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第二章

第49話 世界はそれでいいんだよ

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 王都の外れに位置する墓地には、定期的に足を運ぶようにしていた。
 たまに一人で心の中の愚痴を零したりしていたが、今日は少し違う。
 いつも通り、花を添えて手を合わせるが、今日来たのは少しの別れを告げるためだ。
 その墓は俺が居ない間も定期的に掃除されていたり、花を供えられたりと手入れをされていた。
 あれから何年も経っているのに、今でも街の人たちにも思われている二人を、俺は心の中で誇らしく思っていた。

「親父、おふくろ。しばらく留守をするからここには来ねえ。まあ、あの世で無事を祈っていてくれよな」
「ヴェルトのことは私がしっかりと見ておくので、ご心配なく。義父上、義母上」
「おい、いつから二人がテメエの親父とおふくろになった」
「い、イジワル言うな。お二人も、お前一人よりはよっぽど安心されるであろう……お嫁さんが一緒で安心だと……」

 ちゃっかりついてくることになった、ウラ。
 正直出だしから予想外だった。

「ほら、次は私の父上に挨拶だ」

 親父とおふくろの隣にあるのは、この世界のものではない文字が墓標に刻まれている墓。
 そこは、街の人たちにとっては誰の墓かも知らないもの。
 ただ、俺とウラと一部の関係者のみが知る墓。

「父上。ヴェルトと一緒に行って来ます。しばらく来れませんが、お許し下さい」
 
 魔王シャークリュウ。つまり鮫島の墓だ。
 いかにウラの父親とはいえ、さすがに魔王の墓をエルファーシア王国内に作るわけにはいかない。
 そのため、墓標にはシャークリュウの名前を『誰もが分かる文字』で刻むことはしなかった。
 ただ、無名の墓はあまりにも寂しすぎるので、半ば俺が強引に彫った。
だから……

「シャークリュウ・ヴェスパーダ。鮫島遼一の魂と共にここに眠る」

 カタカナと漢字とひらがなで彫った墓標。国王やウラたちは首を傾げたが、俺と先生が強引に押し通してこの文字を書いた。
 俺たち転生者たちだけが分かる文字。
 ぶっちゃけ、俺一人では鮫島の「鮫」の漢字が書けなかったから、先生が居たので本当に良かった。


「鮫島。俺はお前の墓標に刻んだ文字を読むことが出来る奴らを探しに行く。どういうわけかお前の娘も同行することになったが、まあ、許してくれ。手は出さねえから」

「いえ、手を出してもらうというか、必ず一線超えますのでお許しください、父上! 帰ってくる頃には孫の顔も―――」

「いや、お前マジでやめろ! 俺が呪い殺されたらどうすんだ!」


 お前ともしばらくの別れになるが、今度会う時を楽しみにしていてくれ。
 懐かしい話が出きるように努力するからよ。

「挨拶は済んだか?」
「留守の間は私たちがお墓の掃除とかはするから安心してくださいね」
「ひっぐ、にいちゃ~ん、ねえちゃ~ん」

 振り返ると、墓地の入り口には先生、カミさん、ハナビの三人が待っていた。
 俺が頷くと、ずっと泣いてばかりのハナビが俺とウラに飛びついてきた。

「にいちゃん。ね~ちゃん」

 この甘えんぼめ。
 昨日の夜は俺とウラとハナビの三人で一つのベッドで川になって寝て一晩中一緒だったのに、それでも全然足りないらしい。
 まあ、それぐらい俺はこいつを甘やかしてきたわけだが。

