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第二章
019:イレギュラー
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怪の村で奴隷になった人たちを初めて解放してから2週間が経過して、今日は3度目の解放に向けて下見をしているところだ。
流石に3回目ともなると比較的慣れてきて、怪がどのような暮らしをしているのか分かるようになってきた。
かなり意外だったのが、怪も家族のようなコミュニティを形成しているらしく、本当に人間のような生活を送っていたのだ。
普通に仕事もしているし、夜になるの酒場でお酒を飲んで酔っ払ったりもしている。
しかも見た目も人間にとても酷似しているのだ。
黒衣が言うには、怪とは怪魂から出る霊装で形を作っていて、任意で姿を変えることも可能だということだった。
しかも元々は人間だった魂なので、そのときの名残りで人間のような姿にしているのではないか、ということらしい。
また、家族みたいな関係を築いているのも、人間だったときの名残りだろう、と。
俺としては、化け物みたいな姿形をしている方が正直戦いやすい。
それに、見た目だけではなく、人間のような生活をしていることを知ってしまうと、若干の躊躇が生まれてしまいそうだった。
だけど、あいつらは人間ではない。
むしろ、人間に仇なす化け物であることには変わりないのだ。
怪によって攫われた人たちが、苦しみながら労働を強いられて、その挙句に殺されて魂を喰われるなんて許せるはずがない。
俺は怪がどんな姿だろうが、どんな人間っぽい生活を送っていようが、その時が来ても躊躇をしないと覚悟を決めたのだった。
すると、酒場の灯りも消えて、村には見張りらしき怪が数体いるだけになった。
「人間たちが収容されている建物も分かりましたね」
「あぁ、酒場が終わるタイミングも分かったし、明日に備えてそろそろ家に帰ろうか」
俺の言葉を合図に、黒衣は霊扉を出すと俺たちは我が家のリビングへと戻った。
ひょっとしたら、2回も人間を解放しているのだから、もっと警戒をされていると思っていたのだが、あまりそのような感じもしなかったので内心ホッとしている。
だけど油断することはできない。
建物の中に入ったら、見張りの怪が待ち構えているという可能性も否定することができないのだから。
―
『さぁ、詩庵様参りましょう』
黒天となった黒衣が、俺の頭に直接語りかけてくる。
俺はロン毛になった髪の毛をゴムで束ねると、一気に村へ駆け出した。
村の周辺には、霊獣が襲ってきたときのために柵が設置されているのだが、先端が尖った木の杭が刺さっているだけの代物だ。
こんな柵は、レベルが5になった俺には全く意味をなさない。
俺は軽く飛び越えると、脇目も振らずに目的の建物の前まで辿り着く。
『中には怪はいそうか?』
『いえ、中からは霊装の気配を感じないので、恐らくは人間のみがいるかと思います』
その言葉を聞いた俺は、警戒心を緩めることなくドアをゆっくりと開ける。
すると中から、ガタリと小さな物音が聞こえた。
俺は物音がした方を見ると、女性らしき人がこちらを見て震えている。
俺は他に起きている人がいないか周囲を見渡してから、その女性の方へ足音を立てないように近づいていった。
今は黒衣に霊装断絶をかけてもらっている状態なので、彼女からしたら誰もいないのに扉が開閉されたと思ったことだろう。
彼女の隣まで行ってから、俺は霊装制御で出力を0%にして黒刀を手放し、元の姿へと戻る。
申し訳ないと思いながらも、口を手で覆って声が漏れないようにしている。
「急にごめんなさい。私は人間で、あなたたちを助けに来たんです。化け物たちにバレないように、大声は出さないでください。大丈夫でしたら、一回頷いてもらえますか。そうしたら手を離しますので」
恐怖で目を見開きながらも、コクリと小さく頷いたのを確認して俺は手を離す。
「神楽くん……だよね?」
その瞬間、自分の体がビクッと震えたのが分かった。
え?
なんで俺の名前を知ってるの?
