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第一章
第37話 絶対に守ってやっからよ
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ごめんなさい。
今の俺は店内で正座中だった。
目の前には仁王立ちした先生が。
ちなみに、カミさんはボロボロになったウラを風呂に入れているようだ。
「ヴェルト。あのな、俺の家はな、ラーメン屋だ。児童養護施設じゃねーんだぞ?」
「お、おう」
「おまけにな、出前から帰って来るのが遅いと思ったら、七大魔王に会っていた~? しかも、その魔王が鮫島だった~? 鮫島の頼みで娘を引き取った~?」
「お、おう、その、すまねえな、先生。相談する暇もなく話しが怒濤の勢いで進んでいっちまって、それで」
俺は、国王やフォルナたちにも言えなかった全てをありのまま先生に話した。
全てを聞き終えた先生は、怒っているのか、複雑なのか、何とも言えない表情で首を横に振っていた。
「まあ、俺も同じ場面に居たら、多分あの子を引き取ってたよ。お前は何も間違ってねえよ」
「先生」
「ただ、悔しいのは、何も出来なかった俺自身だ」
先生の気持ちは、俺とは少し違う悲しみが混じっていた。
そうだ。先生は、鮫島の担任でもあった。
「せめて、一目だけでも会ってやりたかったな」
自分の教え子が事故で死に、魔王として生まれ変わり、世界と戦争したり、大きなものを背負ったりして、時には苦しんでいたかもしれないのに、そのことを最後までどうにかすることもできず、あいつは逝った。
せめて、一度会いたかったという気持ちもあっただろう。
俺も、鮫島を先生と会わせてやりたかった。
それが俺も悔しかった。
「本当にすまねえ、先生。鮫島をどうすることもできなかった。説教してやることも、悩みを聞いてやることも、助けてやることも俺にはできなかった。おまけに、あいつの娘を引き受けたと言っても、結局国王と先生頼みだよ」
おまけに、夫婦円満生活に他人のガキをもう一人面倒見てくれと言ってるのだ。
先生への迷惑は……
「見くびんな、バカ。ガキの一人や二人ぐらいで俺の家が傾くとでも思ってんのかよ。お前はよくやった。むしろ、あの子を軍に引き渡さずここまで連れてきたんだ……でかした! よくやった! 俺はそう思ってるよ」
「せ、先生……」
俺が、申し訳なさそうな顔をしていると、先生がいきなりゲンコツしてきた。
「つーかな、俺の女房なんて、『娘が出来た、やったー』とかってハシャイでるくらいなんだよ。だが、問題はそこじゃねえ」
「えっ、それじゃあ、あいつが魔族ってのが?」
「あ~、それも確かに問題だな。俺にとっては耳の尖ったチビッコだが、この世界の連中はそうは見ないだろうからな。俺の女房は別だけどな。でも、一番の問題はそこでもねえ」
「じゃ、じゃあ、一番の問題って?」
「あの子の将来をどうするかだよ」
将来。それは、鮫島にも言われたことだ。
一番重要なのは、魔王の娘を守れる力じゃない。
ウラのことを、将来も含めて真剣に考えてやれるかどうかだと。
「ヴェルト。こんな魔法だらけで戦争も身近にある世界じゃ、俺の教師だった経験や進路指導は何の意味もねえ。いいか、この国で、この人類大陸で、魔族がどんな生活が送れる?」
「ああ、まあ、確かにな」
「国王様に言えば学校ぐらいには行かせてもらえるかもしれねえ。でも、まともに通えるかどうかは別だ。友達は? 就職は? それとも魔国に帰るか? 考えたらキリがねえ」
「だな。国王にも色々と言われたよ。あいつのことを真剣に考えなくちゃならねえ」
「そうだ。それに、当の本人のお前は、いずれ神乃を探しにいくために、この国を出る。その時、あの子はどうなる? ハッキリ言って、俺にあの子にどこまでしてやれるのか分からねえ。今のお前と同じ状況だよ」
先生の言うとおりだった。
そして、神乃のことまでは正直考えていなかった。
いつか、神乃を探しにこの国を出る。その覚悟に偽りはねえ。
だが、その時にウラをどうするかまで、俺は考えていなかった。