「ハナビ、抱っこだ」

 しばらく、この重さともお別れだ。いつもは浮遊で高い高いしてやるが、今日だけは両手で抱えて抱きしめた。

「とーちゃんとかーちゃんと仲良くな」
「うん」
「大丈夫。必ず帰ってくるからよ。約束だ」

 約束か。不良と呼ばれていた時代が随分と懐かしい気がする。
 いつの間にか俺もお兄ちゃんになったものだ。

「さあ、ハナビ、次は姉ちゃんが抱っこだ。お前の行ってらっしゃいのキスもしてくれ」
「ねえちゃん」
「大丈夫。兄ちゃんも言っただろう? 必ず帰ってくるから。お土産もたくさん買ってこよう」
「うう、お土産いらないから早くがえっでぎで!」
「ああ、泣かないでくれ、ハナビ。餞別がお前の涙では、ヴェルトを半殺しにして旅に行けない体にしようとしてしまう」
「やらないくせに! やるならやって!」

 やめてくれ。それはマジでシャレにならん。
 てか、カミさんも「その手があったか」みたいな顔をするのはやめてくれ。

「でも、いつまでも泣いていてはダメだ。今度帰ってきたとき、ひょっとしたらお前には姪か甥が、いや、妹分か弟分が出来ているかもしれないからな」

 だから……いや、もう目がマジだ。
 そんなことになったら、俺が鮫島にぶっ殺されるんだが。

「さて、そろそろか。んで、目的地は決まっているんだな?」
 
 先生が聞いてきた。
 どこを目指すか? 手がかりなど何一つない旅の目的地。
 そこは前から決めていた。

「決まってんだろ。とにかくデケーとこに行って、地道に探すさ」
「デケーところ? というと、一つしかねーな」
「ああ。人類大陸最大の国家。帝国に行く。そう、第一の目的地は『アークライン帝国』 だ」

 そう、そこに行かなきゃ、たぶん何も始まらねえ。

「かーちゃん、てーこくってどこ? 遠い?」
「うん、ちょっと遠いわね。船でも三週間ぐらいかかるかしら?」
「おっきいの?」
「うん、すごく大きいわ。国土や人口はエルファーシア王国の、何倍? 十倍ぐらいね」
「それってすごいの?」
「そうよ。だって、人類大陸最大の国家と言われてるぐらいなんだから」
「じんるいたいりく~?」

 ああ、すごい。まあ、その凄さは俺も良く分かっていないがな
 ハナビの素朴な疑問に、ウラは腰を屈めて、ゆっくりと語りかける。

「よいか、ハナビ。この世界は四つの大陸に分かれている。一つが今、ハナビのように人間たちが生息する、この『人類大陸』、ねーちゃんのような魔族と呼ばれる種族が生息する『魔族大陸』、獣人や竜人などの種族が生息する『亜人大陸』、この三つの大陸が海を挟んで大きな三角形を描くように世界が成り立っている」

 ウラ、もうダメっぽいぞ? ハナビが可愛らしく小首を傾げて、頭から煙が出そうな顔してるぞ?


「そして、その三角形の大陸の真ん中に位置するのが四つ目の大陸。かつては、神々が住んでいたと言われる、『神族大陸』。この世で唯一誰のものでもない大陸だ」

「かみさま?」

「いや、そう言い伝えられているだけであって、実際に住んでいたかどうかは分からない。だがな、その大陸には手の付けられていない巨大な領土や豊富な魔力、貴重な魔宝石などが数多く確認され、その大陸を手中に入れたならば世界の覇権を握るとまで言われているほどのものなのだ。そのため、世界ではそれぞれの種族が他の種族を牽制しながら神族大陸を自分たちの領土にせんと、争いを続けているのだ」


 そう、それが今のこの世界の現状。
 巨大な神族大陸を舞台にして、人類、魔族、亜人がそれぞれ拠点を作って領土を広げながら陣取り合戦を続けている。
 フォルナたちもまた、帝国と神族大陸を行ったり来たりを繰り返して戦争を続けている。


「変なの。みんなで仲良く分ければいいのに」


 ああ、やっぱお前は天使だ、ハナビ。

「ハナビ。そうだな、お前の言うとおりだ。でもな、世界中の人はそれができない困った奴らなんだ」
「なんで? ケンカばっかしてたら、その場所壊れちゃうんじゃないの?」