そして、俺はその子をよく見てみると、見覚えのある顔をしていることに気がついた。
というか、行方不明になっていた弓削凛音さんだったのだ。
「え? ゆ、弓削さん?」
「やっぱり、神楽くんだったんだ」
俺たちは小声でヒソヒソと会話をする。
可能性の一つにあるとは思ってたけど、まさか本当に弓削さんが怪に攫われていたとは……。
他の人たちを説明しながら起こしている黒衣も、これには流石に驚いたらしく大きな目を、さらに開いてこちらのことを見ていた。
とりあえず、弓削さんには大人しくしてもらって、俺も黒衣と一緒に他の人たちを起こして説明をする。
すると、皆が一様にホッとした表情を浮かべていたが、ただ一人、弓削さんだけがずっと青白い顔をしたままだった。
「弓削さんどうしたの? ちゃんと帰れるから安心してくれ」
「じ、実はまだ私の幼馴染が戻ってきてないの……」
どうやら弓削さんは、幼馴染と一緒に怪の国に攫われてしまったらしい。
そして、今日の作業中にミスをしてしまったらしく、村長だと思われる怪が暮らしている建物にいるとのことだった。
普段からその建物でミスを犯した人間のことを拷問しているらしい。
弓削さんはまだその建物には行ったことがないらしく、どの部屋にいるかまでは分からないとのことだった。
すると、最後の一人を起こして、事情を説明終わった黒衣が俺の元にやってきた。
「――とまぁ、こんな状況らしい。俺としてはここにいる全員を杜京に戻してから、弓削さんの幼馴染を助けに行った方が良いと思うんだけど黒衣はどう思う?」
「はい。私も詩庵様の意見に賛成です。そうと決まれば一秒でも時間が惜しいので、早く彼らを杜京に戻してしまいましょう」
黒衣はそういうと、すぐに霊扉を展開して扉を出現させる。
「みなさん、この扉を潜れば杜京へ戻ることができます。一列に並んでゆっくりと前に進んでください」
奴隷となっていた人たちは、突然現れた扉に驚いていたが、一人ひとりゆっくりと扉を潜っていった。
もちろん、怪の国で起きたことを思い出させないために、黒衣は黒夢を使って記憶を阻害する。
そして、残すところは弓削さんただ一人になったのだが、一向に前へ進もうとしなかった。
「どうしたの?」
「絶対に迷惑をかけないって約束します。だからここに残っていたらダメかな? まぁちゃんを置いて私一人だけ帰るなんて……」
「弓削さんの気持ちは分かるよ。だけど、キミが残っていると、もし問題が起きたときに対処できなくて、二人を危険な目に合わせてしまうかも知れないんだ。幼馴染の子は俺が絶対に守るから、杜京へ先に戻ってくれないかな?」
弓削さんは苦しそうな表情を浮かべて、「分かりました」と言って了承してくれた。
その声はとても弱々しくて、不安や罪悪感、そして安堵などが入り混じっているのが伝わってくる。
「助けてもらったのに、これ以上我儘は言ったらダメだよね。――だけど、そこの女の子が他の方々にやっていた何かを、私にはやらないで欲しいんだ」
「黒衣がしていたこと?」
「私は観察して、分析することが得意なんだよね。それで、そこの女の子のことをずっと見ていたんだけど、人が扉を潜る直前に手が小さく動いたように見えたの。こんなに不思議なことをたくさん出来る子だし、ひょっとしたら記憶を消したり操作をすることが出来るのではと思ったんだけど違ったかな?」
俺は弓削さんにこんな特技があったことに正直驚いてしまった。
しかも、洞察力だけではなく、しっかりと状況を把握して分析し、今俺たちがやりそうなことを見事に言い当てたのだから。
「もし、本当に記憶を操作できるとして、なんで弓削さんはそれをかけてもらいたくないんだ? こんな記憶を消してしまえるなら、それが一番良いと思うんだけどな」
そう尋ねられた弓削さんは、俺の目を真っ直ぐ見てきて、「私も一緒に戦わせてほしい」と言ってきた。
俺の印象は引っ込み思案で、積極的に前に出ることを好まない子だと思っていたからだ。
なので、弓削さんがこんなことを言うとは思いもしなかった。
「私は神楽くんの役に立てると思うよ。それに、貴方たちを裏切るようなことは絶対にしないから。だから、お願いします」
「詩庵様。私の黒夢は解除することも可能です。今は黒夢を掛けて記憶阻害をさせてもらって、弓削さんがまた学校へ登校できるようになったタイミングで解除してお話を改めてするという流れではいかがでしょうか?」
「あぁ、それが良いかもな。多分戻ったら警察から色々なことを聞かれるだろうし、それまでは弓削さんの記憶を阻害しておいた方が良いだろ」
俺は弓削さんの顔を見て、「それで良いかな?」と聞くとゆっくりと、しかし力強く弓削さんは首を縦に振った。
正直弓削さんがなぜそんなことを言い出したのか分からないし、役に立てるって何をする気なのかもさっぱり分からない。
だけど、弓削さんの目は真剣そのものだったので、俺はその言葉を信じてみようと思ったのだ。
「必ず幼馴染の子は助けるから、弓削さんは安心して帰ってくれな」
「本当にありがとう、神楽くん。そして、私に掛けた術を必ず解除して、改めてお話をさせてね」
俺が「分かった」というと、安心した表情を浮かべて、「まぁちゃんをお願いします」と言い残して扉を潜っていった。
―
『どうだ? 中には何体くらいの怪がいそうか分かるか?』
『三体の怪が中にいそうです。動きがないので、恐らく眠っているのかと思います』
『幼馴染の子がどこにいるか分からないし、一旦怪がいない部屋から探してみることにしよう』
『承知しました』
