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第四章
040:クラン名
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瀬那のレベルが上がったその週の金曜日に、俺は凛音と一緒に下校をして俺の家に向かっていた。
別に疾しいことがあって連れ込もうとしているわけではない。
今日は『瀬那のレベルアップおめでとう&詩庵単独ダンジョン踏破おめでとうパーティー』が開催される日だったのだ。
ちなみに、このパーティーの発起人は凛音である。
家に戻ると、黒衣がリビングからパタパタと足音を立てて「お帰りなさいませ」と言って出迎えてくれる。
そして、遅れて瀬那も「お帰りなさい」と言ってくれる。
帰って来た時に、こうやって出迎えてくれるというのは、本当に幸せなことだなとしみじみと感じてしまう。
俺たちはリビングに入ると、目の前に大量のご馳走が並んでいた。
普段は黒衣たちは一緒に学校に行っているのだが、今日はパーティーの食事を作るために家でずっと準備をしてくれていたのだ。
「うわぁ! 凄いよ、黒衣ちゃんと瀬那ちゃん!」
凛音はそのご馳走を見ると、手を組んで目をキラキラとさせていた。
かく言う俺も、目の前に並んだご馳走に驚きと感謝で胸がいっぱいになった。
「本当に凄いな。黒衣、そして瀬那。本当にありがとうな」
彼女たちの目を見て正直な気持ちを伝えると、2人は少し照れたような仕草を取って「喜んでくれて嬉しいです」と口にした。
パーティーは盛り上がり、山ほどあったご馳走も綺麗になくなり、今はみんなでケーキを食べながら紅茶やコーヒーを飲んでゆったりとしている。
すると凛音が、「ハンターランクが上がったら私たちも、ダンジョンプレイで配信しない?」と提案をしてきた。
ダンジョンプレイとは、ハンターがダンジョンに潜る様子を配信する動画プラットフォームサービスのことだ。
ここで配信することで、広告収入を得られるのはもちろん、たくさんの方に認知を得られたり、スポンサー契約にまでつながる可能性もあるので、ある程度強いハンターは必ずと言っていいほど動画配信を行っていた。
動画配信をするメリットは感じていたのだが、俺たちには一点だけ懸念点があった。
それは、霊装を見られてしまう可能性があるということ。
不特定多数の人間に見られるということは、神魂が発動している人に見られてしまう可能性があるということなのだ。
そうなると、俺たちが霊装を纏って戦っていることがバレてしまう。
これは流石に避けたいところだったのだ。
そのことを指摘すると、「うーん。――多分大丈夫だからやってみる」と何が大丈夫なのか分からないが、凛音はそう言うとその一週間後に試作機第一号と称したドローンを渡してきたのだ。
「ちょっと今から怪の国に行って霊装ガンガン出して来てくれないかな?」
「あぁ、それは良いけど……このドローンは何なんだ?」
「このドローンで霊装出してるしぃくんを撮影して欲しいんだ。出来れば黒衣ちゃんと瀬那ちゃんもお願いね」
俺たちは凛音に言われるがまま怪の国に行き、それぞれのことをドローンで撮影をしてから家に戻ると、「早速見てみよう!」と言ってドローンとモニターを繋げて先ほどの映像を流す。
「あれ? 霊装見えなくない?」
「は、はい。私の目から見ても誰の霊装も映りません……」
「え? 何でなの、凛音ちゃん?」
俺たちがモニター越しで霊装が見えないことに驚いていると、凛音が「ふっふっふ」と不敵な笑いを零しながらドヤ顔をしている。
「実はこのドローンはね、霊装が映らない特殊なフィルターを入れてるんだ。前々から霊装自体のデータは取らせてもらってたしね。それを応用したんだよ」
「は? そんなこと出来るのか?」
「うん。アプレイザルが霊装を感知しているなら、解析することも出来るのではって思ったんだ。それで、今日その試作機第一弾を作ってみたって訳なの。結果は見事に成功だったみたいだったから嬉しいな!」
――り、凛音さん天才すぎませんか?
いつか凛音さんなら、オーラを可視化するアプリとかも開発しちゃいそう。
それをチップアプリストアで販売したら、めちゃくちゃ買われそうな気がするな……。
まぁ、それを開発しても今の俺たちには必要ないからやらないだろうけど。
こんな凄い子と一緒にクランを結成できたのって本当に恵まれてるな……。
「これで私たちもダンジョンプレイで配信できるよね?」
目をキラキラとさせながら、上目遣いで見つめてくる。
いや、断る理由ないでしょ。
こんな凄いドローンを開発してくれたんだよ?