先生は既に、ウラのことを真剣に考えてくれている。
そして、それは、
「そうだ、お前はいつかここを出る。だから、俺はお前に雑用だけじゃなくラーメンの作り方を教えている。別にお前に店を継がせるとか、そんなんじゃねえ。いつか世界に飛び立つお前に、身につけられるもんがあればと思ったからだ」
俺に対しても同じだ。
先生は、俺が思っている以上に、俺のことを考えてくれていた。
「俺はこの世界では料理しかしてこなかった。だから、子供に渡してやれることが限られている。美人の女房と料理の腕しか、俺には無いからだ。そんな俺が、鮫島の娘に何をしてやれるか? 情けねえけど、そう思っちまう」
俺も同じだ。いや、俺には先生以上にしてやれることが少ない。
でも、腹はくくった。俺に出来ることは何でもやると誓った。
だから、俺は、何でもいいからしてやりたい。そう思っている。
「あなたー、ヴェルくん、ほら、見てください!」
その時、俺たちの空気をぶち壊すように、カミさんの嬉しそうな明るい声が聞こえた。
「じゃーん、ウラちゃんのパジャマ、似合うでしょ! 姫様からお借りしたんですよ」
風呂上がりの髪を濡らし、ウラがおずおずと顔を出した。
着ているのはフォルナの寝間着だそうだ。
水色の花柄で、フリルの付いたワンピースパジャマ。
丈の長さは膝元ぐらい。フォルナと同じ歳なだけあって、サイズもピッタリだ。
フォルナのパジャマは高級感漂うものだが、それを違和感なく着こなしているあたり、やはりウラもお姫様なのだと感じさせられた。
「おお、可愛い可愛い」
「ほ、ほんとう、か?」
「いいじゃねえの、ウラちゃん。今日はもう疲れたろ。ヴェルトの部屋で寝なさい。ヴェルト、お前はここでシーツ広げて寝ろ。文句ねーな」
「えっ、でも、私は居候だから、私が床に寝る」
「よせよせ。このガキは机の上でも突っ伏して爆睡できる奴なんだからよ。それぐらいどってことねえ」
先生は、力強くウラの肩を叩いた。ウラはビックリしただろう。
ここまでフランクに接してくる人間や大人は初めてのはずだから。
先生も、もうウラのことを姫とは言わない。実際、もう姫じゃないから間違いではないが。
「ウラちゃん」
「ああ。いや、はい」
「これから色々あるだろうけど、おっちゃんとおば、お姉さんとこの坊主ができるだけ力になる。頑張って生きていこうな」
おばちゃんと言われそうになって、普段は大人しめのカミさんから黒いオーラが出たのは置いて置くが、ウラも先生の心遣いに胸が打たれたのか、今にも泣きそうな顔で、確かに頷いた。
そして、姿勢を正して、深々と頭を下げた。
「あの、その、急にこのようなことになったのに、これほどの心遣い、深く感謝申し上げます。これから多大なご迷惑をおかけすることになるかと存じます。ですが、私も、みなさんに迷惑をかけないように努めます。それまでは、何卒宜しくお願い致します」
深々と感謝。偉い偉い。俺は頭を撫でてやろうかと思った。
すると、ウラの姿を見て、先生は何か泣きそうなんだけど、
「なんてことだ。この世には十歳でもここまでちゃんとした挨拶や誠意を見せられる子がいるのに、中には精神年齢高校生でも、まともな姿勢で頭も下げられねえ奴もいるんだな」
「おい、それって俺のことかよ」
「もー、ウラちゃん! 子供は迷惑をかけてください! 子供が頼ってくれるから、私たち大人も頑張ろうって思えるんですから」
これから考えることは山積みだ。でも、なんか何とかなりそうな気がする。
俺は、何か家族が増えた気がした。娘にも似た妹が出来た気がした。
俺たちは笑い合いながら、今日はゆっくり休むことにした。
明日から色々大変だが、頑張ろうと四人で誓い合った。
俺も今日は色々ありすぎて疲れた。
店内の椅子とテーブルを少しどかして、床にシーツを引いてそのまま倒れ込んだ。
このままグッスリ寝れる。俺はそう思っていた。
だが、
「ヴェルト……起きてるか?」
なんか、忍び足で誰か来た。と言っても一人しか居ない。
「なんだ~?」
ウラは、なんか枕を抱きしめながらモジモジしていた。
どうしたんだ?
