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第一章

第7話 才能無ければ努力しろ

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 ハッキリ言って、ヴェルト・ジーハに目立った才能はない。
 先生もこの世界で生活している以上、小学生の算数レベルの魔法なら使えるらしいが、俺はまだ何も使えない。
 別に使えなくてもいいと思っていた。
 だが、今のこのご時勢に世界へ飛び出すのだとしたら、最低限の身を守るうえでの力は必要になる。
 この国の平和度はかなりの特別であり、地方に出れば盗賊や人攫い。人間の領土を越えれば、人間を襲う魔獣の類や、異種族がゾロゾロいるからだ。
 そしてなにより、今この世界は異なる種族同士で各地に別れて争いを続けている。
 そう思って心を入れ替えて、魔法学校の授業をマジメに受けたが、結果は散々だった。


「だー、よくわかんねーよ。元から漫画やファンタジーに詳しかったわけじゃねえが、なんだ? 魔力とは自然界の生命エネルギーの源でとか、魔法の種類とか多すぎるし、なんか詠唱の言葉も難しくてめんどくさいし」

「ははは、確かにな。お前は朝倉リューマの時の記憶があるぶん、返って面倒なのかもな。逆に俺がお前ぐらいの時は、あまり先入観無くできたからな」


 今では俺の日課になっている。学校帰りには先生の店に来て、ラーメン食ってだべっている。
 俺が来る時間帯は昼時でも晩飯時でもない中途半端な時間なために周りにも客は少なく気兼ねなく話が出きる。
 まあ、最近では俺が晩飯を家で食わなくなったってことで、おふくろが拗ねているわけだが。

「先生、なんかこー、ドバーって簡単に出来て便利な魔法とかねえの?」
「そんなもんあればとっくに覚えてるし、料理人にそんなこと聞くか? それこそ、お前の嫁に教えてもらえよ。天才って噂だろ?」
「あのガキに頭下げるのはなんか嫌なんだよ。俺が頼みごとすると、スゲー嬉しそうに優越感に浸りながら見返り求めるから」
「がはははは。しっかし、あの朝倉リューマが異世界のお姫様とイチャイチャとは、すごい展開だな」
「よしてくれ。どうせ、あと数年したら向こうから見限ってくるよ」

 だが、フォルナが天才というのは本当だった。日常生活に必要な魔法から職人が使う技術魔法。さらには攻撃する魔法まで数多く修得しているそうだ。
 言ってみれば護衛がいらないぐらいの戦闘能力があるのだ。

「なあ、ちなみに先生はどうゆう魔法が使えるんだ?」
「ん? そうだな~、たとえば食器を浮かせて運んだり、料理する程度の火を出したりとか、大したもんじゃねえ。道具や人手があれば簡単に出来る程度のことだ」
「だよな~。今から頑張って、そんなの覚えても旅の役に立つとも思えねえ。やっぱ、こー、生き残るための戦闘技術みたいなの? ねえかな」
「いっそのこと、剣や槍でも覚えるか?」
「いや、俺はヒカリ物は嫌いでな。なんかこー、不良にあるまじきって気がしてよ」

 喧嘩で武器を使うことは否定しない。だが、俺は刃物は嫌いだった。

「それに、剣も槍も一朝一夕じゃ身につかねえ。俺はもっと、楽な手段で力が欲しいんだよ」

 まあ、そんな方法があれば誰でもやってるわけだけどな。
 すると、

「なあ、朝倉。お前、俺のラーメンと元の世界のラーメンを食べ比べて、どう思った?」
「はっ? 充分ウメーけど、いきなりなんだよ?」
「いいから、純粋に比べてみろ! 前の人生で一番うまかったラーメン屋と」
「あ、ああ? ま、まあ、素材が違うからな~、朝倉リューマの時に食った人生で一番うまいラーメンは、確か池袋の店だったかな? でも、それがどうした?」

 意味が分からず聞くと、先生は包丁を持ってギラリとした目つきで俺を睨んだ。

「メルマの人生を歩み、俺は魔法や戦闘の才能がなく、十六からレストランで下積みを積み重ねてきた。皿洗いから始まり、料理を任されるまで何年もかかり、そこから小早川の記憶を取り戻してラーメンの修行を初めて十年。それでもまだまだ俺は味の追求をやめない」
「お、おお」
「覚えておけよ。どの世界でも一朝一夕なんかで得られるものはねえってことをよ」

 痛いところをつかれた。何事にも半端な不良には、一番キツイ言葉だ。

「不良に努力は似合わねえ」
「死んで生まれ変わったら心も入れ替えろ!」
「よく言うだろ。バカは死んでも治らねえって」
「十歳のガキが生意気言ってんじゃねえ」

 そんな時、店の扉が勢いよく開いた。

「失礼しますわ!」

 振り返るとそこには、明らかに怒った表情をした金髪ロールのガキが立っていた。

「こいつァ、姫さん。らっしゃい。それとも、あさく……ヴェルトに用事かい?」
「よう。ここ数日、会ってなかったけど、急にどうした?」

 先生と再会してから、俺はずっとここに入り浸っていたから、ここ数日は会っていなかった。
 俺の通っている魔法学校もこいつは通っていない。既に学ぶものは何もないからだ。
 だが、放課後はいつも校門で俺を待ち伏せしたり、家に押しかけたりしていたので、毎日のようにフォルナと会っていたが、ここ数日は違った。
 すると、フォルナはドカドカと店内に入り、乱暴に俺の隣の椅子に座り、カッと目を見開いて先生に向かって叫ぶ。