これでやらないなんて選択肢あるわけがない。
「あぁ、凛音が作ってくれたドローンだったら、俺たちが霊装持ちだってバレる心配はないしな!」
「やったぁ!」
「低ランクだと見向きもされないし、Dランクくらいになったら配信するか?」
「うんうん。そうしようよ! 動画配信したら詩庵くんの強さを全国の人たちに知ってもらえるよ。特に、詩庵くんを馬鹿にしてるクラスメイトには見せつけてやりたいよね! ウフフフフ」
凛音が悪い顔をしながら、裏の目的を暴露しているが俺を思ってくれていることなので、素直に嬉しい気持ちになる。
俺だって、あいつらのことを見返してやりたいって思ってるしな!
黒衣に関しても「詩庵様の強さを天下に知らしめてやりましょう」と言っているし、問題はなさそうだが、ただ一人瀬那だけが若干浮かない顔をしている。
「――ダンジョンに潜ってる姿を配信されるのか……。ダンジョンで汚れた私の姿が……」
ダンジョンに入ると魔獣と戦うことになるし、いつでも綺麗な状態の自分を見せられるわけではない。
瀬那は多くの人にその姿を見られるのが嫌なのであろう。
「大丈夫だよ、瀬那ちゃん。だって瀬那ちゃん、霊獣と戦ってる姿とっても綺麗だよ。もう神々しくて、ひょっとしたら瀬那ちゃんは戦いの女神のアテネ様なのでは? って思っちゃうくらいだもん。ひょっとしたらファンクラブなんて出来ちゃうかもだし、モデルデビューとか女優デビューも夢じゃないよ!」
凛音が思いっきり瀬那のことを褒めちぎって持ち上げまくっている。
その言葉に瀬那も満更じゃなかったのか「えへへ。そうかな? 大丈夫かな?」とまんまと乗せられていた。
瀬那ってお姉さんみたいな立ち位置を目指してそうなんだけど、結構チョロイんだよな……。
けど、瀬那も乗り気になってくれたことだし、直近のハンター活動の目標も決まったな。
まずはDランクになって、動画配信をするっていうのを目指すぞ。
その後俺たちは、「Sランククランになったらどうするよ?」とか「本当に女優のスカウト来たらどうする?」などのくだらない話をしたのだが、それが何よりも楽しくて幸せな時間だった。
―
瀬那のレベルはじめて上がってから半月が経過した。
その頃になると、結界付近には瀬那を苦戦させる霊獣は存在しなくなっている。
それもそのはずだ。
現在の瀬那のレベルは46まで上がっているのだから。
ちなみに俺はというと、レベル16のまま上がっていなかった。
このまま弱い霊獣や怪と戦っていても、俺のレベルが上がることはないのだろう。
現時点でも、葬送神器を使うことで2等級の怪を屠ることはできるが、もっと強くなるためには強い敵と戦う必要がある。
しかし、今は自分のレベルを上げることよりも、クランをSランクに上げることが最優先だ。
もしハンター協会から滅怪の何かが分かれば、色々と対策を立てることができるのだから。
なので、今は怪の国で瀬那の修行と、怪に囚われて奴隷になった人たちを解放をするために行動をして、土日はひたすらダンジョンに潜っていた。
毎週土日をダンジョンに費やしたこともあり、クランのランクは『I』まで上がっている。
ハンターランクを上げるためには、自分たちのランクのダンジョンを3回連続で踏破するか、トータルで10回踏破することで上げることができるのだ。
これだと、踏破できたダンジョンに3回連続で挑めば良いということになるが、そこはもちろん別のダンジョンじゃないと認められない。
そして、俺たちは今Iランクになって3回目のダンジョンに潜ろうとしているところだ。
当然失敗などせずに、2回とも踏破していたので、今日成功すればHランクへ上げることができる。
「今日は黒衣中心に戦っていこうか」
「黒凰と黒鳳を実戦で試す機会を下さりありがとうございます」
黒衣は手に持った2つの漆黒の鉄扇を胸に抱えて、俺に軽く頭を下げてきた。
黒衣の持つ黒凰と黒鳳は、現天斬の貞治さんが作った鉄扇だ。
瀬那に颯を譲ってもらった際に、黒衣にも刀をと思ったのだが、生前は鉄扇を使用していたらしく「ぜひ作ってもらえないか」と貞治さんに黒衣からお願いをしたのだ。
それが最近になって完成したらしく、杜京に用事のあった貞治さんが、ついでにと送り届けてくれたのがつい先日の話だった。
フォン……フォン……
ダンジョンに入ると集団で襲いかかってくる、旧鼠に対して黒凰と黒鳳を振ってバッサバッサと切り落としていく。
その姿はまるで舞を舞っているかのようで、とても美しかった。
瀬那もその姿に見惚れているようで、「うわぁ……」と感嘆の声を漏らしている。
辺りに魔獣の気配がなくなると、鉄扇を折り畳んで帯に収めるとこちらに向かって「先に進みましょう」と促してきた。
「黒凰と黒鳳はどんな感じだ?」
