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第二章
018:解放
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「それでは次に、怪の国についてご説明します」
怪の国は、伽沙羅という国が独裁しているらしい。
この国の歴史は古く、約1200年前から妙庵という一体の怪がずっと頂点に君臨しているとのことだった。
妙庵が伽沙羅を立ち上げる前までは、怪の国にも大小様々な国家があったようなのだが、それら全てをひとつにまとめ上げて、怪の国を統一してしまったのだ。
統一後は今まで適当に人間を狩っていた怪であったが、ルールが定められてより効率的に極上の人間の魂を吸収できるようになって、妙庵に楯突く勢力も徐々に大人しくなっていったらしい。
そして、統制された伽沙羅と対抗して戦っていたのが、当時の陰陽師たちであったのだ。
彼らは神魂を用いて怪と戦うこと十数年、大きな被害を受けるも何とか強い怪が日国に来れないように、二国を繋げていたナニかを封印することに成功したのだった。
ちなみに、このナニかは黒衣の記憶が抜け落ちているため、現時点では知ることができない。
――って何この歴史の授業みたいなの!
怪の国とかって、「ヒャッハー」的なの想像してたんだけど、予想以上に普通の国家じゃん!
ぶっちゃけ1200年以上も怪の国を統一してる妙庵と戦えって言われても、絶対に勝てる気がしない。
と、なると、俺はこれからどういう立ち回りをすれば良いのだろうか……。
―
「さて、ここで詩庵様がお昼に仰っていた『怪の村に行って怪たちと戦えるのか』について回答させて頂きます。結論から言うと、詩庵様は現時点で怪の村へ行って、戦うことは可能です。ですが、2等級以上の怪がいない場合に限りでございます」
「2等級以上になると、今の俺じゃ全然立ち行かないんだな……」
「3等級の怪と1対1で戦うなら、良い勝負ができるかと思います。ですが、3等級以外にも怪がいた場合ですと現時点では敗北する可能性が高いかと」
「――そっか……」
黒衣の口からはっきりと、「敗北する」と言う言葉を聞いた俺は、正直凹んでしまった。
ひょっとしたら、結構戦えるんじゃないかという期待もあったのだ。
最近では霊獣と戦っても苦戦することもないし、どうやら俺は少々天狗になっていたみたいだな。
「誤解して頂きたくないのが、あくまでも現時点の話でございます」
現時点という言葉を聞いて、俺は少し期待をしてしまう。
「詩庵様の霊装の能力をお忘れでしょうか? 詩庵様の無個の霊装は、レベルアップするごとに神魂が強くなります。現時点では届かない相手だったとしても、レベルが上がったときの詩庵様では別の話になるのです」
「つ、つまり、怪を倒してレベルを上げることで、今は敵わない怪とも戦えることになるってことだよな!」
「その通りです。さらに詩庵様の器はかなりの大きさがあるため、一回のレベルアップで得られる力は計り知れないものとなるでしょう」
自分でも呆れるくらいに、俺は単純な人間だった。
だってさっきまで落ち込んでたのに、今はもう希望しかないのだから。
「そこで詩庵様にご提案があります。まず平日は今まで通り、霊獣を倒してレベル上げに専念しましょう。しかし、今までのように結界付近で戦っていても、思った成果をあげることはできないと思われます。なので、さらに中心部に近付いて、より強い霊獣と戦いましょう」
話している内に熱が籠ってきたのか、黒衣は少し前のめりになってきた。
「土日は怪の村に行って奴隷となった方々を解放します。基本的には土曜日に偵察して、日曜日に本番という流れです。また、基本的には戦闘は行わずに、霊装断絶を使って深夜に侵入します。そして、奴隷となった人たちを霊扉を使って現世に連れ戻すという計画ではいかがでしょう?」
一気に説明をした黒衣は、疲れてしまったのか若干肩で息していた。
それが面白くて、可愛らしいと思ってしまい、少しだけ笑いながら「問題ないよ」と伝えたら、恥ずかしくなったのか、黒衣は頬を赤らめて俯いてしまった。
―
そして土曜日になり、俺と黒衣はいつもの寺院ではなく、霊獣の森の入り口にいた。
