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第二章

第50話 始まりの港町

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 王都を出て、三日。
 王都からはもうかなり離れたが、このメンツでうろついてると誰かに気づかれて騒ぎになるかもしれない。
 特にファルガは王子だし、ウラは魔族だからな。
 ファルガはフードのついたマントを頭まで被り、ウラはふちの広い帽子を深くかぶる。 
 だが、それほど気にすることもなかった。
 草原を歩き、森林を抜けて、高原を越える。
 その間、賊や獣に襲われることもなかった。
 ファルガ曰く退屈らしいが、俺としてはメンドクセーことさえなければそれに越したことがない。
 そしてやってきたのが、周りを山と森に囲まれた麓の入り組んだ海岸線。そこには小規模ではあるが港町があった。

「『港町スタト』。あそこは定期的にクソ帝国行きの船が出ている。いくつも国を経由するからクソ時間はかかるがな」
「あ~、ついたついた。どーでもいいけど、さっさとメシ食おうぜ。やっぱ、俺は野宿はダメだ。落ち着いて食いてーよ」
「私も幼い頃の戦争以来の経験だったが、やはり食事と湯浴みは死活問題であった」

 港町に見える建物の数は少ない。人口もおよそ数百人程度だろう。
 また、建物の作りや町並自体はそれほど煌びやかなものではない。
 王都という巨大な街で過ごしていた俺たちにとっては、のどかさを感じられ、これはこれで悪くないという気分になった。 
 だが、感傷に浸る前に、まずはメシを。
 かなり静かで営業中なのか最初は分からなかったが、テキトーに酒場らしき店に入った。
 店内は案の定、客は数人しかいない。
俺たちはとりあえず、隅で丸いテーブルを囲みながら乾杯した。

「つーわけで、これからが本当の旅立ちだな」
「しかし、ファルガよ。よくぞ、国王がお前の旅を許したな」
「ふん、クソ軟弱なクソ都会暮らしにも飽きていたところだ」

 いや、これから故郷よりも更に大都会の帝国行くんだけど? と聞くのは、野暮だろうか。

「大体一度も国の外に出たこともねえ愚弟と、クソ魔族が王都の外をうろついてみろ。クソ気が気じゃねえ」

 うん、やっぱツッコミ入れないどこう。
 こいつはかなり面倒な性格だが、ようするに俺たちが心配でついてきてくれたってことだろう。
 まあ、腕は確かだし、国王も何だかんだで俺たち三人の方がファルガも一人で行動しないし都合がいいと思ってるんだろうな。

「それに、旅といってもクソ神族大陸や他種族の大陸に行くわけでもねえ。クソ親父が折れるのも早かった」
「ああ、それはそうかもしれぬな。私やヴェルトの旅が許されたのはそれが大き……って、どうしたのだ、ヴェルト。あさっての方向を見て」
「やっ、別に……」
 
 さて、ここで当たり前のようにポテトと肉を頬張っている二人に言うべきだろうか。
 別に俺は帝国だけを目指しているわけではない。

「おい、愚弟。テメエはまさか良からぬことを考えてねえだろうな」
「そうだな。それに、お前の探しているものとやらも気になる。一向に教えてくれんしな」
「あ~、その、なんだ~、まあ、そのうちな」

 いや、うん、良からぬことを考えてたよ。
 だって、俺がどうするかなんて、帝国行って手がかりがあるかないか次第だからだ、

「避けられれば、それに越したことはねえが、どうなるかは分からねえよ。あっ、でも、そうだな、俺も行きたくねえ場所は一つだけあるな」

 正直な話、神乃の手がかりが魔族大陸や神族大陸にあるのなら、行くのもやぶさかじゃない。 
 当然、戦争とかだけは絶対に嫌だが。
 だが、それはそれとして、俺自身もできれば避けたい場所だけはあった。

