葬送神器 ~クラスメイトから無能と呼ばれた俺が、母国を救う英雄になるまでの物語~

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第五章

050:敵の敵は敵

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 嚥獄に潜るのは、約1ヶ月後の7月最初の土曜日からに決まった。
 それまでに凛音はダンジョンプレイ用のドローンを改良したり、俺たちは結界石や大量のロックアップなどの備品を購入して準備を整えてくれている。

 とはいえ、俺たちは黒衣の霊扉があるので、ダンジョンでキャンプする必要はない。
 しかし、前回の合同調査でキャンプをして結構楽しめたので、嚥獄では極力ダンジョン内でキャンプしようという話になっている。
 それを聞いた凛音はとても羨ましそうにしていたので、一緒にダンジョン内を潜ることは出来ないが、キャンプは一緒にするかと誘ってみた。
 すると「本当に? うわぁ、嬉しいな! しぃくんありがとう! とても楽しみだよぉ!」と予想以上に喜んでくれたのだ。

 このように嚥獄に潜ることが、クランメンバーの楽しみになっている。
 その弊害として、日国に来る怪を倒してる最中も、怪の国へ行って奴隷になった人たちを救っている最中も不謹慎ではあるのだが、嚥獄のことばかりを考えてしまう。
 こんな感じで浮かれていると、いつか大きな失敗をしてしまう恐れがあるので、気を引き締めようとするのだがどこかで浮かれている自分がいることを自覚していた。

 だからバチが当たったのだろう。
 ぶっちゃけ俺は今ピンチを迎えていた。
 瀬那が怪の出現を予知してくれたので、約20分後に現れる怪を待ち伏せるために待機していたところを、大勢の滅怪に囲まれてしまったのだ。


「君が噂の黒くんか。どうも初めまして。別に喧嘩をしに来たわけじゃないんだけどさ、ちょっと俺たちの本部まで来てもらうことは出来ないかな? そこで素顔も見せてくれると嬉しいな」

「私とは2回目だな。あのときはまんまと逃げられたが、今日はそうはいかんぞ?」


 1人は見覚えがあった。
 前回俺が滅怪に遭遇したときに、話し掛けてきた隊長と思われる女性だ。
 そして、もう1人のフランクに話し掛けてくる男の方は今回初めてみる顔だった。

 2人ともかなりの実力者というのは対峙しているだけで伝わってくるし、それは周りを囲んでいる滅怪も同様だった。
 しかし、今の俺は目の前にいる2人のことなんてどうでも良く、たくさんいる滅怪の中にいた一人の女の子から目が離せなくなっていたのだ。


(な、なんであいつがここにいるんだ……)


 その女の子が持つ刀の刃は、薄らと青みがかっていてとても美しかった。
 そして、その持ち主も……。

 俺の目を奪っている女の子の正体は、中学まで身近にいてくれた唯一の人で、高校になってから疎遠になってしまった幼馴染の久遠美湖だったのだ。
 黒天モードの俺は、髪の毛がロン毛になっていて、顔を隠すためにバンダナを巻いているので、美湖が刀を向けている相手が俺だということは気付かれていないだろう。


(み、美湖が滅怪だったというのか? 子供の頃から中学までずっと一緒にいたんだぞ? それなのにあいつが怪と戦っていたなんて気付きもしなかった……)


 俺のことを見つめる美湖の目からは、戦っても絶対に負けないという意志の強さを感じる。
 そして、美湖の周りを良く見ると、真田万歌那や北条陽春、そして秋篠雄馬もいた。


(あいつら全員が滅怪の一員だったのかよ……)


 この4人が滅怪だったなら、高校入学してすぐに仲良かったのが納得だわ。
 だって、昔からの友人だったってことだもんな。
 俺はこの4人が、いや、正確に言うと秋篠と北条の2人が、美湖と昔からの友人だったことに苛々としてしまう。
 ……っていうか、友人どころかどちらかと付き合ってたとしたらそれこそピエロだな、俺は。


『詩庵様……。今はこの場を切り抜けることだけをお考えください』

『私もそう思うよ。詩庵複雑だろうけど、今は逃げることに集中して。怪だってこいつらが倒してくれるよ』


 俺は正直どうするか悩んでいる。
 恐らく今回滅怪に遭遇したのは、前回と違って間違いなく狙ったものだろう。
 そうなると、今後の俺たちの活動にもかなり影響してきてしまう。
 いつか滅怪と向き合う必要があるのは分かっている。
 しかし、この誘いに乗るには流石に拙い。
 それに今ここから離れてしまうと、これから現れる怪を倒す奴がいなくなってしまうのだ。


