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レベル1.異世界の女騎士が俺の家に住むことになったがポンコツだった件
4.女騎士とベッド
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被害はそこまでひどくなかった。
クローゼットや戸棚にしまってあったものはほぼ無事、机やベッドもちょっと位置がずれただけで取り返しのつかなくなるようなダメージは負っていなかった。
だがいかんせん水の被害がひどい。
さっきリファが使用した「浄化」の時のウン十倍はひどい。
特に本棚の本。散らばっただけならまだいいが、その全てがぐっしょりと濡れていた。
別に重要な書類があったわけではない。どれも中古で買った漫画や雑誌だ。
とはいえ結構な額を費やしてきたものであるだけに、やはり痛いもんは痛い。
乾かしたとしても全部ごわごわになっちゃうんだろうなぁ、これ……。
いや、全部俺が悪いですよ? いくらリファに対する防衛手段を行使したのだとしても、明らかに頭に「過剰」がつくもんですよ?
はぁーあ、今日だけで何回掃除しなきゃいけないんだよもう……。
リファも最初は勝手に元素封入器を使ったことには怒っていたものの、すぐに「危険性をろくに説明せずに放置しておいた自分にも非はある」と言ってきた。
なんでも、元素封入器は日常生活だけではなく、武器としても非常に有用性が高いそうだ。
リファがアーマーの中に隠し持っていたものも、護身用にと常備していたものだったらしい。
確かに、叫ぶ「用途」次第では生活の助けにもなれば凶器にもなる、まさに両刃の剣。そこんところの理解が甘かったようだ。
それを聞いて俺は、危険な目に合わせたことを素直に謝罪すると、リファは戸惑いながらも許してくれた。
というか部屋はまだしも、リファ自身がそんなにダメージを受けてないことにも驚いた。
「大旋風」のターゲットはこいつであって、部屋はその二次被害に過ぎない。
強烈な攻撃魔法が直撃しても平然としている様はやはり騎士ゆえというわけだろうか。だてに戦場を生き延びているわけじゃないということか。
その後は二人してせっせと文字通り嵐が過ぎ去った部屋を片付けた。
二人で協力したとはいえ、結構な時間がかかり、終えた頃には既に夕立は止み、日は地平線の向こう側へ沈んでいた。
夕飯の仕方をレクチャーすると約束したものの、色々ありすぎて心身ともにくたびれ果てた俺は先延ばしするということでリファに了承を取った。
代わりに、リファに改めてシャワーを浴びせている間に近所のコンビニで幾つかパンを調達してきた。
焼きそばパン、あんぱん、ツナマヨパン、ぶどうパン、クリームパン、ジャムパン、カツサンド……。
ちゃぶ台に広げられたパンの数々を品定めするように見つめながらリファが呟く。
「これは……パンか?」
「ああ、コンビニで買ってきたやつだ。辛いのはないから安心しろ」
「こんびに……とはパン屋のことか?」
「パンもそうだけど、食べ物以外にもいろいろ、生活に必要なもんを安く取り揃えてる店だ。質はアレだけど」
「そんな便利な店があるのか!?」
「この世界で『便利な店』っていうのを略した言葉だからな。実際俺も世話になってる」
「おお……道具だけでなく、店までとことん利便性に特化しているのだな……だが」
つんつん、とリファはパンの袋を指先で突きながら微妙な表情をした。
「なんだか、どのパンも湿気てやいないか? とても焼きたてには思えん質感なのだが……」
「質はアレだって言っただろ。焼き立てが欲しけりゃパン屋に行けってことだ。単純に安く済ませたい奴らが利用するとこなんだよ」
「安ければなんでもいいのか……? ものを買う際にはもっと考慮するところがあると思うのだが」
