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第一章
第19話 兄貴
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「ヴェルト、どうしましたの? 何だか遠くを見つめるような顔をして」
「別に。ちょいと、どこか遠くに居る人へ、感謝をな」
「どういうことですの?」
「なんでもねーよ。ほれ、リボンも買ったし、帰るぞ」
「あっ、まっ、待ちなさい! 普通はこの後、どこかでお茶とケーキをして、って、ちょっとお待ちなさい!」
少しサービスしすぎた。
子供とはいえ、あんまその気にさせるのも悪い気もするし、今日はこれぐらいに……
「お待ちなさいと言ってますわ! まだ、ワタクシからのお礼も……」
「いやいや、別に礼は―――」
「ちゅっ♡」
「……あっ……」
俺が振り返った瞬間、ほっぺたに小さくて柔らかくてくすぐったいものが……ようするに、追いかけてきたフォルナが俺の頬にチューしやがった。
「お、おま……」
「んふふふふ~、ヴェルト~」
いきなり、しかも公衆の面前で何を? しかし、フォルナは気にせず満面の笑みで俺の腕に抱き着いてくる。
そして、そんな俺たちの周囲は……
「あらあら、姫さまったら~」
「うふふ、かわい~」
「ヴェルトもすっかり元気になったみたいだし、良かったな」
「ああ、やっぱこの二人が一緒にいるの見ないと、俺たちも調子でねーからな」
もんのすごい、街の皆が俺たちをクスクス微笑ましそうに温かい眼差しを向けてきやがる。
まぁ、子供同士。しかもホッペだしセーフだよな?
「はぁ……ほら、もう帰るぞ」
「んふふ~、照れますの?」
「照れてねーよ」
「照れてますわ~♪」
サービスしすぎどころじゃなかった。完全に調子に乗ってしまった。
そういや、おふくろも言ってたな。
――恋する女の子は男の子よりずっと早く大人になるのよ?
あの言葉が身に染みた。
今度からはもうちょい色々と気を付けた方がいいかもしれねぇな。
「でも、ヴェルト、本当に帰るんですの? もっとデート……」
「今日はおしまい! 俺だって暇じゃねーんだよ。仕事したり、修行したり――」
とにかく、これ以上サービスするとこいつはどんどんエスカレートしそうだし、これぐらいにしておこう。
さっさと家に帰って、ラーメンの修行でもして……
「てんめー、喧嘩売ってんのか!」
怒鳴り声が聞こえた。先生の声だ。
俺とフォルナの足は自然と速まった。
すると、店の前に人だかりが出ているのが分かった。
人だかりをかきわけて店内を見ると、店の中にはカウンターに一人しか客が座っていなかった。
「何度も言ってんだろ。このクソみてーな熱気に、クソみてーな匂い、おまけにクソみたいに安っぽくて狭い店だと言ったんだ」
「おうおうおう、こっちに非があるなら謝罪するが、ワリーがこの店とこの料理はこれがスタンダードなんだよ」
先生と言い合っている謎の男。
紫色のマントに、エルファーシア王国のエンブレム。
オレンジ色の長髪を後ろで束ねた、少し小柄な男。
目につくのは、カウンターに立てかけている、髑髏マークの装飾が施された仰々しい槍が目を引く。
カミさんがオロオロして泣きそうだ。アラサーのくせにどうかとも思うが、可愛いので許す。
問題なのは、口の悪い謎の男。
「ん? おい、フォルナ…………俺、あいつ、見覚えがあるんだが」
「奇遇ですわね、ヴェルト。ワタクシも見覚えがありましてよ」
俺たちがジッと見つめる中、先生と謎の男の言い合いが続いた。
「さらに、許せねーのは、このオハーシとかいうクソみたいな棒は何だ? そして何より一番許せねえのは、この味だ。文句のつけようがねえぐらい、クソうまいじゃねえか」
「ああん? 若造が、飲食店でクソクソクソクソ文句たれやがって! しかも、クソうまいだ~? 俺のラーメンのどこがクソうまいのか言ってみ……ろ? ……あれ?」
「ふざけやがって。ガルリック? こんなもんをスープに入れて旨いはずねーのに、クソうまいじゃねえか! クソ癖になる」
「お、おお……」
ああ、このめんどくさいぐらい頭のおかしい男を俺たちは知っていた。
「ファルガ兄様!」
「ファルガ!」
フォルナと俺の言葉に、男が振り返る。
抜き身のナイフのように鋭い瞳で睨み付ける男は、やはり俺たちの思った通りの男だった。
「よう。愚妹。愚弟……二年ぶりか?」
その男こそ、フォルナの兄であり、二年の間この国を不在していたエルファーシア王国の王子でもある男だった。
「えっ、えっ? は? ひめさんのにいさま? え?」
フォルナの兄という事実を知った先生は、顔面蒼白させて固まっている。まあ、無理もない。このガラの悪い男が、実は王子だなんて誰が分かる。
「兄様。お、お久しぶりですわ。冒険者ギルドに所属してハンターになると言って国を飛び出されて、ずっと音信不通でしたのに、どうされたのです?」
「つーか、あんた国王と女王と喧嘩して家出したはずなのに、なにをヒョッコリ帰って来てんだよ!」
二年ぶり。それでも昔から人を見下して射殺するようなこの目は健在だ。
さっきの先生のやりとりのように、口の悪さも相変わらずだ。
「ふん、それより愚妹。結婚生活はどうだ?」
「………………………………はっ?」
……………………?