「なあ、ヴェルト。その、な」
「あん?」
……?
心細そうな顔で俺の様子を伺うガキ。
なぜか、枕まで持ってきている。
おいおいおいおい、あれか? まさか一人で寝るのが怖いとか、ガキじゃあるまいし……
「そのな、あの、今日だけは、あのな」
いや、十分ガキだったか。しかも恥ずかしいのかすごく言いづらそうだ。
何度も目があっちを見たり、こっちを見たり、落ち着きがない。
やっぱ、どんだけ大人びて見えようと、中身はガキなんだよな。
まあ、家族や近しい奴らが全員死んだんだ。むしろ当然か。
仕方ねえよな。
「ほれ、床だから背中痛くなるけど、どーぞ」
「ッ!」
「うおっ、お、落ち着け」
シーツを広げて俺が迎え入れようとすると、ウラはいきなり潜り込んできた。
「ヴェルト……」
「あん?」
「お前は、たまに大人びて、私を子供扱いする」
「ん、あ~、まあ」
まあ、実際お前は俺にとってガキみたいなもんだし。
「子供扱いするな」
ここで、俺が「だったらテメエのベッドで一人で寝ろ」と言ったら大人げないか?
「でも、ありがとう」
「……おお」
「お前が居ないと、私は本当にひとりぼっちだったから……」
気づけば、ウラの両手は俺の首に、体は俺の胸に、両足はなんだか抱き枕みたいに抱きつかれていた。
ウザイ。
でも、まあ、あったかい。
「父上も、ルウガも、ロイヤルガードのみんなも私を庇って、みんな、私を一人にして、みんな……」
「あ~、でも、その、なんだ? でも良かったじゃねえか」
「ッ、それはどういう!」
「いや、その何だ? お前を庇ったってことは、お前のことが自分の命より大事だったってことだろ? だから、一番大事なもんだけは守り切れたから、それで良かったんじゃね?」
ダメだ。なんか、いい慰めの言葉が思いつかん。
しかも何か怒ってるし。あ~、なんか子育てってのも難しいな。
「もし、そうだとしても……」
「なんだよ」
「もし、みんながそう思っていたとしても、ヴェルトまで死んだら絶対に嫌だからな」
「おお」
俺も、二回も死ぬのはゴメンだからな。
鮫島みたいに心残りが無くなるような死に様は、今の俺にはまだまだできねえ。
「ヴェルト……」
「今度は何だ? いい加減に寝ろ。ラーメン屋の朝は早いんだよ」
「うん……あのな……」
「?」
「お前もギュッとして」
いや、俺は今、お前にギュッとされてるけど、何だ?
俺からもお前を抱きしめろと?
どうなんだ? 年齢的にはまだセーフか?
微妙な気がしてきたので、何とか誤魔化そうかと考えていたその時だった。
「いや、それはな~」
「チュッ!」
不意打ちで、俺の唇が軽く何かに触れた気がした。
「ッ!」
「お、おやすみ! く、く~、く~、く~、う、う~ん、むにゃむにゃ」
ウラはそのまま顔を見せないで俺の胸に顔を埋めて、わざとらしい寝息を立てていた。
この………………マセガキ!
まあ、今日だけは許してやるよ。
さて、俺もそろそろ寝るか。
明日からはまた仕事と修行の毎日だ。ウラと一緒に。
がんばらねーとな。
軽くねえもんを、背負い込んじまったし。
けど、ウラのことは心配いらねえよ、鮫島。
こいつの笑顔は、俺が絶対に守ってやっからよ!
