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第一章

第30話 後悔しない生き方

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「さ、さめじ……ま……」

 文字通り、それはシャークリュウの最後の一撃でもあった。

「ち、ちちうえ……ちちうえええええええええええええええ!」
「シャークリュウサマアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「魔王さまあああああああああああああああ!!」
 
 仇を取って一矢報いるよりも、大切なものを確実に守るための道を選んだ。
 
「い、……いくぞ、ウラ!」
「ち、ちちうえ……ちちうェ……やだ、やだ、やだ! 父上!」
「ッ、馬鹿野郎! 行くって言ってんだろ!」

 今しかない。
 俺は、今すぐにでも父に駆け寄ろうとするウラを強引に引っ張って、包囲を抜け出し、洞窟の奥へと走った。

「いけええええ、小僧!」
「ウラ様を、ウラ様を頼んだぞ!」

 応える暇があったら、とにかく走る。
 一秒でも早く地上に出て、この死地から抜け出す。
 気づけば、抜けることが出来たのは俺たち二人だけなのか、誰も後ろを追いかけて来ていない。
 だが、それを気にする余裕も無かった。
 俺はただ、ウラの小さな手を掴みながら、無我夢中で走った。
 だが、やはりウラも簡単には仲間を捨てきれない。
 何度も足を止めようとして、度々振り返る。

「だ、ダメだ、父上、やだ、イヤだ!」

 クソ、だからガキは……

「うるせえ、冷静に考えろ、馬鹿野郎! 戻ったって何の意味がある! 何のためにお前の仲間や親父が体を張ったと思ってやがる! 言ったはずだ、お前が死んだら意味がねーんだよ! 戻ったら、死ぬぞ! そしたらみんな、犬死だ! お前の仲間も、ルウガも、そしてお前の親父もだ!」

 だから、生きる必要がある。
 しかし、ウラは強情だった。

「だ、黙れ! お前に、お前なんかに何が分かる! この無念が、悔しさが、絶望が! こんなものを抱えて生きろだと? ふざけるな! 苦しみを抱えて生きるぐらいなら、誇り高く戦って死ぬ!」

 だから、死ぬ死ぬ言うんじゃねえよ、クソガキ! 


「ざけんじゃねえ! テメエはただ、一人ぼっちになって辛くなったから逃げ出したくなってるだけだろうが! 身代わりになって死んだ奴らの重みに耐え切れねえだけだろうが! その気持ち、分からなくもねえ! 俺の親父とおふくろも、俺を助けるために死んだ!」

「えっ……ヴェル……トも……」


 あーもう、何で一秒でも早くここから離れなくちゃいけねーのに、俺はガキ相手に説教してんだよ。
 てか、言いたいことも全然まとまらねえし!

「いや……そうじゃねえ、そんなもん今は関係ねえよ……そう、今はただ、お前の親父はお前が生きることを一番望んで命を懸けたんだ。だから、お前が死にたいなんて意思は関係ねーんだよ。もう、お前だけの命じゃねーんだからな。だから、今は逃げることを…………」

 そう、言いたいのは、死なないために早く逃げようと……

「って………………あれ?」

 その時、俺は自分の言葉に引っかかった。
 逃げる? 何で、俺は逃げるんだっけ?

「逃げる……俺は何で逃げて生きる必要がある? 鮫島が命を懸けた意思を受け継いだから?」
「ヴェルト?」
「それに、俺は生きる必要がある。親父やおふくろの守った命……そして、いつか、神乃と再会するために……だから、……そのために……」

 ウラの命は軽くない。
 ウラの大切な人……鮫島やルウガや仲間たちが犠牲になって守り通してくれた命だからだ。
 それは俺も同じ。
 親父とおふくろが守ってくれた命だ。
 だから死ぬわけにはいかない。

「死ぬわけにはいかない。だから、ようやく再会できた……ダ……チ……を、見捨ててでも……」

 死ぬわけにいかないからこそ、自分も成長しようとした。
 強くなろうとした。
 覚悟を決め、学校もやめ、自分の出来ることを見極めて、生まれて初めて努力した。
 何のため? 三度目の後悔をしないためだ。

 だから、俺は、ダチの命を犠牲にしてでも生きて、代わりにあいつの分もウラを……守ってやる?

