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第一章

第41話 子供パンツ

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「ヴェルトのやつ、一体どんな魔法を使ってるんだ! あいつは、落ちこぼれじゃなかったのか!」
「そうだよ。そもそも、あいつは魔法学校中退だろ!」
 
 街のざわめきすら、今の俺には心地よい。
 ガキ相手に大人気ないけど、少しだけ滾ってきた。

「そ~うれ!」

 宙に浮かんだありとあらゆる物体。
 俺はそれを一斉に二人に向けて降り注がせた。
 時間差で、四方八方から逃げ場なく。

「くっ、小賢しいわですわ!」
「ならば、全部打ち落とす!」

 おお、あとでちゃんと弁償しとけよな。
 だが、所詮は魔法でも何でもない、石やら木材やらをただぶつけようとするだけでは威力もたかが知れている。
 フォルナとウラの高速の拳のラッシュが飛んでくる物体を全て打ち落としていく。

「さあ、どうしましたの? ヴェルト。これでワタクシに勝てるとお思いかしら?」
「お尻ペンペン? できるものならやってみろ!」

 さすがだな。だが、これならどうだ?

「あああ! ひ、姫様、危ない!」
「た、樽が!」

 他の物の中に紛れ込ませた二つの樽が二人に迫る。

「こんなもの!」
「ウザったい!」

 二人は楽々と二つの樽を砕いた。
 中に何が入っているかも確認しないで。

「えっ!」
「なっ、なに!」

 二人が砕いた樽から、大量の透明な液体が飛び散る。
 二人はその液体を避けることができずに頭からかぶって、びしょ濡れになってしまった。

「こ、これは、み、水?」
「なんだ、べ、ベタベタする! こ、こっちは、油!」

 正解。水と油だ。俺はそれを知っていた。
 樽の持ち主の家に、何度も出前に行ったからな。

「し、しまった、ワタクシの雷は……」

 フォルナの力は雷。ゆえに、自分がびしょ濡れの状態になってしまうと、自滅の恐れがある。フォルナは即座に雷モードを解除。

「す、滑って、うう、バ、バランスが!」

 地面も自身も油まみれのウラ。空手は地面の踏み込みが重要。
 しかし、その地面がツルツルの油の上ではバランスも取れないだろう。
 そして、地面の油はフォルナにも被害を及ぼしている。

「ほれ」

 二人の履いている靴の爪先を、俺は手前に引っ張るように浮かせた。
 すると、二人はすってんころりん。

「ぎゃふ!」
「あいた!」

 盛大にひっくり返った。

「ぐっ、ヴぇ、ヴェルト~!」
「うう、ツルツル滑る、ううう、気持ち悪い! ベトベトする!」

 フォルナは魔法が使えない。ウラは踏み込みができない。
 
「くはははは、流石のお姫様たちも、ヌルヌル相撲はしたことねーみたいだな! ほれ、ほれ、ほれ」
「ぎゃふ、つあ! いた! あう!」
「がふっ、たたたた、いた! や、やめっ、たああ!」

 なんか、スイッチが入ったみたいだ。
 未だに生意気に睨んでくる二人を、何度も油の上でひっくり返した。
 
「ヴェルト……あのクソガキは……」
「お、鬼」
「姫様も、あの魔族の子も可哀想……」
「どうして、バーツやシャウト坊ちゃんとの時といい、あいつはああいう戦い方しかできないんだ?」
「これじゃあ、天国のボナパやアルナが泣いているわ」

 全身が油まみれでヌルヌルのベトベトのビショビショになった二人。
 俺は、ガキを相手に何をしてるんだか……何か、スゴイいけないことをしている気がしてきた。
 多分、朝倉リューマ時代にやったら、逮捕されてたかもしれねえ。
 仕方ねえ。ここで手打ちにしてやるか。

「さーて、そろそろ降参したらどうだ、二人共」
「なっ!」
「こ、降参だと!」
 
 声を上げる二人。
 
「ああ。どーせ、俺には勝てねえだろ?」

 おお、何かまだ怒ってる。いや、今の俺の言い方でプライドを傷つけたか?

