「ッ」
やべえ、色々な意味で吐き気がする。
頼むからそんな目で俺を見るなよな。
「こいつらは、亜人の漁師か?」
「あ、ああ。こいつら職人がコッソリと人類大陸の海で漁をしていやがったのさ」
ファルガは冷静に檻から叫ぶ牡たちを見てそう告げた。
「ちなみに雌が混じってるのは、長い航海だから炊事洗濯をさせたり……それに問題が起きないように、娼婦の雌も入れとくのが亜人たちの文化みたいだぜ? 特に発情期になった亜人の精力はヤバすぎるからってな」
「なるほど。亜人の奴隷を手に入れるには申し分ないシチュエーションってわけか。クソ反吐が出る」
こればかりは寸分の狂いもなく、気持ちはファルガと同じ。
ただ、俺の場合は反吐どころかゲロも出そうだが。
「あまり衛生的ではない。湯浴みは? 食事はちゃんと与えているのか? 頬が少し痩けているぞ! 女も居るのだぞ?」
ウラも複雑そうな表情で唇を噛みしめてジードに詰め寄る。
「ま、待ってくれよ、俺らだって商品を死なせることはしねえよ。ただ、食事とかだって、こいつらに体力与えると何されるか分からねえし」
もういい、聞きたくねえし、一秒でも早くここから出たい。
さっさと目的を済ませるか。
「おい、それで、例の剣士とやらは?」
「お、おお。そうだった。奥の檻に入れてある。暴れねえように、しっかりと拘束してるからよ」
奥へと進む俺たちの前に、他とは少し違う大きめの檻。
「ホントは三人居たんだが、二人には逃げられちまって、今はこいつ一人だけだ」
そこには、口に猿轡を噛まされて、両手足を錠で嵌められて身動きひとつ取れない女が、一糸まとわぬ姿で檻の中に転がっていた。
歳はかなり若い。恐らく、俺とウラと同じ歳か、少し下ぐらい。
「ッ、なんということを! まだ、幼い少女ではないか! 服の一つすら着せぬとは慈悲もないか、この外道!」
「ひ、し、仕方ねえだろ! 武器とか隠し持ってたんだからよ! で、でも、大事な商品だし、まだ未通女だしスゲー高値で売れるだろうから、手は出してねえ! 本当だ!」
「そういう問題ではないだろう! ダメだ、やはり我慢できん!」
まだ、顔に幼さが残っている。
長い緑色の髪を後ろで一本にまとめた、虎の耳と尻尾を生やした少女。いや、雌? この際、どっちでもいい。
「やめとけ、ウラ」
「止めるな、ヴェルト!」
「気持ちは分かるが落ち着け」
その少女は檻の中から何も喋ることができないのに、敵意の篭った目で俺たちを見上げている。
「つうか、何で密漁船に剣士が乗ってたんだ? しかも、こんなガキ」
「護衛のためさ」
「護衛?」
「あ、ああ。でも、腕は大したことなかった。そもそも密猟する亜人は一攫千金を夢見たやつらで、金もそんな持ってねえ。だから、自分たちの護衛も、こんな駆け出しのガキしか雇えねえのさ。逃げた二人もガキだったしな」
そういうことか。まあ、腕の程はぶっちゃけた話、どうでもいい。
問題なのは、このガキが日本刀に似た刀を持っていた事実だけだ。
「少し話させてもらうぞ」
「あ、ああ。今、口のやつを外して……」
「必要ねえ」
「えっ、ええ!」
猿轡は紐で縛られている。その紐ぐらい、俺の指先一つで簡単に解くことができる。
少し驚いた顔をしているガキを鉄格子越しに見下ろしながら、俺はついに聞きたかった質問をする。
「お前、日本人か?」
さて、どう出る? ファルガやウラたちの表情は「?」だが、このガキは?
