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第一章
第22話 カカト落とし
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「ッ、私は何も出来なかった!」
ルウガが話を終えた途端に、ウラが悔しそうに床を叩いた。
「いつの日か、自分が兵を率いるときのためにと無理矢理父上に同行したのに、目の前でみんなが苦しみ命を落とす中、私は何もできなかった!」
「ウラ様……………」
「何が姫だ! 戦場の空気を知りたいなどと生意気にもついていき、それなのに、私は!」
悔し涙。それは、人間に負けたことよりも、自分自身の無力さへの悔しさに見えた。
何だかその姿が、親父とおふくろが死んだときの俺にダブって見えた。
「すまない、ヴェルト殿。ウラ様は初陣でな。勿論戦ってはいないし、人も殺めてはいない。だが、目の前に漂う圧倒的な死の空間、絶望、赤と青の入り交じった夥しい血の海を目の当たりにされたのでな。幼い頃から私と共に姫様を守り続け、時には共に笑いあった者たちも戦死した」
正直な話、泣かれても困った。
人間を殺しに来た魔族に敗戦の涙を流されても、人間の俺にはどうすることも、かける言葉もないからだ。
「俺に言えることは何もねーよ」
俯いていたウラが俺の言葉に顔を上げた。
「とにかくだ。俺のボランティアもここまでだ。じーさんたちが起きる前に出てくんだな。そして、エルファーシア国には二度と来るなよな」
触れないこと。関わらないこと。今の俺に出来ることはそれしかなかった
ルウガも、そしてウラも頷いてくれた。
「確かにそうだ。すまなかった。私のグチをお前に言っても仕方なかった」
「ワリーな。説教も優しい言葉も苦手でな。それほど立派な人間でもねーし」
「ふっ、面白いな、お前。私は勇者をこの目で見たが、実際に話はしていない。だから、同年代の人間と話をしたのはこれが初めてだ」
「おお、そうか。まあ、俺も生まれて初めて喋った魔族の女が魔王の娘とは思わなかったよ」
これ以上、話すことは何もないし、余計なこともしない方がいい。
ここで俺たちがお互いをどういう印象を持ったとしても、俺が人間でこいつらが魔族であることには変わりないからだ。
「最後に……礼だ。この指輪をお前に」
ウラがその小さな指から、指輪を外す。
美しい緑色に輝く宝石が填め込まれている。
「世界三大宝石竜・エメラルドドラゴンから取れた鱗を加工したリング。人間の世界でも売れば一生金には困らないだろう」
「えっ! ま、マジで? んなバカ高いもんくれんのか?」
「ああ」
おお、意外な臨時収入を得てしまった。てか、何やかんやで億万長者か?
さっきまでシリアスだった俺の思考に、俗物的な思いが浮かび上がってきて、少し情けない気もした。
まあ、くれるっていうなら貰っても問題はないだろ。
だが、これを受け取るということは、同時にあることも言える。
「なるほどな。これをくれるってことは、つまり……………もう、貸し借りはなしってことか?」
次に会うときは、再び人間と魔族として……………そういうことだろう。
ウラもそう考えていたんだろうが、少し複雑そうな表情だ。
十歳のガキに対しては意地悪な質問だったかもしれないが、それでも俺には必要な確認だった。
すると、気まずい雰囲気を和まそうと、黙っていたルウガが割って入った。
「それはさておき、ヴェルト殿は面白い武器を使っているな。それは、亜人の教鞭だったと思うが」
ワザと明るい声を出しているのはモロバレだが、まあいいだろう。
「ああ。俺は変わった奴なんでな」
ウラに聞かなくても、もう答えは分かっている。だから、俺もこれ以上は聞かないことにした。
「そうだ。『変わっている』で思い出した。先ほどはウラ様のことがあったので流したが……………」
「あん?」
「ヴェルト殿が私の頭部に放った、あの蹴り方だが……………」
「ああ? 土下座したお前に食らわせた、カカト落としのことか?」
何だ? やっぱ痛かったのか?
だが、俺の言葉にルウガもそしてウラも意外そうな顔を浮かべた。
「カカト落とし? 驚いた。偶然蹴り方が同じだっただけかと思っていたが、ヴェルト殿はカカト落としを知っているのか?」
「はあ? 知ってるって、そんな特殊な蹴り方でもねーだろ?」
いや、武器や魔法で戦うこの世界では珍しいのか?