ちなみに、寺院があるところの真逆に位置する場所だ。うーん、今いち伝えにくいのだが、霊獣の森を、同じくらいの広さを持つ中部国に例えると、結界がある方が日国がある東側で、今いる所が中東部諸国がある西側になる
それにしても今更ながら、黒衣の霊扉があって本当に助かった……。
そうじゃなかったら、霊獣の森を抜けるのに何年かかってたことか。
実は地竜という移動手段を手に入れていたのだが、それでも霊獣の森は広すぎた。
まだ神器になる前の黒衣は、当時の仲間と怪の国に何度も潜入していたらしい。
そしてその度に霊獣の森の要所にマッピングを行って、霊扉で飛べる場所をいくつも作ったとのことだった。
黒衣は「その当時は本当に大変でした」と、笑いながら話ていたが、それこそ死に物狂いで達成した成果だったのだろう。
俺は、そんな偉人たちの恩恵に預かっただけの形になってしまったので、正直恐縮してしまうのだが、しっかりと結果を出すことが重要だと意識を変える。
「さて、ここからどうやって村を探すんだ?」
「霊装の気配を察知して、数が多い箇所を目指したいと思います。とはいえ、数が多すぎても手に負えない可能性があるので、小規模な村から狙っていきたいと思っているのですが、いかがでしょうか?」
「いきなり無茶しても仕方がないしな。最初は慎重に行くのは俺も賛成だよ」
「では、ここから一番近くて手頃な村に向かいたいと思います」
―
「あれが、怪の村か……」
霊獣の森にある、一番背の高い木の上で俺と黒衣は村の様子を眺めている。
「あっ、あそこを見てください。人間だと思われる方が、重たそうな荷物を持たされていますよ」
「本当だ。よく見ると、数人くらい同じように働かされている人がいるみたいだな」
こうやって目の前で労働を強いられている姿を見ると、腹の底からグツグツと怒りが湧いてきてしまう。
クソッ、今すぐにでも助け出したのに……。
今の俺には自分の弱さを呪うことしかできないのがとても悔しかった。
村の規模などを確認した俺たちは、黒衣にマッピングをしてもらい、寺院に戻って黒衣と組手の修行をする。
霊獣との戦いは明日の本番に向けて、念の為休むことにした。
黒衣の治癒術があるとはいえ、失った体力までは回復させることが出来ないしな。
そして、修行が終わって、夕食を家で食べた俺たちは、再び怪の村を見るために木の上に戻っていた。
「恐らく奴隷とされている方々は、同じ建物の中に収容されているはずです。その建物を突き止めたら、明日に備えて本日は体を休めましょう」
もうだいぶ夜も更けて、辺りはすでに真っ暗になっている。
しかし、怪の村には松明がそこらかしこに置かれており、意外と明るかったので村の様子が手に取るように分かった。
「ん? あそこを見てくれ。何人もの人が同じ建物に入ってないか?」
「はい。私も確認することができました。あそこの建物が怪しそうですね」
「あぁ、だけどまだあそこの建物には灯りがついてるみたいだから、消えるまではここで見張っていよう」
「分かりました。――どうやらあそこは酒場のようですね」
「え? 怪も酒って飲むの?」
「普通に飲みますよ。体がないくせに、お酒を飲むなんて不思議ですよね。怪の構造って本当にどうなっているのでしょうか」
そう言って、黒衣が指差した方を見ると、確かに人間の酔っ払いみたいに千鳥足でフラフラと歩いている怪がチラホラといるようだった。
「そうなんだ……。っていうか、黒衣にも分からないことってあるんだな」
「分からないことばかりですよ。記憶も失ってますし。ですが、以前失われた記憶も徐々に戻ってきてるんです」
「え? マジで? 良かったじゃん!」
「ありがとうございます」
「何かきっかけとかあったのか?」
「恐らく詩庵様のレベルアップと同時に、私の記憶も戻ってきているようなのです。例えば、黒天を打った刀工の名前も思い出したんですよ!」
「おぉ、凄い! それにしても、なんで今までそのことを教えてくれなかったんだよ?」
「不確実だったので、今まで言うのを控えていたのですが、レベルが5に上がった時に確信したのでお伝えさせて頂きました」
俺のレベルアップと黒衣の記憶の因果関係は分からないけど、俺が戦う理由がまた一つ増えたことは理解した。