「なんだ、そのニホンジンとやらは! いや、そんなことよりも、死ね死ね薄汚い人間どもめ、今すぐ私をここから出せえ! 死ねえ!」
怒りに満ちた表情で叫んできた。
どうやらハズレのようだ。
「チッ、そうか。じゃ、質問を変える。この刀はお前のだな?」
「ッ、返せ! 私のサムライソード! 汚らわしい人間が触るんじゃない、死ね死ね!」
「うるせえ。虎ガキ女、質問に答えろ」
「下等な人間に教えることは何もない! 早くここから出せ! たたっ斬ってやる! 死ね死ね死ね死ねー!」
死ね死ね言いすぎだろうが。朝倉リューマもそこまで言ったことはねえ。
「あ~、その、猿轡をしたのは……このとおりすごく煩かったからなんだ」
まあ、そうだろうな。
「サムライソードって、お前だけが持ってるのか?」
「死ね死ね死ね死ね死ねー!」
「あっ゛?」
カチンと来た。
「この刀、折るぞ? 捨てるぞ?」
おっ、顔が変わった。
「やめろ! それは、大ジジ様が私の誕生日にくださった、サムライソードだ! やめろ、やめろ! 死ねえええええ、絶対死ねええ!」
大ジジ? ふ~ん。
「このサムライソードとやら、誰が作った? いや、誰が考案した?」
さて、それが本題だ。こいつが何者かはどうでもいい。問題はこの刀を誰がデザインしたかどうか。
だが……
「そんなの私が知るか! 死ねええ! 国の剣士は昔からみんな持っていたからな! そんなこと知ってどうする、死ねえ!」
そーなのか。しかし、そーなると、微妙に面倒な空気が漂ってきたな。
少なくとも、このガキはこれ以上何も知らなそうだ。
刀のルーツを知るには、亜人の歴史を掘り返すか、他に詳しそうな奴を探すしかないか。
「やれやれ、かなり真実に近づくと思ったが、そう簡単じゃねえか」
「ヴェルト、どうしたのだ?」
知りたくなかった世界と、見たくなかった光景だけを味わって、憂鬱な気分しか残らねえ。
とりあえずこの場や奴隷たちをどうするかは別にして、今は一秒でも早く外の空気が吸いたい。
だから俺は、その場に背を向けて外へ出ようとする。
「えっ、な、ええ? ヴぇ、ヴェルト、それだけか? それだけで良いのか?」
「おい、愚弟。さんざん勿体ぶったわりには、クソ何も分からねえが? テメェ、一体何を考えてやがる。何を知りたがっていた?」
「とりあえず俺はもういい。それと、ウラ、ファルガ。この反吐が出そうな現実をどうするかについては、一度俺に外の空気を吸わせてからにしてくれ」
ウラが戸惑うのも無理はないが、仕方ない。本当に何も分からなかったんだ。
だが、
「人間どもめ、今に見ていろ!」
ジードに猿轡を噛まされようとしているガキが、去り際の俺の足を止めた。
「必ず、必ず! この恨みは必ず私のお姉《ねえ》が晴らしてくれる! お姉こそ、僅か十五歳で国に名を轟かせる若き天才剣士! 将来はあの『四獅天亜人《ししてんあじん》』に選出される才の持ち主! 必ずお姉が私たちを助けてくれる」
なんだかな。親父とおふくろを亜人に殺された俺が、亜人のガキに憎しみを込めて睨まれるとか、複雑な気分だぜ。
俺はまた足を動かし、部屋を出ようとした。
だが、その時だった。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
悲鳴が響き渡った。
外からだ。
「あ、亜人だ、亜人が襲撃してきたぞー!」
「くそ、こいつら、どこか、ぎゃあ!」
「こいつ、一昨日逃げた奴らだ! 亜人の助っ人を連れてきやがった!」
「ひ、ひいい、こ、このや、ぴぎゃ!」
「武器だ、武器をも、ぐきゃ!」
一つ一つ消えていく人間の悲鳴。