「ちっ、その様子じゃまだ結婚してねーのか。この愚弟が。俺がいねー間にちゃんと結婚しとけと言っただろうが。そうでもしねーかぎり、俺が王位を継ぐ話が復活しちまうって言ったのを忘れたのか? クソ夫婦が」
うん。この壊滅的に異常な思考回路も健在だ。
確か、こいつは二年前は十五だから、今は十七歳か? 朝倉リューマならタメか。
学校に居たら、ゼッテー友達になりたくねえ。
つか、何で俺がキレられてんだよ。
「ざけんなテメエ! 久々会ったと思ったら、メチャクチャ言いやがって! 常識で考えろ、バーカ!」
「ああ? バカはテメエだ。俺はさっさとテメエらが結婚してガキを産んで王位継げって昔から言ってるだろうが」
「十歳が、んなこと出来るわけねーだろうが! つうか、妹の貞操をもう少し大事に扱えよ!」
「貞操? この、クソ愚弟が。テメエ、ガキを作ってねえどころか、まぐわってもいねえのかよ」
「いねーにきまってんだろうが! あ~、もうやだ」
フォルナの実の兄である、ファルガ・エルファーシア。この国の正当な王位継承者だ。
だが、よくある家庭の事情で両親と喧嘩して家出した、どこにでもいる不良でもある。
大陸のどこかの冒険者ギルドに所属して、魔獣を倒したり、盗賊団を潰したり、巨大なドラゴンも倒したとかいう噂もチラホラ。
「兄様、公衆の面前ではしたないことを仰らないでください!」
そうだそうだ、言ってやれ、妹。
「ヴェルトとワタクシにはワタクシたちの順序があるのです。子作りはせめて、十五歳までお待ち下さい!」
「テメエもアホなこと言ってんじゃねえ! 兄と妹そろって、バカ度がレベルアップかコラ!」
もー、嫌だ。そうだ、この兄妹コンビは二人揃うといつも以上にめんどくさくなるんだった。
「んで、あんた、何でいきなり帰って来たんだよ? まさか、国王と仲直りでもすんのか? でも、女王様はいねーぞ? 北方の方に長期遠征中だ」
「仲直り? そんなわけねーだろ。俺がここに来たのは、あるクソ大物を追いかけて来ただけだ」
「大物~? おいおい、人類最強ハンターとか噂されるあんたが、何を…………」
「クソ勇者やクソ人類連合軍と戦っていたクソ七大魔王の『シャークリュウ』が、この国に向かっているそうだ」
………………What?
「は、はああああああああああああああああ?」
「に、兄様、それは本当ですの? シャークリュウといえば、この間、ボルバルディエ国を滅ぼした……」
「ああ。そのあと、クソ人類大連合軍やクソ勇者と交戦していたみたいだがな。だが、結局魔王の首は取れず、その行方を連合軍もずっと追いかけているらしいが」
魔王軍が、この国に向かっている? 何で? 勇者たちは何やってんだよ……って、マジかよ!