方向性が決まったので、音を立てないようにして建物の中に侵入する。
人間が収容されていた建物は伽藍堂になっていたのに、この建物は間仕切りもあって立派な家となっていた。
俺は静かに怪がいないと思われる部屋を見てみるのだが、人間の姿はどこにも見えなかった。
『こうなったら、怪がいる部屋に侵入するしかないな』
『そうですね。霊装断絶をしていますので、起こさないように一気に仕留めましょう』
俺は恐る恐る怪が寝ていると思われる部屋のドアを開けると、ベッドの上に怪が横になって眠っていた。
俺は7等級以外の怪を初めて間近で見たのだが、あまりにも人間に酷似していたため、一瞬決意がブレそうになってしまう。
これは怪だ。これは怪だ。これは怪だ。これは怪だ。これは怪だ。これは怪だ。これは怪だ。これは怪だ。これは怪だ。これは怪だ。これは怪だ。これは怪だ。これは怪だ。これは怪だ。これは怪だ。これは怪だ。これは怪だ。これは怪だ。
俺は自分に言い聞かせるように、『これは怪だ』と何度も頭の中で反芻させて、ゆっくりと黒天を構えて一気に首をはねる。その瞬間、俺の体に大量の魂が吸収されたのが分かった。
俺はアプレイザルを見ると、レベルが6に上がっていた。
霊獣を毎日のように倒しても、一向に上がる気配がなかったにも関わらず、怪を一体倒しただけで簡単にレベルが上がってしまった。
『等級が高い怪を倒すと、その分濃度の濃い魂を吸収することができます。ひょっとしたら、あと1つか2つくらいはレベルが上がる可能性もございます』
俺はちょっとテンションが上がったが、本来の目的を思い出して改めて気を引き締めなおした。
結局残り2体の怪も寝てる隙に倒すことができたのだが、幼馴染の子はどこにも見当たらない。
なぜだ?
ひょっとしたら別の建物にいるのか?
いや、それだとしたらリスクが高すぎるぞ……。
黒衣が霊装断絶を使用してから、すでに40分くらいが経過しようとしていた。
残り20分もすると、霊装断絶が解けてしまい、俺たちのことを認識されるようになってしまう。
もちろん、霊装を制御すれば直接見ない限り気付かれることはないのだが、それでもリスクは相当跳ね上がると言っても過言じゃないだろう。
俺が悶々と考えていると、黒天となった黒衣が『お待ちください。下の方から若干ですが霊装の気配を感じます』と言ってきた。
下の方?
あっ、地下室があるのか!
俺は黒衣に霊装を一番感じる場所になったら教えてくれといい、建物の中をしらみ潰しに歩き始めた。
すると、ここには誰もいないだろうと思ってスルーしていた、リビングらしき部屋に行くと、床に隠し扉があることに気がついた。
隠し扉を開けた瞬間、中から激しい霊装の力が溢れ出てきた。
『この霊装の力は……。恐らくですが、3等級相当の怪がこの下にはいるようです。呉々もお気を付け下さい』
黒衣はいつにも増して真剣な声で俺に注意を促してきた。
俺は慎重になって階段を降りて、扉のない出入り口から顔を覗かせると、怪が裸の女の子を底の深い水槽らしき中に入れてるのを座りながら眺めていた。
女の子は水から頭を何とか出していたが、足が届かないので必死になって足掻いている。
俺は怒りを必死に閉じ込めて、怪の後ろまで行って刀を思いっきり振り下ろす動作に入った。
しかし、偶然だったのか、俺が振り切ろうと思った瞬間に怪が立ち上がってしまったのだ。
――ダメだ。今から止めることができない……
俺がそのままの勢いで黒天を振り切ると、一瞬前まで怪が座っていた椅子を断ち切ってしまった。
「な、何者だ! ――ん? 貴様は人間、なのか?」
大きな音を立ててしまったことで、目の前の怪には霊装断絶による認識阻害が通用しなくなってしまった。
俺は黒天の霊装断絶をその場で解いて、目の前の怪に集中をする。
「うるせぇよ。お前なんかに説明する義理はねぇんだ。叩っ斬ってやるから、さっさとかかって来いや!」
俺は、弓削さんの幼馴染を見た瞬間からブチギレていたので、嘗てのようなヤンキー言葉になっていた。
目の前にいる怪は、人間に挑発されたのが我慢ならなかったのか、体をプルプルと震えさせながら、「低俗な人間が俺様を虚仮にするなぞ許されはせんぞ。四肢をもいで苦しみながら殺してくれるわ」と大声を出して、右の掌に大きな斧のような武器を出現させた。
『詩庵様、お気を付け下さい。奴が持っている武器は、我々で言う霊器や神器と同じ代物です。ただ、誰かの魂を武器に入れているのではなく、自分の霊装を武器として具現化させているのです』
初めて武器持ちの怪と戦うことになるのか。
最近は霊獣みたいなデカブツとばかり戦っていたが、俺は元々剣術をやっていたので、対人戦闘の方が得意だったりするのだ。
しかし、ここで戦ってしまうと、囚われている女の子にまで危害を与えてしまうかもしれない。
そう考えた俺は怪をすり抜けて水槽を壊した後に、すぐさま部屋を飛び出すと建物の外に向かって全速力で駆け出した。
俺は覚悟を決めて、建物の外で戦うことに決めたのだ。
背後からは、先ほどの怪が怒りの形相を浮かべて追ってくる。
俺は少し広い場所まで来ると、先ほどの怪と改めて対峙した。
『やつに時間を掛けてしまいますと、他の怪に囲まれてしまう可能性があります。早期決着にするため、全力で向かってください』
「わかった!」
全ての力を踏み込んだ右足に集約して、一瞬で怪との間合いをゼロにすると、ブラリと下げた黒天を掬い上げるようにして振り抜いた。
怪は一瞬のことに対応が遅れて、胴と武器を持った右腕を切られるも、絶命までは至らせることができない。
――クソッ!