気づけば俺たちは、甲板へと走り出していた。
同時に、虎ガキ女が声を上げた。
涙と入り混じった、安堵の篭った声だ。
「この匂い……間違いない、お姉だ! 『ムサシ』お姉が来てくれたんだ!」
俺の心臓がポンプした。
「あの、お兄ちゃんたち、お姉ちゃんを助けてくれてありがとう」
「本当にありがとうございます」
「本当に、なんとお礼を言ってよいやら」
正直何かをやった気分ではない。
俺は俺の都合で動いただけだ。
「ヴェルトよ。やり方や本音はどうあれ、感謝されているのだ。笑顔で手ぐらい振ってやったらどうだ?」
「バーカ。笑顔で手を振って喜ばれるのはアイドルとイケメンだけって決まってんだよ」
「い、イケメン? ああ、お前が以前言っていた、イケている面という意味だな。それなら、心配なかろう。私にとってお前は世界一のイケメンだ」
「お前、たまに頭が残念だな」
「なんだそれは! というより、その一言で済ませるな!」
単純に照れくさい。ぶっちゃけ、俺自身はジードの持っていた日本刀さえ気にならなければ、ファルガとウラに任せて、あいつらは瞬殺されていただろうし。
「あの、それで大丈夫なんですか? あんな危ない方たちと一緒の船に乗って?」
助けた女が少し聞きづらそうに訪ねてくる。
この女は俺の何を見ていた? 俺とジードとのやり取りで、何を心配するようなことがあったんだ?
「問題ねーよ。俺は、麦畑で生まれたこの世で最も凶暴な奴なんだぜ?」
「…………?」
あっ、やべ、外したか? 目がキョトンとしている。
「あははははははは、お兄ちゃんぜんぜんこわくない! 面白い!」
わ、笑われた! ガキに! しかも、お兄ちゃん? ふざけんな。俺をそう呼んでいいのはハナビだけなんだよ。
「ふふ、ほんと、面白い!」
って、何であんたまで笑ってんだよ。
「ご、ゴメンなさい。お店の中では本当にスゴイ怖い人なのかと思っていたけど、あなた、本当は怖そうな人ぶっていますね」
「は、はあ? ざけんなよ、コラ! 俺は!」
「どうかご無事で。また、来てくださいね。今度は盛大におもてなしさせてください」
やべえ。むず痒い
何でそんなニコニコしながら見送ろうとしてんの?
「また来てね、お兄ちゃん達」
いかん、調子が狂う。
「ふん」
「って、イテーなウラ! 何で耳を引っ張る」
「別に。あんまデレデレするなよな」
「テメ、愛想よくしろって言ったのはテメェだろうが!」
しかも、ウラまで少しだけ機嫌悪そう。あー、メンドくせ。
「ふふ、帽子を深く被ってるけど、とても美人な人ですね。あんな危ない人たちの船に乗るなら、恋人さんをしっかり守ってあげてくださいよ?」
俺にコソコソ言ってるけど、その声はしっかりとウラまで聞こえていたのか、なんかいきなり不機嫌さが一変して、ウラが鼻歌を歌いだした。
てか、彼女じゃねーし。つか、心配はいらねえ。
迂闊に手ェ出して海の藻屑になるのは、むしろジードたちの方だ。
「おい、クソども、何をくっちゃべってやがる。もう準備はできたみたいだ。さっさと乗り込め」
その時、上を見上げると、船の手すりから顔を出して、ファルガが言ってきた。
乗組員五十人程度。それなりに大きな船だから特に航海の心配もないだろう。
「出航するぞ、野郎ども……シロムに帰るぞ……」
「「「「「お……お~」」」」」
何だかあまり元気の無さそうな、ジードを始めとする商業ギルド・シーシーフズのおっさんたち。
まあ、あれだけ俺にやりたい放題されて、しかも船にまで乗せることになったんだ。
かなり気分が落ち込んでいても仕方ない。
「よっし」
「では行くか」
港から切り離した船に飛び乗って、俺たちは航海の旅に出る。