うわあ、案の定、今の言葉を聞いた野次馬が大騒ぎしている。
「国境の警備は既に強化している。今回ばかりはタイラーのクソ将軍も出張る予定だ」
さっきまで、穏やかで平和だったはずの俺の心が、ゾワゾワとし始めた。
ずっと無縁だと思っていた戦争が、俺のすぐそばで始まろうとしている?
「異形のやつらが……来るのか? この、国に……」
「ヴェルト……」
「けっ。愚弟が」
不意に、親父とおふくろを思い出してしまった。
すると、俺の頭を、ファルガが掴んでぐしゃぐしゃと乱暴に撫でてきやがった。
「いてっ、な、なにすんだよ!」
「愚弟。テメーが気張る必要ねえよ。国境の警備が固めてある以上、クソ化物共が王都には来ることはねえ」
乱暴にされてる頭が痛いので、それを剥がそうと思ったらファルガは手を止め、今度は打って変わったかのように優しく俺の頭をポンポンしてきた。
「それに……今は俺も居る。もう二度と……二度と同じことは繰り返させねえよ。相手が魔族だろうと、魔王だろうと……亜人だろうと……俺が命に代えても守ってやるよ」
俺は思わず舌打ちした。
ファルガは表情こそ変えないが、フォークを持っている手が力強く握られている。
「ファルガ、聞いたのか? 親父とおふくろのこと」
「さっき何があったか聞いた。クソ驚いた。俺も二人にはガキの頃から世話になったからな……」
ムカツクぐらい、ファルガの言葉が頼もしいと思った……
「俺がこの国にいる限りクソどもに二度と好き勝手させねえ。……だからもう、テメーが家族を失うことはねえ。覚えとけ」
相変わらず、口悪くて思考も残念な奴なのに、実はイイ奴なところも変わっていない。
「お、おい、ヴェルト。この兄ちゃんほんとに王子か? つか、実はイイ奴か?」
「ほんとに王子で実にイイ奴だ。まあ、口と目つきと、たまに思考が異常だけど、それさえ我慢すりゃーな」
しかしこのとき、俺も、そして誰も予想していなかった。
忍び寄る魔王に対して、俺が気張る必要など無かったはずなのに、ガッツリ気張ることになってしまうことを。
「別に。ちょいと、どこか遠くに居る人へ、感謝をな」
「どういうことですの?」
「なんでもねーよ。ほれ、リボンも買ったし、帰るぞ」
「あっ、まっ、待ちなさい! 普通はこの後、どこかでお茶とケーキをして、って、ちょっとお待ちなさい!」
少しサービスしすぎた。
子供とはいえ、あんまその気にさせるのも悪い気もするし、今日はこれぐらいに……
「お待ちなさいと言ってますわ! まだ、ワタクシからのお礼も……」
「いやいや、別に礼は―――」
「ちゅっ♡」
「……あっ……」
俺が振り返った瞬間、ほっぺたに小さくて柔らかくてくすぐったいものが……ようするに、追いかけてきたフォルナが俺の頬にチューしやがった。
「お、おま……」
「んふふふふ~、ヴェルト~」
いきなり、しかも公衆の面前で何を? しかし、フォルナは気にせず満面の笑みで俺の腕に抱き着いてくる。
そして、そんな俺たちの周囲は……
「あらあら、姫さまったら~」
「うふふ、かわい~」
「ヴェルトもすっかり元気になったみたいだし、良かったな」
「ああ、やっぱこの二人が一緒にいるの見ないと、俺たちも調子でねーからな」
もんのすごい、街の皆が俺たちをクスクス微笑ましそうに温かい眼差しを向けてきやがる。
まぁ、子供同士。しかもホッペだしセーフだよな?
「はぁ……ほら、もう帰るぞ」
「んふふ~、照れますの?」
「照れてねーよ」
「照れてますわ~♪」
サービスしすぎどころじゃなかった。完全に調子に乗ってしまった。
そういや、おふくろも言ってたな。
――恋する女の子は男の子よりずっと早く大人になるのよ?