 それで、俺はもう後悔しないのか? 

 親父とおふくろが殺された日、親父に逃げろと言われて逃げることしか出来なかったことを後悔したんじゃなかったのか?

 鮫島が望んだように、鮫島の命を犠牲にして生き延びて、あいつの娘の面倒を見るだけで……それが俺の後悔しない生き方だと言えるのか?
 
 考えろ。鮫島の意思は関係ない。

 後悔するかしないかを決めるのは、俺とウラの意志だ。


「あいつを見捨てて後悔しない? そんなわけねーだろうが。なんの理由にもならねーよ!」


 俺の足も気づいたら止まっていた。

「ヴェルト……どうしたのだ、一体」
「ん? ああ……よくよく考えたら、何で俺は鮫島の言うことをマジメに聞かなくちゃいけないんだと思ってな」
「こんなときに、何を? そもそも、さっきから、そのサメジマとはなんなのだ?」
「ダチとして、男として、あいつの意思を汲んでやる気になっていたが、あいつの意志より俺の意思を忘れていたよ」
 
 すまん。鮫島。
 お前は一つだけ、俺について忘れていたことがある。

「ウラ。俺にとっては誇り高い死なんてアホらしいし、興味もねえ。でもな……」

 俺は不良……つまり、救いようのないバカなんだよ。

「俺はこのままあいつを見捨てたら、今後お前を見るたびに辛くなる。多分、後悔するよ」

 後悔しない方法なんて、たった一つしかない。

「だから、俺はやっぱ戻るよ」
「はあ?」
「マジ怖えーよ。でも、やっぱムカつく! あのクソバカ女をぶっ飛ばして、鮫島連れて逃げるのが一番俺が後悔しない方法だ! ああ、スッキリした!」

 危なかった。俺はあと少しで、また後悔するところだった。
 多分、このまま戻っても殺される可能性の方が高い。
 でも、これが今の世界なんだ。
 これから先も、誰かが守ってくれた命だからと言い訳して逃げ回るのも何か違う。
 俺は、そんな腰抜けと思われる生き方だけはしたくねえ。

「ヴェルト…………ヴェルト!」
「あん?」
「ッ、なら、一人より二人だ!」

 戻ろうとした俺の腕に、ウラが抱きつくようにしがみついてきた。
 その時、俺は初めて、ウラの笑顔を見た。
 笑えば年相応に可愛かった。

「お前な~、お前まで戻ったら、お前の親父に一番怒られるのは俺なんだぞ?」
「大丈夫だ! その時は、二人で怒られよう! 父上を助け出して」
「けっ、まあ、そういうことだな。親に逆らえるのは子供の特権だ」
「力がないから? 皆の意志だから逃げる? ならば、私の意思はどうなる! そういうことだ。あの女には、一度ベソをかかせてやる」

 俺も笑っていた。俺たちは初めて打ち解けられた気がした。


「なら、このままバカ正直に帰っても本当に無意味だし、作戦でも考えながら戻るか」

「作戦か、よし、私たちの連携で、奴らの度肝を抜いてやるぞ! 父上たちが作ってくれたこの時間が無駄にならないようにな」

 
 あれ? これって、魔族と人間が協力し合うってことになるのかな?

 ……まあ、別にいっか……

 まあ、それより問題は俺たちだ。
 十歳のガキが二人で戻っても、人類大連合軍の部隊と最凶将軍。
 正直勝てるわけねーぜ。
 でも…………

「ヴェルト」
「あ~?」
「さっきまで、後ろ向きなことばかり考える、ひねくれた目をしていたのに、今はイキイキしているな」
「ふっ。そっか~? まあ、反発こそが不良の証拠だからな。なんか、人に罵倒されるぐらいの選択肢が、俺に合っているんだよ」
「いいな……いいな、バカで。でも、今のお前の方が私は好きだぞ」

 勝てるわけないのに、恐怖より胸が熱くなってきた。
 もう、止めれそうもなかった。
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