これである意味、本当に国を出ることになる。
僅かな緊張と、好奇心を胸に抱き、いざ旅立ちって奴だ。
「さよーなら!」
「また来てね、お兄ちゃん達!」
とりあえず手だけ振ってやるか。
これから先、どんな残酷な世界が待っているか分からねえからな。
少しぐらいの人間性を補給しとかねえと、
「さてと、ジード、そろそろ約束は守ってもらおうか?」
そう、今からは多少のトラウマも覚悟しなければならないからだ。
「ふん」
「さて、案内せよ」
船の甲板で、俺たち三人に言われて、ジードはかなり嫌そうな顔をしているが約束は約束だ。
俺たちを案内しようと船内へと招く。
「ついてこい。下の倉庫だ」
船が揺れる。心地よい風が吹く。波の音も穏やかだ。
この船も普段は帝国との定期船として使っていたために、作りはしっかりとしていて掃除も行き届いている。
なのに、船内を歩けば歩くほど、俺は心がざわめいた。
すました表情のウラですら、どこか不安そうに俺の服の裾をギュッと握っている。
とくに変化が見られないのはファルガだが、内心はどうかは分からない。
そして、
「こ、ここだ」
ジードが扉の前で止まった。鍵をドアに差し込んでゆっくりと開ける。
俺も唾を飲み込んで覚悟した。
その扉の向こうにあるであろう光景に。
「お願いだ、助けてくれ! 奴隷は嫌だ!」
「もう二度と人類大陸には来ないから!」
「やだ、人間の奴隷なんてやだ! ねえ、出して! お願い、私を国に帰して!」
「っ、ねえ、君、助けて! ねえ、ここから出して! 出してくれたら内緒でイイことしてあげるから、ねえ! 何でも言うこと聞くから!」
「頼む、俺には故郷に家族が居るんだ! 俺だって本当はやりたくなかったけど、借金を返すためにはどうしようもなかったんだ!」
涙と悲鳴。
籠のように小さな檻には手足を拘束された、亜人。
その大半は人の体に部分的に動物などの器官や特徴がある多様な種族ばかり。
猫や狐、ウサギのような耳や鼻の形をした、ボロボロで薄汚れた布に包まっている男たち。
そして同じように女も居る。
「ッ」
やべえ、色々な意味で吐き気がする。
頼むからそんな目で俺を見るなよな。
「こいつらは、亜人の漁師か?」
「あ、ああ。こいつら職人がコッソリと人類大陸の海で漁をしていやがったのさ」
ファルガは冷静に檻から叫ぶ牡たちを見てそう告げた。
「ちなみに雌が混じってるのは、長い航海だから炊事洗濯をさせたり……それに問題が起きないように、娼婦の雌も入れとくのが亜人たちの文化みたいだぜ? 特に発情期になった亜人の精力はヤバすぎるからってな」
「なるほど。亜人の奴隷を手に入れるには申し分ないシチュエーションってわけか。クソ反吐が出る」
こればかりは寸分の狂いもなく、気持ちはファルガと同じ。
ただ、俺の場合は反吐どころかゲロも出そうだが。
「あまり衛生的ではない。湯浴みは? 食事はちゃんと与えているのか? 頬が少し痩けているぞ! 女も居るのだぞ?」
ウラも複雑そうな表情で唇を噛みしめてジードに詰め寄る。
「ま、待ってくれよ、俺らだって商品を死なせることはしねえよ。ただ、食事とかだって、こいつらに体力与えると何されるか分からねえし」
もういい、聞きたくねえし、一秒でも早くここから出たい。
さっさと目的を済ませるか。
「おい、それで、例の剣士とやらは?」
「お、おお。そうだった。奥の檻に入れてある。暴れねえように、しっかりと拘束してるからよ」
奥へと進む俺たちの前に、他とは少し違う大きめの檻。
「ホントは三人居たんだが、二人には逃げられちまって、今はこいつ一人だけだ」