あの言葉が身に染みた。
今度からはもうちょい色々と気を付けた方がいいかもしれねぇな。
「でも、ヴェルト、本当に帰るんですの? もっとデート……」
「今日はおしまい! 俺だって暇じゃねーんだよ。仕事したり、修行したり――」
とにかく、これ以上サービスするとこいつはどんどんエスカレートしそうだし、これぐらいにしておこう。
さっさと家に帰って、ラーメンの修行でもして……
「てんめー、喧嘩売ってんのか!」
怒鳴り声が聞こえた。先生の声だ。
俺とフォルナの足は自然と速まった。
すると、店の前に人だかりが出ているのが分かった。
人だかりをかきわけて店内を見ると、店の中にはカウンターに一人しか客が座っていなかった。
「何度も言ってんだろ。このクソみてーな熱気に、クソみてーな匂い、おまけにクソみたいに安っぽくて狭い店だと言ったんだ」
「おうおうおう、こっちに非があるなら謝罪するが、ワリーがこの店とこの料理はこれがスタンダードなんだよ」
先生と言い合っている謎の男。
紫色のマントに、エルファーシア王国のエンブレム。
オレンジ色の長髪を後ろで束ねた、少し小柄な男。
目につくのは、カウンターに立てかけている、髑髏マークの装飾が施された仰々しい槍が目を引く。
カミさんがオロオロして泣きそうだ。アラサーのくせにどうかとも思うが、可愛いので許す。
問題なのは、口の悪い謎の男。
「ん? おい、フォルナ…………俺、あいつ、見覚えがあるんだが」
「奇遇ですわね、ヴェルト。ワタクシも見覚えがありましてよ」
俺たちがジッと見つめる中、先生と謎の男の言い合いが続いた。
「さらに、許せねーのは、このオハーシとかいうクソみたいな棒は何だ? そして何より一番許せねえのは、この味だ。文句のつけようがねえぐらい、クソうまいじゃねえか」
「ああん? 若造が、飲食店でクソクソクソクソ文句たれやがって! しかも、クソうまいだ~? 俺のラーメンのどこがクソうまいのか言ってみ……ろ? ……あれ?」
「ふざけやがって。ガルリック? こんなもんをスープに入れて旨いはずねーのに、クソうまいじゃねえか! クソ癖になる」
「お、おお……」
ああ、このめんどくさいぐらい頭のおかしい男を俺たちは知っていた。
「ファルガ兄様!」
「ファルガ!」
フォルナと俺の言葉に、男が振り返る。
抜き身のナイフのように鋭い瞳で睨み付ける男は、やはり俺たちの思った通りの男だった。
「よう。愚妹。愚弟……二年ぶりか?」
その男こそ、フォルナの兄であり、二年の間この国を不在していたエルファーシア王国の王子でもある男だった。
「えっ、えっ? は? ひめさんのにいさま? え?」
フォルナの兄という事実を知った先生は、顔面蒼白させて固まっている。まあ、無理もない。このガラの悪い男が、実は王子だなんて誰が分かる。
「兄様。お、お久しぶりですわ。冒険者ギルドに所属してハンターになると言って国を飛び出されて、ずっと音信不通でしたのに、どうされたのです?」
「つーか、あんた国王と女王と喧嘩して家出したはずなのに、なにをヒョッコリ帰って来てんだよ!」
二年ぶり。それでも昔から人を見下して射殺するようなこの目は健在だ。
さっきの先生のやりとりのように、口の悪さも相変わらずだ。
「ふん、それより愚妹。結婚生活はどうだ?」
「………………………………はっ?」
……………………?
