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第二章

第52話 初めてのお留守番【過去回想】

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 一つの事件があった。

 それは、フォルナたちが戦争のために帝国へと向かって三年後のことだった。
 十三歳になった俺。前世で言うなら、中坊だ。

「にーちゃん、ねーちゃん、だっこ、だっこ」

 正直な話、特に変わりないといえば変わりないのだが、それでも変わったというのがあるとすれば、やはりこの子の存在が大きかった。

「はう~~~~、あ~、ハナビ~、お前はなんて可愛いんだ。姉ちゃんがいくらでも抱っこしてやるぞ~!」

 血の繋がりがないどころか、種族も違う。
 しかし、そんなまだ物心ついたばかりの小さな人間の女の子を、心の底から愛する笑顔を向けて抱っこする魔族のお姫様。
 俺とウラの妹分で、世界一かわいい妹。世界一かわいい妹。いや、マジで世界一かわいい妹。重要なことなので三回言ったが、そういうことだ。
 そんなある日……

「わりーな、ヴェルト。一週間ぐらいだが、ウラとハナビを頼んだぞ?」
「あ~、いいよ、先生。留守番は任せろよ。つか、俺を精神年齢何歳だと思ってんだよ」
「精神年齢クソガキだと思ってる」
「ぐっ……」

 昼時。しかし本来であれば満員御礼中のこのラーメン屋も、今日は臨時休業だ。
 それは、普段は料理人の格好ばっかしている、先生とカミさんがめかしこんでいることに関係がある。

「しっかし、国王様の外交で、ラーメン屋が連れていかれるとはな」
「ああ。国王様が是非とも、他国にも紹介したいってよ。なんか、照れるっつうか、ラーメンなんてそんな行儀のいい場面で食うもんじゃねーんだけどな」

 そう、他国へと会談に向かうエルファーシア国王から、なんと先生は是非ともラーメンを紹介したいなんてことを依頼され、国の外交メンバーとして、今日からカミさんと国を留守にすることになった。
 会談の日には数多くの大臣や王族にラーメンを作るために、先生のサポートとしてカミさんは必須。
 よって、俺とウラとハナビの三人で留守番をすることになった。

「じゃあ、行ってくるね、ヴェルくん、ウラちゃん、ハナビ」
「んっ! かーちゃん、いってらっしゃいのチュウっ」
「うん、ララーナさんも気をつけて」
「まっ、こっちは心配すんなって」
「うん、頼りにしてるからね、ウラちゃん、ヴェルくん。さぁ、二人もハグです♪」

 俺たちをハグしながら、頬に軽くキスするカミさん。
 この人は、実の娘であるハナビだけでなく、俺とウラのことも本当の子供として接してくる。 
 それが照れくさくもあり、まあ、嬉しかったりもした。

「じゃーな」
「お土産買ってきますからねー!」

 そんな居心地のいい、今ではすっかり家族の一員になった俺たちの初めてのお留守番。
 よくよく考えると、留守番する俺たち三人は誰も血が繋がっていないんだよな。
 なんだか、不思議な気分だぜ……

「よしっ、ではヴェルト、今日から一週間、しっかりやるぞ?」
「なんだよ、気合入ってるな」
「当たり前だ。私たち二人でハナビの面倒を見ながら、炊事洗濯も全部やるんだからな」

 すっかりお姉さんっぽくなったウラは、そう言いながらハナビを抱きかかえ、俺に手を伸ばした。

「まずは、今日の夕飯の買い出しだ。それと、ハナビのお菓子だな。兄ちゃんと姉ちゃんのお小遣いで買ってあげるぞ~、ハナビ」
「ほんとーっ! う~~やったー!」
「ふふ、嬉しいか! よし、早速行くぞ、ヴェルト!」

 俺の手をキュッと握り、鼻歌交じりのご機嫌で歩き出すウラ。
 今では、このやりとりにもすっかり慣れちまったな。

「あっ、ヴェルトだー、ウラと手を繋いでる~、二人は夫婦~、ヒューヒュー!」
「うわきだうわきー! フォルナ姫に言ってやろー」
「あら、ヴェルト、それにウラちゃん、ハナビちゃんと一緒にお買い物? えらいわね~」
「おーい、今日からマスターたちいないんだろ? なんか困ったことあったら言いに来いよー」
「ふふ、なんかこうして見ると、ちっちゃな夫婦ね、二人共♪」
「おっ、ウラちゃんハナビちゃん、今日も可愛いね~、よし、これオマケしちゃおう。んで、ヴェルト、おまえちゃんと留守中には二人をしっかり守れよ?」
「目つきの悪い旦那で大変だね~、ウラちゃん。よし、今朝、新鮮な野菜が届いたんだ。持ってってくれ。お代? いらねえいらねえ、もらえるかってんだ」
「これ、帝国から輸入されたお菓子で、とーってもおいしいのよ。ハナビちゃんにも食べさせてあげてね」