今の俺は店内で正座中だった。
目の前には仁王立ちした先生が。
ちなみに、カミさんはボロボロになったウラを風呂に入れているようだ。
「ヴェルト。あのな、俺の家はな、ラーメン屋だ。児童養護施設じゃねーんだぞ?」
「お、おう」
「おまけにな、出前から帰って来るのが遅いと思ったら、七大魔王に会っていた~? しかも、その魔王が鮫島だった~? 鮫島の頼みで娘を引き取った~?」
「お、おう、その、すまねえな、先生。相談する暇もなく話しが怒濤の勢いで進んでいっちまって、それで」
俺は、国王やフォルナたちにも言えなかった全てをありのまま先生に話した。
全てを聞き終えた先生は、怒っているのか、複雑なのか、何とも言えない表情で首を横に振っていた。
「まあ、俺も同じ場面に居たら、多分あの子を引き取ってたよ。お前は何も間違ってねえよ」
「先生」
「ただ、悔しいのは、何も出来なかった俺自身だ」
先生の気持ちは、俺とは少し違う悲しみが混じっていた。
そうだ。先生は、鮫島の担任でもあった。
「せめて、一目だけでも会ってやりたかったな」
自分の教え子が事故で死に、魔王として生まれ変わり、世界と戦争したり、大きなものを背負ったりして、時には苦しんでいたかもしれないのに、そのことを最後までどうにかすることもできず、あいつは逝った。
せめて、一度会いたかったという気持ちもあっただろう。
俺も、鮫島を先生と会わせてやりたかった。
それが俺も悔しかった。
「本当にすまねえ、先生。鮫島をどうすることもできなかった。説教してやることも、悩みを聞いてやることも、助けてやることも俺にはできなかった。おまけに、あいつの娘を引き受けたと言っても、結局国王と先生頼みだよ」
おまけに、夫婦円満生活に他人のガキをもう一人面倒見てくれと言ってるのだ。
先生への迷惑は……
「見くびんな、バカ。ガキの一人や二人ぐらいで俺の家が傾くとでも思ってんのかよ。お前はよくやった。むしろ、あの子を軍に引き渡さずここまで連れてきたんだ……でかした! よくやった! 俺はそう思ってるよ」
「せ、先生……」
俺が、申し訳なさそうな顔をしていると、先生がいきなりゲンコツしてきた。
「つーかな、俺の女房なんて、『娘が出来た、やったー』とかってハシャイでるくらいなんだよ。だが、問題はそこじゃねえ」
「えっ、それじゃあ、あいつが魔族ってのが?」
「あ~、それも確かに問題だな。俺にとっては耳の尖ったチビッコだが、この世界の連中はそうは見ないだろうからな。俺の女房は別だけどな。でも、一番の問題はそこでもねえ」
「じゃ、じゃあ、一番の問題って?」
「あの子の将来をどうするかだよ」
将来。それは、鮫島にも言われたことだ。
一番重要なのは、魔王の娘を守れる力じゃない。
ウラのことを、将来も含めて真剣に考えてやれるかどうかだと。
「ヴェルト。こんな魔法だらけで戦争も身近にある世界じゃ、俺の教師だった経験や進路指導は何の意味もねえ。いいか、この国で、この人類大陸で、魔族がどんな生活が送れる?」
「ああ、まあ、確かにな」
「国王様に言えば学校ぐらいには行かせてもらえるかもしれねえ。でも、まともに通えるかどうかは別だ。友達は? 就職は? それとも魔国に帰るか? 考えたらキリがねえ」
「だな。国王にも色々と言われたよ。あいつのことを真剣に考えなくちゃならねえ」
「そうだ。それに、当の本人のお前は、いずれ神乃を探しにいくために、この国を出る。その時、あの子はどうなる? ハッキリ言って、俺にあの子にどこまでしてやれるのか分からねえ。今のお前と同じ状況だよ」
先生の言うとおりだった。
そして、神乃のことまでは正直考えていなかった。
いつか、神乃を探しにこの国を出る。その覚悟に偽りはねえ。
だが、その時にウラをどうするかまで、俺は考えていなかった。
先生は既に、ウラのことを真剣に考えてくれている。
そして、それは、