「ちっ、その様子じゃまだ結婚してねーのか。この愚弟が。俺がいねー間にちゃんと結婚しとけと言っただろうが。そうでもしねーかぎり、俺が王位を継ぐ話が復活しちまうって言ったのを忘れたのか? クソ夫婦が」
うん。この壊滅的に異常な思考回路も健在だ。
確か、こいつは二年前は十五だから、今は十七歳か? 朝倉リューマならタメか。
学校に居たら、ゼッテー友達になりたくねえ。
つか、何で俺がキレられてんだよ。
「ざけんなテメエ! 久々会ったと思ったら、メチャクチャ言いやがって! 常識で考えろ、バーカ!」
「ああ? バカはテメエだ。俺はさっさとテメエらが結婚してガキを産んで王位継げって昔から言ってるだろうが」
「十歳が、んなこと出来るわけねーだろうが! つうか、妹の貞操をもう少し大事に扱えよ!」
「貞操? この、クソ愚弟が。テメエ、ガキを作ってねえどころか、まぐわってもいねえのかよ」
「いねーにきまってんだろうが! あ~、もうやだ」
フォルナの実の兄である、ファルガ・エルファーシア。この国の正当な王位継承者だ。
だが、よくある家庭の事情で両親と喧嘩して家出した、どこにでもいる不良でもある。
大陸のどこかの冒険者ギルドに所属して、魔獣を倒したり、盗賊団を潰したり、巨大なドラゴンも倒したとかいう噂もチラホラ。
「兄様、公衆の面前ではしたないことを仰らないでください!」
そうだそうだ、言ってやれ、妹。
「ヴェルトとワタクシにはワタクシたちの順序があるのです。子作りはせめて、十五歳までお待ち下さい!」
「テメエもアホなこと言ってんじゃねえ! 兄と妹そろって、バカ度がレベルアップかコラ!」
もー、嫌だ。そうだ、この兄妹コンビは二人揃うといつも以上にめんどくさくなるんだった。
「んで、あんた、何でいきなり帰って来たんだよ? まさか、国王と仲直りでもすんのか? でも、女王様はいねーぞ? 北方の方に長期遠征中だ」
「仲直り? そんなわけねーだろ。俺がここに来たのは、あるクソ大物を追いかけて来ただけだ」
「大物~? おいおい、人類最強ハンターとか噂されるあんたが、何を…………」
「クソ勇者やクソ人類連合軍と戦っていたクソ七大魔王の『シャークリュウ』が、この国に向かっているそうだ」
………………What?
「は、はああああああああああああああああ?」
「に、兄様、それは本当ですの? シャークリュウといえば、この間、ボルバルディエ国を滅ぼした……」
「ああ。そのあと、クソ人類大連合軍やクソ勇者と交戦していたみたいだがな。だが、結局魔王の首は取れず、その行方を連合軍もずっと追いかけているらしいが」
魔王軍が、この国に向かっている? 何で? 勇者たちは何やってんだよ……って、マジかよ!
うわあ、案の定、今の言葉を聞いた野次馬が大騒ぎしている。
「国境の警備は既に強化している。今回ばかりはタイラーのクソ将軍も出張る予定だ」
さっきまで、穏やかで平和だったはずの俺の心が、ゾワゾワとし始めた。
ずっと無縁だと思っていた戦争が、俺のすぐそばで始まろうとしている?
「異形のやつらが……来るのか? この、国に……」
「ヴェルト……」
「けっ。愚弟が」
不意に、親父とおふくろを思い出してしまった。
すると、俺の頭を、ファルガが掴んでぐしゃぐしゃと乱暴に撫でてきやがった。
「いてっ、な、なにすんだよ!」
「愚弟。テメーが気張る必要ねえよ。国境の警備が固めてある以上、クソ化物共が王都には来ることはねえ」
乱暴にされてる頭が痛いので、それを剥がそうと思ったらファルガは手を止め、今度は打って変わったかのように優しく俺の頭をポンポンしてきた。
「それに……今は俺も居る。もう二度と……二度と同じことは繰り返させねえよ。相手が魔族だろうと、魔王だろうと……亜人だろうと……俺が命に代えても守ってやるよ」
俺は思わず舌打ちした。
ファルガは表情こそ変えないが、フォークを持っている手が力強く握られている。
「ファルガ、聞いたのか? 親父とおふくろのこと」
「さっき何があったか聞いた。クソ驚いた。俺も二人にはガキの頃から世話になったからな……」
ムカツクぐらい、ファルガの言葉が頼もしいと思った……
「俺がこの国にいる限りクソどもに二度と好き勝手させねえ。……だからもう、テメーが家族を失うことはねえ。覚えとけ」
相変わらず、口悪くて思考も残念な奴なのに、実はイイ奴なところも変わっていない。
「お、おい、ヴェルト。この兄ちゃんほんとに王子か? つか、実はイイ奴か?」
「ほんとに王子で実にイイ奴だ。まあ、口と目つきと、たまに思考が異常だけど、それさえ我慢すりゃーな」
しかしこのとき、俺も、そして誰も予想していなかった。
忍び寄る魔王に対して、俺が気張る必要など無かったはずなのに、ガッツリ気張ることになってしまうことを。
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