 そして、この声にも慣れた。
 王都を歩けば誰もが温かい眼差しで、冷やかしたり、気を利かせたり、微笑んだり。
 かつては、俺とフォルナの二人だけに向けられていたものだったが、今ではウラもすっかりとこの国の一員として認められている。
 ウラも、今では人間だとか魔族だとか、そういうことに居心地の悪さやコンプレックスなどもない。
 その様子を見るたびに、俺は心の中で、死んだ鮫島に語りかけている。
 鮫島、見てるか? これで良かったんだよな? と。

「おお~……どうしよう、ヴェルト。食費をいくらか貰ったのに……全然お金使ってないのに、いっぱいもらってしまった」
「やったね、姉ちゃん。姉ちゃんはモテモテ~!」
「そそ、そうか? でも、ハナビの方が可愛くて人気あるぞ~」

 つーか、今では俺なんかよりも国民から愛されてるし! つか、大丈夫かよ、この国は!
 てか、ウラとハナビをセットにしたら、最強なんだけど。

「相変わらずアメーな、この国は」
「こら、ヴェルト、そんなこと言うな。みな、とても温かい人ばかりではないか」
「はいはい、わーってるよ。まっ、金も浮いたし、別にいいだろ。今度店に来たら奢ってやれば」
「う~~~ん、まあ、そうなのか?」
「せっかくだから、何か他にも必要なもの買えば? なんだったら、もらえる可能性もある」
「こら、ヴェルト! そんな浅ましいことを言うな!」

 そして、「しっかりもののマセガキお嫁さん」な地位を得たウラは、今ではテキトーな俺を窘める役もこなしている。
 十歳のころは、ビクビクオドオドしながら俺に手を引かれて、まあ、可愛かったけどな………

「そうだ、ヴェルト! 浮いたお金で、ハナビに何か買ってあげよう!」

 今では、しっかりしてて可愛いな。

「だってさ、ハナビ。良かったな、シスコンの姉ちゃんが居てくれて」
「ほんと! よっしゃーだよっ!」

 そして、ニッコリと嬉しそうに笑うハナビも………

「でも、お前が一番可愛い」
「ひゃふ、んふ~~~兄ちゃん、くすぐったい~♪」
「ヴェルト、お前が一番妹バカではないか!」

 まあ、しっかりしなくちゃいけないという気持ちは分かる。
 俺は兄貴としての立場なんて前世では分からなかったが、今では分かる。
 この子を守るためにも自分がしっかりとしないといけない。そういう気持ちにさせてくれるのが、妹なんだと。

「そうだ、ねえ、姉ちゃん、あのね、ハナビ、新しいパンツ欲しい!」
「えっ? この間、買ったのは?」
「あのね、ベリー色のやつが欲しい。かわいんだ~。姉ちゃんもお揃いの買おうよ~」
「そうか。うーむ、下着屋か……まあ、ヴェルトは……」

 その時、一瞬俺をチラッと見るウラ。
 そういえば、ここも変わったポイントでもある。

「あ~、まあ、ハナビのだけなら俺も店に行くのも抵抗ねえよ。つか、お前が買っても俺は何ともねえ。どーせ、水玉だろ? あっ、今日は苺買うのか?」
「はぐっ! ぐっ、ヴェルト、おまえ、そういうのデリカシーがないぞ。なあ? ハナビ」
「にーちゃんのすけべー!」

 いや、スケベじゃねえから。スケベじゃねえから別になんともねーんだよ。いや、スケベだけど、もはや家族と化した相手にどうこうってのはねーよ。
 だが、そう思っているのは俺だけで、ウラは微妙に違うかもしれない。

「ふん……馬鹿にして……だって、水玉可愛いのに……子供扱いして、ふ~んだ」

 やはり、十三歳という微妙な年齢。思春期真っただ中な年齢だからだろうか。

「はいはい、分かったよ。じゃあ、俺は店の前で待機してるから……」
「べ、別に……苺が似合ってるか感想聞いてやらんでもないし……というより、別に一緒で構わんというか……受けて立つというか……」

 ここ三年は兄妹のように育ち、ままごと夫婦ごっこのようなことをしてきたが、ウラ自身俺に対して、見つめてくる視線や、ちょっとした態度が少しずつ変わってきている気がする。
 まあ、難しい年齢になったというか、娘が育つ親の心境ってのは、こんな感じなんだろうか?

 ……なーんて当時の俺は思っていた。

 ほんと、俺ももう少し深く考えるべきだった。


「ヴェルトめ……い、今に見てろ……私だって……もう大人の女の体になってるって……ララーナさんにこの間、教えてもらったし……今の私は大人の言葉だって知ってる……まだダメって言われてるけど……セ、セッ……セックス……とやらだって、できるんだ……できるんだからな……」

「おーい、ウラ、何をブツブツ言ってんだ? さっさと行くぞ?」

「ねーちゃん、いこー!」


 いや、マジで……

「まったく、何だったら今晩ハナビが寝静まったら寝込みを……寝静まったら……ん? 今晩は我々しか家には……あ……はうっ!? わ、私としたことが……こここ、これは、ビッグチャンス到来なのではないか?!」

 ほんと、深く考えるべきだった。


「ウラ?」

「ねーちゃん?」
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