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新しい日常

第18話:ケジメ

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 文化祭が終わって一週間近くもすると、校内で燻っていた熱もだいぶ冷めていて、3年生は受験モードに完全に切り替わっていた。同じ大学を目指している俺たちにとってもそれは同様で、未だに4人で頻繁に勉強会を開いている。後夜祭での悟の告白が成功してからも、真面目に勉強していることは変わりなかった。
 しかし……。


「ちょっと悟さんと田貫さんや。距離感がちょっとバグっておりませんかね?」

「え? 何言ってるんだよ、優李! 普通に梢に勉強を教えてもらってるだけじゃんよ」

「そ、そうかな。今まで通りだと思うんだけど……。ね、ねぇ、奏ちゃんもそう思うでしょ?」

「うーん。私も距離感近いと思うなぁ。ちゃんと教えてはいたけど、参考書を一緒に見てるとき頭がほとんどくっ付いてたよ?」

「そ、そんなぁ~」


 この2人は距離感だけではなく、呼び名にも変化があった。今までは苗字で呼んでいたのに、今は下の名前で呼び合っている。田貫さんが下の名前で男のことを呼ぶ姿を見たことがなかったので、初めて悟と名前で呼んだときはちょっと吃驚してしまった。

 俺と奏は、そんな微笑ましい2人をからかうのが、最近一番の楽しみだ。だって、ちょっとからかうと、今のように2人してアワアワとするので、見ていて全然飽きないのだから当分はこのネタで楽しませて欲しい。

 2人が本気で嫌がっているなら、もちろんすぐにでも止めるのだが、アワアワした後に必ず2人で目を合わせて、幸せそうに笑い合うのだから満更ではないのだろう。そんな2人を見守っている奏も幸せそうに微笑んでいた。



 -



 家に帰り自室に入ると、俺は勉強机の椅子に座ってスマホのスリープを解除する。そして、RINEを開いて好ちゃんへメッセージを送った。


『夜分にごめんね。まだ起きてるかな?』

『全然大丈夫です! RINE嬉しいですー! どうしましたか?』


 俺からのRINEに、本気で喜んでいる好ちゃんの姿を思い浮かんでしまい、俺の心にチクリとした痛みを感じた。


『もし良かったら明日放課後一緒に帰らないかなって思ってさ』

『もちろん良いですよ! 優李先輩から誘ってくれるなんて珍しいですね!』

『いつも誘ってもらってばかりだったからね。じゃあ、明日は校門付近で待ち合わせね』

『はい、わかりました! 楽しみにしてますね』


 俺はスマホを閉じて、目の前の参考書に向き合うがどうしても集中することができずに、ベッドの上に寝転びそのまま眠ることにした。



 -



「お待たせ。早かったね」

「優李先輩と下校できるのが楽しみで、速攻で校門まで来たんですよ」


 好ちゃんは本当に楽しみにしてくれていたのだろう。今の俺には好ちゃんの笑顔が眩しすぎて、直視することができなかった。だから俺はちょっとだけ目線を逸らしてしまう。


「よし、じゃあ帰ろうか? あと良かったら、途中でクレープでも買って、公園で食べようよ」

「あっ、いいですね! 私生クリーム多くしてもらおうっと」


 俺たちは、文化祭のことや学校のことなど色々と話しながら一緒に下校をした。途中でクレープを買ったのだが、好ちゃんは生クリームをマシマシでオーダーをしたので、ボリュームが完全にヤバイことになっていた。


「こ、好ちゃん。それ本当に食べ切れるの?」

「こんなの余裕ですよ! JKの底力を甘く見てもらっては困ります」


 そういうと、本当にペロリとクレープを食べ切ってしまった好ちゃんを見て、「すみませんでした」と素直に謝ることしかできなかった。俺はまだ半分以上残っていたので、それを食べ終わるまで受験勉強のことや、大学に行ったら何をしたいのか色々と好ちゃんは聞いてきた。そして、俺が食べ終わると、好ちゃんは急に真剣な顔になって、俺の横顔を見てくる。