「だ、誰が降参などするものですか!」
「こんな、こんな卑怯な手を使うやつに屈服してたまるか!」

 ……ふ~ん、あっそう。そういうこと、言うんだな。
 ……ほ~

「あっそう、そうなのね。なら、後悔すんなよな。ほれ!」

 ならば、奥の手だ。

「ふぇ?」
「…………えっ?」

 俺は、ヨロヨロと立ち上がった二人のスカートの裾を、浮遊《レビテーション》でめくってやった。
 周囲三百六十度死角なし。

「はっはー! どうだ! パンッ! ツー! 丸、見え! くはははは!」

 フォルナは白黒縞パン。ウラの水玉模様。

「あ~あ、恥ずかしい。乙女がはしたないぜ?」

 これでギブアップしてくれれば……

「………………………………………………」
「………………………………………………」

 と、思ったら、何故か二人とも静かだった。


「「「「「……………………………………」」」」」


 街の連中も絶句していた。

「あ、あれ? どうした、みんな? う、ウケると思ったんだけど」

 あれ、何か空気がおかしいぞ? なんか、スゲー重い沈黙。

「ヴぇ、ヴェルト、おま……」
「そ、それは、それだけはお前、女の子にやっちゃいけねーだろ」
「ああ、なんという、私たちがちゃんとボナパやアルナの代わりにヴェルトを見ていなかったから」
「ひ、姫様、お労しや……」
「ああ! ママ、見て見て、あのお姉ちゃん達、パンツ丸出しだよ?」
「こ、こら! 大きな声で言ってはいけません! あと、見ちゃダメ! いーい? あなたは、ぜーったいマネしちゃダメよ!」

 やめろ。何故、そんなドン引きした顔を見せる。
 てか、俺はアレか? 外したのか?
 結構、爆笑を期待していたんだけど……

「…………………………………………」
「…………………………………………」

 そして、現状の自分を見ながら、少し俯いたまま無言のフォルナとウラ。

「お、おい、どうした、何か言えよ! 無言は反則だぞ!」

 だが、二人は俺の言葉に反応しない。
 すると、徐々に肩がフルフルと震えだした。
 あれ? まずいか? これは、超ブチ切れとかか?
 もし、そうなったら、まずい。
 相手が容赦ないガキなだけに、俺はマジで殺されるかもしれねえ。

「あ、あ~、おい、お、俺が悪かったよ! ちょっとした冗談だから、勘弁しろ!」

 命の危険を感じた俺だが、二人は無言。
 これは本当に俺は殺されるかもしれねえ。
 俺がそう思った、その時だった。

「……ひっぐ……」
「……ぐす……」

 二人から、何か聞こえてきた。
 何だ? ちょっと耳を済ませてみると……

「えっ? お、おい、まさかお前ら……泣いてる?」

 泣いてる?
 そう思った次の瞬間……

「うっ、ううぇえええええええええん」
「あああ~~~~、ああああ~~~」

 マジギレではなかった。

「えええええ! ちょ、お前ら、なに泣いてんだよ!」

 マジ泣きだった。

「ああ~~、うわああ~~~、うえええええん!」
「ひっぐ、ううう、どうして、イジワル、イジワル、イジワル!」

 二人は油まみれの地面の上にペタンと座り込み、人目も憚らずに泣いた。

「ううう、ヴェルドのバガ~、イジワル、エッヂ~~! いっぱい転ばせるし、ズルいし、うううう、」
「ひどい、……こんな人前で……うう、うわああああああああん」

 こ、これは、ある意味一番まずい展開だ!
 こいつら、女の最強最悪の武器を使いやがった

「ああ~、もう、何なんだよ、たかがスカートを……たかが……あれ? ちょっと待てよ、俺」

 てかやべえ、俺って冷静に考えたら……十七歳が十歳のガキのスカートめくりって……

「うおおおおおおおお、俺は、俺はアホか! 馬鹿か! 死んじまえ! ああ、ドアホ! ドアホ! この変態クソやろう!」

 やべえ、気づいた瞬間にとんでもねえことに気づいた。
 しかも、泣かせてるし! ああああああああ、もう!

「な、なんだ? ヴェルトまで急に苦しみだしたぞ!」
「なんかすごい悶えてるけど」
「やーい、ヴェルトくんのエッチー! やーい、エッチ、エッチ、エッチ!」
「ちょっ、やめなさい! ヴェルトくんが余計に苦しんでるじゃない!」
「あのバカ、地面に何度も頭突きして、すげえコブができてるぞ!」
「そ、それより、姫様とあの魔族の子もどうすれば」
「魔族の子もかわいそうに……」
「うん。服もあんなに……ねぇ、何か……ねぇ?」
「私、小さい頃の服でもあの子にあげようかな……」

 どうしようもねえよ。 
 
「うううう、ひっぐ、うう、見られた、うう、国民の前で、ヴェルト以外の人に、うわああああ」
「ばかもの、うう、ひどい、ひどい、どうしてこんなイジワル、わだしのことをきらいだがら? ちちうえ~~」
「うおおおお、このクソバカ野郎! 俺のタコ、ドカス、クソミソ野郎!」

 後悔しないために身につけた力で、俺はその使い方で後悔することになっちまった。
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