最愛の幼馴染みと親友に裏切られた俺を救ってくれたのはもう一人の幼馴染みだった

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新しい日常

第19話:お願い

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「――負けて落ち込むウサギさんの肩をポンッと叩いて、カメさんは言いました。『いっぱい運動したらお腹減りましたねぇ。一緒にお昼ご飯を食べましょう。ここ、美味しそうな草が一杯生えてますよ』。そう言って、カメさんはウサギさんの横に座って、ムシャムシャと草を食べ始めました。

 初めは食欲のなかったウサギさんでしたが、美味しそうに草を食べるカメさんを見ているとお腹が空いてきて、一緒に草をムシャムシャ食べました。

『美味しいね、カメさん』『美味しいですね、ウサギさん』『カメさん、のろまだって馬鹿にしてごめんね』『こちらこそ、ごめんなさい。負けたくなくて起こさなかったんです』。
 草を食べながらたくさんお話をして、お腹いっぱいになる頃には、二人はとっても仲良しになりましたとさ。めでたし、めでたし!」

『おしまい』という文字と、夕焼けをバックに爆睡するカメを背負って歩くウサギが描かれている最後の板が現れると、子供たちの間から始まりよりも大きな拍手が沸き起こる。

 その中で「子供たちのために自らお芝居をされるジゼル様、尊い……次回の会合ではメインの話題として取り上げなければ……」などと、悶えながらブツブツつぶやくロゼッタがいたが、なんだか触れてはいけないような気がしてスルーすることにした。
 奇行に走るロゼッタは脇に置き、ひとまず好感触だったことに安心しつつ、芝居がかった動作で一礼する。

「ご清聴ありがとうございましたーってな。どやった? 面白かった?」
「うん! おもしろかったー!」

「かてそうにないカメさんがかっちゃって、びっくりした!」
「ウサギさん、さいしょはイヤなやつだなっておもったけど、ちゃんとあやまれてえらかったとおもう!」
「ケンカしたときはハラハラしたけど、さいごはなかよしになって、よかった!」

「……おいしそうにごはんたべてるのみたら、おなかへったー……」
「ホントだ! おなかペコペコ!」
「全然ブレへんな、ジブンら!?」

 いい感じの締めに入っていたのに、食欲魔人たちのお腹の虫がグーグー鳴り出したので、一気に空気が弛緩する。恐るべし、成長期。
 だが、ちょうどお昼時分なのでこうなることは折り込み済みだ。

「……まあええわ。そろそろお昼ができる頃やし、みんな手ぇ洗ってき!」
「やったー!」
「ごはんだー!」

 腹ペコちびっ子たちはシートの上から我先にと飛び出し、井戸水を汲み上げるポンプの前で待ち構える先生の前に並んで、ジャブジャブと手を洗う。
 孤児院の子だけでなく近所の子供たちも一緒だ。
 キャンプだとかオリエンテーリングだとかのように、楽しい時間とセットで美味しい時間も共有することで、もっと仲良くなれるはず。いわゆる“同じ釜の飯を食った仲間”というヤツだ。

 もちろん普段は遊びに来る外の子に食事は出ないし、ジゼルたちが来る時だけに限られるが、その特別感もいい思い出になればいいと思う。

 絵板芝居中に所用を済ませた母と合流し、ワイワイガヤガヤとピクニック風の食事を終え、家に帰る子もいればまだ残って遊ぶ子もいる、いつもよりにぎやかな孤児院の庭先を尻目に、食堂で顔を突き合わせる数人の大人がいた。
 去年のガーデンパーティー以来、ジゼルと縁を持った商人たちだ。
 貧民救済に理解のある者たちを募り、孤児を含めた子供たちの就職斡旋や、グリード地区の再開発のための意見交換などをするため、時々こうして集まってもらっている。

 今回は孤児院の補修のために彼らから援助をもらおうと、ジゼルが絵板芝居をしている間に、施設内を院長先生と母に案内してもらっていたのだ。
 昼食後にバトンタッチして、ロゼッタと共に子供たちの相手をしてくれている。

「丁寧に補修されてはいますが、随分老朽化が進んでいますね。早急に手を打った方がいいでしょう」
「王都は積雪が他よりマシだったので、去年の冬の大雪を乗り切れたんでしょうけど、同じことがあれば大変なことになりますね」
「補修するより、いっそ建て替えた方が安く上がるのでは?」

 実際にこの地区の現状を目の当たりにしてきた彼らは、孤児院の再建に関しても前向きに検討してくれている。
 元より慈善活動に精力的というのもあるが、資金に関しては結構余裕があることも大きい。自身の資産だけでなく、この計画が持ち上がってから何度か街頭募金を行い、思いのほか多数の市民から援助がもらえたのだ。