「そうだ、お前はいつかここを出る。だから、俺はお前に雑用だけじゃなくラーメンの作り方を教えている。別にお前に店を継がせるとか、そんなんじゃねえ。いつか世界に飛び立つお前に、身につけられるもんがあればと思ったからだ」
俺に対しても同じだ。
先生は、俺が思っている以上に、俺のことを考えてくれていた。
「俺はこの世界では料理しかしてこなかった。だから、子供に渡してやれることが限られている。美人の女房と料理の腕しか、俺には無いからだ。そんな俺が、鮫島の娘に何をしてやれるか? 情けねえけど、そう思っちまう」
俺も同じだ。いや、俺には先生以上にしてやれることが少ない。
でも、腹はくくった。俺に出来ることは何でもやると誓った。
だから、俺は、何でもいいからしてやりたい。そう思っている。
「あなたー、ヴェルくん、ほら、見てください!」
その時、俺たちの空気をぶち壊すように、カミさんの嬉しそうな明るい声が聞こえた。
「じゃーん、ウラちゃんのパジャマ、似合うでしょ! 姫様からお借りしたんですよ」
風呂上がりの髪を濡らし、ウラがおずおずと顔を出した。
着ているのはフォルナの寝間着だそうだ。
水色の花柄で、フリルの付いたワンピースパジャマ。
丈の長さは膝元ぐらい。フォルナと同じ歳なだけあって、サイズもピッタリだ。
フォルナのパジャマは高級感漂うものだが、それを違和感なく着こなしているあたり、やはりウラもお姫様なのだと感じさせられた。
「おお、可愛い可愛い」
「ほ、ほんとう、か?」
「いいじゃねえの、ウラちゃん。今日はもう疲れたろ。ヴェルトの部屋で寝なさい。ヴェルト、お前はここでシーツ広げて寝ろ。文句ねーな」
「えっ、でも、私は居候だから、私が床に寝る」
「よせよせ。このガキは机の上でも突っ伏して爆睡できる奴なんだからよ。それぐらいどってことねえ」
先生は、力強くウラの肩を叩いた。ウラはビックリしただろう。
ここまでフランクに接してくる人間や大人は初めてのはずだから。
先生も、もうウラのことを姫とは言わない。実際、もう姫じゃないから間違いではないが。
「ウラちゃん」
「ああ。いや、はい」
「これから色々あるだろうけど、おっちゃんとおば、お姉さんとこの坊主ができるだけ力になる。頑張って生きていこうな」
おばちゃんと言われそうになって、普段は大人しめのカミさんから黒いオーラが出たのは置いて置くが、ウラも先生の心遣いに胸が打たれたのか、今にも泣きそうな顔で、確かに頷いた。
そして、姿勢を正して、深々と頭を下げた。
「あの、その、急にこのようなことになったのに、これほどの心遣い、深く感謝申し上げます。これから多大なご迷惑をおかけすることになるかと存じます。ですが、私も、みなさんに迷惑をかけないように努めます。それまでは、何卒宜しくお願い致します」
深々と感謝。偉い偉い。俺は頭を撫でてやろうかと思った。
すると、ウラの姿を見て、先生は何か泣きそうなんだけど、
「なんてことだ。この世には十歳でもここまでちゃんとした挨拶や誠意を見せられる子がいるのに、中には精神年齢高校生でも、まともな姿勢で頭も下げられねえ奴もいるんだな」
「おい、それって俺のことかよ」
「もー、ウラちゃん! 子供は迷惑をかけてください! 子供が頼ってくれるから、私たち大人も頑張ろうって思えるんですから」
これから考えることは山積みだ。でも、なんか何とかなりそうな気がする。
俺は、何か家族が増えた気がした。娘にも似た妹が出来た気がした。
俺たちは笑い合いながら、今日はゆっくり休むことにした。
明日から色々大変だが、頑張ろうと四人で誓い合った。
俺も今日は色々ありすぎて疲れた。
店内の椅子とテーブルを少しどかして、床にシーツを引いてそのまま倒れ込んだ。
このままグッスリ寝れる。俺はそう思っていた。
だが、
「ヴェルト……起きてるか?」
なんか、忍び足で誰か来た。と言っても一人しか居ない。
「なんだ~?」
ウラは、なんか枕を抱きしめながらモジモジしていた。
どうしたんだ?