「俺は、亜人大陸だけは行きたくねーなー」

 亜人の大陸。いや、亜人そのものが俺にとってはトラウマとも言えた。

「まあ、テメエはガキのころの事件を考えればそうだろうな。と言っても、このメンツならクソ亜人大陸に行けば全てを敵に回すことになるがな」
「いかにもな。人間の国の王子と、滅んだとはいえ魔族の姫。亜人の神経を逆なでするのは間違いない」

 そうだ、俺にとっては亜人というのは昔の事件を思い出させる。
 親父とおふくろが殺されたあの事件。
 あの事件以来、亜人には会った事がない。
 異種族という点ではウラも同じだが、亜人と名のつくものにはどうしても抵抗を感じた。

「まあいい、とにかく帝国だ。まずは人類大陸最大の場所に行って、俺の探しているものやヒントがあるかないか、それ次第だ」

 帝国を目指すのはあくまで手がかりを探すための第一歩に過ぎない。
 大体、鮫島が魔族として転生していた以上、他の連中だってどうなのか分からない。
 だからこそ、最悪の場合は俺も腹をくくる覚悟は出来ている。
 だが、それを今の時点でこいつらに話すと、強制的に王都に連れ帰らされそうだから、それは避けておこう。 
 俺は、少しの秘密をグラスに注がれた水と共に飲み込むことにした。
 すると、その時だった。

「なんだ、兄ちゃんたち、この街に来たのは帝国行きの船が目的だったのかい?」

 それは、地元の住民らしき中年の男がカウンターから俺たちの会話に入ってきた。

「ん~、そうだけど、なんか用か?」
「いや、そいつはツイてねーと思ってな」
「ツイてねー? それはどういうことだ?」
「今日明日はこの港から定期船はでねーぞ」

 おい、

「なんだと?」
「なんと!」
「はっ?」
 
 ちょっと待て、何を人の決意にいきなり水をかけてやがる。

「ちょっ、どういうことだよ、おっさん! 別に嵐が起こったとか、近くで海戦があったって話もねえ。なのに、何でここから船が出ねーんだよ! ここは、港町だろ!」
「どうもこうもねーさ。外国のとある商業船が、どこで仕入れたのか大量の積み荷を運ぶことになったらしくてよ。何せ小さな町だからな、船なんざどれも小ぶりだ。それで、唯一まともなでかさの定期船を、連中が貸切ることになってな」
「なにい?」
「今、港で荷運びと船の準備をしている。あの船も帝国には行かずに、手前の『シロム国』に向かうってよ」
「シロム? どこだよ、それは。全然聞いたこともねえよ。ってか、マジかよ」
 
 駅で電車が出ない。空港で飛行機が飛ばない。いきなりそう言われたようなものだ。
 そして、朝倉リューマの世界と違って最も厄介なのは、他に交通手段が何もないということだ。
 んなもん、理由も聞かずに納得できるわけがねえ。
 のっけからつまづいた感がした。すると、ファルガが口をはさんだ。

「シロムか。クソみたいな噂しか聞かねえな」
「ファルガ、知ってんのか?」
「ああ。表向きは紳士的でスマートな商業国家だ。あくまで表向きは、だがな。中心部から外れた裏通りじゃ闇取引や奴隷市場、違法な歓楽街を取り仕切ってる。まあ、他国の上層部も隠れて利用しているから、それを潰すこともできねえらしいがな」

 うわ~、噂でしかそういうのは聞いたことないが、やっぱりそういうのは実際にあるわけね。
 まあ、極力関わりたくねえもんだ。

「ふむ、しかしそれは予想外だな。どうする、ヴェルト? 陸地から行くか?」
「おいおいおい、何ヶ月以上かかると思ってんだよ。それに、陸地からだと、たくさん国境を越える必要がある。それがメンドクセーから船にしようと思ったのによ」
「確かにな。どうだろう、その商船の者に交渉してみるか? 途中まで乗せてもらうなど」
「はあ? ファルガの話を聞く限り、その商船もなんか危なそーだろ。何かあったらどうすんだ?」