正直あの一刀で決めたかったというのが本心だったが、目の前の怪はそんなに甘い相手ではなかった。
「人間如きが良くも俺様に傷を負わせてくれたなぁ!」
怪の体を見ると、先ほど与えた刀疵が見る見るうちに治っていく。
「なっ!」
『詩庵様、大丈夫です。傷跡は亡くなりましたが、しっかりとダメージは与えております』
俺の動揺を感じ取った黒衣が、即座にフォローを入れてくれる。
――マジで情けねぇ。
肉体だけじゃなくて、俺は精神ももっと強くならないと。
俺は再び気合いを入れて、相手と対峙をする。
『周りからいくつかの霊装の気配を感じます』
他の怪が俺たちの戦いに気付いたのか……。
ここに辿り着くのも時間の問題だろう。
しかし、俺は焦らずに大きく息を吐いて自然体になり、静かに目を瞑る。
――嘗て俺は剣術を学んでいた。
しかし、中学一年生のときに師匠が死んでしまった。
それからは誰からも剣術を教えて貰っていない。
俺が学んでいた剣術の流派は決して有名ではない。
母方の家に代々伝わってきた一家相伝の流派なのだが、今ではこの剣を使えるのは俺だけだった。
それどころか、この流派自体の存在を知っているのは、俺以外だともはや美湖しかいない。
俺の師匠は、祖父だった。
その祖父は、母が事故で亡くなったショックで体調を崩し、後を追うようにこの世から去ってしまったのだ。
もし祖父が生きていたら、俺のことを腐れ親族から守ってくれたのかもしれない。
そして、不良なんかにならずに普通に学校生活を楽しめたのかもしれない。
そして、今もひょっとしたら美湖と……。
――今はそんなことはいい。
今まで俺は刀を振るってきたが、学んできた剣術の技は一度も出していない。
その技があまりにも強力だったのと、俺みたいな半端者が使って良いのか逡巡していたからだ。
天下一刀流は体内で勁を練り、それを外に解放させることで、通常以上の剣速と破壊力を出すことができる剣術だった。
未熟な人間がこの剣術を使うと、体内の筋がボロボロになり通常の生活も儘ならぬことになるだろう。
しかし、祖父が死んでからも俺は一人で剣術の修行を続けた。
心はまだ未熟だが、神魂も発動したことで以前より身体は圧倒的に強くなった。
今ならちゃんと振るえるかも知れない。
――いや、違う。振るわなくてはいけないのだ、勝つために。そして、生きるために。
目を瞑って動かない俺を見て隙だと思ったのか、怪が「馬鹿がっ!」と言いながら斧を振り上げて襲いかかってきた。
俺は目を開いて、相手の動きを捉える。
「天下一刀流――太刀の型――――柳緑花紅」
柳緑花紅とは、本来人の手が入っていない自然の美しさのことを指す言葉だ。
しかし天下一刀流の場合は、柳のように相手の攻撃を自然に交わして、カウンターで斬った後に散る相手の紅い血を意味している。
柳緑花紅により首と胴を斬り落とされた怪は、信じられないという感じで目を見開きながら、粒子となって目の前から消え失せる。
『詩庵様、来ます!』
後ろを振り向くと、8体ほどの怪が一気に襲いかかってきた。
先ほどの怪よりも等級が低いのか、大して強さは感じなかったが、如何せん多勢に無勢だったので思った以上に苦戦を強いられてしまう。
それでも、何度も刀を切り結び、傷を負いながらもなんとか勝利を収めることができた。
『もうこの村からは霊装の気配は致しません』
俺はその言葉を聞いた瞬間に、疲れがドッと押し寄せてきて、その場に座り込んでしまった。
「ぶはぁ~~。なんとか倒せたぁ~~」
しかし、こんなところで休憩している場合じゃない。
すぐに立ち上がって、弓削さんの幼馴染がいる場所へ急いで戻った。
地下室に戻ると、黒衣にお願いをして、彼女に洋服を着せてもらう。
衰弱していたので、黒衣に治癒術をかけてもらってから、俺たちは霊扉を使って英明学園の近くにある公園へと戻った。
そして、彼女をベンチで横にさせると、スマホで救急車を呼ぶ。
それから十分後くらいに救急車はやってきて、彼女が病院へ搬送されるところを遠くから見守ってから、やっと帰宅することができたのだった。
☆★☆★☆★☆★
詩庵が幼少から剣術をやってた感をついに出しました。
主人公のかっこいいところがちょっと出てきたかな?