「トンコトゥラメーン、味はコッテリでお願いしますわ!」

 俺たちは一瞬、ポカンとした。ちなみに、この店での『替玉』や『コッテリ』という単語は、俺が使うようになってから、一部の常連客も使い出した単語だ。
 一瞬ポカンとしたが、先生もハッとしてすぐに麺を茹で始める。
 そして……

「あいよ、豚骨コッテリお待ち!」 

 コッテリしたギトギトのスープ。高貴なお嬢様には不釣合いなラーメンが目の前に来た瞬間、フォルナは一緒に来たフォークをどかして、丸筒に入っている箸を手にとって、ラーメンを啜り始めた。

「なっ、姫様!」
「お、おおお」

 顔を真っ赤にしながら、フォルナはやけくそのようにラーメンをズルズルと音を立てて吸う。

「なんですの? これは、こうやって音を立てて食べるのが通なのでしょう?」
「あ、ああ、そうだが」
「何か文句がありまして?」
「いや、ねえけど……」
「ッ、マスター! ガルリックをいただけます?」
「なにい! ひ、姫さん、それがどういうものか分かってんですかい?」
「ええ、滋養強壮に効く食材でしょう?」

 ガルリックとはこの世界の香辛料の一つ。病気の予防や栄養もあり健康にも良い食材の一種だ。しかし、難点は匂いがキツく、ガルリックを食べた人間の口臭や体臭は、慣れない人間には相当キツイ。
 だが、どうしてそれをラーメンに入れるのかと言うと、ガルリックとは俺たちの世界で言うニンニクの代用品なのである。これも、先生が十年の修行で見つけだしたものだった。
 それをフォルナが注文するなど耳を疑った。
 だが、フォルナはすり潰したガルリックをスープの中に入れて掻き混ぜ、再びラーメンを勢いよく食べ始めた。
 その光景を眺めていて、俺はあることに気づいた。

「フォルナ、お前」
「なんですの?」
「箸、使えるようになったのか?」

 未だに常連の中にも箸を使える者は居ない。この店で箸を使って食べるのは俺だけだ。
 だが、フォルナは多少ぎこちないながらも、フォークを使わずに食べている。

「……練習しましたの」
「えっ?」
「ワタクシが、ヴェルトが使えるものを使えないなどありえませんわ! 城で特訓していましたのよ!」

 ずっと不機嫌そうだったフォルナがドヤ顔を見せた。どうやら、ずっとそれを言いたかったようだ。
 しかし、驚いた。正しい箸の使い方など、日本の子供でも中々覚えられないもの。それを、たった数日でマスターするなど、やっぱこのガキは天才ってことなのかもしれない。
 すると、そんな俺を見透かしたかのように、フォルナに見えない角度から、先生が俺の頭を小突いた。

「な、なにすんだよ」

 意味がわからない俺に、先生は呆れたように、小声で呟いた。

「姫様はいっぱい練習したんだろ。よく見ろよ、姫様の指」

 今、気づいた。よく手を繋いでいたが、小さく白いスベスベの指に、タコが出来ていた。

「ほんとだ。たかが箸ごときでプライドの高いやつ」
「バカ。どう考えても、お前に構って欲しいからだろ」
「はあ? 何で俺に構って欲しくて箸なんだよ」
「いいか? お前はこの間からずっとここに来て、姫様の相手をしてやってねえだろ? だから姫様は練習したんだよ。箸でラーメン食えるようになったら、お前も褒めてくれるかもしれねえし、一緒に食おうって誘ってくれるかもしれないからな」

 考えてみれば、ガルリックまで入れる必要はない。ただ、俺が入れているから、自分もそうしようと思っているんだろう。
 なんか、気づいた瞬間、照れくさくなった。

「……マジで?」
「子供子供と言ってやるな。健気で可愛い子じゃないか。分かってやれよ」

 ただ、それと同時に、無性に眩しく見えた。
 俺は生まれ変わっても、楽なことばかり考えて努力しようとしなかった。
 だが、フォルナは自分の意思で努力を続けて、それを実らせている。
 十歳のマセガキ。しかし、そのガキは精神年齢が十七歳の俺よりもずっと立派だった。

「フォルナ。お前、偉いな。んで、結構可愛いじゃん」
「ほ? へっ?」

 思わず頭を撫でてやった。それだけで、頭から煙り出してフラフラになりやがった。
 面白いやつ。何だか、結構こいつのことが気に入った。
 そして俺も、負けてらんねーなと思わせてくれた。

「なあ、先生。時間が空いたら一緒に武器屋に行ってくれね?」 
「武器屋? 道が見えたか?」
「なんも。ただ、もう一度真剣に見つけてみるよ。でも、十三歳以下は武器屋に入れねえから、一緒に来てくれ」
「なんつーか、元不良生徒と武器屋に行く元教師ってどう思う?」
「安心しな。日本の法律じゃあ、誰も俺たちを裁けねえ。それだけはこの世界で唯一気に入ってる点だ」

 やる気にさせてくれたフォルナに、今日ばかりは感謝した。
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