黒衣の記憶に関しては以前聞いたことがある。
どうやら過去に体験したことや、知識に関しては全てではないが比較的記憶が残っているようなのだ。
しかし、俺のご先祖様に関することや、それ以外の人間関係などが結構欠落しているらしい。
もし本当に俺のレベルが上がることで黒衣の記憶が戻るんだったら、俺はどんなに強い敵だろうが立ち向かっていける気がする。
だって、黒衣は俺の恩人なのだから。
最初はSランクハンターになりたいっていう、俺の夢のためだけに戦っていたのに、いつの間にか戦う理由がたくさん増えてきたな。
だけど、それは別に嫌なことでは決してなく、今まで頼られることがほとんどなかった俺にとってはむしろ嬉しいことだった。
そのためにも、まずは目の前で苦しんでいる人たちを助けなきゃな。
―
そして翌日の深夜に俺と黒衣は、再び木の上に登っていたが、酒場らしき場所の灯りが消えたのを確認して地面に降りる。
「ご準備はよろしいでしょうか?」
「あぁ、問題ない。昨日立てた作戦通りに行こう」
俺は黒衣が頷いたのを確認してから右手を突き出し、「黒天!」と口にして刀となった黒衣と共に、村へ向かって走り出した。
俺たちの練った作戦はこうだ。
まず霊装断絶で人間が収容されている建物まで行って侵入し、建物内に怪がいないことを確認する。次に霊装断絶を解除して、囚われているみんなを霊扉を使って日国へ帰すというものだった。
しかし、一気に行方不明者が見つかってしまうのと、怪の国の記憶を保持したままだと色々と面倒なことが起きそうだったので、黒衣の『黒夢』を使って記憶を阻害することにした。
黒夢をかけられた人は、攫われた後のことを思い出そうとすると、黒い靄が頭の中で発生してその時の記憶を阻害させるという能力だった。
『よし、建物の前までは問題なく辿り着けたな。あとは、中に怪がいるかどうかだけなんだが……』
『気配はしませんが、念の為油断しないようにしましょう』
俺は音を立てないように、ゆっくりとドアを開くと、中には5人くらいの人たちが雑魚寝をしていた。
中に怪がいないことを確認した俺は、黒衣を人間の姿に戻して一人ずつ声をかけて起こして回る。
起こした途端に大声を出されては困るので、少々申し訳ないと思ったが口を塞いでから一人ひとりに、「私は人間です。あなたたちを助けに来ました」と伝えた。
全員を起こし終わると、奴隷になった人は他にいないかを確認する。
奴隷になっていた人たちは、年齢も性別も怪の国に来た時期もバラバラのようだった。
だけど、共通していたのは、全員が杜京で暮らしている人だったということだ。
俺はそのことが少し気になったけど、今はみんなを無事に杜京へ帰すことが先決だったので、黒衣に指示をして霊扉を出現させてもらった。
囚われていた人たちは突然現れた扉に驚くも、それ以上に帰りたいという思いの方が勝っていたのか、予想以上に素直に指示に従ってくれた。
正直ここで一悶着あるかな? と思っていたので、これは嬉しい誤算だった。
「さぁ、皆さんこの扉を通ってください。そうすれば杜京に戻ることができます」
俺の声に従って、一列になった人たちは扉を潜っていく。
扉の隣に立っていた黒衣は、みんなが扉を潜る直前に黒夢をかけて、記憶阻害の術をかけている。
そして、最後の一人が潜ったのを確認した俺たちは、皆さんの後に続いて杜京に戻った。
かつて怪の国で奴隷にされていた人たちは、杜京に戻って喜んでいる、のではなく、なぜ自分がここにいるのかをよく分かっていないようだった。恐らく黒夢の影響だろう。
俺が「どうしました?」と質問をすると、ここがどこなのか、駅はどっちの方なのか聞かれたので、教えてあげると一人、また一人と駅の方へ向かって歩き始めた。
それを確認した俺たちは、ようやく無事に奴隷を解放できたと実感した。
「詩庵様、やりましたね」
「あぁ、みんなを無事に杜京へ帰すことができたな」
「この調子で、他の皆様も救って差し上げたいですね」
「そうだな。また一緒に頑張ろう」
俺はやり切った満足感が心を満たしていた。
彼らはもう俺たちのことも、怪の国のことも思い出すことはできないけど、俺は間違いなく彼らを救うことができたんだ。
あぁ、今日は最高に良い夢が見れそうだな!