流石に3回目ともなると比較的慣れてきて、怪がどのような暮らしをしているのか分かるようになってきた。
かなり意外だったのが、怪も家族のようなコミュニティを形成しているらしく、本当に人間のような生活を送っていたのだ。
普通に仕事もしているし、夜になるの酒場でお酒を飲んで酔っ払ったりもしている。
しかも見た目も人間にとても酷似しているのだ。
黒衣が言うには、怪とは怪魂から出る霊装で形を作っていて、任意で姿を変えることも可能だということだった。
しかも元々は人間だった魂なので、そのときの名残りで人間のような姿にしているのではないか、ということらしい。
また、家族みたいな関係を築いているのも、人間だったときの名残りだろう、と。
俺としては、化け物みたいな姿形をしている方が正直戦いやすい。
それに、見た目だけではなく、人間のような生活をしていることを知ってしまうと、若干の躊躇が生まれてしまいそうだった。
だけど、あいつらは人間ではない。
むしろ、人間に仇なす化け物であることには変わりないのだ。
怪によって攫われた人たちが、苦しみながら労働を強いられて、その挙句に殺されて魂を喰われるなんて許せるはずがない。
俺は怪がどんな姿だろうが、どんな人間っぽい生活を送っていようが、その時が来ても躊躇をしないと覚悟を決めたのだった。
すると、酒場の灯りも消えて、村には見張りらしき怪が数体いるだけになった。
「人間たちが収容されている建物も分かりましたね」
「あぁ、酒場が終わるタイミングも分かったし、明日に備えてそろそろ家に帰ろうか」
俺の言葉を合図に、黒衣は霊扉を出すと俺たちは我が家のリビングへと戻った。
ひょっとしたら、2回も人間を解放しているのだから、もっと警戒をされていると思っていたのだが、あまりそのような感じもしなかったので内心ホッとしている。
だけど油断することはできない。
建物の中に入ったら、見張りの怪が待ち構えているという可能性も否定することができないのだから。
―
『さぁ、詩庵様参りましょう』
黒天となった黒衣が、俺の頭に直接語りかけてくる。
俺はロン毛になった髪の毛をゴムで束ねると、一気に村へ駆け出した。
村の周辺には、霊獣が襲ってきたときのために柵が設置されているのだが、先端が尖った木の杭が刺さっているだけの代物だ。
こんな柵は、レベルが5になった俺には全く意味をなさない。
俺は軽く飛び越えると、脇目も振らずに目的の建物の前まで辿り着く。
『中には怪はいそうか?』
『いえ、中からは霊装の気配を感じないので、恐らくは人間のみがいるかと思います』
その言葉を聞いた俺は、警戒心を緩めることなくドアをゆっくりと開ける。
すると中から、ガタリと小さな物音が聞こえた。
俺は物音がした方を見ると、女性らしき人がこちらを見て震えている。
俺は他に起きている人がいないか周囲を見渡してから、その女性の方へ足音を立てないように近づいていった。
今は黒衣に霊装断絶をかけてもらっている状態なので、彼女からしたら誰もいないのに扉が開閉されたと思ったことだろう。
彼女の隣まで行ってから、俺は霊装制御で出力を0%にして黒刀を手放し、元の姿へと戻る。
申し訳ないと思いながらも、口を手で覆って声が漏れないようにしている。
「急にごめんなさい。私は人間で、あなたたちを助けに来たんです。化け物たちにバレないように、大声は出さないでください。大丈夫でしたら、一回頷いてもらえますか。そうしたら手を離しますので」
恐怖で目を見開きながらも、コクリと小さく頷いたのを確認して俺は手を離す。
「神楽くん……だよね?」
その瞬間、自分の体がビクッと震えたのが分かった。
え?
なんで俺の名前を知ってるの?