 そうなんだ。結局元々は手つかずで資源も豊富だった大陸も、戦争の繰り返しで壊れていく。
 何も意味がない。
 
「いや、まあ、そうなんだがな、うん。だが、世界はそう簡単ではないのだ。例えば、既に滅んだがボルバルディエという国が広げていたトンネル計画というのがあってだな――」
「ストップ。もういいよ、ウラ」
「ヴェルト! いや、これは重要なことで、ハナビも覚えた方がいいことだぞ」
「覚える必要なんてねえ。ハナビはそのまま健やかに育つのが兄ちゃんの望みなんでな」
 
 戦争そのものが果たして何年後に、何十年後に、百年後にも終わっているかどうか分からない。
 その時、本当に欲しいものが残っているかどうか、誰にも分からない。
 いや、本当は誰もが分かっている。
 だが、これまでの戦いの憎しみや、失った命を考えると、既に誰も振り上げた拳を引っ込められない状態になっている。
 結局はハナビの言っていることが真理なんだ。
 だから、いいんだ。


「ハナビ、姉ちゃんが言った、魔族とか人間とか、んなもんどーでもいいんだよ。ハナビは兄ちゃんと姉ちゃんが好き。兄ちゃんと姉ちゃんもハナビが好き。世界はそれでいいんだよ」

「うん! それなら、ハナビも分かるよ!」

「そういうことだ、ウラ。俺たちは別に戦争に行くわけじゃねーんだからよ」


 ハナビは何も間違っていない。それを小難しいことで言いくるめる必要なんてまるでない。
 納得したのか、ウラも微笑んで頷いた。

「さて、つーわけだ、先生。まず、俺たちは帝国に行く。そっから先はあんま決めてねーけど、まあ、何とかなるだろ」

 新たな人生の幕開けだ。

「気を付けて行って来い」
「二人とも、ケンカしないでくださいね。手紙もいっぱい書いてくださいね」
「はやぐがえってぎでね!」

 俺とウラはカミさんと、ちょっと照れくさいけどハグ
 俺とウラはハナビとはこれでもかとハグ。
 そして、先生とは、

「またな、ヴェルト」
「ああ、行って来るよ」

 大変お世話になりました……とは、照れくさくて言わないが、その分の気持ちを存分に込めたハイタッチを俺たちは交わした。
 俺たちは背を向け、たまに振り返りながら、家族が見えなくなるまで何度も手を振った。

「おい、ヴェルト、ウラちゃん、二人してそんな大荷物抱えてどっかに旅行かい?」
「おーい、二人とも、どーしたんだ?」

 他の奴らには、俺らがしばらく国を空けることを言わなかった。
 なんか、色々大騒ぎされそうだから、言わない方が気楽だった。
 まあ、多分明日にはスゲー大騒ぎになるんだろうけど、俺たちはテキトーに手を振りながら通り過ぎた。

「おっ」
「ん? なんだ、あいつはあんなところに」

 そして、ようやくたどり着いた王都の門の前にはあいつが居た。
 いつもと同じような格好と、少しだけ大きめの鞄を背中に背負っていた。

「済んだのか?」
「ああ」

 立っていたのは、ファルガ。
 見送りに来てくれたのか?

「ならばいい、それじゃあ、行くぞ」
「ああ」
「うむ」

 王都を背にして、ようやく俺たちの物語が始まる。
 俺と、ウラと、ファルガ、三人の……

 …………えっ?


「「って、お前もついてくるのか!?」」

「俺もそろそろ遠目をぶらつきたいと思っていたところだ」

「「いやいやいやいや!」」」

「それに、テメエらが国を離れることをクソ親父に報告したら、心配だから俺もついていけとよ」


 何故かサラッとファルガが一緒に来ることになった。
 てか、こいつは何を当たり前な顔してついてきてる?
 おお、俺と二人旅だと思っていたウラが、不満そうにファルガを睨んでる。

 兎にも角にも、こうして俺たちの旅が幕開けした。
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