「本当に素晴らしいですね。貞治さんの腕は、初代天斬と比べても遜色がないかと思います。それほどまでに素晴らしい仕上がりでございます」
よほど嬉しかったのか、黒衣は鉄扇に手を持っていき、ムフムフとご満悦の表情を浮かべている。
その姿が可愛らしく、俺はついつい黒衣の頭を撫でると、目を細めてさらに幸せそうな表情になるので、俺もまた幸せな気分になるのだった。
すると、洋服の裾に引っ張られた感触があったのでそちらを振り向くと、ほっぺたを膨らませた瀬那が俺のことを睨んでいた。
「黒衣ちゃんばかりズルイわよ。同じ詩庵の神器として、扱いを平等にしてもらわないと困るわ!」
恐らく私の頭も撫でてくれということなのだろう。
ここで何かを言うと怒られてしまうので、俺は素直に瀬那の頭を撫でると「うん。これこれ」と言いながら嬉しそうに笑っていた。
瀬那はなんとなく年上のお姉さんって感じだったのだが、神器になってからは結構甘えて来るのでひょっとしたら本来の姿はこっちだったのかも知れない。
俺は一頻り2人の頭を撫でた後に、「さっさと終わらせよう」と言って3人でダンジョンの奥に足を進めた。
―
「危なげなく踏破できましたね」
黒衣が言うように、俺たちはあっという間にダンジョンを踏破してしまった。
低ランク向けのダンジョンは魔獣が弱いだけではなく、一階層ごとの広さもそんなになく、階層も浅いので早いと3時間くらいで踏破できてしまうのだ。
ちなみに俺たちは1時間足らずで踏破に成功している。
そんな俺たちはダンジョンから引き上げて、Hランクのダンジョンに向かっていた。
「今の俺たちなら低ランク向けダンジョンで躓くことはないだろうからな。もっと高難易度のダンジョンに早く潜って、俺たちが人類で一番最初に踏破するダンジョンとか作りたいよな」
「そうなったら最高ね。私が生きてたときは、トップランカーなんて夢のまた夢だったから今がとても楽しいわ」
そう言う瀬那の足取りは軽く、スキップしながら進んでいた。
そして先ほどのダンジョンからほど近くにある、Hランクのダンジョン付近まで来ると森の奥から「助けてぇ!」と言う女性の叫び声が聞こえてくる。
俺たちは顔を見合わせると、急いで声のする方へ急いで向かう。
5分ほど走ると、大きな洞窟の入り口が見えてきた。
(こんなところにダンジョンがあったか?)
ハンター好きの俺は、首都圏にあるダンジョンだったら比較的覚えているのだが、こんなところにダンジョンがあるなんて聞いたことがなかった。
俺たちは洞窟の入り口まで進むと、女性が3人いることに気がついた。
どうやらその内の一人が怪我をしているらしかったので、ポーションを手渡すと「ありがとうございます」と言って負傷した子に飲ませて上げると、なんとか落ち着いたようだった。
「ダンジョンで怪我をしたのか?」
「じ、実はまだ中に一人仲間がいるんです。だけど私たちじゃ力が足りなくて……。お願いします。仲間を助けてもらえませんか?」
その言葉を聞いた俺は、迷うことなく「任せろ」と言い残してダンジョンの中に走っていった。
後ろからは黒衣と瀬那の気配を感じる。
彼女たちの仲間が襲われたからどれくらい一人でいるか分からないが、ひょっとしたら最悪のことを考えた方が良いかも知れない。
俺は一人でそう覚悟を決めると、ダンジョンの奥に鶏の化け物みたいな魔獣が3体岩の周りを囲んでいるのが見えた。
魔獣は「タスケテー! タスケテー!」と言いながら、岩を蹴っているようだった。
「あれはコカトリスだ! 人間の言葉を使って誘き寄せる魔獣だな。大して強くないから俺一人でまずあいつらを倒すな。だから黒衣たちはあそこにいると思われる彼女たちの仲間を救出してくれ」
2人の返事を待たずに、俺はコカトリスの元へ全力で向かう。
コカトリスは、近付いてくる俺に気付かずに、大きな岩を我武者羅に蹴り続けている。
俺はスピードを落とさないまま、黒刀を鞘から抜いてすり抜け様に3体のコカトリスの首を落とした。
周囲に他の魔獣がいないか警戒をしながら、背後の大きな岩を見ると黒衣と瀬那が女性ハンターを脇で抱えている。
女性ハンターには大きな怪我はなく、意識もはっきりとしていることだったので、最悪の展開を考えていた俺は安心して大きな息をその場で吐いた。
しかし、ここで悠長にしている暇はない。
俺たちはダンジョンの外に急いで向かった。
途中でコカトリスが2体ほど襲ってきたが、先を進む黒衣の鉄扇であっさりと首を落とされていた。
女性ハンターは、自分よりも幼く見える黒衣のあまりの強さに驚いているようだったが、俺は殿にいるので表情は窺い知ることが出来なかった。
ダンジョンの外に出ると、彼女の仲間が駆け寄ってくる。
彼女たちは泣きながら4人で抱き締めあっていた。
それにしても、このダンジョンつい最近できたのかな?