「いや、特殊な蹴り方だ。あれこそ、我が魔王、シャークリュウ様の得意とする技でもある」
「くははは、マジで? 魔王がカカト落としとか、ギャグか? 空手でもやってたりしてな」
ちょっと面白かった。
魔王の戦い方なんてもちろん知らないが、強力な魔法で天変地異を起こすとか、魔王剣的なものでとんでもねー破壊力の技を出すとか思っていたのに、カカト落としかよ?
「ッ! バカな! なぜ、ヴェルト殿が魔王様の秘拳・空手を知っている!」
えっ?
「父上は体術のみで魔国全土に名を馳せた。その父上が編み出した、父上のみが扱える拳技、空手の名を人間のお前が何故知っている?」
ルウガとウラもの空気が変わった。
そして今の発言を聞いた俺もだ。
「魔王様は空手のことはごく一部の者にしか語っていない。ヴェルト殿、失礼だが、一体どこで空手を?」
俺の頭がグルグルと回り始めた。
俺が空手を知っている理由なんて簡単だ。
空手は朝倉リューマの世界の格闘技だからだ。
だからこそ、俺は逆に聞き返したかった。どうして、魔王が空手を知っているのか。そして使えるのか。
考えているうちに、ふと俺の中で仮説が生まれた。だが、そんなことが本当にありえるのか?
「ウラ、お前の親父が空手を編み出したのか? 誰かに習っていたんじゃなくてか?」
「いや、そんなことはない。それに、空手を父上に習っているのも、素質を見込まれたごく一部もののみ。私もその一人だが」
魔王が空手を編み出した? 知っている? 何でだ?
いや、答えは一つしかない。
だが、そんな嘘みたいなことが……
「おい、魔王は生きてるんだよな? 今、どこにいる」
「それは……知ってどうする? 連合軍に知らせるか?」
「そんなんじゃねえ。俺はその魔王と、古い知り合いかもしれねえ」
「……え?」
確かめずにいられない。
危険は百も承知だ。
先生に、「朝倉リューマだった過去にこだわりすぎるな」とも言われたが、それでも俺はどうしても確かめずにはいられなかった。
「そういえば、朝倉リューマのクラスに一人だけ、空手部の奴が居たっけな……堅物の……」
俺はどうしても、昔を思い出さずにはいられなかった。
ルウガが話を終えた途端に、ウラが悔しそうに床を叩いた。
「いつの日か、自分が兵を率いるときのためにと無理矢理父上に同行したのに、目の前でみんなが苦しみ命を落とす中、私は何もできなかった!」
「ウラ様……………」
「何が姫だ! 戦場の空気を知りたいなどと生意気にもついていき、それなのに、私は!」
悔し涙。それは、人間に負けたことよりも、自分自身の無力さへの悔しさに見えた。
何だかその姿が、親父とおふくろが死んだときの俺にダブって見えた。
「すまない、ヴェルト殿。ウラ様は初陣でな。勿論戦ってはいないし、人も殺めてはいない。だが、目の前に漂う圧倒的な死の空間、絶望、赤と青の入り交じった夥しい血の海を目の当たりにされたのでな。幼い頃から私と共に姫様を守り続け、時には共に笑いあった者たちも戦死した」
正直な話、泣かれても困った。
人間を殺しに来た魔族に敗戦の涙を流されても、人間の俺にはどうすることも、かける言葉もないからだ。
「俺に言えることは何もねーよ」
俯いていたウラが俺の言葉に顔を上げた。
「とにかくだ。俺のボランティアもここまでだ。じーさんたちが起きる前に出てくんだな。そして、エルファーシア国には二度と来るなよな」
触れないこと。関わらないこと。今の俺に出来ることはそれしかなかった
ルウガも、そしてウラも頷いてくれた。
「確かにそうだ。すまなかった。私のグチをお前に言っても仕方なかった」
「ワリーな。説教も優しい言葉も苦手でな。それほど立派な人間でもねーし」
「ふっ、面白いな、お前。私は勇者をこの目で見たが、実際に話はしていない。だから、同年代の人間と話をしたのはこれが初めてだ」
「おお、そうか。まあ、俺も生まれて初めて喋った魔族の女が魔王の娘とは思わなかったよ」
これ以上、話すことは何もないし、余計なこともしない方がいい。
ここで俺たちがお互いをどういう印象を持ったとしても、俺が人間でこいつらが魔族であることには変わりないからだ。
「最後に……礼だ。この指輪をお前に」
ウラがその小さな指から、指輪を外す。
美しい緑色に輝く宝石が填め込まれている。
「世界三大宝石竜・エメラルドドラゴンから取れた鱗を加工したリング。人間の世界でも売れば一生金には困らないだろう」
「えっ! ま、マジで? んなバカ高いもんくれんのか?」
「ああ」
おお、意外な臨時収入を得てしまった。てか、何やかんやで億万長者か?