「もちろん全部コンビニで済ますわけじゃないさ。今日はとりあえず手っ取り早く食料を用意したかったからな。さ、話はこんくらいにして食おうぜ」
「あ、ああ」
夕飯にパンと水っていう構図もどうかという感じだが、状況が状況だけに仕方あるまい。
リファはぶとうぱん、あんパン、クリームパン、ジャムパンを平らげ、残りを俺が頂いた。チョイス的にどうやら彼女は甘いものが好きらしい。
珍しい味だな、などと興味があるような感想をこぼしたものの、おにぎりの時のようにテンションMAXで美味しいと言うことはなかった。
夕餉を終えると、時計は20時を少し回っていた。
遊び盛りな大学生にとってこんな時間はまさに一番フィーバー(意味不明)するような頃合いだが、今の俺にそんな余力はなかった。
リファもリファで、掃除の疲れが出てきているのかうつらうつらとしているご様子。
そろそろ寝るか。
月末の電気代が怖くなるほどドライヤーをフル活用して乾かしたベッドは、まだ若干湿っていたものの気にはならないレベルだった。
「リファ、寝るならベッドで寝な」
「んー……べっど……」
寝ぼけ眼をこすりながらお眠な女騎士は返事をし、ふらふらとリビングの端っこにあるベッドの方まで歩くとそこに倒れ込んだ。
「おぉ~、なんだかすごく柔らかいな」
「ベッドだからね」
「兵舎の寝床はこんなものではなかったぞ」
ごろごろとベッドの上で転がりながらリファは言う。
「ワイヤードのベッドっでどんな作りなんだ?」
「身分にもよるが、私の使っていたのは布に藁を詰めただけのものだった」
それは……質素といいますか、粗末といいますか……実際に寝たことないからわからんが。
「寝心地が良くてはいけないんだ。軍の人間は、寝ている間だろうと有事の際などにはすぐに対応しなくてはならないからな」
「あー、たしかにそうかもな」
「それに、頭には剣を枕代わりに敷いて寝ていたな」
「徹底してんだな」
「騎士たるもの、常に国を守るという意識を持たなくてはならん」
――もう、その必要もないのだがな。
と、感慨深そうにリファは付け加える。
俺はそんな彼女にを見つめながらさりげなく訊いた。
「あのさ、リファ。お前って、向こうの世界に未練とかないのか?」
「え?」
「だって突然死んで、わけもわからないまま見たこともない世界に送られて……色々思うところはあるんじゃないかと思うんだけど」
「思うところ……とは?」
枕に埋めた顔を上げてリファは問い返した。
「だって、騎士としての使命を半ば強制的に諦めなきゃいけなくなったわけだし。それにほら、向こうで付き合いのあった人達とももう二度と会えないんだろ? 騎士団の仲間とか、親とか」
「……なんだ、そんなことか」
ふっ、と鼻で笑われた。そんなことって……めちゃくちゃ重要なことだろ。なんかここに来たときから妙に落ち着きすぎなんだよな。なんというかこう、全てを完全に受け入れてるというか。もっと慌てたり悩んだりするだろふつー。
だが若き女騎士は寝返りを打って天井を見つめながら端的に答え始めた。
「騎士というのは、いつ死んでもおかしくない仕事だ」
「はい?」
「戦はもう何度も経験してる、そしてその度に大勢の仲間の命が散っていくのを目の当たりにしてきた。そしていつもこう思ってきた。『明日は私が彼らの後を追うのだろうか』と」
「……死を常に覚悟してたってことか」
「ああ。私自身死の淵には数え切れないほど立たされた。否、兵士というものは皆いつもそこに立っているんだ。そして順々に足を踏み外して堕ちていく。今回は私の番だったというだけだろう」
俺の問に、目を閉じて彼女は首肯した。
「それに仲間など、常に新しい顔ぶれを知っては忘れていくものだ。長く付き合いのあった者などいない。覚えそうになった頃には、既にそいつは土の下にいたからな」