「なあ、ヴェルト。その、な」
「あん?」
……?
心細そうな顔で俺の様子を伺うガキ。
なぜか、枕まで持ってきている。
おいおいおいおい、あれか? まさか一人で寝るのが怖いとか、ガキじゃあるまいし……
「そのな、あの、今日だけは、あのな」
いや、十分ガキだったか。しかも恥ずかしいのかすごく言いづらそうだ。
何度も目があっちを見たり、こっちを見たり、落ち着きがない。
やっぱ、どんだけ大人びて見えようと、中身はガキなんだよな。
まあ、家族や近しい奴らが全員死んだんだ。むしろ当然か。
仕方ねえよな。
「ほれ、床だから背中痛くなるけど、どーぞ」
「ッ!」
「うおっ、お、落ち着け」
シーツを広げて俺が迎え入れようとすると、ウラはいきなり潜り込んできた。
「ヴェルト……」
「あん?」
「お前は、たまに大人びて、私を子供扱いする」
「ん、あ~、まあ」
まあ、実際お前は俺にとってガキみたいなもんだし。
「子供扱いするな」
ここで、俺が「だったらテメエのベッドで一人で寝ろ」と言ったら大人げないか?
「でも、ありがとう」
「……おお」
「お前が居ないと、私は本当にひとりぼっちだったから……」
気づけば、ウラの両手は俺の首に、体は俺の胸に、両足はなんだか抱き枕みたいに抱きつかれていた。
ウザイ。
でも、まあ、あったかい。
「父上も、ルウガも、ロイヤルガードのみんなも私を庇って、みんな、私を一人にして、みんな……」
「あ~、でも、その、なんだ? でも良かったじゃねえか」
「ッ、それはどういう!」
「いや、その何だ? お前を庇ったってことは、お前のことが自分の命より大事だったってことだろ? だから、一番大事なもんだけは守り切れたから、それで良かったんじゃね?」
ダメだ。なんか、いい慰めの言葉が思いつかん。
しかも何か怒ってるし。あ~、なんか子育てってのも難しいな。
「もし、そうだとしても……」
「なんだよ」
「もし、みんながそう思っていたとしても、ヴェルトまで死んだら絶対に嫌だからな」
「おお」
俺も、二回も死ぬのはゴメンだからな。
鮫島みたいに心残りが無くなるような死に様は、今の俺にはまだまだできねえ。
「ヴェルト……」
「今度は何だ? いい加減に寝ろ。ラーメン屋の朝は早いんだよ」
「うん……あのな……」
「?」
「お前もギュッとして」
いや、俺は今、お前にギュッとされてるけど、何だ?
俺からもお前を抱きしめろと?
どうなんだ? 年齢的にはまだセーフか?
微妙な気がしてきたので、何とか誤魔化そうかと考えていたその時だった。
「いや、それはな~」
「チュッ!」
不意打ちで、俺の唇が軽く何かに触れた気がした。
「ッ!」
「お、おやすみ! く、く~、く~、く~、う、う~ん、むにゃむにゃ」
ウラはそのまま顔を見せないで俺の胸に顔を埋めて、わざとらしい寝息を立てていた。
この………………マセガキ!
まあ、今日だけは許してやるよ。
さて、俺もそろそろ寝るか。
明日からはまた仕事と修行の毎日だ。ウラと一緒に。
がんばらねーとな。
軽くねえもんを、背負い込んじまったし。
けど、ウラのことは心配いらねえよ、鮫島。
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