ハンターギルドにある、ダンジョンマップを見ても、ここのダンジョンは表示されていなかった。
ダンジョンは突然変異のようなものだ。
昨日まで何もなかったところに、急に大きなダンジョンができると言うのはそんなに珍しいことではない。
特に首都圏近郊では、年間数個のペースでダンジョンが出来ているらしい。
さて、ハンターギルドからハンター協会に新しいダンジョンが発生したことを伝えないとな。
この報告は、ハンター登録している人なら誰でも行うことができるのだが、新しいダンジョンだと認定されると報奨金とダンジョン発見者として、ハンターネームやクラン、パーティ名などを登録することができる。
なので、報告する権利があるのは先にダンジョンを見つけた、彼女たちの方にあるのだ。
「ダンジョンを先に見つけたのはあなたたちなので、ハンター協会に報告してください」
「ううん。あなたたちがいなかったらこの子は助かってなかったんだもん。あなたたちが報告してもらえないかしら。これくらいしか私たちには出来ないから」
「――分かりました。ありがとうございます」
彼女たちの気持ちを素直に受け取ると、ハンターギルドから新しいダンジョンの情報を送る。
恐らく近日中には上位ランクのパーティがこのダンジョンに潜って、ランクの調査をするようになるだろう。
しかし、未発見のダンジョンには勝手に踏み込んではいけないという決まりがあるのに、なぜこの子たちはダンジョンの中に行ったのかと尋ねたら、コカトリスにまんまとハメられたようだった。
確かにダンジョンから「タスケテー」なんて声が聞こえたら救出に向かうよな……。
このダンジョンのタチの悪さ半端ないな……。
その後諸々の作業が完了したので、予定通りHランクのダンジョンに行こうとすると、彼女たちの一人から「あ、あの。神楽くん……ですよね」と声を掛けられた。
声がした方を向くと、そこには龍の灯火にいた雪宮小鳥さんがいたのだ。
つか、声を掛けてもらうまで全然気付かなかったよ……。
「雪宮さんどうしてここにいるの? 龍の灯火はどうしたんだ?」
「じ、実はね、龍の灯火からは脱退して、今はこの子たちと一緒にパーティを組んでるんです」
「え? なんで? 龍の灯火ってランクも上がってるし、ルーキーの中でも注目されてるパーティなのに」
「差がで来ちゃったから、ですね。レベルは上がったんですが、それに力がついて来なかったんです。最初はちょっとだったんですが、徐々に差が顕著に開いて来てしまいまして、それで……」
この感じだと、雪宮さんもあいつらに脱退させられたって感じかな?
