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第一章

006:無能者

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 龍の灯火で活動を始めてから、早くも6ヶ月が経過しようとしている。
 毎週土日は必ずダンジョンに潜っていたこともあり、優吾たちのレベルは平均7になっていた。
 しかし、ここ最近はレベルの上昇率が落ちている。

 その原因は俺にあった。
 なぜか俺のレベルだけ一向に上がらずに、ずっとレベル1のままだったのだ。
 なんとか6階層までは死に物狂いで着いていったのだが、これ以上下の階層に行くのは危険だと優吾が判断したので、皆のレベルの進捗が鈍化してしまった。

 そして、今日も6階層で戦った俺たちだったのだが、明らかにパーティ内の士気が落ちているのが分かった。その原因が俺だというのがとても心苦しい。
 ダンジョン帰りに俺が俯きながら歩いていると、優吾が申し訳なさそうに話しかけてきた。


「あのさ、これ以上詩庵に合わせていたら、俺たちのレベルが一向に上がらないんだよ。これからは、月に一回俺たちのパーティに参加してもらうっていう形にしてもらえないかな?」

「そ、それはゲストとしての参加になるってことか?」

「うん。平たくいうとそんな感じかな」

「そんなに優しく言う必要ないわよ、優吾。ねぇ、神楽くん。あなたが私たちの足を引っ張ってるの分かってるわよね? 確かに以前はあなたの方が技術もあったし強かったわよ。だけど、レベルが1から上がらないし、今では私たちの戦闘について行くのもやっとって感じじゃない。ゲストで月一参加させてもらえるだけ感謝して欲しいわよ」


 花咲さんの言う通りだった。
 俺が龍の灯火にいる限り、彼らは先に進むことはできない。
 俺は悔しくて仕方がなかったが、認めないといけないことだった。


「花咲さんの言う通りだな……。このまま俺がいたら、龍の灯火の目的の妨げになってしまう。月一でゲスト参加させてもらえるだけありがたいよ」


 そう言う俺のことを、優吾は申し訳なさそうに、花咲さんは当然だというように、学は興味がなさそうに、そして雪宮さんは憐れむように俺のことを見てきた。


「優吾気にしないでくれ。俺のレベルが上がらなかったのが悪いんだから。ゲスト参加させてもらえるだけでも、本当に嬉しいと思ってるんだ」

「詩庵……」

「優吾と花咲さんは、学校で一緒だしこれからも変わらない付き合いをしてくれたら嬉しいな。あと学と雪宮さんは違う学校だから、滅多に会えなくなっちゃうけど、もしダンジョンとかで見かけたらまた仲良く話してくれな?」

「ガハハハハ。詩庵が我々と同じダンジョンで会うことができたら、その時は仲良くしようではないか」

「し、詩庵さん。無理だけはしないでくださいね」


 あぁ、多分全員が俺のことをもう下に見てるんだな。
 仕方がないとはいえ、さすがにキツイわ……。

 こうして俺は龍の灯火から脱退することになった。



 ―



 俺はパーティメンバー――いや、元パーティメンバーと別れて、家に着くとシャワーも浴びずにソファーへ倒れ込んだ。

 なんで俺のレベルだけ上がらないんだよ。
 確かにレベルは人それぞれに上限があって、たくさんレベルが上がること自体が才能だと言われている。

 これが本当だとしたら、俺はレベル上げの才能が皆無だったということになってしまうのだ。

 クソッ!

 レベルが上がらなかったら、高難度のクエストなんてクリアできる訳が無いし、ハンターのランクを上げることすら難しくなる。
 このままだと俺は、どれだけ頑張ってダンジョンに潜っても、ひょっとしたら永遠にJランクのままかも知れないのだ。

 こんなの納得できるわけないだろ。
 それにレベルが上限になったってまだ決まったわけじゃないんだ。
 人によってレベルの上がるタイミングは異なるし、俺が単純に遅すぎるだけかも知れないじゃないか。

 子供の頃からの夢だったんだ。
 こんなにもすぐに諦められるかよ。

 俺が諦めない意志を取り戻そうとしたその時だった。
 すでに半年以上も会話をしていない、幼馴染の言葉を急に思い出してしまった。


『ハンターになるのはやめておきなさい。喧嘩とは違って、ハンターには別の才能が必要になってくるわ。多分あなたにはその才能は備わっていないと思うのよね』


 美湖が言ってた才能って、レベルのことだったのか?

 ――違う。そんなはずはない。
 だって、そんなこと美湖に分かるわけがないんだから。

 俺はそんなことはないと否定するも、あのときの美湖の言葉が脳裏にこびりついてしまい、剥がすことができなくなってしまった。



 ―



 俺が龍の灯火を脱退して、早くも一ヶ月が経過しようとしていた。
 あれから結局ゲスト参加の申し出が来ることはなかった。
 俺から一度打診してみたことがあったが、のらりくらりと躱されてしまったので、さすがに俺の方からお願いすることはもうできない。
 だってかつての仲間が俺に対して、明らかに迷惑そうな対応をするところを何度も見たくないのだから。

 また、パーティ脱退は、学校生活にも影響を与えた。俺がまだメンバーだったときは、優吾と花咲さんの2人と一緒にお昼を食べたり、休憩時間を一緒に過ごしたりしていたが、それすらも避けられるようになってしまい、俺は以前のボッチに逆戻りしてしまったのだ。

