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第一章

第17話 覚悟の一杯

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 俺が学校をやめた次の日、担任は店に来てカウンターに座って泣いた。

「うぇええええええん、どうして~、どうしてやめちゃうのよ、ヴェルトくん!」
「だーかーら、俺が本当にできることが何かってことに気づいたからだよ」
「だからって、何の相談もしないで勝手にやめることはないじゃない! これじゃあ、私、天国のアルナに顔向けできないよ~」
「いいよ。おふくろには、センせーは色々気にかけてくれてるって報告しとくからよ」

 いや、勝手ではない。ちゃんと正式に退学届けは出したし、入学を手伝ってくれた国王には伝言を頼んだ。忙しそうだったから、会えなかったし、了承はもらってないが。

「ヴェルウトオオオオオオオ!」

 聞き慣れた怒号。まあ、来るとは思っていたが。

「あなたは何を考えていますの! 勝手に退学するなんて、あなたはなんてオバカなの? 児童学校も卒業しないで、あなたは将来どうするつもり?」 

 フォルナだ。なんか、最近こいつは俺の母親なんじゃないかと思うぐらい将来を語り出すが、正直俺の意志は変わらない。

「フォルナ。これはな、何も考えてなくてやめたわけんじゃない。俺は自分の将来を考えた末にやめたんだ」
「何を言ってますの! 基礎魔法すらまるで出来ないあなたが、どんな将来を考えたと言うんですの? そうやって厨房で椅子に座ってるだけではないですの!」

 カウンター越しで椅子に座っている俺に休む間もなく怒鳴るフォルナ。だが、フォルナはまだ気づかない。

「何を言ってるんだ、フォルナ。俺は仕事をしてるだろ?」
「はあ?」

 その証拠に、客が食べ終わった皿やグラスが宙を漂って炊事場まで移動している。

「これは……」
「どうだ、浮遊≪レビテーション≫だ。昨日の夜、皿を割りまくって先生には怒られたが、今ではこれぐらい上達したぞ?」
 
 自信満々に胸を張る。
 そう、俺はようやく覚えた浮遊の魔法をここまで成長させた。
 すると、どうだ? プルプルと震えたフォルナが……

「この大バカアアアアアアアアアア!」

 ブチ切れた。

「手で運んだ方が効率いいのに、なんて魔力の無駄遣いをしてますの? というか、たかが浮遊の魔法覚えたぐらいで学校やめるとか、何を考えていますの!」
「何言ってんだ。ちょっと前まで浮かすことすら出来なかったんだぞ? それが今では動かすことまでできる」
「そんなことこの世の誰もができますわ! でもそんな魔法、手を怪我したときや、一人で重たい物を運ぶぐらいにしか役に立ちませんわ!」 

 やっぱ怒られた。俺としてはかなり上達したと思っているんだが、まだ先は長そうだ。

「ねえ、ヴェルトくん。君はこのままこのお店で働くっていうの? でも、それならまだ学校をやめる必要もなかったんじゃない? 料理人に必要な技術魔法だって、まだまだいっぱいあるのよ?」
「確かにな。先生も料理人だが、何個か使えるしな」
「そうよ~、それなのに、こんなに早く学校をやめてどうするの? 将来やりたいことが決まったのなら、その将来に役立つ魔法だって学べるのが学校なのよ?」

 そうだろう。確かに、普通ならそう思うはずだ。だが、俺の考えは真逆だった。

「そうじゃねーのさ。俺は、これ以上の魔法を覚えないために学校をやめた。言い換えれば自分で退路をたったのさ」
「えっ、えええ? って、あなた、生涯を浮遊≪レビテーション≫の魔法だけで生きていくっていうの?」
「この、いい加減になさい、ヴェルト! さすがにワタクシも我慢の限界でしてよ?」

 やばい。特にフォルナは今すぐにでも暴れ出して俺をぶっ飛ばしそうだ。
 まあ、端から見れば小学生が足し算を覚えたのを満足して中退しているようなもんだからな。
 だが、俺もただの思いつきでやめたわけじゃない。

