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第十一話 思い出づくり

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 日本からの転移者、モブノくんが温泉宿の廊下で物凄いニヤけている。彼から僕らの姿は見えないけど、こっちは丸見えなのです。

「っし……初体験……ついに俺も! しかもハーレムだ! くぅ、やっべえよ興奮してきた! 全員俺の女だ!」

 今まで女性とお付き合いとか「そういう経験」とか無かった反動なのでしょうけど、もう今が幸せの絶頂のようですね。

「でも、惜しいなあ。今の俺の魅了とかのスキルがあれば、元の世界でもクラス……いや、学校中……テレビに出てるアイドルとかともヤレただろうし、ムカつく陽キャの奴らとか全然俺の相手にならずに見下せただろうなぁ……まっ、俺はこの異世界で楽しくやるからいっか」

 ごめんね。もうそのチートは全部没収されて君は元の世界に強制送還されちゃうんです。
 でも、うん……あれだけ幸せそうなら……

『やっぱり、この夜だけは見逃してあげましょうよ……御主神さま』
『は?』

 もう、僕はモブノ君が可哀想に思えてしまった。夢のような時間が終わって、彼は彼の現実に帰される。
 その時、彼がどう思うかと想像したら、今から女の子たちとイチャイチャするぐらい……
 しかし、御主神さまは溜息を吐かれ……

『やれやれ、マインよ。おぬしはどうも、あの転移者側に立っているが……これから抱かれる女たちの気持ちは考えておるか?』
『へ?』
『あやつはチート持ち……しかし、チート級に強いだけでは人間社会で簡単にハーレムを作れぬ。容易に造るには、それもまたチートが必要となる。結局、女を堕として自分に惚れさせるチートを持っておるのだ』
『そ、それは……』
『あ奴の場合、女が危機の時に助けたらそれだけで惚れられる……『吊り橋効果のニコポナデポ』で、もはや身も心もその男だけしか考えられなくなる』

 そう、これまでの世界でもそういうチートを見てきました。
 女の子が助けられ、男がニコっと微笑んで頭を撫でるだけで「お嫁さんに」、「あなたは私のマスターです」、「生涯あなた様に―――」みたいなこと。
 でも、アレはチートの一種であり、本物ではないのです。

『つまり、女たちはチートで男に抱かれる……それが本心ではなかった場合……実はあの転移者に純粋に惚れていなかった場合……全てを知った後の女たちはどうなる?』
『うっ……』

 御主神さまの仰ることも分ります。確かに、この世界の女の子たちが、ただのチートの餌食になるというのも……でも……

『はぁ~……ならば、こうしよう。優しい我がマインよ』
『はい?』
『今からあの男のチートを奪う。そうなれば、あの男はもう何のチートも持たぬ本来の奴自身となる。その状態で、今晩だけ時間を与えてやる』
『それって……』
『そうだ。チートが解けた後……それでも女たちが奴に惚れており、体も許すようになれば、それは紛れもなく本物であろう。それならば慈悲も神として与えねばな』
『御主神さま!』

 確かにこれならば何も問題ない。 
 与えられたバランスを壊すチートではなく、本来の彼で居てもらえば……今までの彼らの日々がただのチートで作られたものではなく、真に心が結ばれていれば……


『んじゃ、まずはチート回収!』

「ん? う、うわ、何だ? この光……ち、力が抜けて……」

『これで良しと。さぁ、見せてもらおうではないか』


 うん。僕にも見せてください。
与えられたチートではない、君たちの『本物』の愛を……
 


 ……本物……



 本物ってなんだろう……
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