そして、俺はその子をよく見てみると、見覚えのある顔をしていることに気がついた。
というか、行方不明になっていた弓削凛音さんだったのだ。
「え? ゆ、弓削さん?」
「やっぱり、神楽くんだったんだ」
俺たちは小声でヒソヒソと会話をする。
可能性の一つにあるとは思ってたけど、まさか本当に弓削さんが怪に攫われていたとは……。
他の人たちを説明しながら起こしている黒衣も、これには流石に驚いたらしく大きな目を、さらに開いてこちらのことを見ていた。
とりあえず、弓削さんには大人しくしてもらって、俺も黒衣と一緒に他の人たちを起こして説明をする。
すると、皆が一様にホッとした表情を浮かべていたが、ただ一人、弓削さんだけがずっと青白い顔をしたままだった。
「弓削さんどうしたの? ちゃんと帰れるから安心してくれ」
「じ、実はまだ私の幼馴染が戻ってきてないの……」
どうやら弓削さんは、幼馴染と一緒に怪の国に攫われてしまったらしい。
そして、今日の作業中にミスをしてしまったらしく、村長だと思われる怪が暮らしている建物にいるとのことだった。
普段からその建物でミスを犯した人間のことを拷問しているらしい。
弓削さんはまだその建物には行ったことがないらしく、どの部屋にいるかまでは分からないとのことだった。
すると、最後の一人を起こして、事情を説明終わった黒衣が俺の元にやってきた。
「――とまぁ、こんな状況らしい。俺としてはここにいる全員を杜京に戻してから、弓削さんの幼馴染を助けに行った方が良いと思うんだけど黒衣はどう思う?」
「はい。私も詩庵様の意見に賛成です。そうと決まれば一秒でも時間が惜しいので、早く彼らを杜京に戻してしまいましょう」
黒衣はそういうと、すぐに霊扉を展開して扉を出現させる。
「みなさん、この扉を潜れば杜京へ戻ることができます。一列に並んでゆっくりと前に進んでください」
奴隷となっていた人たちは、突然現れた扉に驚いていたが、一人ひとりゆっくりと扉を潜っていった。
もちろん、怪の国で起きたことを思い出させないために、黒衣は黒夢を使って記憶を阻害する。
そして、残すところは弓削さんただ一人になったのだが、一向に前へ進もうとしなかった。
「どうしたの?」
「絶対に迷惑をかけないって約束します。だからここに残っていたらダメかな? まぁちゃんを置いて私一人だけ帰るなんて……」
「弓削さんの気持ちは分かるよ。だけど、キミが残っていると、もし問題が起きたときに対処できなくて、二人を危険な目に合わせてしまうかも知れないんだ。幼馴染の子は俺が絶対に守るから、杜京へ先に戻ってくれないかな?」
弓削さんは苦しそうな表情を浮かべて、「分かりました」と言って了承してくれた。
その声はとても弱々しくて、不安や罪悪感、そして安堵などが入り混じっているのが伝わってくる。
「助けてもらったのに、これ以上我儘は言ったらダメだよね。――だけど、そこの女の子が他の方々にやっていた何かを、私にはやらないで欲しいんだ」
「黒衣がしていたこと?」
「私は観察して、分析することが得意なんだよね。それで、そこの女の子のことをずっと見ていたんだけど、人が扉を潜る直前に手が小さく動いたように見えたの。こんなに不思議なことをたくさん出来る子だし、ひょっとしたら記憶を消したり操作をすることが出来るのではと思ったんだけど違ったかな?」
俺は弓削さんにこんな特技があったことに正直驚いてしまった。
しかも、洞察力だけではなく、しっかりと状況を把握して分析し、今俺たちがやりそうなことを見事に言い当てたのだから。
「もし、本当に記憶を操作できるとして、なんで弓削さんはそれをかけてもらいたくないんだ? こんな記憶を消してしまえるなら、それが一番良いと思うんだけどな」
そう尋ねられた弓削さんは、俺の目を真っ直ぐ見てきて、「私も一緒に戦わせてほしい」と言ってきた。
俺の印象は引っ込み思案で、積極的に前に出ることを好まない子だと思っていたからだ。
なので、弓削さんがこんなことを言うとは思いもしなかった。
「私は神楽くんの役に立てると思うよ。それに、貴方たちを裏切るようなことは絶対にしないから。だから、お願いします」
「詩庵様。私の黒夢は解除することも可能です。今は黒夢を掛けて記憶阻害をさせてもらって、弓削さんがまた学校へ登校できるようになったタイミングで解除してお話を改めてするという流れではいかがでしょうか?」
「あぁ、それが良いかもな。多分戻ったら警察から色々なことを聞かれるだろうし、それまでは弓削さんの記憶を阻害しておいた方が良いだろ」
俺は弓削さんの顔を見て、「それで良いかな?」と聞くとゆっくりと、しかし力強く弓削さんは首を縦に振った。
正直弓削さんがなぜそんなことを言い出したのか分からないし、役に立てるって何をする気なのかもさっぱり分からない。
だけど、弓削さんの目は真剣そのものだったので、俺はその言葉を信じてみようと思ったのだ。
「必ず幼馴染の子は助けるから、弓削さんは安心して帰ってくれな」
「本当にありがとう、神楽くん。そして、私に掛けた術を必ず解除して、改めてお話をさせてね」
俺が「分かった」というと、安心した表情を浮かべて、「まぁちゃんをお願いします」と言い残して扉を潜っていった。
―
『どうだ? 中には何体くらいの怪がいそうか分かるか?』
『三体の怪が中にいそうです。動きがないので、恐らく眠っているのかと思います』
『幼馴染の子がどこにいるか分からないし、一旦怪がいない部屋から探してみることにしよう』
『承知しました』
方向性が決まったので、音を立てないようにして建物の中に侵入する。
人間が収容されていた建物は伽藍堂になっていたのに、この建物は間仕切りもあって立派な家となっていた。
俺は静かに怪がいないと思われる部屋を見てみるのだが、人間の姿はどこにも見えなかった。
『こうなったら、怪がいる部屋に侵入するしかないな』
『そうですね。霊装断絶をしていますので、起こさないように一気に仕留めましょう』
俺は恐る恐る怪が寝ていると思われる部屋のドアを開けると、ベッドの上に怪が横になって眠っていた。
俺は7等級以外の怪を初めて間近で見たのだが、あまりにも人間に酷似していたため、一瞬決意がブレそうになってしまう。
これは怪だ。これは怪だ。これは怪だ。これは怪だ。これは怪だ。これは怪だ。これは怪だ。これは怪だ。これは怪だ。これは怪だ。これは怪だ。これは怪だ。これは怪だ。これは怪だ。これは怪だ。これは怪だ。これは怪だ。これは怪だ。
俺は自分に言い聞かせるように、『これは怪だ』と何度も頭の中で反芻させて、ゆっくりと黒天を構えて一気に首をはねる。その瞬間、俺の体に大量の魂が吸収されたのが分かった。
俺はアプレイザルを見ると、レベルが6に上がっていた。
霊獣を毎日のように倒しても、一向に上がる気配がなかったにも関わらず、怪を一体倒しただけで簡単にレベルが上がってしまった。
『等級が高い怪を倒すと、その分濃度の濃い魂を吸収することができます。ひょっとしたら、あと1つか2つくらいはレベルが上がる可能性もございます』
俺はちょっとテンションが上がったが、本来の目的を思い出して改めて気を引き締めなおした。
結局残り2体の怪も寝てる隙に倒すことができたのだが、幼馴染の子はどこにも見当たらない。
なぜだ?
