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第一章

第16話 学園編の始まり……と見せて、終わり

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 俺は自分がこれだけ弱いとは思わなかった。だから、単純に強くなろうと思った。
 ただ、この世界では喧嘩の強さなど何の基準にもならない。だからといって、才能のない俺が魔法や剣などを手当たり次第に手を出して強くなれる気がしなかった。それは既にこの十年で証明されているからだ。
 必要なのは自分だけの何か。それを手にする事ができなければ、俺はいつの日か三度目の後悔をする。

「ぬおおおおおおおお」
「やった、浮いたわよ、ヴェルトくん! ようやく壺が浮いたわ!」

 教壇の前でクラス中の注目を集める中、同級生の誰もができる呪文をできたことに、クラス中から拍手喝采が起きた。
 だが、こんなのは恥さらしもいいところだ。同じ歳のガキどもは既に何歩も先まで進んでいる。

「さて、これでクラス全員が合格……まあ、ヴェルトくんは色々と基礎魔法の補修が残っているけど、今日から皆さんにはそれぞれの属性に合った魔法の習得に励んでもらいます」

 クラスの大半が喜びの笑顔を見せる中、俺だけは憂鬱だった。ハッキリ言って、今の浮遊魔法でいっぱいいっぱいだ。これ以上の魔法を習得するのは厳しすぎる。

「さて、ではおさらいですけど、誰かこの世界の魔法の代表的な八つの属性を答えてくれないかな?」

 担任の優しい質問に、クラスのほとんどが勢いよく手を上げる。子供でも知ってて当然の質問。指されたシャウトが自信満々に回答する。

「代表的なものは八つです。火、土、雷、風、水、闇、光、無、以上です」
「はい、その通りです。浮遊などの『技術魔法』とは別に、多少の例外はありますが、通常は一人一つの属性が備わっており、備わっている属性の魔法を極めることが、魔法の道の一人前と呼ばれています」

 この世には、『技術魔法』と『属性魔法』というのが存在する。
技術魔法とは、俺が苦戦している浮遊の魔法、念話や拘束の魔法など、その数は百を超える。
 しかし、その技術魔法とは別に存在するのが属性魔法。簡単に言えば、火や雷や風などを操ったり生み出したりして、攻撃したりコントロールしたりする魔法。
 魔法使いの定番。この属性魔法をいかに極めることができるかで、魔法使いとしての真価が問われる。だからこそ、誰もが習えることに胸を躍らせている。

「シャウトくん、君は既に自分の属性を把握して、いくつか属性魔法を使えるわね?」
「ええ、もちろんです」
「では、試しに実践してもらえないかな? めいっぱい、加減してね」

 シャウトが前に出て、手を掲げる。その瞬間、密室の室内で柔らかい風が吹いた。

「ウインド」

 威力はない。いや、そうコントロールしているのだろう。前髪が揺れる程度の弱い力。
 しかし、それこそがシャウトの属性。

「シャウトくんは風。もっともシャウトくんは水の属性やそれを発展させた氷の属性も使えます。みなさんも、今月中にそれぞれの属性を見極めて、自分の属性の魔法を複数発表してもらいます」

 無理だ。できる気がしない。ちなみに、シャウトが本気をだしたら人間の大人ぐらい簡単に吹き飛ぶ威力らしいが、今の俺は壺を浮かせる程度の魔法しかできない。
 正直な話、魔法使いとしての分岐点はこの属性魔法だ。
 ある程度の魔法の力がある奴は武器と魔法のコンビネーションで戦う魔法戦士タイプ。
 属性魔法や魔法技術に長けたものは魔法使いタイプ。これは、食いブチに困らないようだ。
 戦士の力を極め、魔法使い並に魔法に長けた天才タイプは勇者や英雄と呼ばれる。 
 それ以外の魔法が全然ダメな奴はそれ以外の職に就く。今の俺はこの道が濃厚。
 つまり、凡人になるか英雄になるかはこの属性魔法によって決まるのだ。

「ちなみに、今有名な少年勇者のように、全ての属性を扱うことができる稀有な例も存在します。ひょっとしたら、皆さんも英雄になれるかもしれませんので、マジメに取り組んでくださいね」

 どこのチートだよそれは。
 ちなみに、俺の属性は、土だった。農民の息子だということもあるが、とりあえずはチートのようなことは無いのでガッカリした。

「土ね~、どうせなら、火とか雷とかの方がカッケーし、強そうだからそっちが良かったな」

 自分の属性が分かってつまらなそうにつぶやく俺に、担任がクスクスと笑いながら地が寄ってきた。

「あら? 人間の世界は大地があってこそ存在するのよ? 土の属性とは、正に人間そのものを表している、とても素敵な属性じゃない」

 担任はすごい優しそうに言ってるが、多分全部の属性にそういう褒め言葉を考えてるんだろうな。属性だけは選べないから、他にもガッカリする奴は居そうだし。

「くっそー、僕は無属性がよかったな~。一番強そうでカッコイイのに」
「何言ってるの、火属性は男らしくてかっこいいじゃない」
「だって、無属性なら重力魔法とかすごい魔法を使えるんだよ? 俺、そういうのが良かった」

 おお、中二病か? あっ、十歳だった。てか、俺も同レベルか。まあ、無とか闇とか光はかなりレアな属性らしいから、どうやらこのクラスには居ないようだ。
 いや、フォルナは雷属性と光属性と無属性の魔法を使える天才とか神童だったっけ?