まぁ、上に行くための判断だから、その考えは必ずしも悪ではないんだけどな。
「そっか、色々あったんだね。けど、今のメンバーたちはとても良い人たちそうじゃないか」
「はい。そうなんです。学校のお友達で結成された『華の集い』っていうパーティなんです」
明るい笑顔を浮かべたと思ったら、急に雪宮さんの表情に影が差す。
「神楽さん。あの時は有無も言わさずにパーティを追放する形になって申し訳ありませんでした……」
「いや、雪宮さんが気にすることじゃないよ。あの時の俺は確かにみんなの足を引っ張ってた。だから仕方ないんだよ。それに今はあの時よりも信頼できる仲間が俺にはいるからさ。雪宮さんと一緒だよ」
これは偽らざる本音だった。
あのとき優吾たちのことを信用していなかった訳ではないが、今の仲間と比べるとやはり少し違うと感じてしまう。
俺は少し先にいる黒衣と瀬那のことを見て、本当に素敵な仲間に出会えて良かったと実感する。
「か、神楽さんも、素敵な仲間とパーティを組めたんだと分かってとても嬉しいです。――もし良かったら、パーティ名を教えてもらえますか?」
「実はパーティじゃなくて、クランなんだよね。メンバーは4人しかいないけど」
「そ、そうだったんですね! クラン作るなんて凄いです! では、クラン名を教えてもらえませんか?」
「清澄の波紋。――これが俺たちのクラン名だよ」
別に疾しいことがあって連れ込もうとしているわけではない。
今日は『瀬那のレベルアップおめでとう&詩庵単独ダンジョン踏破おめでとうパーティー』が開催される日だったのだ。
ちなみに、このパーティーの発起人は凛音である。
家に戻ると、黒衣がリビングからパタパタと足音を立てて「お帰りなさいませ」と言って出迎えてくれる。
そして、遅れて瀬那も「お帰りなさい」と言ってくれる。
帰って来た時に、こうやって出迎えてくれるというのは、本当に幸せなことだなとしみじみと感じてしまう。
俺たちはリビングに入ると、目の前に大量のご馳走が並んでいた。
普段は黒衣たちは一緒に学校に行っているのだが、今日はパーティーの食事を作るために家でずっと準備をしてくれていたのだ。
「うわぁ! 凄いよ、黒衣ちゃんと瀬那ちゃん!」
凛音はそのご馳走を見ると、手を組んで目をキラキラとさせていた。
かく言う俺も、目の前に並んだご馳走に驚きと感謝で胸がいっぱいになった。
「本当に凄いな。黒衣、そして瀬那。本当にありがとうな」
彼女たちの目を見て正直な気持ちを伝えると、2人は少し照れたような仕草を取って「喜んでくれて嬉しいです」と口にした。
パーティーは盛り上がり、山ほどあったご馳走も綺麗になくなり、今はみんなでケーキを食べながら紅茶やコーヒーを飲んでゆったりとしている。
すると凛音が、「ハンターランクが上がったら私たちも、ダンジョンプレイで配信しない?」と提案をしてきた。
ダンジョンプレイとは、ハンターがダンジョンに潜る様子を配信する動画プラットフォームサービスのことだ。
ここで配信することで、広告収入を得られるのはもちろん、たくさんの方に認知を得られたり、スポンサー契約にまでつながる可能性もあるので、ある程度強いハンターは必ずと言っていいほど動画配信を行っていた。
動画配信をするメリットは感じていたのだが、俺たちには一点だけ懸念点があった。
それは、霊装を見られてしまう可能性があるということ。
不特定多数の人間に見られるということは、神魂が発動している人に見られてしまう可能性があるということなのだ。
そうなると、俺たちが霊装を纏って戦っていることがバレてしまう。
これは流石に避けたいところだったのだ。
そのことを指摘すると、「うーん。――多分大丈夫だからやってみる」と何が大丈夫なのか分からないが、凛音はそう言うとその一週間後に試作機第一号と称したドローンを渡してきたのだ。
「ちょっと今から怪の国に行って霊装ガンガン出して来てくれないかな?」
「あぁ、それは良いけど……このドローンは何なんだ?」
「このドローンで霊装出してるしぃくんを撮影して欲しいんだ。出来れば黒衣ちゃんと瀬那ちゃんもお願いね」
俺たちは凛音に言われるがまま怪の国に行き、それぞれのことをドローンで撮影をしてから家に戻ると、「早速見てみよう!」と言ってドローンとモニターを繋げて先ほどの映像を流す。
「あれ? 霊装見えなくない?」
「は、はい。私の目から見ても誰の霊装も映りません……」
「え? 何でなの、凛音ちゃん?」
俺たちがモニター越しで霊装が見えないことに驚いていると、凛音が「ふっふっふ」と不敵な笑いを零しながらドヤ顔をしている。
「実はこのドローンはね、霊装が映らない特殊なフィルターを入れてるんだ。前々から霊装自体のデータは取らせてもらってたしね。それを応用したんだよ」
「は? そんなこと出来るのか?」
「うん。アプレイザルが霊装を感知しているなら、解析することも出来るのではって思ったんだ。それで、今日その試作機第一弾を作ってみたって訳なの。結果は見事に成功だったみたいだったから嬉しいな!」
――り、凛音さん天才すぎませんか?
いつか凛音さんなら、オーラを可視化するアプリとかも開発しちゃいそう。
それをチップアプリストアで販売したら、めちゃくちゃ買われそうな気がするな……。
まぁ、それを開発しても今の俺たちには必要ないからやらないだろうけど。
こんな凄い子と一緒にクランを結成できたのって本当に恵まれてるな……。
「これで私たちもダンジョンプレイで配信できるよね?」
目をキラキラとさせながら、上目遣いで見つめてくる。
いや、断る理由ないでしょ。
こんな凄いドローンを開発してくれたんだよ?