俺は心の底から今日ほど嬉しい日はないと思ったのだった。
怪の国は、伽沙羅という国が独裁しているらしい。
この国の歴史は古く、約1200年前から妙庵という一体の怪がずっと頂点に君臨しているとのことだった。
妙庵が伽沙羅を立ち上げる前までは、怪の国にも大小様々な国家があったようなのだが、それら全てをひとつにまとめ上げて、怪の国を統一してしまったのだ。
統一後は今まで適当に人間を狩っていた怪であったが、ルールが定められてより効率的に極上の人間の魂を吸収できるようになって、妙庵に楯突く勢力も徐々に大人しくなっていったらしい。
そして、統制された伽沙羅と対抗して戦っていたのが、当時の陰陽師たちであったのだ。
彼らは神魂を用いて怪と戦うこと十数年、大きな被害を受けるも何とか強い怪が日国に来れないように、二国を繋げていたナニかを封印することに成功したのだった。
ちなみに、このナニかは黒衣の記憶が抜け落ちているため、現時点では知ることができない。
――って何この歴史の授業みたいなの!
怪の国とかって、「ヒャッハー」的なの想像してたんだけど、予想以上に普通の国家じゃん!
ぶっちゃけ1200年以上も怪の国を統一してる妙庵と戦えって言われても、絶対に勝てる気がしない。
と、なると、俺はこれからどういう立ち回りをすれば良いのだろうか……。
―
「さて、ここで詩庵様がお昼に仰っていた『怪の村に行って怪たちと戦えるのか』について回答させて頂きます。結論から言うと、詩庵様は現時点で怪の村へ行って、戦うことは可能です。ですが、2等級以上の怪がいない場合に限りでございます」
「2等級以上になると、今の俺じゃ全然立ち行かないんだな……」
「3等級の怪と1対1で戦うなら、良い勝負ができるかと思います。ですが、3等級以外にも怪がいた場合ですと現時点では敗北する可能性が高いかと」
「――そっか……」
黒衣の口からはっきりと、「敗北する」と言う言葉を聞いた俺は、正直凹んでしまった。
ひょっとしたら、結構戦えるんじゃないかという期待もあったのだ。
最近では霊獣と戦っても苦戦することもないし、どうやら俺は少々天狗になっていたみたいだな。
「誤解して頂きたくないのが、あくまでも現時点の話でございます」
現時点という言葉を聞いて、俺は少し期待をしてしまう。
「詩庵様の霊装の能力をお忘れでしょうか? 詩庵様の無個の霊装は、レベルアップするごとに神魂が強くなります。現時点では届かない相手だったとしても、レベルが上がったときの詩庵様では別の話になるのです」
「つ、つまり、怪を倒してレベルを上げることで、今は敵わない怪とも戦えることになるってことだよな!」
「その通りです。さらに詩庵様の器はかなりの大きさがあるため、一回のレベルアップで得られる力は計り知れないものとなるでしょう」
自分でも呆れるくらいに、俺は単純な人間だった。
だってさっきまで落ち込んでたのに、今はもう希望しかないのだから。
「そこで詩庵様にご提案があります。まず平日は今まで通り、霊獣を倒してレベル上げに専念しましょう。しかし、今までのように結界付近で戦っていても、思った成果をあげることはできないと思われます。なので、さらに中心部に近付いて、より強い霊獣と戦いましょう」
話している内に熱が籠ってきたのか、黒衣は少し前のめりになってきた。
「土日は怪の村に行って奴隷となった方々を解放します。基本的には土曜日に偵察して、日曜日に本番という流れです。また、基本的には戦闘は行わずに、霊装断絶を使って深夜に侵入します。そして、奴隷となった人たちを霊扉を使って現世に連れ戻すという計画ではいかがでしょう?」
一気に説明をした黒衣は、疲れてしまったのか若干肩で息していた。
それが面白くて、可愛らしいと思ってしまい、少しだけ笑いながら「問題ないよ」と伝えたら、恥ずかしくなったのか、黒衣は頬を赤らめて俯いてしまった。
―
そして土曜日になり、俺と黒衣はいつもの寺院ではなく、霊獣の森の入り口にいた。
ちなみに、寺院があるところの真逆に位置する場所だ。うーん、今いち伝えにくいのだが、霊獣の森を、同じくらいの広さを持つ中部国に例えると、結界がある方が日国がある東側で、今いる所が中東部諸国がある西側になる
それにしても今更ながら、黒衣の霊扉があって本当に助かった……。
そうじゃなかったら、霊獣の森を抜けるのに何年かかってたことか。