「……じゃあ親は? 家族とかはそうそう忘れられるもんじゃないだろ」
「いない」
今度は即答だった。
「というより顔を知らない。赤ん坊の頃どこで育ったのか、幼少期を誰と過ごしていたのかがまったく思い出せない」
「えぇ……」
「物心がついた時には、既に私は軍の養成所にいたんだ。そこにいるのは戦災孤児や捨て子が大半だったからな、大方私も似たような境遇にあったんだと思う」
「……」
「その時からもう私にとっては『その時生きている自分』が全てだった。過去になど縛られず、常に自分が現在置かれている状況の中ですべきことだけを考えていろと。そう養成所の教官に毎日叩き込まれた」
過去に縛られない。自分のルーツ含め、国を守るために戦う騎士にとってはそういった個々の事情など枷に等しいということか。そういう洗脳に近い教育を受け続けてきたリファには、ワイヤードでのことなど文字通り「過ぎ去ったこと」に他ならないということか。
「そりゃ異世界に転生なんて話になったときは当然驚いたともさ。だが、『死んだこと』自体は既に受け入れている。もう割り切ったから、未練もしがらみもないさ」
「マジかよ」
「ここで取り乱したところで、元の暮らしに戻れるわけでもないからな。たとえ元の場所とは異なる世界であってもこうして命があり、住む場所や食べるものがあるだけ十分ありがたいと思っているよ」
つまり、今彼女の心の内にあるのは「この世界でどう生きていくか」ということだけ。
まぁ、そうでもなきゃいきなり俺に「この家に住むから暮らし方教えろ」なんて頼み込めるわけねぇか。潔いというか切り替えの早いお人だ。でも、こうやって前向きで主体性のある方がこっちとしてもスムーズに色々教えられることは確かだ。そのへんは結構助かる。
「なんつーか、強いな。あんた」
「トーゼンだ。なにせ私は元騎士団兵長だからな!」
えへんと胸を張っていばる女騎士様。そっちの意味で言ったんじゃないんだけど……まぁいいか。
「しかし、本当に不思議な感触だなこのベッド。反発性が良いというか」
「スプリング……まぁ、そういう仕掛けが施してあるんだよ。新感覚を楽しみたい気持ちはわかるが……やたらボヨンボヨン飛び跳ねるのはやめれ」
「あぅ」
ボヨンボヨン飛び跳ねていたリファは動きを止めた。
「さて、じゃあ明かり消すぞ? また明日な」
「あ、待ってくれ。マスターはどこで寝るのだ?」
いきなりの言葉に俺は唖然とした。
「いや、俺は床で雑魚寝するよ」
「何故だ? マスターを差し置いて私だけこんな待遇受けるわけには……だったら私が床で……」
「いいよいいよ。明日あたり新しい布団とか買いに行くし、今日だけだから心配すんなって」
「しかし、これでは私も私で気が収まらんというか……ゆっくり休める気がしないぞ」
「でも、ベッドって一つしかないし、お前と一緒の寝床で寝るわけにも……」
「……あ」
しばらくフリーズした後、またまた赤面するリファさん。今日で何回目だよ。
またワチャワチャと騒ぎ立てるものかと身構えたが。
なんと、今度はもじもじと恥ずかしげに目を泳がせている。何だこの反応。
「い、いいのではないか?」
「は!?」
「べ、別に同衾しても良いと言っている!」
何言ってだこいつ(3回目)
あんだけ破廉恥だなんだと喚いておきながら、自分から添い寝志望とかわけわかめ。
「か、勘違いするな! マスターが想像しているようないかがわしい事を考えているわけではでは断じてない! 私はマスターの自宅警備隊! 故に、家主たるマスターの寝込みが襲われぬようしっかり傍についている必要がある!」
「……」
「だから……だからたとえ同じベッドで寝ていても何ら問題はなかろう!」
赤面しながらそう早口でおっしゃるリファ女史。
なるほど、うまい言い方もあるもんだな。
俺はそう思ってフッと笑うと、