「優李先輩。私に言いたいことがあるんですよね」


 俺は驚いて好ちゃんの顔を見た。
 さっきまでの楽しそうだった顔ではなく、何かに怯えているような自信なさげな表情を浮かべている。


「先輩ごめんなさい。我慢できなくて私から言ってしまいました」

「いや、良いんだよ。けど、なんでそう思ったの?」

「だって、今までの先輩と全然違ったんですもん。どれだけ先輩のことを見て来たと思ってるんですか? クレープを食べること以上に甘く見てもらったら困りますよ」

「そっか……」


 この子には本当に敵わないな。
 賢いこの子のことだから、俺がこれから今から口にするであろう言葉も理解しているんだと思う。


「好ちゃん。俺は君とは付き合えない」


 俺がそう言うと、好ちゃんは顔を伏せてしまった。
 そして、再び顔を上げると、また俺の目を真っ直ぐ見つめながら「嫌です」と口にした。予想と違う返事に俺が困惑していると、好ちゃんが話を続けた。


「絶対に嫌です。先輩と付き合えないなんて考えられません。私は先輩のことが大好きなんです。先輩のことを愛しているんです。ずっと、ずっと大好きでした。先輩のことしか考えられないんです」

「ご、ごめん。それでも俺は君とは付き合うことができない」

「……それは奏先輩がいるからですか? 先輩は奏先輩のことが好きなんですか? 奏先輩と付き合いたいって思ってるんですか?」

「……あぁ。あぁ、そうだ。俺は奏のことが好きだ。だから好ちゃんと付き合うことができないんだ」

「奏先輩よりも私の方が先輩に尽くします。先輩に愛情を注ぎ続けます。だから、だからお願いします。私と付き合ってください」

「好ちゃんの気持ちは嬉しいよ。だけど、ごめん。俺は奏と付き合いたいんだ」


 好ちゃんは感情を剥き出しにした表情で、俺の顔を見つめてくる。その目は薄らと涙が溜まっているように見えた。
 しばらく俺のことを見つめていた好ちゃんだったが、不意に顔を真上に上げて固まってしまう。どれくらいそうしていただろう。その間俺は好ちゃんに声を掛けることができなかった。
 そして、再び顔を下げて俺のことを見てくる好ちゃんの表情は、いつもの明るい笑顔になっていた。


「あぁ~あ。優李先輩は優しいから、私がめちゃくちゃ我儘を言ったらOKしてくれると思ったんですけどね。やっぱりだめでした」


 好ちゃんの笑顔を見た俺は、今まで以上に胸が苦しくなってしまった。


「先輩。そんな顔しないでください。私は優李先輩のことを、苦しめたいなんて思ってないんです。大好きな先輩にはずっと笑顔でいて欲しいんです」


 余程酷い表情をしていたのだろう。好ちゃんが不安そうな表情を浮かべている。


「私はもう大丈夫です。私の気持ちは先輩に全て伝えました。先輩と付き合えなかったのは残念ですが、それでも私には後悔はありません。だって、先輩は私にしっかりと向き合ってくれたんですから。ちゃんと考えて答えを出してくれたんですから」

「ご、めん……。好ちゃん、ごめん」

「謝らないでください。私はいつまでも優李先輩の味方です。先輩、どうか幸せになってください」


 好ちゃんは涙を流さなかったのに、俺は号泣をしてしまった。
 情けない。俺は最後まで好ちゃんの優しさに甘えてしまった。


「好ちゃん。ありがとう……」

「はい、大丈夫ですよ。あっ、私もうちょっとこの公園にいるんで、もし良かったら先輩先に帰ってもらえますか?」

「あ、あぁ……。じゃあ行くよ。好ちゃん、本当にありがとう」

「こちらこそありがとうございました。気を付けて帰ってくださいね」


 そうしてベンチに座る好ちゃんを残して、俺は一人で家路に向かった。
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