そこには、口に猿轡を噛まされて、両手足を錠で嵌められて身動きひとつ取れない女が、一糸まとわぬ姿で檻の中に転がっていた。
歳はかなり若い。恐らく、俺とウラと同じ歳か、少し下ぐらい。
「ッ、なんということを! まだ、幼い少女ではないか! 服の一つすら着せぬとは慈悲もないか、この外道!」
「ひ、し、仕方ねえだろ! 武器とか隠し持ってたんだからよ! で、でも、大事な商品だし、まだ未通女だしスゲー高値で売れるだろうから、手は出してねえ! 本当だ!」
「そういう問題ではないだろう! ダメだ、やはり我慢できん!」
まだ、顔に幼さが残っている。
長い緑色の髪を後ろで一本にまとめた、虎の耳と尻尾を生やした少女。いや、雌? この際、どっちでもいい。
「やめとけ、ウラ」
「止めるな、ヴェルト!」
「気持ちは分かるが落ち着け」
その少女は檻の中から何も喋ることができないのに、敵意の篭った目で俺たちを見上げている。
「つうか、何で密漁船に剣士が乗ってたんだ? しかも、こんなガキ」
「護衛のためさ」
「護衛?」
「あ、ああ。でも、腕は大したことなかった。そもそも密猟する亜人は一攫千金を夢見たやつらで、金もそんな持ってねえ。だから、自分たちの護衛も、こんな駆け出しのガキしか雇えねえのさ。逃げた二人もガキだったしな」
そういうことか。まあ、腕の程はぶっちゃけた話、どうでもいい。
問題なのは、このガキが日本刀に似た刀を持っていた事実だけだ。
「少し話させてもらうぞ」
「あ、ああ。今、口のやつを外して……」
「必要ねえ」
「えっ、ええ!」
猿轡は紐で縛られている。その紐ぐらい、俺の指先一つで簡単に解くことができる。
少し驚いた顔をしているガキを鉄格子越しに見下ろしながら、俺はついに聞きたかった質問をする。
「お前、日本人か?」
さて、どう出る? ファルガやウラたちの表情は「?」だが、このガキは?
「なんだ、そのニホンジンとやらは! いや、そんなことよりも、死ね死ね薄汚い人間どもめ、今すぐ私をここから出せえ! 死ねえ!」
怒りに満ちた表情で叫んできた。
どうやらハズレのようだ。
「チッ、そうか。じゃ、質問を変える。この刀はお前のだな?」
「ッ、返せ! 私のサムライソード! 汚らわしい人間が触るんじゃない、死ね死ね!」
「うるせえ。虎ガキ女、質問に答えろ」
「下等な人間に教えることは何もない! 早くここから出せ! たたっ斬ってやる! 死ね死ね死ね死ねー!」
死ね死ね言いすぎだろうが。朝倉リューマもそこまで言ったことはねえ。
「あ~、その、猿轡をしたのは……このとおりすごく煩かったからなんだ」
まあ、そうだろうな。
「サムライソードって、お前だけが持ってるのか?」
「死ね死ね死ね死ね死ねー!」
「あっ゛?」
カチンと来た。
「この刀、折るぞ? 捨てるぞ?」
おっ、顔が変わった。
「やめろ! それは、大ジジ様が私の誕生日にくださった、サムライソードだ! やめろ、やめろ! 死ねえええええ、絶対死ねええ!」
大ジジ? ふ~ん。
「このサムライソードとやら、誰が作った? いや、誰が考案した?」
さて、それが本題だ。こいつが何者かはどうでもいい。問題はこの刀を誰がデザインしたかどうか。
だが……
「そんなの私が知るか! 死ねええ! 国の剣士は昔からみんな持っていたからな! そんなこと知ってどうする、死ねえ!」
そーなのか。しかし、そーなると、微妙に面倒な空気が漂ってきたな。
少なくとも、このガキはこれ以上何も知らなそうだ。
刀のルーツを知るには、亜人の歴史を掘り返すか、他に詳しそうな奴を探すしかないか。
「やれやれ、かなり真実に近づくと思ったが、そう簡単じゃねえか」
