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第一章
第46話 しばしの別れと俺の生きる道
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戦争に対して『興味がねえ』という俺の発言に、バーツの中で何かが切れたのか、拳を思いっきり振りかぶって俺にふり下ろそうとする。
「この腰抜けやろう! お前やファルガ王子みたいな強い奴らが、人類のために戦わなくてどーするんだよ!」
これが、この世界の常識。やっぱ、つくづく俺はこの世界に馴染めねえな。
出会ったやつらは、そんなに嫌いじゃないんだけどな。
「それまでだ、やめろ」
その時、俺に振り下ろされるはずだった拳が止まった。
「なんだよ、お前」
止めたのは、ずっと俺の背後に居て黙っていたウラだ。
「離せ、俺は今、ヴェルトと話してんだ」
「ヴェルトにはヴェルトの人生がある。それに、ヴェルトのことをそこまで知っているのなら、こいつが腰抜けじゃないことは良く分かっているはずだ」
「うるせえ、だからこそだ! 今の時代に、戦える奴が戦う以上にやるべきことなんてあるかよ!」
気づけば、お祝いの楽しいパーティーになるはずが、誰もが静まり返って、暗い雰囲気が漂っている。
正直、俺もこんなことになるとは思わなかったが、俺が居る所為でこの空気になったのなら、早くこっから立ち去りたいっていうのが一番の気持ちだ。
すると、
「およしなさい、バーツ」
その声が聞こえた瞬間、誰もが驚いたように振り返った。
フォルナだ。
「ひ、姫様!」
「フォルナ姫!」
「フォルナ様だ!」
「おお……」
「なんと、美しいお姿……」
しかも、いつものように騒がしいマセガキではない。
純白のドレスに身を包み、落ち着きと気品の感じられる、姫としての姿でこの場に現れた。
「バーツ」
「は、はい!」
「戦争への志願は国民に課せられた義務ではありませんわ。ヴェルトが関わる意志がない以上、強制はできませんわ」
バーツは苦虫を潰したような顔で、今でも何かを言いたそうだ。
しかし、それを言わなかった。
フォルナの淡々とした口調が、それを阻んだのだ。
そして、フォルナはゆっくりと振り返って俺を見た。
「ヴェルト……」
「よう」
フォルナの様子は落ち着いたまま。だが、俺には分かる。
こいつも、胸に不安を抱えているんだ。
「あなたには……ギリギリまで伝えることができませんでしたわ。決心が鈍ってしまいますので……」
「ああ、俺も驚いてるよ。最近はウラに構ってばかりだったから、お前の抱えているものに気づいてやれなかった」
「ええ、分かっていますわ」
「まあ、いつかはこんな日が来るとは思っていたけどな」
ほとんど俺たちは毎日顔を合わせていた。初めて会ったその日から。
だが、今度からはそれも出来なくなる。
しばらくの別れが、俺たちに訪れたのだ。
「ヴェルトが行かないことは構いませんわ。ですが、ワタクシには『行くな』とは言ってくださいませんの?」
「ああ、言わねえ。お前が一言でも、『行きたくない』って言えば、何とかしてやろうとは思うが、そうでもねーだろ?」
「……そうですわね。あなたが一言でもワタクシと離れるのが寂しいと言ってくだされば、どんな手段を使ってでも、あなたを帝国に連れて行きますのに」
「そうか? けっこー寂しいけどな」
「って、あなたは本当にイジワルでひねくれていますわね!」
帝国に行く。戦争に行く。
それが避けられない中で、俺たちは決して「行くな」「行きたくない」とも「絶対に死ぬな」「絶対に帰ってくる」等は言わなかった。
本当は色々と互いにもっと言い合うことはあるのだろうが、俺もフォルナもうまく言葉が出なかった。
ただ、そんな中で、フォルナが唯一俺に聞いたのは……
「ヴェルト、これだけは教えてくださらない?」
「何だ?」
「ずっと一緒に居たワタクシにも分からなかった、あなたのやりたいこととは何ですの?」
フォルナはいつになく真剣な眼差しを向けてくる。本気だ。
しょうがねぇ……