これでやらないなんて選択肢あるわけがない。
「あぁ、凛音が作ってくれたドローンだったら、俺たちが霊装持ちだってバレる心配はないしな!」
「やったぁ!」
「低ランクだと見向きもされないし、Dランクくらいになったら配信するか?」
「うんうん。そうしようよ! 動画配信したら詩庵くんの強さを全国の人たちに知ってもらえるよ。特に、詩庵くんを馬鹿にしてるクラスメイトには見せつけてやりたいよね! ウフフフフ」
凛音が悪い顔をしながら、裏の目的を暴露しているが俺を思ってくれていることなので、素直に嬉しい気持ちになる。
俺だって、あいつらのことを見返してやりたいって思ってるしな!
黒衣に関しても「詩庵様の強さを天下に知らしめてやりましょう」と言っているし、問題はなさそうだが、ただ一人瀬那だけが若干浮かない顔をしている。
「――ダンジョンに潜ってる姿を配信されるのか……。ダンジョンで汚れた私の姿が……」
ダンジョンに入ると魔獣と戦うことになるし、いつでも綺麗な状態の自分を見せられるわけではない。
瀬那は多くの人にその姿を見られるのが嫌なのであろう。
「大丈夫だよ、瀬那ちゃん。だって瀬那ちゃん、霊獣と戦ってる姿とっても綺麗だよ。もう神々しくて、ひょっとしたら瀬那ちゃんは戦いの女神のアテネ様なのでは? って思っちゃうくらいだもん。ひょっとしたらファンクラブなんて出来ちゃうかもだし、モデルデビューとか女優デビューも夢じゃないよ!」
凛音が思いっきり瀬那のことを褒めちぎって持ち上げまくっている。
その言葉に瀬那も満更じゃなかったのか「えへへ。そうかな? 大丈夫かな?」とまんまと乗せられていた。
瀬那ってお姉さんみたいな立ち位置を目指してそうなんだけど、結構チョロイんだよな……。
けど、瀬那も乗り気になってくれたことだし、直近のハンター活動の目標も決まったな。
まずはDランクになって、動画配信をするっていうのを目指すぞ。
その後俺たちは、「Sランククランになったらどうするよ?」とか「本当に女優のスカウト来たらどうする?」などのくだらない話をしたのだが、それが何よりも楽しくて幸せな時間だった。
―
瀬那のレベルはじめて上がってから半月が経過した。
その頃になると、結界付近には瀬那を苦戦させる霊獣は存在しなくなっている。
それもそのはずだ。
現在の瀬那のレベルは46まで上がっているのだから。
ちなみに俺はというと、レベル16のまま上がっていなかった。
このまま弱い霊獣や怪と戦っていても、俺のレベルが上がることはないのだろう。
現時点でも、葬送神器を使うことで2等級の怪を屠ることはできるが、もっと強くなるためには強い敵と戦う必要がある。
しかし、今は自分のレベルを上げることよりも、クランをSランクに上げることが最優先だ。
もしハンター協会から滅怪の何かが分かれば、色々と対策を立てることができるのだから。
なので、今は怪の国で瀬那の修行と、怪に囚われて奴隷になった人たちを解放をするために行動をして、土日はひたすらダンジョンに潜っていた。
毎週土日をダンジョンに費やしたこともあり、クランのランクは『I』まで上がっている。
ハンターランクを上げるためには、自分たちのランクのダンジョンを3回連続で踏破するか、トータルで10回踏破することで上げることができるのだ。
これだと、踏破できたダンジョンに3回連続で挑めば良いということになるが、そこはもちろん別のダンジョンじゃないと認められない。
そして、俺たちは今Iランクになって3回目のダンジョンに潜ろうとしているところだ。
当然失敗などせずに、2回とも踏破していたので、今日成功すればHランクへ上げることができる。
「今日は黒衣中心に戦っていこうか」
「黒凰と黒鳳を実戦で試す機会を下さりありがとうございます」
黒衣は手に持った2つの漆黒の鉄扇を胸に抱えて、俺に軽く頭を下げてきた。
黒衣の持つ黒凰と黒鳳は、現天斬の貞治さんが作った鉄扇だ。
瀬那に颯を譲ってもらった際に、黒衣にも刀をと思ったのだが、生前は鉄扇を使用していたらしく「ぜひ作ってもらえないか」と貞治さんに黒衣からお願いをしたのだ。
それが最近になって完成したらしく、杜京に用事のあった貞治さんが、ついでにと送り届けてくれたのがつい先日の話だった。
フォン……フォン……
ダンジョンに入ると集団で襲いかかってくる、旧鼠に対して黒凰と黒鳳を振ってバッサバッサと切り落としていく。
その姿はまるで舞を舞っているかのようで、とても美しかった。
瀬那もその姿に見惚れているようで、「うわぁ……」と感嘆の声を漏らしている。
辺りに魔獣の気配がなくなると、鉄扇を折り畳んで帯に収めるとこちらに向かって「先に進みましょう」と促してきた。
「黒凰と黒鳳はどんな感じだ?」