「フォルナ。俺はな、考え方や捉え方が違うかもしれないが、俺なりにちゃんと考えている」
「何よ、急にまじめな顔をして」
「俺だって親父とおふくろのことがあって、何も考えなかったわけじゃない。学校をやめるなんて、人にはただのバカな考えに見えるかもしれねえが、俺はこれで変わりたいと思っている。その成果が出るのは先になるかもしれねーが、ここは一つ、信じて見守ってくれねーかな?」
「………………」

 最近気づいたことがあるが、フォルナはウザイ時もあるが、十歳のくせに俺のことを本気で思ってくれている。
 だからこそ、俺の真剣さが伝わったなら、俺を信じてくれる。

「う~~~~~、後で泣きついても知りませんわ」

 こいつは、将来本当に良い女になるんだろうな。そして立派な王女になる。その頃には俺は見捨てられてると思うが。

「うううう、分かった。先生もつらいけど、少し様子を見ることにします。でも、絶対に何かあったら相談してね? いーい?」
「ああ、分かったよ、センせー」

 ここまで心配してくれている二人の女を裏切るわけにはいかないな。
 しかし、あの事件があって以来、俺は本当に変わってきたのかもしれない。
 朝倉リューマの時は、体育祭や文化祭など、神乃をはじめ、なれなれしくなったクラスメートたちに活躍を期待されて、面倒だと思ったけど悪い気はしなかった。裏切りたくないと思っていた。
 ヴェルト・ジーハとして生まれてから、すっかりその気持ちを忘れてしまっていたが、今ようやく思い出せた気がした。

「大声だしたら、お腹がすきましたわ。コッテリをお願いしますわ」
「ああ? 今、休憩中だって表に書いてただろ? 先生も今はいねーし」
「そこに作っているのが見えますわ」
「これは俺の試作品だ。お前らに食わせるもんじゃねえ」

 厨房で俺が密かに小さい鍋で煮込んでいたスープを指さすフォルナ。担任も驚いている。


「うそ、ヴェルトくんの作った料理?」

「こいつはな、先生からの条件なんだよ。学校やめることを先生に相談したら、店の雑用だけじゃなくメシも作れるようになれってな。言うなれば、これは俺の覚悟の証でもあるんだよ」

「だーかーら、どうして担任の私には相談しないのよ~! もう、怒った。それちょーだい!」

「だーかーら、言ってんじゃん。こいつは俺の覚悟の証。まずは先生に食わせて、俺の覚悟を分かってもらうための代物だ。センセーやフォルナに先に食わせるわけにはいかないもんなんだよ」

「いいから、食べさせなさい! 今の私はセンセーじゃなくて、お客さんです! お客さんはお腹が空いています! さあ、ちょうだい!」

「ぐっ、ゼータクな客共め。わーったよ、そんなに言うなら食らいやがれ!」


 想いを込め、茹でた麺の水を切る。食をそそる真っ白い豚骨スープをすくい上げ、麺と合わせる。
 ハッキリ言って朝倉リューマの時から料理はしたことないが、魔法よりは現実的だ。
 俺は人生初めての二人の客に自信作を出した。

「そういえば、ヴェルトの作ったものを食べるのは初めてですわね」
「そうですね。お手並み拝見です」

 フォルナは箸で、センセーはフォークで俺の作ったラーメンに口を付ける。
 そして、ソッコーで、

「ぶふうううううう」
「ま、まっずうううううう!」

 吐き出されてしまった。

「って、何だそのベタベタなリアクションは! 俺の至高の一品を!」
「ベタベタのグチャグチャなのはこの料理ですわ! 全然スープと具材が絡んでませんし、具材も茹ですぎですわ!」
「そもそも、ヴェルトくん、味見したの?」
「なにい?」

 スプーンですくってスープを飲む。

「うっ、確かにまずい。やっぱ先生に食わせなくて良かったかもしれねー」
「ヴェルト、あなたのやりたいことが毒使いだというなら、許しませんからね」
「……というより、ヴェルトくんの覚悟……信用できないかも……」

 覚悟は決まった。しかし、道のりは長かった。
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