「分かったよリファ。自宅警備隊としての初仕事、ちゃんと頼むぞ」
「う、うむ! 任せておくが良い!」
ふんす、と鼻息を立ててリファは言った。
大きめのサイズのベッドを購入してもらったのが吉と出たか、二人一緒に並んで寝てもそう窮屈ではなかった。
羽毛布団をかけ、照明のリモコンを手に取る。
「んじゃ、今度こそ電気消すぞ」
「あ、ああ」
ぴ、ぴ。
と、明るかった室内が一瞬にして闇夜に染まる。
騒がしかった室内が一瞬にして静寂に包まれる。
…………。
いきなり女騎士が転生して、しかも俺の部屋に現れて、そればかりか住むことになって。
ジャージを着せて。
おにぎりを一緒に作って。
シャワーの浴び方を教えて。
部屋で大嵐を巻き起こして一緒に片付けをして。
一緒のベッドで、寝る。
これがたった半日の間に起きたことである。
我ながら凄まじい一日だった。人生史上最高に濃密な経験してるよな。
それを簡単に受け入れちゃってる俺も俺だけどさ。
もしかしたら、これが全部夢だったりするんだろうか。明日目が覚めたら、全部なかったことになってたりするんだろうか。
その方がまだ納得できる気がするけど。
「マスター」
ふいに隣のリファが俺を呼んだ。
「なんだよ」
「明日……よければ、その『こんびに』とやらに連れて行ってはもらえないか?」
「え?」
「や、別にどうしてもそこに行きたいというわけではなくてだな。ただ、この世界の外の風景や町並みを見てみたくて……」
「……」
「これから……その、この世界でマスターと暮らしていくのだから、な?」
「リファ……」
俺はそれを聞いて自覚した。
この一連の出来事は夢かもしれない。夢であるとした方が納得できるかもしれない。
でも、だとしても、現実であってほしい、夢でも覚めてほしくない。
そう思ってる自分がいることに。
「分かったよ。天気が良ければ、一緒に出かけよう」
「……ありがとう、マスター」
そっと体を寄せられ、耳元で囁かれた甘ったるい声に俺は一瞬だけドキっとしてしまう。
「不束者だが、明日からもよろしく頼む」
「う、うん……こ、こちらこそ」
ぎこちない調子で言うと、くすくすとリファの笑う声がした。恥ずかしいなもう。
「では、おやすみ、マスター」
「……ああ」
そんなこんなで、奇妙奇天烈摩訶不思議な俺の大学生活のとある一日が終了した。
まさに光陰矢のごとし。いつもは退屈すぎるほど遅い時間があっという間に過ぎてしまった。
はてさて、これからどうなりますことやら。
異世界からやってきた女騎士という非日常が加わったことにより、俺の暮らしにどういう変化が訪れるのか。
こうなった以上、とことんやってやろうじゃないの。
俺はこれから始まる、新たな同居人を迎えての新生活に不安と期待を抱きながら、そっと目を閉じた。
ではでは、今日はこのへんで。
――おやすみなさい。
そして。
額に頭突き5回。
胸板にパンチ8回。
腹部に膝蹴り13回。
上腕部に肘突き4回。
膝に踵蹴り6回。
以上の寝技をリファ様からありがたく頂戴した。
もう絶対こいつとは一緒のベッドで寝ねぇ!!!
クローゼットや戸棚にしまってあったものはほぼ無事、机やベッドもちょっと位置がずれただけで取り返しのつかなくなるようなダメージは負っていなかった。
だがいかんせん水の被害がひどい。
さっきリファが使用した「浄化」の時のウン十倍はひどい。
特に本棚の本。散らばっただけならまだいいが、その全てがぐっしょりと濡れていた。
別に重要な書類があったわけではない。どれも中古で買った漫画や雑誌だ。
とはいえ結構な額を費やしてきたものであるだけに、やはり痛いもんは痛い。
乾かしたとしても全部ごわごわになっちゃうんだろうなぁ、これ……。
いや、全部俺が悪いですよ? いくらリファに対する防衛手段を行使したのだとしても、明らかに頭に「過剰」がつくもんですよ?