「本当に素晴らしいですね。貞治さんの腕は、初代天斬と比べても遜色がないかと思います。それほどまでに素晴らしい仕上がりでございます」
よほど嬉しかったのか、黒衣は鉄扇に手を持っていき、ムフムフとご満悦の表情を浮かべている。
その姿が可愛らしく、俺はついつい黒衣の頭を撫でると、目を細めてさらに幸せそうな表情になるので、俺もまた幸せな気分になるのだった。
すると、洋服の裾に引っ張られた感触があったのでそちらを振り向くと、ほっぺたを膨らませた瀬那が俺のことを睨んでいた。
「黒衣ちゃんばかりズルイわよ。同じ詩庵の神器として、扱いを平等にしてもらわないと困るわ!」
恐らく私の頭も撫でてくれということなのだろう。
ここで何かを言うと怒られてしまうので、俺は素直に瀬那の頭を撫でると「うん。これこれ」と言いながら嬉しそうに笑っていた。
瀬那はなんとなく年上のお姉さんって感じだったのだが、神器になってからは結構甘えて来るのでひょっとしたら本来の姿はこっちだったのかも知れない。
俺は一頻り2人の頭を撫でた後に、「さっさと終わらせよう」と言って3人でダンジョンの奥に足を進めた。
―
「危なげなく踏破できましたね」
黒衣が言うように、俺たちはあっという間にダンジョンを踏破してしまった。
低ランク向けのダンジョンは魔獣が弱いだけではなく、一階層ごとの広さもそんなになく、階層も浅いので早いと3時間くらいで踏破できてしまうのだ。
ちなみに俺たちは1時間足らずで踏破に成功している。
そんな俺たちはダンジョンから引き上げて、Hランクのダンジョンに向かっていた。
「今の俺たちなら低ランク向けダンジョンで躓くことはないだろうからな。もっと高難易度のダンジョンに早く潜って、俺たちが人類で一番最初に踏破するダンジョンとか作りたいよな」
「そうなったら最高ね。私が生きてたときは、トップランカーなんて夢のまた夢だったから今がとても楽しいわ」
そう言う瀬那の足取りは軽く、スキップしながら進んでいた。
そして先ほどのダンジョンからほど近くにある、Hランクのダンジョン付近まで来ると森の奥から「助けてぇ!」と言う女性の叫び声が聞こえてくる。
俺たちは顔を見合わせると、急いで声のする方へ急いで向かう。
5分ほど走ると、大きな洞窟の入り口が見えてきた。
(こんなところにダンジョンがあったか?)
ハンター好きの俺は、首都圏にあるダンジョンだったら比較的覚えているのだが、こんなところにダンジョンがあるなんて聞いたことがなかった。
俺たちは洞窟の入り口まで進むと、女性が3人いることに気がついた。
どうやらその内の一人が怪我をしているらしかったので、ポーションを手渡すと「ありがとうございます」と言って負傷した子に飲ませて上げると、なんとか落ち着いたようだった。
「ダンジョンで怪我をしたのか?」
「じ、実はまだ中に一人仲間がいるんです。だけど私たちじゃ力が足りなくて……。お願いします。仲間を助けてもらえませんか?」
その言葉を聞いた俺は、迷うことなく「任せろ」と言い残してダンジョンの中に走っていった。
後ろからは黒衣と瀬那の気配を感じる。
彼女たちの仲間が襲われたからどれくらい一人でいるか分からないが、ひょっとしたら最悪のことを考えた方が良いかも知れない。
俺は一人でそう覚悟を決めると、ダンジョンの奥に鶏の化け物みたいな魔獣が3体岩の周りを囲んでいるのが見えた。
魔獣は「タスケテー! タスケテー!」と言いながら、岩を蹴っているようだった。
「あれはコカトリスだ! 人間の言葉を使って誘き寄せる魔獣だな。大して強くないから俺一人でまずあいつらを倒すな。だから黒衣たちはあそこにいると思われる彼女たちの仲間を救出してくれ」
2人の返事を待たずに、俺はコカトリスの元へ全力で向かう。
コカトリスは、近付いてくる俺に気付かずに、大きな岩を我武者羅に蹴り続けている。
俺はスピードを落とさないまま、黒刀を鞘から抜いてすり抜け様に3体のコカトリスの首を落とした。
周囲に他の魔獣がいないか警戒をしながら、背後の大きな岩を見ると黒衣と瀬那が女性ハンターを脇で抱えている。
女性ハンターには大きな怪我はなく、意識もはっきりとしていることだったので、最悪の展開を考えていた俺は安心して大きな息をその場で吐いた。
しかし、ここで悠長にしている暇はない。
俺たちはダンジョンの外に急いで向かった。
途中でコカトリスが2体ほど襲ってきたが、先を進む黒衣の鉄扇であっさりと首を落とされていた。
女性ハンターは、自分よりも幼く見える黒衣のあまりの強さに驚いているようだったが、俺は殿にいるので表情は窺い知ることが出来なかった。
ダンジョンの外に出ると、彼女の仲間が駆け寄ってくる。
彼女たちは泣きながら4人で抱き締めあっていた。
それにしても、このダンジョンつい最近できたのかな?