実は地竜という移動手段を手に入れていたのだが、それでも霊獣の森は広すぎた。
まだ神器になる前の黒衣は、当時の仲間と怪の国に何度も潜入していたらしい。
そしてその度に霊獣の森の要所にマッピングを行って、霊扉で飛べる場所をいくつも作ったとのことだった。
黒衣は「その当時は本当に大変でした」と、笑いながら話ていたが、それこそ死に物狂いで達成した成果だったのだろう。
俺は、そんな偉人たちの恩恵に預かっただけの形になってしまったので、正直恐縮してしまうのだが、しっかりと結果を出すことが重要だと意識を変える。
「さて、ここからどうやって村を探すんだ?」
「霊装の気配を察知して、数が多い箇所を目指したいと思います。とはいえ、数が多すぎても手に負えない可能性があるので、小規模な村から狙っていきたいと思っているのですが、いかがでしょうか?」
「いきなり無茶しても仕方がないしな。最初は慎重に行くのは俺も賛成だよ」
「では、ここから一番近くて手頃な村に向かいたいと思います」
―
「あれが、怪の村か……」
霊獣の森にある、一番背の高い木の上で俺と黒衣は村の様子を眺めている。
「あっ、あそこを見てください。人間だと思われる方が、重たそうな荷物を持たされていますよ」
「本当だ。よく見ると、数人くらい同じように働かされている人がいるみたいだな」
こうやって目の前で労働を強いられている姿を見ると、腹の底からグツグツと怒りが湧いてきてしまう。
クソッ、今すぐにでも助け出したのに……。
今の俺には自分の弱さを呪うことしかできないのがとても悔しかった。
村の規模などを確認した俺たちは、黒衣にマッピングをしてもらい、寺院に戻って黒衣と組手の修行をする。
霊獣との戦いは明日の本番に向けて、念の為休むことにした。
黒衣の治癒術があるとはいえ、失った体力までは回復させることが出来ないしな。
そして、修行が終わって、夕食を家で食べた俺たちは、再び怪の村を見るために木の上に戻っていた。
「恐らく奴隷とされている方々は、同じ建物の中に収容されているはずです。その建物を突き止めたら、明日に備えて本日は体を休めましょう」
もうだいぶ夜も更けて、辺りはすでに真っ暗になっている。
しかし、怪の村には松明がそこらかしこに置かれており、意外と明るかったので村の様子が手に取るように分かった。
「ん? あそこを見てくれ。何人もの人が同じ建物に入ってないか?」
「はい。私も確認することができました。あそこの建物が怪しそうですね」
「あぁ、だけどまだあそこの建物には灯りがついてるみたいだから、消えるまではここで見張っていよう」
「分かりました。――どうやらあそこは酒場のようですね」
「え? 怪も酒って飲むの?」
「普通に飲みますよ。体がないくせに、お酒を飲むなんて不思議ですよね。怪の構造って本当にどうなっているのでしょうか」
そう言って、黒衣が指差した方を見ると、確かに人間の酔っ払いみたいに千鳥足でフラフラと歩いている怪がチラホラといるようだった。
「そうなんだ……。っていうか、黒衣にも分からないことってあるんだな」
「分からないことばかりですよ。記憶も失ってますし。ですが、以前失われた記憶も徐々に戻ってきてるんです」
「え? マジで? 良かったじゃん!」
「ありがとうございます」
「何かきっかけとかあったのか?」
「恐らく詩庵様のレベルアップと同時に、私の記憶も戻ってきているようなのです。例えば、黒天を打った刀工の名前も思い出したんですよ!」
「おぉ、凄い! それにしても、なんで今までそのことを教えてくれなかったんだよ?」
「不確実だったので、今まで言うのを控えていたのですが、レベルが5に上がった時に確信したのでお伝えさせて頂きました」
俺のレベルアップと黒衣の記憶の因果関係は分からないけど、俺が戦う理由がまた一つ増えたことは理解した。
黒衣の記憶に関しては以前聞いたことがある。
どうやら過去に体験したことや、知識に関しては全てではないが比較的記憶が残っているようなのだ。
しかし、俺のご先祖様に関することや、それ以外の人間関係などが結構欠落しているらしい。
もし本当に俺のレベルが上がることで黒衣の記憶が戻るんだったら、俺はどんなに強い敵だろうが立ち向かっていける気がする。
だって、黒衣は俺の恩人なのだから。
最初はSランクハンターになりたいっていう、俺の夢のためだけに戦っていたのに、いつの間にか戦う理由がたくさん増えてきたな。