はぁーあ、今日だけで何回掃除しなきゃいけないんだよもう……。
リファも最初は勝手に元素封入器を使ったことには怒っていたものの、すぐに「危険性をろくに説明せずに放置しておいた自分にも非はある」と言ってきた。
なんでも、元素封入器は日常生活だけではなく、武器としても非常に有用性が高いそうだ。
リファがアーマーの中に隠し持っていたものも、護身用にと常備していたものだったらしい。
確かに、叫ぶ「用途」次第では生活の助けにもなれば凶器にもなる、まさに両刃の剣。そこんところの理解が甘かったようだ。
それを聞いて俺は、危険な目に合わせたことを素直に謝罪すると、リファは戸惑いながらも許してくれた。
というか部屋はまだしも、リファ自身がそんなにダメージを受けてないことにも驚いた。
「大旋風」のターゲットはこいつであって、部屋はその二次被害に過ぎない。
強烈な攻撃魔法が直撃しても平然としている様はやはり騎士ゆえというわけだろうか。だてに戦場を生き延びているわけじゃないということか。
その後は二人してせっせと文字通り嵐が過ぎ去った部屋を片付けた。
二人で協力したとはいえ、結構な時間がかかり、終えた頃には既に夕立は止み、日は地平線の向こう側へ沈んでいた。
夕飯の仕方をレクチャーすると約束したものの、色々ありすぎて心身ともにくたびれ果てた俺は先延ばしするということでリファに了承を取った。
代わりに、リファに改めてシャワーを浴びせている間に近所のコンビニで幾つかパンを調達してきた。
焼きそばパン、あんぱん、ツナマヨパン、ぶどうパン、クリームパン、ジャムパン、カツサンド……。
ちゃぶ台に広げられたパンの数々を品定めするように見つめながらリファが呟く。
「これは……パンか?」
「ああ、コンビニで買ってきたやつだ。辛いのはないから安心しろ」
「こんびに……とはパン屋のことか?」
「パンもそうだけど、食べ物以外にもいろいろ、生活に必要なもんを安く取り揃えてる店だ。質はアレだけど」
「そんな便利な店があるのか!?」
「この世界で『便利な店』っていうのを略した言葉だからな。実際俺も世話になってる」
「おお……道具だけでなく、店までとことん利便性に特化しているのだな……だが」
つんつん、とリファはパンの袋を指先で突きながら微妙な表情をした。
「なんだか、どのパンも湿気てやいないか? とても焼きたてには思えん質感なのだが……」
「質はアレだって言っただろ。焼き立てが欲しけりゃパン屋に行けってことだ。単純に安く済ませたい奴らが利用するとこなんだよ」
「安ければなんでもいいのか……? ものを買う際にはもっと考慮するところがあると思うのだが」
「もちろん全部コンビニで済ますわけじゃないさ。今日はとりあえず手っ取り早く食料を用意したかったからな。さ、話はこんくらいにして食おうぜ」
「あ、ああ」
夕飯にパンと水っていう構図もどうかという感じだが、状況が状況だけに仕方あるまい。
リファはぶとうぱん、あんパン、クリームパン、ジャムパンを平らげ、残りを俺が頂いた。チョイス的にどうやら彼女は甘いものが好きらしい。
珍しい味だな、などと興味があるような感想をこぼしたものの、おにぎりの時のようにテンションMAXで美味しいと言うことはなかった。
夕餉を終えると、時計は20時を少し回っていた。
遊び盛りな大学生にとってこんな時間はまさに一番フィーバー(意味不明)するような頃合いだが、今の俺にそんな余力はなかった。
リファもリファで、掃除の疲れが出てきているのかうつらうつらとしているご様子。
そろそろ寝るか。
月末の電気代が怖くなるほどドライヤーをフル活用して乾かしたベッドは、まだ若干湿っていたものの気にはならないレベルだった。
「リファ、寝るならベッドで寝な」
「んー……べっど……」
寝ぼけ眼をこすりながらお眠な女騎士は返事をし、ふらふらとリビングの端っこにあるベッドの方まで歩くとそこに倒れ込んだ。
「おぉ~、なんだかすごく柔らかいな」
「ベッドだからね」
「兵舎の寝床はこんなものではなかったぞ」
ごろごろとベッドの上で転がりながらリファは言う。
「ワイヤードのベッドっでどんな作りなんだ?」
「身分にもよるが、私の使っていたのは布に藁を詰めただけのものだった」
それは……質素といいますか、粗末といいますか……実際に寝たことないからわからんが。
「寝心地が良くてはいけないんだ。軍の人間は、寝ている間だろうと有事の際などにはすぐに対応しなくてはならないからな」
「あー、たしかにそうかもな」