 ジゼルが赤い羽根募金の真似をして、カラフルな色に染めた鶏の羽根を紐で結んだだけの簡易なアクセサリーを募金してくれた人にプレゼントしたら、オマケ欲しさに人が集まってお金を落としていってくれた。
オモチャ同然の代物だが、アクセサリーに縁のない庶民には珍しく映ったのだろう。箱に小銭を一枚二枚入れるだけでいいというのも手伝って、予想以上の人出になった。

 製作者はグリード地区の主婦たちで、羽根は肉屋で出た廃棄物をもらい、紐は古着を細く裂いて編んだもので、人件費はともかく原価は正味ゼロ。
 一人一人の募金額は微々たるもので、海老で鯛を釣る、なんていうほどうまい話ではないが、集まれば結構な額になった。

 とはいえ、問題は金だけではない。

「ですが、その間子供たちの住む場所がなくなります。取り壊しから始めるなら、住める程度にするまででも二、三か月はかかりますし……」
「それに、自分が住んでいた家を壊されるというのは、大人でもショックを受けることです。子供ではもっと傷つくかもしれませんねぇ……」

 工事の前に仮設の母屋を庭に作り、しばらくはそこで生活してもらって、完成したら移り住んでもらうというのが一番妥当な案ではあるが……それでは費用が倍近くかかることになるし、慣れ親しんだ“我が家”が崩壊していくのを間近で見せるのは可哀想だ。
 近頃は子供たちのご近所付き合いの輪も広がったので、友達の家に預かってもらうという線も考えたのだが、一日二日ならともかく何か月もとなると無理な相談だろう。

 子供が一人増えるだけで家計や家事の負担が増え、その家族の生活を壊してしまいかねない。
 孤児のエンゲル係数分をこちらが援助すれば解決するように思えるが、子供を預かる家だけ金を渡すとなると、地域内で「あの家だけずるい」と不満が出る可能性があるし、知り合いを疑いたくはないが、その金を目的以外で使う者も出るかもしれない。

 金には魔力がある。特にあぶく銭は、善人を悪人に変えてしまう魔性の存在だ。
 まあ、全員顔見知りのような狭い地域コミュニティで下手なことをすれば、あっという間に悪評が広がって、牢にぶち込まれるより悲惨な目に遭うこともしばしばあるが、そのリスク感覚を麻痺させ狂気に走らせるのが、金の魔力というもの。
 その魔力に抗いつつ、時に取引を有利に運ぶため利用する商人たちは、よく心得ている。

 食堂の中に沈黙が落ち、話し合いは袋小路に入ったかと思われたが、

「……うーん。せやったら、ひとまずは現状維持の補強だけして、建て直しの先に違う施設を手ぇ付けた方がええかもしれませんね。ほら、公民館とかよろしいんやないですか? 家具を持ち込めば仮住まいにも使えますし、なんかあった時に頼れる場所があるっていうだけでも、住民の人らも安心できますし」

 ジゼルは考えすぎで寄った眉間のしわを指先で伸ばしつつ、行き詰った空気の中に一石を投じる。

 再開発計画の一環として、空き地に公民館を造る案が出されている。もちろんジゼルの発案だ。
 普段は地域住民の憩いの場に使いつつ、炊き出しやリサイクル品の譲渡会などの慈善活動の場として、職業斡旋や出張販売など外部と繋がる窓口として、非常時は家を失った住民らの避難場所としても使う予定の、汎用性の高い便利施設だ。

 大きな災害にも耐えられるよう、他の建造物より頑丈に作らないといけないので金も時間もかかるが、大雪の件で人命を守る施設の必要性は人々に浸透したし、孤児院の建て直し時にそこを生活拠点として利用すれば、仮住まいを建てるコストを抑えられる。

 出費そのものは結構痛いが、費用対効果は抜群だと言える。
 公民館建設予定地に新しい孤児院を造ることも考えたが、現在よりも敷地面積が減ってしまうので断念した。孤児はジゼルが最初に来た頃から見ても減少傾向にあるとはいえ、いつ起こるか分からない災害や疫病に備え、身寄りを失った子供たちの受け皿は大きい方がいい。
 ……ということをざっくり話すと、おおむね賛同を得られた。

「なるほど。ひとつ新しく大きな建物ができれば、再開発のシンボルにもなりますね」
「外からの支援提供の場を確立することで、全体的に生活水準の向上にも繋がるでしょうな」
「となると、雨期の間に資材調達の手はずを整えねばなりませんね」

 懸念がなくなれば、話がまとまるのも早い。
 細かい打ち合わせは後日ゆっくり行うことにして、商人たちに寄る会議はお開きとなった。
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