「探したい人がいる」
全てを話すことはできないが、嘘で誤魔化すことはできない。
ずっと傍に居た幼馴染が、もう遠くへ行ってしまう。
そして、俺の予感では、こいつはきっと世界の行く末を左右させる英雄の一人として、もう二度と手の届かない遥か高みの世界に行くだろう。
「フォルナ。ちょっと、今から意味の分からない話をするけど、教えてやる」
だからこそ、対等でいられる今のうちに、言うしかなかった。
「昔、とある世界にどうしようもないクズが居た。そいつは、くだらねえ奴らと付き合って、ウサばらしで誰かを殴って傷つけて、大した理由もなくツッパって何かに反抗して、それでいて、やがてそんな日々が虚しいと感じるようになった」
朝倉リューマの中学時代。
いろんな出会いもあったし、生きがいを感じることもあった。
ケンカと悪友たちと過ごした日々。
だけど、それもいつしか空しく感じてしまい……
「だがな、ある日そのクズの前に一人の女が現れた。そいつはどうしようもなくバカでアホで、でも、誰が相手でも、ありのままの自分をさらけ出して、何事にも一生懸命で、そして楽しそうに生きていた」
朝倉リューマの高校時代。俺は、あの時ほど、あの女に出会って自分が変わっていったと思えてならない。
「その女に巻き込まれ、気づけばそのクズも自然と人と繋がるようになり、周りにも人が集まり始めた。クズたちとしかつるんでいなかった男が、普通の奴らと繋がって、そいつらと過ごしながら、何気ないイベントや行事に参加して……それが楽しいって思えるようになったんだ」
それが、朝倉リューマの人生だった。
薄っぺらでどこにでもありふれた人生。
世界を変えようとしている連中にはとても小さい物語だ。
だが、それでも今の俺にとっては、第二の人生を捧げるに等しい価値あるものだ。
「そんなバカに救われたバカとして、その人を探して礼が言いたい。そして、その人が何か問題を抱えているなら、力になってやりたい。それが今の俺のやりたいことだ」
それが、勇者でも英雄でもない、俺が見つけた俺の生きる道だ。
この場に居る誰もが俺のことを知っているのに、今の俺の話を全員が理解できなかっただろう。
質問するにも、何を聞けばいいのか分からないだろう。
「話の意味が分かりませんわ……一体どういうことですの?」
「ああ。わりーな。頑張って説明してみたんだが……どうもうまく説明しきれないというか……」
「ふむ。まぁ、いいですわ。あなたが真剣にやりたいことがあるというのは伝わりましたので。で、それはそれとして……ヴェルト……もう一つ、教えて欲しいことがありますわ」
「ああ、なんだ?」
すると、フォルナは、
「………ワタクシが『いい女』になったら結婚。その話はまだ有効ですわね?」
……くははははは、本当にこいつは可愛い奴だな。
十歳のくせに、一番真面目な顔で聞くことが、それとはな。
「まあ、お前の気持ちが変わってなければな」
恐らく、次に会えるのは三年? 五年? いつになるか分からない。
きっと、こいつもその間に多くの出会いをして、大人になって、いい女になって、そして、『いい男』がどういうものかに気づくだろう。
少し寂しい気もするけど、フォルナの初恋も今日で終わりだ。
「ヴェルト!」
「ん?」
「チュッ!」
「…………あっ」
「ふふふふ、誓いの証ですわ」
「ったく、お前な~」
気づけば、俺の知っているいつものフォルナに戻った。
「分かりましたわ! それで十分ですわ! というわけで、ウラ! ヴェルトに余計な虫が付かないように、今後はしっかり見張っていてくださいませ!」
「ん、分かった。どっちが正妻になるかは、次に会った時に決めよう」
「望むところですわ! その代わり、抜けがけで一線越えるのはなしですから、それは肝に銘じておきなさい!」
「……ふん」
「なぜ、目をそらしますの! 約束なさい!」
騒がしく、フォルナはウラと人目も憚らずに取っ組み合いを始めてしまい、俺は笑っていた。
静まり返っていた広場も、この光景を見て再び笑いに包まれだした。