「ヴェルト、どうしたのだ?」
知りたくなかった世界と、見たくなかった光景だけを味わって、憂鬱な気分しか残らねえ。
とりあえずこの場や奴隷たちをどうするかは別にして、今は一秒でも早く外の空気が吸いたい。
だから俺は、その場に背を向けて外へ出ようとする。
「えっ、な、ええ? ヴぇ、ヴェルト、それだけか? それだけで良いのか?」
「おい、愚弟。さんざん勿体ぶったわりには、クソ何も分からねえが? テメェ、一体何を考えてやがる。何を知りたがっていた?」
「とりあえず俺はもういい。それと、ウラ、ファルガ。この反吐が出そうな現実をどうするかについては、一度俺に外の空気を吸わせてからにしてくれ」
ウラが戸惑うのも無理はないが、仕方ない。本当に何も分からなかったんだ。
だが、
「人間どもめ、今に見ていろ!」
ジードに猿轡を噛まされようとしているガキが、去り際の俺の足を止めた。
「必ず、必ず! この恨みは必ず私のお姉《ねえ》が晴らしてくれる! お姉こそ、僅か十五歳で国に名を轟かせる若き天才剣士! 将来はあの『四獅天亜人《ししてんあじん》』に選出される才の持ち主! 必ずお姉が私たちを助けてくれる」
なんだかな。親父とおふくろを亜人に殺された俺が、亜人のガキに憎しみを込めて睨まれるとか、複雑な気分だぜ。
俺はまた足を動かし、部屋を出ようとした。
だが、その時だった。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
悲鳴が響き渡った。
外からだ。
「あ、亜人だ、亜人が襲撃してきたぞー!」
「くそ、こいつら、どこか、ぎゃあ!」
「こいつ、一昨日逃げた奴らだ! 亜人の助っ人を連れてきやがった!」
「ひ、ひいい、こ、このや、ぴぎゃ!」
「武器だ、武器をも、ぐきゃ!」
一つ一つ消えていく人間の悲鳴。
気づけば俺たちは、甲板へと走り出していた。
同時に、虎ガキ女が声を上げた。
涙と入り混じった、安堵の篭った声だ。
「この匂い……間違いない、お姉だ! 『ムサシ』お姉が来てくれたんだ!」
俺の心臓がポンプした。
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この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

薬漬けレーサーの異世界学園生活〜無能被験体として捨てられたが、神族に拾われたことで、ダークヒーローとしてナンバーワン走者に君臨します〜
仁徳
ファンタジー
少年はとある研究室で実験動物にされていた。毎日薬漬けの日々を送っていたある日、薬を投与し続けても、魔法もユニークスキルも発動できない落ちこぼれの烙印を押され、魔の森に捨てられる。
森の中で魔物が現れ、少年は死を覚悟したその時、1人の女性に助けられた。
その後、女性により隠された力を引き出された少年は、シャカールと名付けられ、魔走学園の唯一の人間魔競走者として生活をすることになる。
これは、薬漬けだった主人公が、走者として成り上がり、ざまぁやスローライフをしながら有名になって、世界最強になって行く物語
今ここに、新しい異世界レースものが開幕する!スピード感のあるレースに刮目せよ!
競馬やレース、ウマ娘などが好きな方は、絶対に楽しめる内容になっているかと思います。レース系に興味がない方でも、異世界なので、ファンタジー要素のあるレースになっていますので、楽しめる内容になっています。
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