「あははは、バーカ。仮にお前が無属性だったとしても、重力魔法使えるわけねーじゃん。あれは、魔法のなかでも最高級難度の魔法なんだぞ?」
「う、うるさいな、ちょっと憧れてたんだよ。何年か前、魔道具屋のじーさんが、重力魔法で魔物を倒していて、すごいかっこよかったんだよ」

 何? あの、ジジイはそんなにすごいやつだったのか? 人は見かけによらない。
 しかし、素直に驚いた。重力魔法は文字通り物を重くすることができる魔法で、詳しい重さまでは把握していないが、十倍、百倍、すごければ千倍などの重力で相手を押しつぶすという、反則極まりない魔法だ。
 俺には無縁なようで、ある意味俺に一番必要な魔法でもあった。

「そうだよな。もし、あの時、警棒にもっと威力があれば……」

 破壊力を生み出すのは、パワーとスピードと重量。しかし、この十歳の体ではそれもたかが知れている。鍛えればパワーとスピードは多少つけられるが、重量だけはどうしようもないからだ。

「へっ、くだらね。馬鹿か俺は。浮遊をようやくできるような奴が……」

 俺はこの時、自分で言って、ある下らない疑問が思い浮かんだ。

「なあ、ちょっと質問あるんだけど」
「えっ? ヴェルトくんがシツモン! ……ううう、アルナ、あなたの息子はこんなに立派になったわ」
「いや、泣くほどかよ。そうじゃなくて、くだらねー質問なんだけど、浮遊魔法と重力魔法ってどう違うんだ?」
「……はっ?」
「だって、重力魔法って、物や人を重くするんだろ? 浮遊魔法は物を軽くしてんじゃねーか。効果は逆だけど、重量を操るって点では同じだろ?」

 担任は、そしてクラスの連中は皆ポカンとしている。
 だが、徐々にクスクスと声が漏れ、気づけばクラスが大爆笑していた。

「あははははは、ヴェルト、君は何を言ってるんだい」
「ひー、あ~、お腹痛い、真顔でそんなこと言ってるんだもん」
「ヴェルトくん頭ワルーい。フォルナちゃん、将来は大変だね」

 何だ? 俺の質問はそんなにバカだったのか? 担任も顔を隠しながら笑いを堪えていた。何だか急に恥ずかしくなった。

「ふふふ、ごめんね、ヴェルトくん。その質問の答えなんだけどね、ヴェルトくんは勘違いしているわ」
「な、な、えっ?」
「浮遊の魔法は、物を浮かせるだけで、軽くしているわけじゃないのよ」
「えっ、でも浮いてんじゃん! それって、重さがなくなったからじゃないのかよ?」
「いいえ。まず、重力魔法は実際に重くする魔法。例えば、先生が持っているこの教本を百倍の重さにしてあなたを叩いたら、百倍の重量分の威力があなたに伝わるわ。でもね、逆に浮遊魔法でこの本を浮かせて、浮かせた本であなたを叩いても、ちゃんと本の重量分の威力はある。浮いている本を持っても重さは感じないけど、実際は重さは存在している。そういうことなのよ」
 
 担任の説明を聞いていて、俺は、自分の質問がそんなにおかしなものだったとは思えなかった。だってそうだろう? 
 今の説明を聞いていて何故思わない? お前ら、何考えてんだ? それとも、俺がおかしいのか? 
 浮遊魔法って、スゲーぞ! 
 これは、使えるぞ。これで悩みの大半が消えるかもしれない。

「センセイよ~」
「どうしたの? ヴェルトくん」
「俺……すげーやる気が出てきた。がんばるよ」
「ヴェルトくん! そう、そのイキよ! あ~、ヴェルトくんがようやく私の指導を理解してくれたわ」
 
 そう、やる気が出てきた。


 だから、俺は学校をやめることにした。
 退学届けをチョロっと書いて提出して、俺は学校を後にした。


 次の日には、担任が泣きながら、そして、ブチ切れたフォルナがトンコトゥラメーン屋に怒鳴り込んできたが、俺の決意は変わらなかった。
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