こうして、俺たちは大人になる前にしばしの別れをすることになった。
そして、この日から数年後――――
俺自身の物語がようやく動き始めたのだった。
――第一部 完――
「この腰抜けやろう! お前やファルガ王子みたいな強い奴らが、人類のために戦わなくてどーするんだよ!」
これが、この世界の常識。やっぱ、つくづく俺はこの世界に馴染めねえな。
出会ったやつらは、そんなに嫌いじゃないんだけどな。
「それまでだ、やめろ」
その時、俺に振り下ろされるはずだった拳が止まった。
「なんだよ、お前」
止めたのは、ずっと俺の背後に居て黙っていたウラだ。
「離せ、俺は今、ヴェルトと話してんだ」
「ヴェルトにはヴェルトの人生がある。それに、ヴェルトのことをそこまで知っているのなら、こいつが腰抜けじゃないことは良く分かっているはずだ」
「うるせえ、だからこそだ! 今の時代に、戦える奴が戦う以上にやるべきことなんてあるかよ!」
気づけば、お祝いの楽しいパーティーになるはずが、誰もが静まり返って、暗い雰囲気が漂っている。
正直、俺もこんなことになるとは思わなかったが、俺が居る所為でこの空気になったのなら、早くこっから立ち去りたいっていうのが一番の気持ちだ。
すると、
「およしなさい、バーツ」
その声が聞こえた瞬間、誰もが驚いたように振り返った。
フォルナだ。
「ひ、姫様!」
「フォルナ姫!」
「フォルナ様だ!」
「おお……」
「なんと、美しいお姿……」
しかも、いつものように騒がしいマセガキではない。
純白のドレスに身を包み、落ち着きと気品の感じられる、姫としての姿でこの場に現れた。
「バーツ」
「は、はい!」
「戦争への志願は国民に課せられた義務ではありませんわ。ヴェルトが関わる意志がない以上、強制はできませんわ」
バーツは苦虫を潰したような顔で、今でも何かを言いたそうだ。
しかし、それを言わなかった。
フォルナの淡々とした口調が、それを阻んだのだ。
そして、フォルナはゆっくりと振り返って俺を見た。
「ヴェルト……」
「よう」
フォルナの様子は落ち着いたまま。だが、俺には分かる。
こいつも、胸に不安を抱えているんだ。
「あなたには……ギリギリまで伝えることができませんでしたわ。決心が鈍ってしまいますので……」
「ああ、俺も驚いてるよ。最近はウラに構ってばかりだったから、お前の抱えているものに気づいてやれなかった」
「ええ、分かっていますわ」
「まあ、いつかはこんな日が来るとは思っていたけどな」
ほとんど俺たちは毎日顔を合わせていた。初めて会ったその日から。
だが、今度からはそれも出来なくなる。
しばらくの別れが、俺たちに訪れたのだ。
「ヴェルトが行かないことは構いませんわ。ですが、ワタクシには『行くな』とは言ってくださいませんの?」
「ああ、言わねえ。お前が一言でも、『行きたくない』って言えば、何とかしてやろうとは思うが、そうでもねーだろ?」
「……そうですわね。あなたが一言でもワタクシと離れるのが寂しいと言ってくだされば、どんな手段を使ってでも、あなたを帝国に連れて行きますのに」
「そうか? けっこー寂しいけどな」
「って、あなたは本当にイジワルでひねくれていますわね!」
帝国に行く。戦争に行く。
それが避けられない中で、俺たちは決して「行くな」「行きたくない」とも「絶対に死ぬな」「絶対に帰ってくる」等は言わなかった。
本当は色々と互いにもっと言い合うことはあるのだろうが、俺もフォルナもうまく言葉が出なかった。
ただ、そんな中で、フォルナが唯一俺に聞いたのは……
「ヴェルト、これだけは教えてくださらない?」
「何だ?」
「ずっと一緒に居たワタクシにも分からなかった、あなたのやりたいこととは何ですの?」
フォルナはいつになく真剣な眼差しを向けてくる。本気だ。
しょうがねぇ……
「探したい人がいる」
全てを話すことはできないが、嘘で誤魔化すことはできない。
ずっと傍に居た幼馴染が、もう遠くへ行ってしまう。
そして、俺の予感では、こいつはきっと世界の行く末を左右させる英雄の一人として、もう二度と手の届かない遥か高みの世界に行くだろう。
