19 / 29
プレゼント 前編
しおりを挟む
帝国歴43年3月。
「ディートハルト! お主に聞きたい事があるのじゃが……」
「何ですか?」
「余の母上とはどのような方じゃったのじゃ?」
アグネスの母親であるヴィクトリアは、高齢出産による身体への負担が大きかったのか、アグネスを産むと同時に失血死している。
アグネスは母親の事は肖像画で顔を知っているくらいであった。
「皇太子妃様ですか?
そうですね、正直に言ってしまうとメガネはともかく、私とは面識があまりありません」
(俺が知ってるのは、暗い話ばかりだからな……
最愛の人が亡くなって、泣き崩れる皇太子様の横で『後継ぎじゃ! 後継ぎじゃ!』って冠老が狂喜乱舞していたって噂もあるし……)
「ひとまず、知っている事を話すのじゃ」
「皇帝陛下に聞けばいいではないですか」
「爺上はあまり母上の事を話したがらんのじゃ……
父上とは殆ど会えんしの……」
アグネスは何処か寂しそうに答える。
「……わかりました。
皇太子妃様は、元は帝国を支えた4騎士団の一つ、アーネット騎士団の騎士団長でした。
この事は?」
「それは知っておる」
「では、騎士団長に就任した当時モテモテだった事は?」
「それは知らん! 詳しく話すのじゃ」
「えっと、エンケルス騎士団長のメガネとか、出奔したクーニッツ騎士団長のルードルフとか、後、皇太子様もそうなるのかな……
皆の憧れだったらしいですよ。
ちなみに皇太子様とは恋愛結婚だそうです」
「ほほう! 母上はそんなにも人気じゃったのか……」
「まあ、どこぞの気性の激しい我儘娘と違って、礼儀正しく誰に対しても笑顔だったとか……」
「どこぞの我儘娘じゃと? 誰の事じゃそれは?」
「……いえ。
わからないなら別に……」
「しかし、母上がそこまで綺麗じゃったとなると余の将来が楽しみじゃのう。
美人すぎる皇帝として世に君臨するわけじゃな余は……
国民も大喜びじゃ! ふはははははっ!」
「ハハハ! これは世迷言を申されますな!
姫が帝位を継ぐのはかなり先の話かと、その頃には、立派というか典型的なオバサンと化していることでしょう。
美人過ぎて国民が喜ぶとかその様な事を気にされる必要は全くないかと」
「何でお主はいつもいつも余の神経を逆なでするのじゃあ~!」
「私は、姫の為を思っていわば諫言を!」
「嘘つくでないわ~っ! 同じ事を何弁も何弁も言わせおってぇ~!
爺上が言っておったわ!
同じ事を2度言わせる奴は厳罰に処し、3度同じ事を言わせる奴は死刑にしろと!
余は寛大じゃから、3度までは許そう!
しかし、お主は余の事を『ひまわり』だの、『うさぎ』だの、あげくに将来は『てんけいてきなおばさん』じゃと~!?
次、余に対して無礼な発言をしたら、その命はないと思えぇ~~!!」
「何処が寛大なんですかっ!
皇太子様だったら、無礼な発言くらいじゃ何度言っても、死刑にはなりませんよ!」
「じゃから父上は皇帝にはなれんのじゃ~!!」
「はい!?」
一瞬にしてディートハルトの表情が険しくなる。
急な表情の変化により、アグネスの勢いが止まった。
「じ…爺上が言っておったのじゃ!
父上には才能がないから、次皇帝になるのは余じゃと……」
気圧され、バツ悪そうに説明するアグネス。
「そうですか……」
(あのじじー、まさか皇太子様を反面教師にさせているのか?)
◇――
宮殿のバルコニー。
「ふーん、アグネスがそんな事をね……」
城下を眺めながら、ヴェルナーは答えた。
「……はい。
皇帝陛下は、皇太子様を反面教師にさせているようで……」
「まっ! 父らしいというか、大体想像はつくけどね」
「……しかし。
皇帝陛下は帝位を、皇太子様には譲らず姫に譲るおつもりでは?」
「それは、君が気にする事じゃないよ。
君は今まで通り、アグネスと仲良くしてくれればそれでいい」
「…………」
「それにさ、父は長生きしたけど。
流石にもう限界だろうね。この前、一度倒れたし……」
「倒れられた!?」
「まわりには悟られない様に気丈に振る舞っているけどね……
だが、いくら娘に帝位を譲ろうとしたって、まだ成人もしていない娘に譲る事はできないというか私がさせないし……
アグネスが成人するまで生き続けるのは流石に無理だろう。
国中の光術師を掻き集めて、治療魔法をかけ続けさせたところで後5年が限界かな」
現在アグネスは10歳、光魔法で最大限延命させたところでとても20歳には届かない。
これがヴェルナーの見解だった。
「まあ、こんな暗い話はおいておいて、親バカと思われるのもなんだけど……
アグネスは中々綺麗に育つと思うんだよね」
「……はあ?」
ヴィクトリアの肖像画を思い起し、あながち間違いではないとディートハルトは思う。
「ディートハルトは付き合っている人はいるのかな?」
ヴェルナーは何処か悪戯をする子供の様な笑みを浮かべている。
「……いえ、おりませんが。
その質問の意図はまさか……」
「冗談だよ!