(さて、どうしたものか……)


 俺が周囲を見渡して一瞬思考するが、女性隊長の言葉で遮られてしまう。


「何か言ったらどうなんだ? ただ、お前には拒否権はない。私たちと同行してもらう」

「まぁまぁ。そんな頭ごなしに言ったらダメだよ、柚羽ちゃん。――だけど、こちらとしても一緒に来てもらいたいんだよね。君だって怪と戦っているんだ。俺たちと目的は一緒じゃないか。これを機に協力し合える関係になったら、お互いにとってメリットだと思うんだよね」


 男は柔和な笑顔でメリットを語ってくるが、はっきり言って滅怪と関わることで俺たちのメリットはほとんど感じられない。
 こっちには黒衣と瀬那がいるだけで、杜京に現れる怪に関してはほとんどを網羅できるんだから。
 正直にこれから怪がここに現れることを伝えるか悩んだが、滅怪に俺たちの秘密を開示してしまうことになるのでそれは避けたいところだ。
 だとしたら、先ほど瀬那が言ってた通り、これから現れる怪は滅怪に託して、俺はここから離れた方が良さそうだと結論を出した。


『今回も戦わずに逃げられそうか?』

『いえ、今回はかなり厳重に包囲されております。ある程度戦わない限り、無事に逃げることは出来ないでしょう』


 そうか。
 じゃあ、仕方がないな。
 黒衣からの回答を聞いて、滅怪と戦う覚悟を決めた俺は、刀身の刃を上にして所謂峰打ちをするように黒天を構える。


「貴様、どういうつもりだ?」


 イケメンから柚羽と呼ばれた女性が、構えを取った姿を見るなり鋭い眼光を向けてくる。


「お前たちと一緒に行くことは出来ない。だとしたらやることは一つだろ?」


 俺の言葉を聞いた滅怪は、全員が先ほど以上に霊装を高め始めた。
 イケメンは、「残念だよ。だけど、仕方がないね」と言いながら、刀を俺に向けて構えを取った。


「葬送霊器――――羽舞双殺はぶそうさつ

「葬送霊器――――落下葉消らくげようしょう


 彼らが葬送を唱えると、手にしている武器は形を変えて、先ほどよりも遥かに強い霊装の力を感じた。
 周りの滅怪も全員が葬送を唱え始める。
 その中でも一際霊装の力が上がったのが、美湖と真田さんだった。


「私は滅怪漆番隊隊長の丹羽柚羽だ。葬送を出したからには手加減は出来んぞ。最悪死ぬことになっても恨むなよ」

「俺は滅怪弐番隊隊長の秋篠夏樹だよ。本当は1対1で戦いたいところだけど、君は強そうだからね。俺たち2人で相手をさせてもらうよ」


 そう言うと、双剣を持った柚羽が一気に間合いを詰めてくる。
 そして、左右に持った刀を躊躇なく振り下ろしてきた。


(こいつ人間相手でも容赦なしかよ……)


 柚羽の剣筋には殺気が込められており、気を抜くと致命傷までは行かないまでも深手を負う可能性があるだろう。
 柚羽の剣筋は双剣を振るうたびに鋭くなってきて、出鼻を挫かれた俺は完全に後手に回ってしまった。


「凄いな、貴様は。私の剣をここまで防げる者は、滅怪にもあまりいないぞ!」


 この現代において、笑顔を浮かべながら人に双剣を振るう姿ははっきり言って常人ではない。
 この人を見ていると、ぶっちゃけ滅怪と一緒に行動したくないとますます思ってしまう。

 それにしても相手は殺す気できているのに、こちらは極力傷付けたくないという縛りはなかなかのハードモードだな。
 やはり、迷いがない分柚羽の方が太刀筋は鋭かった。


「柚羽! 少し間を取れ!」

「良いところだったのにな。仕方ない、ここは夏樹に譲るとするか」


 俺への打ち込みを辞めると、すぐさま後ろに飛んで俺との間合いを開けた。
 このまま打ち続けていれば良かったのに、ここで後ろに引く意味が分からない。


(これは誘いなのか?)