だけど、それは別に嫌なことでは決してなく、今まで頼られることがほとんどなかった俺にとってはむしろ嬉しいことだった。
そのためにも、まずは目の前で苦しんでいる人たちを助けなきゃな。
―
そして翌日の深夜に俺と黒衣は、再び木の上に登っていたが、酒場らしき場所の灯りが消えたのを確認して地面に降りる。
「ご準備はよろしいでしょうか?」
「あぁ、問題ない。昨日立てた作戦通りに行こう」
俺は黒衣が頷いたのを確認してから右手を突き出し、「黒天!」と口にして刀となった黒衣と共に、村へ向かって走り出した。
俺たちの練った作戦はこうだ。
まず霊装断絶で人間が収容されている建物まで行って侵入し、建物内に怪がいないことを確認する。次に霊装断絶を解除して、囚われているみんなを霊扉を使って日国へ帰すというものだった。
しかし、一気に行方不明者が見つかってしまうのと、怪の国の記憶を保持したままだと色々と面倒なことが起きそうだったので、黒衣の『黒夢』を使って記憶を阻害することにした。
黒夢をかけられた人は、攫われた後のことを思い出そうとすると、黒い靄が頭の中で発生してその時の記憶を阻害させるという能力だった。
『よし、建物の前までは問題なく辿り着けたな。あとは、中に怪がいるかどうかだけなんだが……』
『気配はしませんが、念の為油断しないようにしましょう』
俺は音を立てないように、ゆっくりとドアを開くと、中には5人くらいの人たちが雑魚寝をしていた。
中に怪がいないことを確認した俺は、黒衣を人間の姿に戻して一人ずつ声をかけて起こして回る。
起こした途端に大声を出されては困るので、少々申し訳ないと思ったが口を塞いでから一人ひとりに、「私は人間です。あなたたちを助けに来ました」と伝えた。
全員を起こし終わると、奴隷になった人は他にいないかを確認する。
奴隷になっていた人たちは、年齢も性別も怪の国に来た時期もバラバラのようだった。
だけど、共通していたのは、全員が杜京で暮らしている人だったということだ。
俺はそのことが少し気になったけど、今はみんなを無事に杜京へ帰すことが先決だったので、黒衣に指示をして霊扉を出現させてもらった。
囚われていた人たちは突然現れた扉に驚くも、それ以上に帰りたいという思いの方が勝っていたのか、予想以上に素直に指示に従ってくれた。
正直ここで一悶着あるかな? と思っていたので、これは嬉しい誤算だった。
「さぁ、皆さんこの扉を通ってください。そうすれば杜京に戻ることができます」
俺の声に従って、一列になった人たちは扉を潜っていく。
扉の隣に立っていた黒衣は、みんなが扉を潜る直前に黒夢をかけて、記憶阻害の術をかけている。
そして、最後の一人が潜ったのを確認した俺たちは、皆さんの後に続いて杜京に戻った。
かつて怪の国で奴隷にされていた人たちは、杜京に戻って喜んでいる、のではなく、なぜ自分がここにいるのかをよく分かっていないようだった。恐らく黒夢の影響だろう。
俺が「どうしました?」と質問をすると、ここがどこなのか、駅はどっちの方なのか聞かれたので、教えてあげると一人、また一人と駅の方へ向かって歩き始めた。
それを確認した俺たちは、ようやく無事に奴隷を解放できたと実感した。
「詩庵様、やりましたね」
「あぁ、みんなを無事に杜京へ帰すことができたな」
「この調子で、他の皆様も救って差し上げたいですね」
「そうだな。また一緒に頑張ろう」
俺はやり切った満足感が心を満たしていた。
彼らはもう俺たちのことも、怪の国のことも思い出すことはできないけど、俺は間違いなく彼らを救うことができたんだ。
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その頃会議中の皇帝の元へ伯爵から使者が送られる、彼等は捕らえられ教会の地下へと送られた。
皇帝は日課の教会へ向かう途中でタイスと名乗る少女を”宮”へ招待するという、タイスは不安ながらも両親と周囲の反応から招待を断る事はできず”宮”へ向かう事となる。
刑事は離別したパートナーの捜索と惑星の調査の為、巡視艇から下船する事とした、そこで彼は4人の知性体を救出し獣人二人とエルフを連れてエルフの住む土地へ彼等を届ける旅にでる事となる。
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