まあ、くっつけとは言わないけど、何があってもアグネスの味方であって欲しいとは思っているけどね」
「はっ! それは勿論。
何があっても味方でおります」
「うむっ!
では、この話は聞かなかった事にしておくよ。
君に何かあるといけないし、それに……」
「それに?」
「アグネスが皇帝になる事はないからね」
「……はい?
確かに皇帝陛下がゲフンゲフン……すれば、帝位は皇太子様が受け継ぐ事になります。
しかし、結局のところ、皇太子様がその……お歳を召されれば……」
アグネスは、一人っ子である以上、皇帝となったヴェルナーが死ねば皇帝となるのは自明の理といえた。
「君だから言うけど……
娘の幸せを考える事が父親のする事だと思っている。
これ以上は流石に言わないけどね」
(……まさか)
「まあ、君は気にせずアグネスの騎士でも家臣でも友達でも恋人でも保護者でも父親代わりでも、つまるところ何でもいいから、ただ『味方』でいてやってくれ」
「ディートハルト! お主に聞きたい事があるのじゃが……」
「何ですか?」
「余の母上とはどのような方じゃったのじゃ?」
アグネスの母親であるヴィクトリアは、高齢出産による身体への負担が大きかったのか、アグネスを産むと同時に失血死している。
アグネスは母親の事は肖像画で顔を知っているくらいであった。
「皇太子妃様ですか?
そうですね、正直に言ってしまうとメガネはともかく、私とは面識があまりありません」
(俺が知ってるのは、暗い話ばかりだからな……
最愛の人が亡くなって、泣き崩れる皇太子様の横で『後継ぎじゃ! 後継ぎじゃ!』って冠老が狂喜乱舞していたって噂もあるし……)
「ひとまず、知っている事を話すのじゃ」
「皇帝陛下に聞けばいいではないですか」
「爺上はあまり母上の事を話したがらんのじゃ……
父上とは殆ど会えんしの……」
アグネスは何処か寂しそうに答える。
「……わかりました。
皇太子妃様は、元は帝国を支えた4騎士団の一つ、アーネット騎士団の騎士団長でした。
この事は?」
「それは知っておる」
「では、騎士団長に就任した当時モテモテだった事は?」
「それは知らん! 詳しく話すのじゃ」
「えっと、エンケルス騎士団長のメガネとか、出奔したクーニッツ騎士団長のルードルフとか、後、皇太子様もそうなるのかな……
皆の憧れだったらしいですよ。
ちなみに皇太子様とは恋愛結婚だそうです」
「ほほう! 母上はそんなにも人気じゃったのか……」
「まあ、どこぞの気性の激しい我儘娘と違って、礼儀正しく誰に対しても笑顔だったとか……」
「どこぞの我儘娘じゃと? 誰の事じゃそれは?」
「……いえ。
わからないなら別に……」
「しかし、母上がそこまで綺麗じゃったとなると余の将来が楽しみじゃのう。
美人すぎる皇帝として世に君臨するわけじゃな余は……
国民も大喜びじゃ! ふはははははっ!」
「ハハハ! これは世迷言を申されますな!
姫が帝位を継ぐのはかなり先の話かと、その頃には、立派というか典型的なオバサンと化していることでしょう。
美人過ぎて国民が喜ぶとかその様な事を気にされる必要は全くないかと」
「何でお主はいつもいつも余の神経を逆なでするのじゃあ~!」
「私は、姫の為を思っていわば諫言を!」
「嘘つくでないわ~っ! 同じ事を何弁も何弁も言わせおってぇ~!
爺上が言っておったわ!
同じ事を2度言わせる奴は厳罰に処し、3度同じ事を言わせる奴は死刑にしろと!
余は寛大じゃから、3度までは許そう!
しかし、お主は余の事を『ひまわり』だの、『うさぎ』だの、あげくに将来は『てんけいてきなおばさん』じゃと~!?