「それに、頭には剣を枕代わりに敷いて寝ていたな」
「徹底してんだな」
「騎士たるもの、常に国を守るという意識を持たなくてはならん」
――もう、その必要もないのだがな。
と、感慨深そうにリファは付け加える。
俺はそんな彼女にを見つめながらさりげなく訊いた。
「あのさ、リファ。お前って、向こうの世界に未練とかないのか?」
「え?」
「だって突然死んで、わけもわからないまま見たこともない世界に送られて……色々思うところはあるんじゃないかと思うんだけど」
「思うところ……とは?」
枕に埋めた顔を上げてリファは問い返した。
「だって、騎士としての使命を半ば強制的に諦めなきゃいけなくなったわけだし。それにほら、向こうで付き合いのあった人達とももう二度と会えないんだろ? 騎士団の仲間とか、親とか」
「……なんだ、そんなことか」
ふっ、と鼻で笑われた。そんなことって……めちゃくちゃ重要なことだろ。なんかここに来たときから妙に落ち着きすぎなんだよな。なんというかこう、全てを完全に受け入れてるというか。もっと慌てたり悩んだりするだろふつー。
だが若き女騎士は寝返りを打って天井を見つめながら端的に答え始めた。
「騎士というのは、いつ死んでもおかしくない仕事だ」
「はい?」
「戦はもう何度も経験してる、そしてその度に大勢の仲間の命が散っていくのを目の当たりにしてきた。そしていつもこう思ってきた。『明日は私が彼らの後を追うのだろうか』と」
「……死を常に覚悟してたってことか」
「ああ。私自身死の淵には数え切れないほど立たされた。否、兵士というものは皆いつもそこに立っているんだ。そして順々に足を踏み外して堕ちていく。今回は私の番だったというだけだろう」
俺の問に、目を閉じて彼女は首肯した。
「それに仲間など、常に新しい顔ぶれを知っては忘れていくものだ。長く付き合いのあった者などいない。覚えそうになった頃には、既にそいつは土の下にいたからな」
「……じゃあ親は? 家族とかはそうそう忘れられるもんじゃないだろ」
「いない」
今度は即答だった。
「というより顔を知らない。赤ん坊の頃どこで育ったのか、幼少期を誰と過ごしていたのかがまったく思い出せない」
「えぇ……」
「物心がついた時には、既に私は軍の養成所にいたんだ。そこにいるのは戦災孤児や捨て子が大半だったからな、大方私も似たような境遇にあったんだと思う」
「……」
「その時からもう私にとっては『その時生きている自分』が全てだった。過去になど縛られず、常に自分が現在置かれている状況の中ですべきことだけを考えていろと。そう養成所の教官に毎日叩き込まれた」
過去に縛られない。自分のルーツ含め、国を守るために戦う騎士にとってはそういった個々の事情など枷に等しいということか。そういう洗脳に近い教育を受け続けてきたリファには、ワイヤードでのことなど文字通り「過ぎ去ったこと」に他ならないということか。
「そりゃ異世界に転生なんて話になったときは当然驚いたともさ。だが、『死んだこと』自体は既に受け入れている。もう割り切ったから、未練もしがらみもないさ」
「マジかよ」
「ここで取り乱したところで、元の暮らしに戻れるわけでもないからな。たとえ元の場所とは異なる世界であってもこうして命があり、住む場所や食べるものがあるだけ十分ありがたいと思っているよ」
つまり、今彼女の心の内にあるのは「この世界でどう生きていくか」ということだけ。
まぁ、そうでもなきゃいきなり俺に「この家に住むから暮らし方教えろ」なんて頼み込めるわけねぇか。潔いというか切り替えの早いお人だ。でも、こうやって前向きで主体性のある方がこっちとしてもスムーズに色々教えられることは確かだ。そのへんは結構助かる。
「なんつーか、強いな。あんた」
「トーゼンだ。なにせ私は元騎士団兵長だからな!」
えへんと胸を張っていばる女騎士様。そっちの意味で言ったんじゃないんだけど……まぁいいか。
「しかし、本当に不思議な感触だなこのベッド。反発性が良いというか」
「スプリング……まぁ、そういう仕掛けが施してあるんだよ。新感覚を楽しみたい気持ちはわかるが……やたらボヨンボヨン飛び跳ねるのはやめれ」
「あぅ」
ボヨンボヨン飛び跳ねていたリファは動きを止めた。
「さて、じゃあ明かり消すぞ? また明日な」
「あ、待ってくれ。マスターはどこで寝るのだ?」
いきなりの言葉に俺は唖然とした。
「いや、俺は床で雑魚寝するよ」
「何故だ? マスターを差し置いて私だけこんな待遇受けるわけには……だったら私が床で……」
