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買い物 前編

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 帝国歴43年4月。
 10歳の誕生日プレゼントとして、外出許可を貰ったアグネスは早速街に出る事を決意する。
 昨日は、密かに憧れていた街での買い物を想像し、ろくに眠れなかった。

「ディートハルト! 今日は街に出て買い物をする。
 供を致せ!」

「やです!」

 ディートハルトはそれをきっぱり断った。

「お主に断る権限などないわーっ!」

「今日は、久しぶりに寂しい中年親父のローラントと二人で寂しくトランプでもしようかと――」

「どうでもいい理由ではないかー! 何で寂しい事を自らするのじゃあ!」

「まあ、どうでもいいのは確かにその通りなんですが、姫の買い物に付き合わされるのはもっとどうでもいいというか……」

 ディートハルトは女の買い物に付き合う気はさらさらなかった。

「ぬうぅ! 
 これは命令じゃ! わかったらさっさと仕度を済ませるのじゃー!」

「ふうっ……わかりました」

 ディートハルトは渋々承諾する。
 ディートハルトが渋った理由は他にもいくつかあった。
 それは、外出の条件の一つに自分が必ず同伴しなくてはならないというもの、また、二人ではなく四人体制が義務付けられている事。
 つまり、アグネスが外出すればするほど、プリンセスガードの労働時間が増えてしまうのだ。
 ディートハルトは定められた労働時間以上は決して働きたくないタイプの人間であり、俗にいう休みは欲しい人であった。

◇――

 5人は宮殿を出て城下町を歩く。

「それで姫、一体何処へ行くおつもりですか?」

「うむっ! まずは服屋に行きたいのじゃ!」

 この言葉を聞き、イザークとカミルとルッツの3人は『なるほど』と思った。
 実に女の子らしい発想である。
 服屋さんに行き、気に入る服を探し、見つけたら試着してみたいという事だろう。

「服なんて、皇帝陛下に頼めば一流の職人に仕立てて貰えますよ?
 わざわざ安ものに手を出す必要は――」

 しかし、自分の興味のない買い物を楽しいと思わないディートハルトは、空気を読まずめんどくさそうに答えた。

「何でお主は、先程から余の気を削ぐような事ばかりいうのじゃあ!
 とにかく進まんかーっ!」

「あーはいはい……」

(リーダーやる気ない……)

 イザークは胃が再び痛む事を憂わずにはいられなかった。
 商店街を歩いている途中、とある店の看板がディートハルトの目に止まった。
 剣を交差させた看板を掲げた武器屋である。

「姫! 手始めにこの店に入りましょう!」

(完全に自分本意だこの人……)

「むむっ? どうしてじゃ?」

「いいから!」

 ディートハルトはアグネスの返事も聞かずに我先にと店へ入っていく。
 仕方ないのでアグネスも一先ず中に入る事にした。

「へぇ~! 中々いいじゃない。」

 ディートハルトは早速、店に置いてある剣を抜き白刃を物色し始めた。
 今の所、どの武器も筋がいいというか、水準以上の出来栄えである。

「お客さん中々良い目をしておられますね。
 そうなんですよ。この店の武器は全てアポイタカラから輸入したものです。」

 アポイタカラとは、中原の西にある山地アルシアに居を構えるドワーフの勢力である。
 鍛冶技術に優れたドワーフ達で構成される職人集団であり、大陸で最も標高の高いアルシア山に聳え立つアルシア城は世界最大の鍛冶場でもあった。

「む~! よくわからんのう。」

 並べられている剣や槍などを眺めながら呟くアグネス。
 正直、何がいいのかわからない。
 カミルやイザークも軍人であるため、実際に剣を手にとって白刃を確認していた。

「むむ!?」

 その時、アグネスの目に一つの剣が目に止まった。
 鞘や柄に装飾が施してあり、それがとても美しくセンス抜群だったのである。

「おいディートハルト! この剣なんかどうじゃ?」

「どれどれ……」

 ディートハルトはアグネスの指差した剣を手に取る。

「娘さん、お目が高いねえ! その剣は人気の品なんですよ。」

「当然じゃ!」

 えっへんと胸を張るアグネス。
 ディートハルトは剣を抜き、白刃を物色した。

「姫……この剣はダメですね」

「どうしてじゃ?」

「確かに装飾は立派でカッコいいんですけど。
 肝心の刃がこの店の水準の域を出ていないです。
 それなら、同じ水準で価格の安い武器を買った方がいい」
(デザインの良さが人気なんだろうな……)

「ふむっ……そういうもんかのう」

 剣を鞘に戻し、所定の位置に戻す。
 その時、ディートハルトの目に安売りされている剣が目に止まった。
 何となく気になって、手にとって抜いて見るとその美しい白刃に驚かされる。

「これは……」

 いわゆる業物であった。
 この店の武器はどれも水準以上であったが、この武器はさらに群を抜いている。

「おい親父! どうしてこの剣は安いんだ?」

「単純に売れ残っているからですね。
 こっちも商売でやってますから」

「なるほど……」

 確かに売れ残るのも理解できる。
 柄や鞘などに一切飾りっ気がないのである。刃を見て目利きができなければ、何処にでもあるような変哲のない剣にしか見えないだろう。

「おい、親父! この剣を打ったのは何て職人だ?」

「あ~すいません。それはわかりませんね。
 アポイタカラは誰が作ったとかは一切教えてくれないんですよ。
 使い手が目利きできればそれで済む問題だってね」

(頑固職人という奴か……)

 確かに、目利きができて駄剣と名剣を見極める事ができるなら、誰が打ったかどうかはあまり重要ではない。
 コレクターなどになると、そういうわけにもいかないだろうが、職人としてはそういう者の手に渡したくないのだろう。

「ふ~む……」

「ディートハルト! その剣はそんなに凄いのか?」

 剣の良さなどまるでわからないアグネス疑問を口にする。
 その言葉を聞いたディートハルトの口元が笑った。

「おいカミル! 剣を抜いてそこに立て。」

「はい? 何でですか?」

「いいから!」

 ディートハルトが語気を強めたので、カミルは言われた通りに剣を抜いた。

「姫! よーく見ててくださいね?」

「う…うむっ……」

「はっ!」

 ディートハルトが安モノの剣を抜き一閃する。
 カミルの剣は綺麗に両断されていた。
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