ひょっとしたら別の建物にいるのか?
いや、それだとしたらリスクが高すぎるぞ……。
黒衣が霊装断絶を使用してから、すでに40分くらいが経過しようとしていた。
残り20分もすると、霊装断絶が解けてしまい、俺たちのことを認識されるようになってしまう。
もちろん、霊装を制御すれば直接見ない限り気付かれることはないのだが、それでもリスクは相当跳ね上がると言っても過言じゃないだろう。
俺が悶々と考えていると、黒天となった黒衣が『お待ちください。下の方から若干ですが霊装の気配を感じます』と言ってきた。
下の方?
あっ、地下室があるのか!
俺は黒衣に霊装を一番感じる場所になったら教えてくれといい、建物の中をしらみ潰しに歩き始めた。
すると、ここには誰もいないだろうと思ってスルーしていた、リビングらしき部屋に行くと、床に隠し扉があることに気がついた。
隠し扉を開けた瞬間、中から激しい霊装の力が溢れ出てきた。
『この霊装の力は……。恐らくですが、3等級相当の怪がこの下にはいるようです。呉々もお気を付け下さい』
黒衣はいつにも増して真剣な声で俺に注意を促してきた。
俺は慎重になって階段を降りて、扉のない出入り口から顔を覗かせると、怪が裸の女の子を底の深い水槽らしき中に入れてるのを座りながら眺めていた。
女の子は水から頭を何とか出していたが、足が届かないので必死になって足掻いている。
俺は怒りを必死に閉じ込めて、怪の後ろまで行って刀を思いっきり振り下ろす動作に入った。
しかし、偶然だったのか、俺が振り切ろうと思った瞬間に怪が立ち上がってしまったのだ。
――ダメだ。今から止めることができない……
俺がそのままの勢いで黒天を振り切ると、一瞬前まで怪が座っていた椅子を断ち切ってしまった。
「な、何者だ! ――ん? 貴様は人間、なのか?」
大きな音を立ててしまったことで、目の前の怪には霊装断絶による認識阻害が通用しなくなってしまった。
俺は黒天の霊装断絶をその場で解いて、目の前の怪に集中をする。
「うるせぇよ。お前なんかに説明する義理はねぇんだ。叩っ斬ってやるから、さっさとかかって来いや!」
俺は、弓削さんの幼馴染を見た瞬間からブチギレていたので、嘗てのようなヤンキー言葉になっていた。
目の前にいる怪は、人間に挑発されたのが我慢ならなかったのか、体をプルプルと震えさせながら、「低俗な人間が俺様を虚仮にするなぞ許されはせんぞ。四肢をもいで苦しみながら殺してくれるわ」と大声を出して、右の掌に大きな斧のような武器を出現させた。
『詩庵様、お気を付け下さい。奴が持っている武器は、我々で言う霊器や神器と同じ代物です。ただ、誰かの魂を武器に入れているのではなく、自分の霊装を武器として具現化させているのです』
初めて武器持ちの怪と戦うことになるのか。
最近は霊獣みたいなデカブツとばかり戦っていたが、俺は元々剣術をやっていたので、対人戦闘の方が得意だったりするのだ。
しかし、ここで戦ってしまうと、囚われている女の子にまで危害を与えてしまうかもしれない。
そう考えた俺は怪をすり抜けて水槽を壊した後に、すぐさま部屋を飛び出すと建物の外に向かって全速力で駆け出した。
俺は覚悟を決めて、建物の外で戦うことに決めたのだ。
背後からは、先ほどの怪が怒りの形相を浮かべて追ってくる。
俺は少し広い場所まで来ると、先ほどの怪と改めて対峙した。
『やつに時間を掛けてしまいますと、他の怪に囲まれてしまう可能性があります。早期決着にするため、全力で向かってください』
「わかった!」
全ての力を踏み込んだ右足に集約して、一瞬で怪との間合いをゼロにすると、ブラリと下げた黒天を掬い上げるようにして振り抜いた。
怪は一瞬のことに対応が遅れて、胴と武器を持った右腕を切られるも、絶命までは至らせることができない。
――クソッ!