 パーティを脱退してからは、ソロで低ランク向けのダンジョンに潜っているのだが、ぶっちゃけ俺一人の力だと2階層目が限度だった。
 2階層目でも複数の魔獣が現れると、対応しきれずに逃げることしかできない。

 あまりにも不甲斐ない自分が、情けなくて仕方がなかった。
 それでも俺がダンジョンに潜り続ける理由は、自分の限界を信じたくなかったからだ。そして、Sランクハンターになる夢だってまだ諦めていない。

 必ず俺のレベルは上がるはずなんだ。
 大丈夫。必ず俺はSランクまで上り詰めてやるんだ。



 ―



 さらに2ヶ月が経過して、気付いたら12月も下旬に差し掛かり、後一週間すれば冬休みという時期になっていた。
 俺は未だにソロでダンジョンに潜り続けている。
 しかし、レベルはまだ1のままだった。

 俺は幼少の頃よりずっと続けていた、剣術の素振りが終わって、ソファで寛ぎながらハンターギルドにある掲示板を眺めていると、龍の灯火のスレッドが出来ていたので見にいってみた。

 その後の龍の灯火は、新メンバーを追加して破竹の勢いで成長をしているらしい。さらに、パーティランクもHになって、新人パーティの中では一番の有望株と言われるまでになっているとのことだった。

 やっぱりあいつらは凄いと、俺は素直に感心してしまう。
 これからもっと成長して行くんだろうな。
 俺はかつての仲間たちが、たくさんの人たちに注目されていることを知って、とても嬉しい気持ちになったのだ。

 なので、俺は翌日の学校で「おめでとう」と一言伝えるために、お昼休憩に向かった優吾と花咲さんの後を追うことにした。


「最近私たちも調子が良いわね。もう少しでGランクも狙えるんじゃないかしら?」

「あぁ、あの無能がいなくなってから、俺たちの調子も右肩上がりだしな。あとやっぱり学が連れてきてくれた、音也が凄いよな。戦闘スタイルはあの無能と一緒なのに、活躍の仕方が全然違うし」

「酷いことを言うのね、優吾は。あの無能だって一応は頑張ってたんだから。それにしても、あの人まだ諦めずにダンジョンに潜ってるらしいわよ。無能なんだから、さっさと諦めたら良いのにね」

「お前の方が酷いこと言ってんじゃんよ。まぁ、正直あいつのせいで結構な時間を無駄にしたんだから、恨み言の一つや二つ言いたくなるってもんだよな」

「まぁ、もう良いじゃない。あの無能とはもう関わることないんだからさ」


 ――あの無能?
 それって俺のことなのか?
 花咲さんが俺にキツく当たってたのは知ってたから、辛辣なことをいうのはまだ分かるけど、優吾お前までそんな風に俺のことを思っていたのか。

 さすがにこの会話を聞いた後に、「おめでとう」なんて言えるわけもなく、俺は教室へ戻っていった。
 すると今まで気にしていなかったのだが、クラスメイトの俺を見る目が、人のことを嘲笑しているような感じがした。

 その視線に内心戸惑っていると、今まで話したこともなかったクラスメイトが、俺のところにやってきた。


「ねぇ。なんで優吾くんたちの後を追ってすぐに帰ってきたの? ひょっとしてやっと自分が無能だって言われてることに気づいたのかな?」


 彼がそう言うと、周りのクラスメイトもクスクスと笑っていた。
 ク、クラスメイト全員が、俺の脱退理由を知っているのか?
 しかも、『無能』という呼び名まで浸透しているとは……。


「神楽くんってずっとレベルが1のままなんだってね? それなのになんでハンターなんて続けてるのかな? せっかく勉強ができるんだから、そっちを頑張ればいいのに」

「俺が何に力を入れようが、自分の勝手だろ……」


 俺は戯言を言うクラスメイトに対して、憎々しげに睨みつけてしまった。
 するとそのクラスメイトは「うわっ、こわっ」と言ってわざとらしく体を震えさせた。


「やっぱり元ヤンの睨みは鋭いよね。だけど、元ヤンなのに万年レベル1ってちょっとウケるね」


 徹底的に煽ってくるこのクラスメイトは、一体俺になんの恨みがあって絡んでくるのだろうか。
 つか、なんでこいつは俺が昔グレていたことを知ってるんだ?
 この学校で一緒の中学だったやつなんて、俺以外では2人しかいない。
 ってことは美湖か真田さんのどちらかが言ったってことなのか?

 俺が呆然としていると、「そろそろ良い加減にしろよ」と止めに入ったクラスメイトがいた。そいつは美湖と一緒にいつも楽しそうに話している、クール系のインテリ眼鏡イケメンこと秋篠雄馬あきしのおうまだった。


「弱い者イジメなんてダサいことは止めような。彼だって頑張っているんだ。だから陰ながら応援してれば良いじゃないか」

「――まぁ、雄馬くんが言うならそうすることにするよ」


 名も知らぬクラスメイトの返事に満足したのか、秋篠は微笑を浮かべながら俺の方を向く。


「色々と嫌な思いをさせて悪かったね。だけど、身の程を知って自分に出来ることを頑張った方が健全だと思うよ」


 秋篠は俺のことを見下しながら、有難いお言葉を残して美湖の元へ戻っていく。秋篠の背を眺めていると、美湖が眉間に皺を寄せながら、俺の方を見ていることに気が付いた。約8ヶ月ぶりに交わった美湖の目は、見ていると凍えてしまうのではないかと錯覚するくらい冷たかった。
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