さっきまでシリアスだった俺の思考に、俗物的な思いが浮かび上がってきて、少し情けない気もした。
まあ、くれるっていうなら貰っても問題はないだろ。
だが、これを受け取るということは、同時にあることも言える。
「なるほどな。これをくれるってことは、つまり……………もう、貸し借りはなしってことか?」
次に会うときは、再び人間と魔族として……………そういうことだろう。
ウラもそう考えていたんだろうが、少し複雑そうな表情だ。
十歳のガキに対しては意地悪な質問だったかもしれないが、それでも俺には必要な確認だった。
すると、気まずい雰囲気を和まそうと、黙っていたルウガが割って入った。
「それはさておき、ヴェルト殿は面白い武器を使っているな。それは、亜人の教鞭だったと思うが」
ワザと明るい声を出しているのはモロバレだが、まあいいだろう。
「ああ。俺は変わった奴なんでな」
ウラに聞かなくても、もう答えは分かっている。だから、俺もこれ以上は聞かないことにした。
「そうだ。『変わっている』で思い出した。先ほどはウラ様のことがあったので流したが……………」
「あん?」
「ヴェルト殿が私の頭部に放った、あの蹴り方だが……………」
「ああ? 土下座したお前に食らわせた、カカト落としのことか?」
何だ? やっぱ痛かったのか?
だが、俺の言葉にルウガもそしてウラも意外そうな顔を浮かべた。
「カカト落とし? 驚いた。偶然蹴り方が同じだっただけかと思っていたが、ヴェルト殿はカカト落としを知っているのか?」
「はあ? 知ってるって、そんな特殊な蹴り方でもねーだろ?」
いや、武器や魔法で戦うこの世界では珍しいのか?
「いや、特殊な蹴り方だ。あれこそ、我が魔王、シャークリュウ様の得意とする技でもある」
「くははは、マジで? 魔王がカカト落としとか、ギャグか? 空手でもやってたりしてな」
ちょっと面白かった。
魔王の戦い方なんてもちろん知らないが、強力な魔法で天変地異を起こすとか、魔王剣的なものでとんでもねー破壊力の技を出すとか思っていたのに、カカト落としかよ?
「ッ! バカな! なぜ、ヴェルト殿が魔王様の秘拳・空手を知っている!」
えっ?
「父上は体術のみで魔国全土に名を馳せた。その父上が編み出した、父上のみが扱える拳技、空手の名を人間のお前が何故知っている?」
ルウガとウラもの空気が変わった。
そして今の発言を聞いた俺もだ。
「魔王様は空手のことはごく一部の者にしか語っていない。ヴェルト殿、失礼だが、一体どこで空手を?」
俺の頭がグルグルと回り始めた。
俺が空手を知っている理由なんて簡単だ。
空手は朝倉リューマの世界の格闘技だからだ。
だからこそ、俺は逆に聞き返したかった。どうして、魔王が空手を知っているのか。そして使えるのか。
考えているうちに、ふと俺の中で仮説が生まれた。だが、そんなことが本当にありえるのか?
「ウラ、お前の親父が空手を編み出したのか? 誰かに習っていたんじゃなくてか?」
「いや、そんなことはない。それに、空手を父上に習っているのも、素質を見込まれたごく一部もののみ。私もその一人だが」
魔王が空手を編み出した? 知っている? 何でだ?
いや、答えは一つしかない。
だが、そんな嘘みたいなことが……
「おい、魔王は生きてるんだよな? 今、どこにいる」
「それは……知ってどうする? 連合軍に知らせるか?」
「そんなんじゃねえ。俺はその魔王と、古い知り合いかもしれねえ」
「……え?」
確かめずにいられない。
危険は百も承知だ。
先生に、「朝倉リューマだった過去にこだわりすぎるな」とも言われたが、それでも俺はどうしても確かめずにはいられなかった。
「そういえば、朝倉リューマのクラスに一人だけ、空手部の奴が居たっけな……堅物の……」
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