正直あの一刀で決めたかったというのが本心だったが、目の前の怪はそんなに甘い相手ではなかった。
「人間如きが良くも俺様に傷を負わせてくれたなぁ!」
怪の体を見ると、先ほど与えた刀疵が見る見るうちに治っていく。
「なっ!」
『詩庵様、大丈夫です。傷跡は亡くなりましたが、しっかりとダメージは与えております』
俺の動揺を感じ取った黒衣が、即座にフォローを入れてくれる。
――マジで情けねぇ。
肉体だけじゃなくて、俺は精神ももっと強くならないと。
俺は再び気合いを入れて、相手と対峙をする。
『周りからいくつかの霊装の気配を感じます』
他の怪が俺たちの戦いに気付いたのか……。
ここに辿り着くのも時間の問題だろう。
しかし、俺は焦らずに大きく息を吐いて自然体になり、静かに目を瞑る。
――嘗て俺は剣術を学んでいた。
しかし、中学一年生のときに師匠が死んでしまった。
それからは誰からも剣術を教えて貰っていない。
俺が学んでいた剣術の流派は決して有名ではない。
母方の家に代々伝わってきた一家相伝の流派なのだが、今ではこの剣を使えるのは俺だけだった。
それどころか、この流派自体の存在を知っているのは、俺以外だともはや美湖しかいない。
俺の師匠は、祖父だった。
その祖父は、母が事故で亡くなったショックで体調を崩し、後を追うようにこの世から去ってしまったのだ。
もし祖父が生きていたら、俺のことを腐れ親族から守ってくれたのかもしれない。
そして、不良なんかにならずに普通に学校生活を楽しめたのかもしれない。
そして、今もひょっとしたら美湖と……。
――今はそんなことはいい。
今まで俺は刀を振るってきたが、学んできた剣術の技は一度も出していない。
その技があまりにも強力だったのと、俺みたいな半端者が使って良いのか逡巡していたからだ。
天下一刀流は体内で勁を練り、それを外に解放させることで、通常以上の剣速と破壊力を出すことができる剣術だった。
未熟な人間がこの剣術を使うと、体内の筋がボロボロになり通常の生活も儘ならぬことになるだろう。
しかし、祖父が死んでからも俺は一人で剣術の修行を続けた。
心はまだ未熟だが、神魂も発動したことで以前より身体は圧倒的に強くなった。
今ならちゃんと振るえるかも知れない。
――いや、違う。振るわなくてはいけないのだ、勝つために。そして、生きるために。
目を瞑って動かない俺を見て隙だと思ったのか、怪が「馬鹿がっ!」と言いながら斧を振り上げて襲いかかってきた。
俺は目を開いて、相手の動きを捉える。
「天下一刀流――太刀の型――――柳緑花紅」
柳緑花紅とは、本来人の手が入っていない自然の美しさのことを指す言葉だ。
しかし天下一刀流の場合は、柳のように相手の攻撃を自然に交わして、カウンターで斬った後に散る相手の紅い血を意味している。
柳緑花紅により首と胴を斬り落とされた怪は、信じられないという感じで目を見開きながら、粒子となって目の前から消え失せる。
『詩庵様、来ます!』
後ろを振り向くと、8体ほどの怪が一気に襲いかかってきた。
先ほどの怪よりも等級が低いのか、大して強さは感じなかったが、如何せん多勢に無勢だったので思った以上に苦戦を強いられてしまう。
それでも、何度も刀を切り結び、傷を負いながらもなんとか勝利を収めることができた。
『もうこの村からは霊装の気配は致しません』
俺はその言葉を聞いた瞬間に、疲れがドッと押し寄せてきて、その場に座り込んでしまった。
「ぶはぁ~~。なんとか倒せたぁ~~」
しかし、こんなところで休憩している場合じゃない。
すぐに立ち上がって、弓削さんの幼馴染がいる場所へ急いで戻った。
地下室に戻ると、黒衣にお願いをして、彼女に洋服を着せてもらう。
衰弱していたので、黒衣に治癒術をかけてもらってから、俺たちは霊扉を使って英明学園の近くにある公園へと戻った。
そして、彼女をベンチで横にさせると、スマホで救急車を呼ぶ。
それから十分後くらいに救急車はやってきて、彼女が病院へ搬送されるところを遠くから見守ってから、やっと帰宅することができたのだった。
☆★☆★☆★☆★
詩庵が幼少から剣術をやってた感をついに出しました。
主人公のかっこいいところがちょっと出てきたかな?
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