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第一章

第23話 傷だらけの魔王

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 よくよく考えれば、不思議だった。
 ボルバルディエ国が滅んだことにより、平和ボケしたエルファーシア王国も国境の警備を強化していた。
 にも関わらず、親父やおふくろを殺した亜人が侵入してきたり、逃げられたり、ルウガたちが国内に入り込んできたりしている。
 これはおかしなことだった。
 だが、これを見れば納得だ。

「知らなかった。こんなところにでかい地下トンネルが掘られていたとはよ」

 どこまでも続く暗闇の世界は、ルウガの魔法で灯した小さな火で照らされている。
 王都の東に位置する魔獣の森。俺の住んでいた家の麦畑からもかなり離れている。
 森の奥深くには魔獣も生息しているために、普段、人間はあまり近寄らない。
 そんな森の中に、洞窟のようなものがあったかと思えば、そこは奥へ進むたびに道が整備され、拡張され、幅も高さも一個中隊が通るには十分なほどの地下トンネルができあがっていた。

「これを魔族や亜人が使ってたわけか」
「我々が使ったのはつい最近だ。そもそもこのトンネルを造ったのは、ボルバルディエ国。つまり人間だ」
「な、なにい?」
「ボルバルディエ国は軍事作戦と他国の情報収集などを目的に、大陸の至るところにトンネルを拡張していた。同胞である人間たちの国に対してな。だが、それが最近になって我々の国にまで到達しようとしていた」
「なるほど、だから滅ぼしたわけね。ついでに、トンネルも全部奪っちゃおうと」
「その通り。我々はボルバルディエのトンネルを逆手に取り、トンネルを使ってボルバルディエを一気に攻め滅ぼした」
「容赦ないな。んで、お前らはせっかくそんな勝利を収めたのに、ソッコーで勇者に負けた訳か。なんかそれもカワイソーだな」
 
 ひょっとしたら、俺たちの国はボルバルディエに滅ぼされた可能性もあるのか? まあ、この時代に同種族同士の争いはタブーなところもあるし、考え過ぎか。

「魔王様たちとは、トンネルを使って逃走中にはぐれた。我々もトンネルの中を彷徨いながら、結局残ったのはウラ様と私だけだった」
「それで、俺たちはこうやって結構歩いてるけど、魔王がどこにいるか分かってるのか?」
「それは大丈夫だ。我々はトンネル内ではぐれた同胞を待つときに、このようにメッセージを残すようにしている。本当は私とウラ様もこれに従って魔王様と合流する予定だったが、疲労と空腹でウラ様が限界だったため、急遽地上に出たのだ」

 洞窟の壁際に、平らな石が何段にも重なって置いてあった。
それは、意図的に積み重ねられたもので、魔族同士の暗号のようだ。

「もう少しすれば、大空洞がある。恐らくそこで拠点を作って、生き残った兵とともに休み、我々が来るのを待っているはずだ」

 今になって思ったが、俺は本当に大丈夫だろうか? 
 ルウガとウラから敵意は感じない。
 だが、これから向かうのは戦に敗れて疲弊しきっているとはいえ、多くの人間を殺した魔族たちだ。
 また、魔族たちも人間に大勢の仲間を殺されている。
 バレたら殺される? いや、そもそも魔王の正体が俺の見当ハズレだったらどうする?
 徐々に命の危険を感じ始めた俺だったが、少し遅かった。
 暗闇の奥に光と気配、そして声が聞こえる。一人二人などというレベルではない。
 そこには俺が生まれて始めてみる光景があった。

「ついた。良かった。どうやらまだここでキャンプを張っていたようだ」
「ヴェルト、フードをかぶれ。絶対に顔を見られるんじゃないぞ」

 広々とした大空洞のスペースには、人外の化け物たちがキャンプを張っていた。
 見張りをしている者、地面に腰を下ろしてくつろいでいる者、武器を磨いている者、酒を飲んでいるもの、そして傷だらけになり横たわっている者たち。
 キャンプ場と野戦病院が融合したような場所。
 当然だが、人間は一人もいない。
 人間に近い姿形をした、魔人種。獣でも人間でもない、鬼に似た姿形をした化け物。

「あ、あなた様は!」

 そして、見張りの魔族がこっちに気づいた。

「全軍に知らせよ。ウラ様がご帰還されたと」

 驚きの表情を浮かべたその魔族は、ルウガの言葉を聞いて涙を流しながら、手を合わせて拝む。
 右拳を突き上げて、洞窟内に響き渡る大声を張り上げた。

「ウラ様とルウガがご帰還されたぞー!」

 張り上げられた声に、誰もが体を起き上げて振り返る。
 その瞳にウラとルウガを捉えた魔族たちは、徐々に表情が崩れ、震えるような涙を流した。

「ウラ様! よくぞ、ご無事で!」
「さすが、ルウガ殿! 見事に姫様をお守り、う、うううううう!」
「ささ、ウラ様、こちらへ。シャークリュウ様がお待ちです」

 魔族でも泣くんだな。傷だらけの体を引きずって、姫の帰還を喜んでいる。
 人間を殺しまくった魔族を前に、こんな感情を抱くのは間違っているかもしれないが、俺は泣いている魔族たちを見て「まあ、よかったんじゃね?」と思い、笑みが浮かんだ。
 だが、その直後、俺の全身が硬直した。


