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第一章
第4話 ふるさと見つけた
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さっさと用事を済ませて帰ろう。
「それより、お使いだ。えっと、確かこの変だよな。あっ、ここだ……うっ!」
「ヴェルト、どうかなさい、うっ! な、なんですの、この鼻につく匂いは」
店を見つけた。普通の酒場やレストランと外観は大差ない。
問題は、この匂い。そして、店の中から漏れる熱風のようなもの。
「ちょっ、ここ、本当に飲食店ですの? あまり気分の良い匂いではありませんが」
確かに鼻につく。だが、俺はフォルナと真逆のことを感じた。
非常に食欲をそそる匂いだった。
いや、それだけではなく、どこか懐かしさを感じるものがあった。
「入ってみるか」
「うう、仕方ありませんわね。でも、あら? さすがに開店したばかりだと、興味本位で客は居るようですわね」
店内は満席状態だった。エプロン姿の店員が慌ただしく走り回っている。
「へい、らっしゃーい!」
豪快な声が聞こえた。それは、店のカウンターの奥に居る一人の男から発せられた。
油まみれの真っ白い服に身を包み、手ぬぐいを頭に巻いて、勢いよく手を上下にふって何かの水を切っている。
「おっし、六番の席に二丁」
「はい、六番の席にトンコトゥラメーンを二つですね」
「バカ野郎! 前から言ってるだろ! 発音が違う!」
「ひいい、しかし、マスター。その発音難しいですよ。お客さんもみんなそう言ってるし」
男はこの店の店主。小柄だが強面で、その力強い声は店内によく響き、座っている客たちもみなビクビクしている。
「マスター、あの、またフォークにしてくれって客が……」
「マスター、こっちもです。この『オハーシ』というものじゃ食べられないそうです」
俺は、ヴェルト・ジーハに生まれ変わってから、今日が一番の衝撃を受けた。
他国が魔族によって滅ぼされたことすら、俺にとっては小さいことだった。
全身がガタガタと震え上がった。
「坊やとお嬢ちゃん、二人? って、君はジーハさんのところの。それに姫様も! ひょっとしてお母さんのお使いですか? っていうか、相変わらず仲良しですね」
店員の一人。若い女で、何度か街ですれ違ったことがある顔見知りだ。
「ええ、おばさまに頼まれていた小麦粉ですわ。あなたはお手伝いですか?」
「はい。ここのお店を建てたのが大工をやっている私の父でして、その関係でしばらくお手伝いをすることに。お給金も出ますので」
「大変そうですわね」
「そうなんですよ、こんなに大変とは思いませんでしたよ~。それに、マスターって怖くて」
「確かに、随分と騒々しい料理人ですわね。他国の方かしら?」
「みたいですよ。確か、東の方で修行をされていたとか」
俺には、二人の会話は半分しか聞けなかった。
それほど、今の俺は動揺している。
「ミルファ、いつまでくっちゃべってる! お客さんが待ってんだぞ! スープが冷めちまったらどうすんだよ!」
「ひいいい、す、すいません、マスター。でも、ほら、ジーハさんの坊やが……小麦粉を!」
「なに? おっ、坊主たちがもってきてくれたのか。お母さんたちの手伝いか? 偉いぞ」
マスターは油でベタベタになった手で豪快に俺の頭をクシャクシャになでる。
流石にフォルナは嫌がって、俺の背後に隠れた。
「ごちそうさまでした」
「ありがとうございましたー、またのご来店をお待ちしてます!」
席を立った客に大きな声で深々と頭を下げるマスターは、すぐにテキパキと空いた皿を片づける。
そして振り返り、ニッと笑みを浮かべる。
「おい、坊主、嬢ちゃん、お礼だ。おっちゃんの奢りだ。食ってきな」
丁度席が二つ空いたので、お礼に食って行けと言うマスター。
「お礼ですって、どうします? って、ヴェルト? ヴェルト? 聞いてます?」
「……………」
フォルナは正直戸惑っているが、ちゃんと一礼して、イスに座る。人の厚意を無碍にしないあたりは子供とはいえ立派なものだ。
だが、俺は何も言えず、何もできず、ただへたり込むようにイスに座った。
「あの、この小さな棒はなんですの?」
「ああ、そいつは『お箸』って言って、食べるための道具さ。本当は、そいつで摘んで豪快に食うのが一番うまいんだけどな」
「オハーシ? 聞いたことありませんけど、うっ、うまく、持てませんわ。こ、これで食べるんですの?」
「ははは、フォークを出してやるよ。いつか慣れたら食ってみるといい。ほれ」
俺とフォルナの目の前に、お椀が二つ差し出された。
お椀の中にあったのは、いっぱいに注がれたスープと細長い糸のようなものが束になって沈んでおり、スープの上には肉がトッピングされている。
「確かに、見たことありませんわね。ヴェルト、あなたの分のフォークですわ」
俺は、フォークを受け取らなかった。テーブルの上の丸筒から短い棒を二本取り、トンコトゥラメーンを食べた。
下品だと思われようと、ズルズルと音を立てて吸い込んだ。
「ヴェルト、あなたオハーシをどうして使え……って、お行儀が悪いですわ! そんなにズルズルと音を立てて食べるなんて!」
構わなかった。俺の口も手も止まらなかった。
「うっ、うううううう」
「は、ヴェルト? ちょっ、あなた、何で泣いてますの?」
涙も止まらなかった。
思い出す。朝倉リューマがガキの頃から食べていた。
学校帰りに悪友たちと寄り道していた。
体育祭で、学祭で、クラスメートの奴らと打ち上げで食いもしたっけ?
「ぼ、坊……主」
気づけば、マスターも呆然として俺の前に立ちつくしていた。
「うまい、うまいよ、本当にうまいよ、おっちゃん」
おいしかった。そして何よりも嬉しかった。
俺は、もう二度とコレを食うことはないと思っていた。
誰も、俺の知っているものを知らないと思っていた。
でも違った。
だから、俺は確かめる意味も込めて聞いてみた。
「なあ、おっちゃん」
朝倉リューマの記憶はそもそも俺の勝手な妄想のようなものとすら思い始めていた。
でも、違った。
あるのかないのか分からず、ただ悶々と考えていた俺の故郷はこんなところにあった。
俺の記憶が妄想ではなく真実だと、こんな形で証明された。
朝倉リューマも、リューマの居た世界も、そして神乃美奈も、確かに存在していたんだ。
「お、おお」
嗚咽と鼻水を懸命に堪えながら、俺はこの世界の誰もが分からないであろう言葉を告げた。
「おっちゃん、替玉ってできる?」
「ッ!」
今日はこれで店じまいになった。
とても店を続けられるような状況じゃなくなったからだ。
マスターは膝から崩れ落ちて大粒の涙を流した。
「それより、お使いだ。えっと、確かこの変だよな。あっ、ここだ……うっ!」
「ヴェルト、どうかなさい、うっ! な、なんですの、この鼻につく匂いは」
店を見つけた。普通の酒場やレストランと外観は大差ない。
問題は、この匂い。そして、店の中から漏れる熱風のようなもの。
「ちょっ、ここ、本当に飲食店ですの? あまり気分の良い匂いではありませんが」
確かに鼻につく。だが、俺はフォルナと真逆のことを感じた。
非常に食欲をそそる匂いだった。
いや、それだけではなく、どこか懐かしさを感じるものがあった。
「入ってみるか」
「うう、仕方ありませんわね。でも、あら? さすがに開店したばかりだと、興味本位で客は居るようですわね」
店内は満席状態だった。エプロン姿の店員が慌ただしく走り回っている。
「へい、らっしゃーい!」
豪快な声が聞こえた。それは、店のカウンターの奥に居る一人の男から発せられた。
油まみれの真っ白い服に身を包み、手ぬぐいを頭に巻いて、勢いよく手を上下にふって何かの水を切っている。
「おっし、六番の席に二丁」
「はい、六番の席にトンコトゥラメーンを二つですね」
「バカ野郎! 前から言ってるだろ! 発音が違う!」
「ひいい、しかし、マスター。その発音難しいですよ。お客さんもみんなそう言ってるし」
男はこの店の店主。小柄だが強面で、その力強い声は店内によく響き、座っている客たちもみなビクビクしている。
「マスター、あの、またフォークにしてくれって客が……」
「マスター、こっちもです。この『オハーシ』というものじゃ食べられないそうです」
俺は、ヴェルト・ジーハに生まれ変わってから、今日が一番の衝撃を受けた。
他国が魔族によって滅ぼされたことすら、俺にとっては小さいことだった。
全身がガタガタと震え上がった。
「坊やとお嬢ちゃん、二人? って、君はジーハさんのところの。それに姫様も! ひょっとしてお母さんのお使いですか? っていうか、相変わらず仲良しですね」
店員の一人。若い女で、何度か街ですれ違ったことがある顔見知りだ。
「ええ、おばさまに頼まれていた小麦粉ですわ。あなたはお手伝いですか?」
「はい。ここのお店を建てたのが大工をやっている私の父でして、その関係でしばらくお手伝いをすることに。お給金も出ますので」
「大変そうですわね」
「そうなんですよ、こんなに大変とは思いませんでしたよ~。それに、マスターって怖くて」
「確かに、随分と騒々しい料理人ですわね。他国の方かしら?」
「みたいですよ。確か、東の方で修行をされていたとか」
俺には、二人の会話は半分しか聞けなかった。
それほど、今の俺は動揺している。
「ミルファ、いつまでくっちゃべってる! お客さんが待ってんだぞ! スープが冷めちまったらどうすんだよ!」
「ひいいい、す、すいません、マスター。でも、ほら、ジーハさんの坊やが……小麦粉を!」
「なに? おっ、坊主たちがもってきてくれたのか。お母さんたちの手伝いか? 偉いぞ」
マスターは油でベタベタになった手で豪快に俺の頭をクシャクシャになでる。
流石にフォルナは嫌がって、俺の背後に隠れた。
「ごちそうさまでした」
「ありがとうございましたー、またのご来店をお待ちしてます!」
席を立った客に大きな声で深々と頭を下げるマスターは、すぐにテキパキと空いた皿を片づける。
そして振り返り、ニッと笑みを浮かべる。
「おい、坊主、嬢ちゃん、お礼だ。おっちゃんの奢りだ。食ってきな」
丁度席が二つ空いたので、お礼に食って行けと言うマスター。
「お礼ですって、どうします? って、ヴェルト? ヴェルト? 聞いてます?」
「……………」
フォルナは正直戸惑っているが、ちゃんと一礼して、イスに座る。人の厚意を無碍にしないあたりは子供とはいえ立派なものだ。
だが、俺は何も言えず、何もできず、ただへたり込むようにイスに座った。
「あの、この小さな棒はなんですの?」
「ああ、そいつは『お箸』って言って、食べるための道具さ。本当は、そいつで摘んで豪快に食うのが一番うまいんだけどな」
「オハーシ? 聞いたことありませんけど、うっ、うまく、持てませんわ。こ、これで食べるんですの?」
「ははは、フォークを出してやるよ。いつか慣れたら食ってみるといい。ほれ」
俺とフォルナの目の前に、お椀が二つ差し出された。
お椀の中にあったのは、いっぱいに注がれたスープと細長い糸のようなものが束になって沈んでおり、スープの上には肉がトッピングされている。
「確かに、見たことありませんわね。ヴェルト、あなたの分のフォークですわ」
俺は、フォークを受け取らなかった。テーブルの上の丸筒から短い棒を二本取り、トンコトゥラメーンを食べた。
下品だと思われようと、ズルズルと音を立てて吸い込んだ。
「ヴェルト、あなたオハーシをどうして使え……って、お行儀が悪いですわ! そんなにズルズルと音を立てて食べるなんて!」
構わなかった。俺の口も手も止まらなかった。
「うっ、うううううう」
「は、ヴェルト? ちょっ、あなた、何で泣いてますの?」
涙も止まらなかった。
思い出す。朝倉リューマがガキの頃から食べていた。
学校帰りに悪友たちと寄り道していた。
体育祭で、学祭で、クラスメートの奴らと打ち上げで食いもしたっけ?
「ぼ、坊……主」
気づけば、マスターも呆然として俺の前に立ちつくしていた。
「うまい、うまいよ、本当にうまいよ、おっちゃん」
おいしかった。そして何よりも嬉しかった。
俺は、もう二度とコレを食うことはないと思っていた。
誰も、俺の知っているものを知らないと思っていた。
でも違った。
だから、俺は確かめる意味も込めて聞いてみた。
「なあ、おっちゃん」
朝倉リューマの記憶はそもそも俺の勝手な妄想のようなものとすら思い始めていた。
でも、違った。
あるのかないのか分からず、ただ悶々と考えていた俺の故郷はこんなところにあった。
俺の記憶が妄想ではなく真実だと、こんな形で証明された。
朝倉リューマも、リューマの居た世界も、そして神乃美奈も、確かに存在していたんだ。
「お、おお」
嗚咽と鼻水を懸命に堪えながら、俺はこの世界の誰もが分からないであろう言葉を告げた。
「おっちゃん、替玉ってできる?」
「ッ!」
今日はこれで店じまいになった。
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