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第二章

第56話 気持ち悪い

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 興奮が抑えきれねえ。だが、気分は悪くねえ。

「おい、ハゲマッチョ。その刀、どこで手に入れた?」

 ヒントがこんなに早く手に入るとは思わなかった。
 気づけば俺の口は軽やかだった。

「げっ!」
「こ、このガキ、兄貴になんてことを!」
「くくくく、なんて馬鹿なんだよ、死んだなコイツ」

 まあ、そう言わないでくれ。今の俺の気持ちは誰にも分からねえよ。
 それは、ウラやファルガも同じだ。
 この気分は、この世界で「ラーメン」や「空手」と再会した時と同じ気分だ。

「がっはっはっはっ! ボーズ~、ず~いぶんと面白いことを言うじゃねえか。この俺様を誰か知らねえのか?」

 くだらねえ問答も、今の俺には時間の無駄でしかねえ。

「ふわふわメリーゴーランド」
「あっ? ッ、な、なん、か、体が」
「まずは百周楽しみな」
「ぎゃあああああああああああああ! な、なん、め、目が、何で俺の体」

 ちょっと体を浮かせて、その場でグルグルと時計回りに回転させる。

「な、兄貴! 兄貴が!」
「ちょっ、何で、どうしたんすか兄貴!」
「うわあああ、と、止まらねえ! だ、誰か俺を止めろーー!」

 止めねえ方がいい。コマみたいに高速回転してるから。
 むやみに触ると弾き飛ばされるぞ?

「うぎゃああ!」
「ぐわああ」

 ほらな。
 下っ端が簡単にふっとんだよ。

「愚弟。乗り気じゃなかった割には、一番に手を出したな」
「どうしたのだ、ヴェルト」

 俺の様子が変わったことに、さすがに二人も気づいたようだ。
 だが、ちょっと勘弁していてくれ。
 俺は今、気分がいいんだよ。

「うげえ、め、目が回、うべえ、きもちわり」

 百周、意識を失わない程度のスピードで回した。
 その代わり、世界がぐにゃぐにゃして、頭もぐるぐるで気持ち悪いだろうけどな。
 屈強そうな図体のでかい男も、今では千鳥足どころでなくふらついている。

「あ、兄貴が、こ、このクソガキ!」
「ぶっ殺してやる!」

 邪魔すんなって。

「ふわふわパニック!」

 ちなみに、ふわふわメリーゴーランドとふわふわパニックの違い。
 それは、ふわふわパニックは一瞬で相手の意識を失わせる技。
 俺の簡単な指の動きで、酒場に居たチンピラ全員が一瞬で意識を失い倒れた。
 ちなみに、指でパチンと鳴らすのはパフォーマンス。

「うおお、な、なんだ! あの兄ちゃん何をしたんだ?」
「誰? なに、この人、こ、怖い」

 何か襲われてた女にまで恐れられた。
 まあ、なんも気になんねーけど。
今の俺は目の前のことに頭がいっぱいだった。

「よ~、兄貴さん。気分はどうだ?」
「う、で、でめ、い、いっだい、何者? ど、どんな魔法を使いやがった」
「んなもん、どーでもいいだろ? まあ、ついでに言えば俺はテメェらがどこの誰でどんな商売しようと興味ねーよ。俺が興味あるのは、テメェの持ってる、この刀だ」

 視点の定まっていない筋肉ハゲ……ジードの腰元から刀を抜き、俺はジードの頬に刃を当てながら、本題に入った。

「くっ、な、なんだテメエ、俺を脅す気か?」
「安心しろ、俺はヒカリもんは嫌いだから、こんなもんは使わねえ。ただ、聞きたいだけだ」
「あ、ああ?」
「こいつを、どこで手に入れた?」
「ひッ!」
「答えなけりゃ、あと百周回す」

 どこで手に入れたか。誰が作ったのか。誰が考えたのか。
 聞きたいことは色々あった。
 だが、

「し、知らねえよ! 俺は何も知らねえ!」
「ふ~ん、じゃあ、あと百周」
「ま、待ってくれ! ほんとだ、本当に何も知らねえよ! それは、一昨日戦った亜人が持ってた武器で、珍しいもんだからぶん取ったんだよ!」

 かなり切羽詰ったような叫び。多分、これは本当だろうな。
 ってか、そーいえば、最初にもそんなことを言ってたな。
 亜人の女剣士共が持っていた、サムライソードって。

「ふ~ん。それじゃあ、その亜人の女剣士どもは? どこで、出会った? つか、殺したのか?」
「な、なんで、そこまでテメエに」
「五十周」
「ぐぎゃああああああ、め、めが、うおええええ」
「ゲロまみれになる前に答えろよ」
「わ、分かった、言うよ! 一昨日通った、旧ボルバルディエ国の海底トンネル近くだよ! 亜人大陸付近じゃ取れねえ海鮮物がその付近で取れるからって、たまに亜人の密航船が現れるって情報を聞いて、俺たちが取っ捕まえたんだよ!」

 ボルバルディエ? 随分と懐かしい話だな。
 鮫島たちが滅ぼした国か。
 しかし、海底トンネルってのは初めて聞いたな。

「ちょっと待て、ボルバルディエの掘った海底トンネルは大陸の地下トンネルと同様に既に封鎖されたはずでは?」
「ウラ、知ってるのか?」
「ああ。ボルバルディエの特化したトンネル技術。彼らは人類大陸の地下のみならず、海底にもトンネルを掘って……いや、掘っていたというより、作っていた。それが魔族大陸まで伸びたのが、ヴェスパーダ王国との戦争の原因だ」