 そんな危ない国を目的地としている連中だ。
 あんまり堅気とは言い難い。
 はぁ、困った……

「しかし、そうなると……ふむ……この海の見えるのどかな港町で数日宿泊か……ふむ……」
「ウラ?」
「うむ……いや、それはそれで……」

 だが、そんな俺とは違い、ウラは何やら企みの表情を浮かべ、そしてどこかソワソワしだした。

「よし、ヴェルト! いいではないか、のんびり数日ここで宿泊しよう! 宿も取ろうではないか!」
「えぇ? ……いや……まぁ……それが妥当か……」

  ウラの提案通り、確かに数日待って定期船に乗るのが確実かもしれねぇな。
  でも、ウラは何でそんなにウキウキして……

「でだ、ファルガ。部屋代がもったいないから部屋は二つだけにしよう。ファルガ、お前は一人部屋だ」
「……あ?」
「そ、そして、わ、私はヴェルトと同じ部屋で……その、な……」
「……」

 ああ、そういうことね。
 こいつの狙いが分かった。
 そしてウラは後ろを向いてボソボソと……

「よ、よし。これはある意味でビッグチャンス到来だ。旅に出て数日……ファルガが邪魔だし野宿だしでどうにもできなかったが……父上、母上、メルマさん、ララーナさん、ハナビ……私は今宵、女になる日が来たのだ。宿でまずは体を入念に洗い、そしていつの日か使う日を信じて買ったあの勝負下着……」

 いや、漏れてるぞ……ウラ……お前のたくらみが全部。
 まずいな。
 今のウラと部屋で二人きりになったら……

「落ち着けぇ、大丈夫。友たちに一緒に選んでもらったあの勝負の紐パンでヴェルトもきっと……」

 そもそも、十五というこの世界では成人ということや、ちょうど思春期な年ごろということもあり、最近のウラは危うい。

「うぅ、今日こそヴェルトと……ち、契りを……」

 最近では店の常連の若いお姉さん系の客たちとも仲良くなったようで、経験豊富なお姉さん方は無垢なウラに雑談で色々と教えたり、買い物に連れ出したりして、ウラは色々と俺の知らないところで知識を得ている。
 若干、耳年増になっている。
 とはいえ、家では先生もカミさんもハナビもいたから……でも、それが今では……うん……まずいな……このままじゃ俺の貞操が……

「いや、あの、ウラ……それなんだけど、それなら俺とファルガが同じ部屋―――」
「ヴェルトは!」
「ッ……」
「ヴェルトは……その……まだ、私をただの子ども扱いか? それとも……単純に眼中に無いのか?」
「ウラ……」
「その、わ、私とて、私がそこまでお前の好みの女でないと言われたならば……もっと己を磨くよう努めるしかないが……しかし……」

 そして、ハッキリ言ってウラが出会った日からずっと俺以外に眼中に無いことも分かってる。だからこそ……
 
「それとも……父上への義理か? 前にも言ったが、父上だってヴェルトが相手なら認めるに決まっている」
「いや、そうじゃなくてだな……いや、別にお前が眼中に無いとかそういうのでもなくて……その……俺たちもまだそんな焦って関係変えるんじゃなくてだな……」
「それとも、今は亡きフォルナのことが心に引っかかったりしているのか?」

 だからこそ、俺もどう接すればいいのか悩む。

「おい、人の愚妹を勝手に殺すな。まだ生きてるぞ」
「うるさい、ファルガは黙ってろ! 私のヴェルトの話だ!」
「……ったく」
 
 鼻息荒くして少々暴走気味のウラ。
 これは誤魔化そうとしたら殴られそうだ。
 そして、俺も別にもうウラを子ども扱いしている気はなかった。
 家族的な感覚……だけど……ハナビのような妹というわけでもない。
 

 そもそも、ウラとのじゃれ合いがシャレにならなくなりだしたのは……あれは――

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