 相手の不可解な行動が逆に思考を妨げて、行動することを逡巡させてしまった。


「燃え盛る火の粉よ舞い落ちれ――――炎天紅葉えんてんくれは


 夏樹が何か言葉を紡ぐと、俺に向かって長剣を振り下ろしてくる。
 それを俺が受けようとすると、『避けてください、詩庵様!』と黒衣が大声で叫んできた。
 その言葉に反応してなんとか避けて、振り抜かれた先を見ると地面を刀が抉っていた。
 しかも、ただ抉れているだけではなく、コンクリートが熱でドロドロに溶けていた。


(は? 斬撃でコンクリが溶けるってどういうことだよ?)


 夏樹が放った技の威力を見て、まともに受けたときのことを考えたらゾッとしてしまう。


『これが、霊装を持つ人間の技でございます』

『なるほど、前に黒衣が言ってた必殺技ってやつか……』

『はい。――受けても致命傷にはなりませんが、傷は負ってしまったでしょう』


 なるほど。
 こんな隠し球があるなら、これ以上時間を掛けている場合じゃないな。
 この2人に対して、余裕をかましていたわけではないのだが、こちらはあまり傷付けたくないと思いながら戦うのはなかなか大変ではあった。
 相手はというと攻撃を避けられたのが想定外だったのか、2人の表情は先ほどよりも厳しいものになっていた。


「まさか、あの一撃を躱されるとはね。――認めるよ。君は強いね、黒くん」

「もう手加減はしない。覚悟しろ、黒よ!」


 再び柚羽が俺との間合いを詰めてくるが、さっきと同じようになるわけにはいかない。


「双剣が自分の専売特許だと思うなよ。――――来い! 白光!」


 俺が左手を突き出すと、そこに先ほどまでなかった、白く美しい刀が顕現した。
 それと同時に俺の腰元には、白光の鞘も顕現する。


「別々の霊器を2本同時に顕現させるだと!? しかも、なんだ? 半身が白くなっただと?」


 そう。
 黒天と白光を同時に顕現させると、刀の持ち手によってその半身の髪の毛や瞳、そして着ている着物の色が変化するのだ。


「こ、虚仮威こけおどしを!」


 柚羽は突然現れた白光に驚きつつも、双剣を振るう腕を止めることなく振り切ってきた。
 しかし、さっきまでと同じ展開になると思ったら大間違いだぞ。
 天下一刀流には、二刀流の型もあるのだ。

 柚羽の攻撃を黒天と白光を弾くように防ぐと、俺の後方に回った夏樹も刀を振るってくる。
 それらの斬撃を全て受け切ると、霊装を一気に高めて相手と距離を取った。
 2人をよく見ると、葬送で戦っているからなのか、肩で息をし始めている。
 それを見た俺は、この好機を逃さぬように、一気に畳み掛けることに決めた。


 ――しかし、そのときだった。
 周りにいる滅怪たちから、鈴の音が聞こえてきたのだ。
 それを耳にした滅怪は、全員が青褪めた表情を浮かべている。


『詩庵! そろそろ怪が来るよ!』


 俺は上空を見ると、空間の歪みを確認する。
 俺の動作に釣られるように、滅怪たちも上空を見て息を呑んだ。


『しかも、かなり等級の高い怪だと思われます! 恐らく2等級かと!』


 黒衣が2等級と告げたと同じくらいのタイミングで、滅怪の隊士からリィンと複数回鈴の音が聞こえた。


「こ、こんな時に2等級の怪が現れるとは……」

「黒! 貴様との決着は先延ばしにしてやる! 我々が怪と戦うのでお前は指を咥えて待っていろ!」


 空間の歪みから、徐々に怪が姿を現してくる。
 そして、身体全てを出すと周りを見渡し不敵な笑顔を浮かべるのだった。


「うわぁ! ご馳走がたくさんだ!」


 少女のような姿をした怪が、無邪気そうな笑顔で俺たちのことをご馳走呼ばわりしてくる。
 それにしても、やはり2等級だけあって、見た目が完全に人間と変わらなかった。


「ところでさ、質問があるんだけど教えてくれるかな? えっとぉ、怪の国で暴れ回ってる人間ってあなたたち?」
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