ハンターギルドにある、ダンジョンマップを見ても、ここのダンジョンは表示されていなかった。
ダンジョンは突然変異のようなものだ。
昨日まで何もなかったところに、急に大きなダンジョンができると言うのはそんなに珍しいことではない。
特に首都圏近郊では、年間数個のペースでダンジョンが出来ているらしい。
さて、ハンターギルドからハンター協会に新しいダンジョンが発生したことを伝えないとな。
この報告は、ハンター登録している人なら誰でも行うことができるのだが、新しいダンジョンだと認定されると報奨金とダンジョン発見者として、ハンターネームやクラン、パーティ名などを登録することができる。
なので、報告する権利があるのは先にダンジョンを見つけた、彼女たちの方にあるのだ。
「ダンジョンを先に見つけたのはあなたたちなので、ハンター協会に報告してください」
「ううん。あなたたちがいなかったらこの子は助かってなかったんだもん。あなたたちが報告してもらえないかしら。これくらいしか私たちには出来ないから」
「――分かりました。ありがとうございます」
彼女たちの気持ちを素直に受け取ると、ハンターギルドから新しいダンジョンの情報を送る。
恐らく近日中には上位ランクのパーティがこのダンジョンに潜って、ランクの調査をするようになるだろう。
しかし、未発見のダンジョンには勝手に踏み込んではいけないという決まりがあるのに、なぜこの子たちはダンジョンの中に行ったのかと尋ねたら、コカトリスにまんまとハメられたようだった。
確かにダンジョンから「タスケテー」なんて声が聞こえたら救出に向かうよな……。
このダンジョンのタチの悪さ半端ないな……。
その後諸々の作業が完了したので、予定通りHランクのダンジョンに行こうとすると、彼女たちの一人から「あ、あの。神楽くん……ですよね」と声を掛けられた。
声がした方を向くと、そこには龍の灯火にいた雪宮小鳥さんがいたのだ。
つか、声を掛けてもらうまで全然気付かなかったよ……。
「雪宮さんどうしてここにいるの? 龍の灯火はどうしたんだ?」
「じ、実はね、龍の灯火からは脱退して、今はこの子たちと一緒にパーティを組んでるんです」
「え? なんで? 龍の灯火ってランクも上がってるし、ルーキーの中でも注目されてるパーティなのに」
「差がで来ちゃったから、ですね。レベルは上がったんですが、それに力がついて来なかったんです。最初はちょっとだったんですが、徐々に差が顕著に開いて来てしまいまして、それで……」
この感じだと、雪宮さんもあいつらに脱退させられたって感じかな?
まぁ、上に行くための判断だから、その考えは必ずしも悪ではないんだけどな。
「そっか、色々あったんだね。けど、今のメンバーたちはとても良い人たちそうじゃないか」
「はい。そうなんです。学校のお友達で結成された『華の集い』っていうパーティなんです」
明るい笑顔を浮かべたと思ったら、急に雪宮さんの表情に影が差す。
「神楽さん。あの時は有無も言わさずにパーティを追放する形になって申し訳ありませんでした……」
「いや、雪宮さんが気にすることじゃないよ。あの時の俺は確かにみんなの足を引っ張ってた。だから仕方ないんだよ。それに今はあの時よりも信頼できる仲間が俺にはいるからさ。雪宮さんと一緒だよ」
これは偽らざる本音だった。
あのとき優吾たちのことを信用していなかった訳ではないが、今の仲間と比べるとやはり少し違うと感じてしまう。
俺は少し先にいる黒衣と瀬那のことを見て、本当に素敵な仲間に出会えて良かったと実感する。
「か、神楽さんも、素敵な仲間とパーティを組めたんだと分かってとても嬉しいです。――もし良かったら、パーティ名を教えてもらえますか?」
「実はパーティじゃなくて、クランなんだよね。メンバーは4人しかいないけど」
「そ、そうだったんですね! クラン作るなんて凄いです! では、クラン名を教えてもらえませんか?」
「清澄の波紋。――これが俺たちのクラン名だよ」
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