 なるほどね。つまり、連中は亜人大陸までトンネルを作っていたわけか。
 しかし、確かにそんなもんはネタバレしちまえば危ないことこの上ない。さっさと壊しちまえばいいのによ。

「その話は俺も聞いた。確かに一部は封鎖したが、ボルバルディエは至るところに作っていたからな。正直、全部のトンネルは誰も把握してねえ。その封鎖しきれなかったトンネルを、こっそり利用している奴らも居るってことだろ」

 ファルガの言葉に、納得しちまった。
 確かに、封鎖されてねえトンネルは、言い換えちまえば誰も知らないトンネルとも言える。
 ボルバルディエが滅んだ以上、そのトンネルは誰にも知られないまま利用することができれば、大きな利益を生む。
 まあ、鮫島率いるヴェスパーダは誰よりも早くそれに目をつけていたみたいだがな。

「なるほど。しかし、こいつらみたいなチンピラ軍団が、そんなトンネルや亜人の存在まで気づいてたのか?」
「いや、だからじゃねえか? 愚弟、テメエが思っている以上に商人ギルドは情報網が半端ねえ。裏情報から、他種族の情報まで金次第だ。エリートどもの国の幹部より、よっぽど地べたを這いずり回って情報を得てるんだよ」
「ほ~、情報は足で稼ぐか。もったいねーなー、ガラさえ悪くなけりゃ立派な営業マンになれたろうに」

 おっと、話が脱線しすぎた。問題はそんなことじゃなくて、この日本刀に似せて作られた武器だ。

「で、その亜人共はどこに居る? それとも、全員殺したか?」
「こ、殺してねえよ! 全員、いや、あっ、その、取り逃がして」

 目が泳いでいる。これは嘘だ。

「五十周」
「や、やめてくれ、頼む、それだけは!」
「じゃあ、言えよ。どうしたんだ?」
「うっ、そ、それは、その」

 これは嘘をついているというより、やましいことを言いたくない。そう見えるな。
 ジードから出ている脂汗や目を見りゃ、何となくだがそう感じる。
 殺してはいない。多分それは本当だ。
 でも、逃がしたというのは、嘘だ。
 となると、考えられるのは……

「おい、クソハゲ」
「ひ、ひい!」
「確か、亜人や魔族はシロムの奴隷市場ではそれなりの高値で売れるそうだな」
「ぐっ、うううう」
「特に雌型で容姿の整った若い異種族は、人間の女に飽きた金持ちのクソクズ共の間では重宝されるそうだな」

 なるほど、言いたくねえわけか。

「そういうことか。売り飛ばすために捕虜にしてるわけか」
「つくづく、救えぬゲスめ」
「クソが」

ファルガとウラは今すぐにでもジードを殺しそうだ。
 ゴミクズを見るような目は、もし自分に向けられたらショックで寝込んじまうぐらい怖いな。
 案の定、ジードも俺よりも二人に怯えだして、体をプルプル震わせている。
 だが、まだ殺されても困る。


「おい、ハゲマッチョ。今すぐテメェらの積荷を調べさせな。居るんだろ? これの持ち主が船の中に」

「な、ま、待ってくれ! それは勘弁してくれよ! 既に伝令で亜人が入荷することはオークショニアに言っちまったんだ! 既に、希望者も殺到してんだ! これを台無しにすると、俺が殺されちまうし、テメェらだってタダじゃすまねえよ! 色んな国の高級大臣たちだってお得意様なんだ。下手したら、多くの国を敵に回すことになるぜ!」

「今、死ぬほど気持ち悪い目に合うよりはマシじゃねえ?」

「ふざ、ふざけんな! そもそも奴隷制度は普通に認められている人類大陸のルールだろうが!」


 えっ、マジで? 
 奴隷はアウトだと思ってたけど、違うの?
 と、俺がそんな顔で振り返ると、ファルガは目を瞑ったまま頷いた。

「確かにな。クソ辺境のエルファーシア王国には馴染みがねえけどな」

 そうなのか。かなりきついカルチャーショックだな。

「分かった、じゃあ。会うだけでいいよ。ちょっと質問するだけだ。俺は別に奴隷がどうとか、そんなもんに興味はねーし、同情して亜人を救うようなお人好しでもねえからよ」
「ヴェルト! おまえ、それは本気で言っているのか?」
「そりゃー、俺だってお前が売られそうになったら体張って救うが、今回は違う。合法みたいだし、メンドクセーのを敵に回すよかマシだろ」
「そ、それは、そうだが、う~ん、でも、私も複雑な気持ちがする」

 無理もねえか。ウラだって、一歩間違ってたら、そんな悲惨な人生を歩んでいただろうからな。
 まあ、人として俺もどういう行動を取った方がいいのかは何となくだが分かるが、それも平和ボケした日本人的な発想だ。
 この世界がそれを常識としている以上、俺がそれをイチイチ間違ってるとか、正そうとするのもどうかと思う。
 
「うっ、ほ、ホントだぞ? 会うだけだぞ! 逃がしたりとか、奴隷をぶん取るなんて真似は」
「しねーよ。そもそも、俺は亜人が大嫌いなんだよ」
 
 そうだ。逃がす気はねえし、助ける気もねえ。
 もっとも、それは、その亜人がどれだけ重要なものを抱えているかにもよるけどな。

「あっ、ついでに俺たちは帝国まで行きてーから、途中まで船で乗せてくれよ」
「はあ?」

 とりあえず、交通手段はゲットできたし、それでいいだろう。
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