「フォルナ。ちょっと、今から意味の分からない話をするけど、教えてやる」
だからこそ、対等でいられる今のうちに、言うしかなかった。
「昔、とある世界にどうしようもないクズが居た。そいつは、くだらねえ奴らと付き合って、ウサばらしで誰かを殴って傷つけて、大した理由もなくツッパって何かに反抗して、それでいて、やがてそんな日々が虚しいと感じるようになった」
朝倉リューマの中学時代。
いろんな出会いもあったし、生きがいを感じることもあった。
ケンカと悪友たちと過ごした日々。
だけど、それもいつしか空しく感じてしまい……
「だがな、ある日そのクズの前に一人の女が現れた。そいつはどうしようもなくバカでアホで、でも、誰が相手でも、ありのままの自分をさらけ出して、何事にも一生懸命で、そして楽しそうに生きていた」
朝倉リューマの高校時代。俺は、あの時ほど、あの女に出会って自分が変わっていったと思えてならない。
「その女に巻き込まれ、気づけばそのクズも自然と人と繋がるようになり、周りにも人が集まり始めた。クズたちとしかつるんでいなかった男が、普通の奴らと繋がって、そいつらと過ごしながら、何気ないイベントや行事に参加して……それが楽しいって思えるようになったんだ」
それが、朝倉リューマの人生だった。
薄っぺらでどこにでもありふれた人生。
世界を変えようとしている連中にはとても小さい物語だ。
だが、それでも今の俺にとっては、第二の人生を捧げるに等しい価値あるものだ。
「そんなバカに救われたバカとして、その人を探して礼が言いたい。そして、その人が何か問題を抱えているなら、力になってやりたい。それが今の俺のやりたいことだ」
それが、勇者でも英雄でもない、俺が見つけた俺の生きる道だ。
この場に居る誰もが俺のことを知っているのに、今の俺の話を全員が理解できなかっただろう。
質問するにも、何を聞けばいいのか分からないだろう。
「話の意味が分かりませんわ……一体どういうことですの?」
「ああ。わりーな。頑張って説明してみたんだが……どうもうまく説明しきれないというか……」
「ふむ。まぁ、いいですわ。あなたが真剣にやりたいことがあるというのは伝わりましたので。で、それはそれとして……ヴェルト……もう一つ、教えて欲しいことがありますわ」
「ああ、なんだ?」
すると、フォルナは、
「………ワタクシが『いい女』になったら結婚。その話はまだ有効ですわね?」
……くははははは、本当にこいつは可愛い奴だな。
十歳のくせに、一番真面目な顔で聞くことが、それとはな。
「まあ、お前の気持ちが変わってなければな」
恐らく、次に会えるのは三年? 五年? いつになるか分からない。
きっと、こいつもその間に多くの出会いをして、大人になって、いい女になって、そして、『いい男』がどういうものかに気づくだろう。
少し寂しい気もするけど、フォルナの初恋も今日で終わりだ。
「ヴェルト!」
「ん?」
「チュッ!」
「…………あっ」
「ふふふふ、誓いの証ですわ」
「ったく、お前な~」
気づけば、俺の知っているいつものフォルナに戻った。
「分かりましたわ! それで十分ですわ! というわけで、ウラ! ヴェルトに余計な虫が付かないように、今後はしっかり見張っていてくださいませ!」
「ん、分かった。どっちが正妻になるかは、次に会った時に決めよう」
「望むところですわ! その代わり、抜けがけで一線越えるのはなしですから、それは肝に銘じておきなさい!」
「……ふん」
「なぜ、目をそらしますの! 約束なさい!」
騒がしく、フォルナはウラと人目も憚らずに取っ組み合いを始めてしまい、俺は笑っていた。
静まり返っていた広場も、この光景を見て再び笑いに包まれだした。
こうして、俺たちは大人になる前にしばしの別れをすることになった。
そして、この日から数年後――――
俺自身の物語がようやく動き始めたのだった。
――第一部 完――
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