次、余に対して無礼な発言をしたら、その命はないと思えぇ~~!!」
「何処が寛大なんですかっ!
皇太子様だったら、無礼な発言くらいじゃ何度言っても、死刑にはなりませんよ!」
「じゃから父上は皇帝にはなれんのじゃ~!!」
「はい!?」
一瞬にしてディートハルトの表情が険しくなる。
急な表情の変化により、アグネスの勢いが止まった。
「じ…爺上が言っておったのじゃ!
父上には才能がないから、次皇帝になるのは余じゃと……」
気圧され、バツ悪そうに説明するアグネス。
「そうですか……」
(あのじじー、まさか皇太子様を反面教師にさせているのか?)
◇――
宮殿のバルコニー。
「ふーん、アグネスがそんな事をね……」
城下を眺めながら、ヴェルナーは答えた。
「……はい。
皇帝陛下は、皇太子様を反面教師にさせているようで……」
「まっ! 父らしいというか、大体想像はつくけどね」
「……しかし。
皇帝陛下は帝位を、皇太子様には譲らず姫に譲るおつもりでは?」
「それは、君が気にする事じゃないよ。
君は今まで通り、アグネスと仲良くしてくれればそれでいい」
「…………」
「それにさ、父は長生きしたけど。
流石にもう限界だろうね。この前、一度倒れたし……」
「倒れられた!?」
「まわりには悟られない様に気丈に振る舞っているけどね……
だが、いくら娘に帝位を譲ろうとしたって、まだ成人もしていない娘に譲る事はできないというか私がさせないし……
アグネスが成人するまで生き続けるのは流石に無理だろう。
国中の光術師を掻き集めて、治療魔法をかけ続けさせたところで後5年が限界かな」
現在アグネスは10歳、光魔法で最大限延命させたところでとても20歳には届かない。
これがヴェルナーの見解だった。
「まあ、こんな暗い話はおいておいて、親バカと思われるのもなんだけど……
アグネスは中々綺麗に育つと思うんだよね」
「……はあ?」
ヴィクトリアの肖像画を思い起し、あながち間違いではないとディートハルトは思う。
「ディートハルトは付き合っている人はいるのかな?」
ヴェルナーは何処か悪戯をする子供の様な笑みを浮かべている。
「……いえ、おりませんが。
その質問の意図はまさか……」
「冗談だよ!
まあ、くっつけとは言わないけど、何があってもアグネスの味方であって欲しいとは思っているけどね」
「はっ! それは勿論。
何があっても味方でおります」
「うむっ!
では、この話は聞かなかった事にしておくよ。
君に何かあるといけないし、それに……」
「それに?」
「アグネスが皇帝になる事はないからね」
「……はい?
確かに皇帝陛下がゲフンゲフン……すれば、帝位は皇太子様が受け継ぐ事になります。
しかし、結局のところ、皇太子様がその……お歳を召されれば……」
アグネスは、一人っ子である以上、皇帝となったヴェルナーが死ねば皇帝となるのは自明の理といえた。
「君だから言うけど……
娘の幸せを考える事が父親のする事だと思っている。
これ以上は流石に言わないけどね」
(……まさか)
「まあ、君は気にせずアグネスの騎士でも家臣でも友達でも恋人でも保護者でも父親代わりでも、つまるところ何でもいいから、ただ『味方』でいてやってくれ」
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
【完結】魔王様、溺愛しすぎです!
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
「パパと結婚する!」
8万年近い長きにわたり、最強の名を冠する魔王。勇者を退け続ける彼の居城である『魔王城』の城門に、人族と思われる赤子が捨てられた。その子を拾った魔王は自ら育てると言い出し!? しかも溺愛しすぎて、周囲が大混乱!
拾われた子は幼女となり、やがて育て親を喜ばせる最強の一言を放った。魔王は素直にその言葉を受け止め、嫁にすると宣言する。
シリアスなようでコメディな軽いドタバタ喜劇(?)です。
【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう
【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264)
挿絵★あり
【完結】2021/12/02
※2022/08/16 第3回HJ小説大賞前期「小説家になろう」部門 一次審査通過
※2021/12/16 第1回 一二三書房WEB小説大賞、一次審査通過
※2021/12/03 「小説家になろう」ハイファンタジー日間94位
※2021/08/16、「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過作品
※2020年8月「エブリスタ」ファンタジーカテゴリー1位(8/20〜24)
※2019年11月「ツギクル」第4回ツギクル大賞、最終選考作品
※2019年10月「ノベルアップ+」第1回小説大賞、一次選考通過作品
※2019年9月「マグネット」ヤンデレ特集掲載作品

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる