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第一章

第2話 うるさい姫っ子もタメ歳

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「お邪魔しますわ!」


 突如、家の扉がノックの直後に開けられた。
 木造だから、下手したら壊れるぞ? しかし、入ってきた者は何一つ気にしない。

「聞きましたわ、ヴェルト! あなた、昨日の実践テストを台無しにしたそうですわね! 言い訳があるなら、言ってみなさい!」

 俺は心底ため息が出た。
 金髪ロングで左右をクルクルにさせたお嬢様カット。黒地のワンピースのような格好に赤いマントとエメラルドに輝くブローチ。
 顔は可愛らしいが、人をとことん見下したような強い態度を出すのは、僅か十歳の子供。
 まあ、今では俺と同じ歳だが。

「おや、フォルナ姫、いらっしゃい」
「こんにちは、姫様。今、丁度昼食にしようとしていたの。一緒にいかが? 今日は、コンソームスープを作ってるの」

 まるで当たり前の用に出迎える両親は、普通に持てなそうとする。
 すると、ガキは……フォルナは俺を睨んでいた顔を途端に笑顔にさせた。

「あ、おばさま、いただきますわ」
「あと、ガルバ護衛隊長さんもいかがですか?」
「これはアルナ殿、かたじけない」

 そして、何故か外から顔を出す、赤い鎧に身を包んだ筋肉粒々の巨漢の男が笑顔で頷いた。
 めんどくさいのが来た。

「それよりも、ヴェルト。聞きましたわ、昨日のこと。あれほどワタクシと魔法の特訓をしようとお誘いしたのに断り続け、その結果がこれなのかしら?」
「うるせーなー、いいんだよ、俺は魔法なんてできなくて。興味もねえ」
「ふざけないで! たとえ将来、畑を耕す仕事についても最低限の魔法技術は必要になりますわ! せっかく、ワタクシが父上や校長にお願いしてあなたの入学を許可していただいたのに」
「ウザ」
「むー、ヴェルトのオバカ! 将来働かないつもり? 結婚してもワタクシにだけ働かせるつもり?」
「いや、何でお前が関係すんの?」
「あなた、ワタクシが居ないと誰とも結婚できないではないの! 人類として、子孫繁栄の義務を怠るなど許しませんわ」

 この国が平和。それを代表する事例がこれだ。
 そこそこ大きな国なのに、平民の家に一国の姫が普通に遊びに来ることだ。勿論、護衛はついてくるが。

「ワタクシの夫になるんですから、妥協はゆるしませんわ!」

 この、フォルナ・エルファーシアはこの王国の姫にして、俺と同じ歳の幼なじみ。
 五歳の頃、王都を勝手に抜け出して麦畑で迷子になっていたところを俺たち一家が保護して城へ送り届けたことをきっかけに、よくこの家に来たり、俺を連れ出したりするようになった。
 だが、昔からそうではあったが、朝倉リューマの記憶がよみがえったことでさらに、フォルナがただの生意気な小学生としか思えず、正直扱いに困った。

「ヴェルトくん。自分も最低限の魔法は身につけた方が良いと思うぞ? 君は同級生とよく喧嘩をして泣かせているが、やはり魔法や剣の技術を習得した相手と相対すれば、結果は明白だ」
「んで、あんたは護衛のくせに、何真っ先に人の家でメシ食ってるんだ?」
「こ、これは毒味を、あ、いや、アルナさんを疑っているわけではありませんよ! ただ、コンソームスープが自分も大好物で」

 普通、身分の高い相手は平民と関わることを嫌うと思っていた。
 だがこの世界の、少なくともこの国は違った。フォルナと関わるようになった俺は一部では有名になり、王都の兵士もすれ違えば気さくに挨拶するし、大臣や、そしてこの国の王すら平然と俺に城へ遊びに来いと言うぐらいだ。
 そんな幸せな世界と人生。だが、それでも俺は心の底から笑うことはできなかった。

「で、こいつらどうする?」
 
 気づけば、護衛隊長と親父の二人は昼から宴会を始めていた。


「おお、それは本当ですか?」

「いやー、そうなんだよ。ヴェルトは炎の属性魔法を発表すると言って、家からマッチと僕の秘蔵のお酒を無断で持ち出したんだよ。そして、本番で口の中に酒を含んで、火のついたマッチに一気にふきかけることによって、藁人形を燃やしたんだよ。いや~、魔力切れでフラフラになることはあっても、生徒が飲酒で倒れたのは初めてだって先生が泣きついてきてね」

「はっはっは、何とも豪快な。ヴェルトくんの武勇伝はいつも笑わせてくれますな」


 職務怠慢もいいところ。顔を真っ赤にしながら肴をつまんで馬鹿笑いする二人は、まるで親友のように見えた。

「バカ親父」
「バカ騎士ですわ」

 十歳の子供に呆れられる始末。ってか、この国は本当に大丈夫なのかよ。

「もう、パパもガルバ護衛隊長もこうなったら夜まで朝まで永遠に続くわね。困ったわね~」

 止める気なかったくせに、今になって困った顔をするおふくろも同罪だ。
 すると、おふくろは台所から、子供と同じぐらいの大きさの小麦粉袋を持ち出した。

「ねえ、ヴェルト。ちょっとお使いを頼まれてくれない?」
「えー、めんどくさ」
「お願いよ~。あのね、今度、王都で新しくレストランが開かれるようになったんだけど、そこのマスターに小麦粉を直送してくれって連絡が来たのよ」

 めんどくさい。子供の足で王都に行くと結構な距離がかかる。だが、どうにか断ろうとすると、後ろから頭を叩かれた。

「いい加減になさい、ヴェルト。男でしたら、それぐらいしなさい」
「こ、このガキ」
「何がガキですの! あなたの方が聞き分けのないガキですわ! というわけで、おばさま、二人で行って来ますわ。お店の名前教えてくださいませ」
「まあ、姫様、いつもいつもありがとうございます」
「いいえ。これもヴェルトがどうしようもないからですわ。ヴェルトにはワタクシがついていないとダメですわ」
「ふふふ、姫様がついていれば、ヴェルトも将来安泰ですね。では、お言葉に甘えてお願いしますね」

 勝手に話をすすめやがって。朝倉リューマの時から、お使いなんてしたこともないっていうのに。

「えっと、確か正門の近くで魔道具屋の隣にできて、お店の名前は『トンコトゥラメーン』っていう名前よ」
「……はっ?」

 意味の分からない名前だ。

「何料理だ?」
「それが、分からないのよ。ただ、聞いた話では誰も食べたこともない料理を出すって聞いたわ?」

 誰も食べたことのない? 何だか胡散臭い。
 正直、俺にとって料理だけが朝倉リューマの時から変わらないものだった。
 牛や豚や魚、野菜もある。ライスやパンも存在する。
 塩や砂糖も存在するため、食事だけが、今はなき世界を思い出せた。
 贅沢を言うなら、醤油や味噌とかあればもっと嬉しいが、作り方を知らない俺には無理な話だった。

「まあ、どんなもんか知らねーけど、分かったよ。パシリぐらいしてやるよ」
「おばさま、行ってきますわ。ガルバは後で誰かを迎えに来させますわ」

 それにしても、平民のおつかいに国の姫がついてくるとは、本当におかしな国だ。
 てか、襲われたらどーすんの? 護衛の意味ねーじゃん。まあ、襲う奴なんて探し出す方が難しいほど平和ボケした国なんだが。

 いや、それともこの世界がそういう文化なのか? 実際俺は朝倉リューマの記憶が戻ってから、色々なことが不思議に思えた。
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