「ウラ、そしてルウガか」


 息が苦しくなった。一歩一歩近づいてくる足音、そしてプレッシャー。
 存在感がまるで違う。
 名乗らなくても分かる。他の魔族とは桁違いの威圧感。

「こいつが、魔王?」

 小声で確かめるように俺はルウガに尋ねた。だが、同時に目を疑った。
 確かに、近づいてくる魔族は明らかに別格。
 長身に鍛えられた筋肉質な肉体は一目瞭然。
しかし、その容姿は非常に人間に近かった。
 顔つきも二十代ぐらいに見える。青黒い長髪。
 尖った耳と、赤い瞳が無ければ、魔族に見えない。

「ウラ、そしてルウガ。よくぞ戻ったな」

 魔王を前にして即座に片膝をつく、ルウガとウラに対し、魔王の雰囲気は僅かに穏やかになって二人に声をかける。

「ルウガ。よくぞ、ウラを守ってくれた。言葉もない」
「はは、ありがたきお言葉! シャークリュウ様もよくぞご無事で!」

 涙を堪えながら額を地面に擦りつける、ルウガ。その肩を魔王は優しく叩いた。
 その労いに、ルウガは体を震わせて泣いた。
 そして、

「さあ、ウラよ。その顔を父によく見せてくれ」
「父上」
「少しやつれているな。辛かったであろう。苦しかったであろう」

 魔王は、優しくウラを抱きしめた。強気なウラも少し恥ずかしかったのか、身を捩ろうとしたが、やはりまだ子供。
 父の元へと帰ってきた実感が沸いたのだろう。瞳を潤ませながら魔王の首に手を回した。

「う、ううう、父上、みんな、みんな私を守って、ロイヤルガードの、ルンバ、バルド、ジョンガ、みんな、みんな、人間に殺されました」
「そうか。あやつらは逝ったか」
「父上、私は悔しいです。何も出来なかった、自分が! 弱い自分が!」
「ああ、分かっておる」

 気づけば、二人を囲むように大勢の傷ついた魔族たちが涙を流していた。
同胞の死に対する悲しみ。敗戦の悔しさ。人間への恨み。

「ウラよ。悔しいのは我も同じ。勇者の小僧に及ばなかった。最強の軍勢、最強の配下、そして我の最強の魔拳を持ってしてもこのザマよ」
「ッ、父上、我々はまだ負けてはおりません! 父上が健在であれば、我らは滅びません! 態勢を立て直し、いずれはこの恨みを人間たちに!」

 自分たちはまだ負けていない。魔王もまだ健在である。魔王の声一つでこの軍団は今すぐにでも雄叫びを上げるだろう。
 だが、


「いいや、ウラよ。我らは負けたのだ」


 魔王の口から出たのは、意外な言葉だった。

「ち、父上!」
「勇者は見事な小僧であった。何の駆け引きもなく、我と正々堂々と戦った。その真っ直ぐさに、我は敵でありながら心を奪われた。そして、負けた。力だけでなく、心でもな」
「そ、そんな、やめてください! 父上のそんな言葉は聞きたくありません」

 良くも悪くも戦争は王の言葉次第。王が戦えといえば、相手が神でも悪魔でも進軍し、あるいは敗北を認めればそれまでである。
 この場に居た魔族たちの心を僅かに支えていたものが崩れ落ちたかのように、皆下を向いている。

「では、我が国の民はどうされるのです? このままでは、近隣の魔国に吸収され、我らの国が滅んでしまいます!」
「そうだ。もう、終わりなのだ。我らの国は、ボルバルディエ国と同じ末路を辿る」
「そんな! な、なにを、なにをおっしゃいますか!」

 ウラは、魔王が抱きしめる腕を引き剥がし、幼いながらも怒りを浮かべた目で睨む。

「では、殺された同胞は、仲間は、彼らの無念の魂はどこへ行くとお思いですか! この世界を汚し、増殖し続ける愚かな生物である人間を滅ぼすことこそが、彼らの魂魄への手向け。それが我らの使命です!」

 一応、俺は人間なんだけどな

「そうだな、ウラ。我も人間という生物を許す気はない」
「でしたら!」
「だが、我を上回る力と心を持った幼き勇者は言ったのだ。人間を信じて欲しいとな」

 魔王は目を細める。恐らく、自分が戦った人間のことを思いだしているんだろう。


「ここまで逃げ延びてきて、我は少し考えていた。何が最善かを。今の我に何ができるかを。勇者の一撃で、この体の傷もそう簡単には治らん。生き残りを集めたところで、戦況を覆すことも不可能。このトンネルの出入り口のほとんどは既に人間たちに把握され、いずれ我らは見つかる」

「父上、では父上は、大人しく降伏しろと仰るんですか! 勇者を信じろと!」

「それは分からぬ。いかに勇者とはいえ、大衆の流れには逆らえぬだろう。降伏しても、恐らく我ら一族は打ち首。軍幹部も同じ。さらに、兵は皆、捕虜となり、生涯牢に捕らえられるか、奴隷になるかもしれん。それが読めぬ限り、我らは下手に動くべきではないとも思う」


 何となく、話は分かった。魔王はもう、抵抗する気はないんだ。これ以上戦っても、全滅は免れないと確信しているんだ。
 だが、相手の出方が分からないから、行動できないのだ。
降伏しても全員が処刑、もしくは死ぬ以上の苦しみを味わうかもしれない。
 魔王は、勇者は信じられるかもしれないと思っているが、人間全体を信じられるかどうかというと、まだ揺れているんだろう。
 何だか、難しい話になってきたようだ。


「あ~、お取り込み中に悪いんだけどさ、そろそろ俺の用事を済ませていいか?」
 

 早いところ俺の決着をつけた方がよさそうだ。
 そう思い、俺は空気を読まずに手を挙げた。
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