「いいよいいよ。明日あたり新しい布団とか買いに行くし、今日だけだから心配すんなって」
「しかし、これでは私も私で気が収まらんというか……ゆっくり休める気がしないぞ」
「でも、ベッドって一つしかないし、お前と一緒の寝床で寝るわけにも……」
「……あ」
しばらくフリーズした後、またまた赤面するリファさん。今日で何回目だよ。
またワチャワチャと騒ぎ立てるものかと身構えたが。
なんと、今度はもじもじと恥ずかしげに目を泳がせている。何だこの反応。
「い、いいのではないか?」
「は!?」
「べ、別に同衾しても良いと言っている!」
何言ってだこいつ(3回目)
あんだけ破廉恥だなんだと喚いておきながら、自分から添い寝志望とかわけわかめ。
「か、勘違いするな! マスターが想像しているようないかがわしい事を考えているわけではでは断じてない! 私はマスターの自宅警備隊! 故に、家主たるマスターの寝込みが襲われぬようしっかり傍についている必要がある!」
「……」
「だから……だからたとえ同じベッドで寝ていても何ら問題はなかろう!」
赤面しながらそう早口でおっしゃるリファ女史。
なるほど、うまい言い方もあるもんだな。
俺はそう思ってフッと笑うと、
「分かったよリファ。自宅警備隊としての初仕事、ちゃんと頼むぞ」
「う、うむ! 任せておくが良い!」
ふんす、と鼻息を立ててリファは言った。
大きめのサイズのベッドを購入してもらったのが吉と出たか、二人一緒に並んで寝てもそう窮屈ではなかった。
羽毛布団をかけ、照明のリモコンを手に取る。
「んじゃ、今度こそ電気消すぞ」
「あ、ああ」
ぴ、ぴ。
と、明るかった室内が一瞬にして闇夜に染まる。
騒がしかった室内が一瞬にして静寂に包まれる。
…………。
いきなり女騎士が転生して、しかも俺の部屋に現れて、そればかりか住むことになって。
ジャージを着せて。
おにぎりを一緒に作って。
シャワーの浴び方を教えて。
部屋で大嵐を巻き起こして一緒に片付けをして。
一緒のベッドで、寝る。
これがたった半日の間に起きたことである。
我ながら凄まじい一日だった。人生史上最高に濃密な経験してるよな。
それを簡単に受け入れちゃってる俺も俺だけどさ。
もしかしたら、これが全部夢だったりするんだろうか。明日目が覚めたら、全部なかったことになってたりするんだろうか。
その方がまだ納得できる気がするけど。
「マスター」
ふいに隣のリファが俺を呼んだ。
「なんだよ」
「明日……よければ、その『こんびに』とやらに連れて行ってはもらえないか?」
「え?」
「や、別にどうしてもそこに行きたいというわけではなくてだな。ただ、この世界の外の風景や町並みを見てみたくて……」
「……」
「これから……その、この世界でマスターと暮らしていくのだから、な?」
「リファ……」
俺はそれを聞いて自覚した。
この一連の出来事は夢かもしれない。夢であるとした方が納得できるかもしれない。
でも、だとしても、現実であってほしい、夢でも覚めてほしくない。
そう思ってる自分がいることに。
「分かったよ。天気が良ければ、一緒に出かけよう」
「……ありがとう、マスター」
そっと体を寄せられ、耳元で囁かれた甘ったるい声に俺は一瞬だけドキっとしてしまう。
「不束者だが、明日からもよろしく頼む」
「う、うん……こ、こちらこそ」
ぎこちない調子で言うと、くすくすとリファの笑う声がした。恥ずかしいなもう。
「では、おやすみ、マスター」
「……ああ」
そんなこんなで、奇妙奇天烈摩訶不思議な俺の大学生活のとある一日が終了した。
まさに光陰矢のごとし。いつもは退屈すぎるほど遅い時間があっという間に過ぎてしまった。
はてさて、これからどうなりますことやら。
異世界からやってきた女騎士という非日常が加わったことにより、俺の暮らしにどういう変化が訪れるのか。
こうなった以上、とことんやってやろうじゃないの。
俺はこれから始まる、新たな同居人を迎えての新生活に不安と期待を抱きながら、そっと目を閉じた。
ではでは、今日はこのへんで。
――おやすみなさい。
そして。
額に頭突き5回。
胸板にパンチ8回。
腹部に膝蹴り13回。
上腕部に肘突き4回。
膝に踵蹴り6回。
以上の寝技をリファ様からありがたく頂戴した。
もう絶対こいつとは一緒のベッドで寝ねぇ!!!
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