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ゴルフ 後編
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ディートハルトは仲間達と会話をしつつも、釣った魚を手際よくナイフで捌き始めた。
「む? ディートハルト! 何をしているのじゃ?」
「せっかくですから、釣った魚を食べようかと思いまして」
「た、食べるのか?」
「あ、無理に食べなくても大丈夫ですよ。
野戦料理なんて、姫の口に合うかわかりませんしね」
「う~む。
食べてみたい気もするが……」
「ふふふ……」
アグネスが魚を食べる事に興味を示すのを見届けるとディートハルトは得意気に笑った。
「なんじゃ? 気持ちの悪い、その得意気なツラの真意を聞こうか?」
「姫! 魚を食べるには焼いて火を通さなくてはなりません」
「ふむっ……」
「さて、ではどうやって火を起すのでしょう?」
ディートハルトはアウトドアーが好きで、この手の事が大得意だったのである。
何もない所から火を起してみせ、アグネスを驚かせるつもりであった。
火打ち石を用意していたが、その他にもいくつか発火法を心得ている。
まずは、手始めに摩擦式による発火法を披露しようと薪などを用意すると――
「なんじゃそんな事か」
「はい?」
「ファイア!」
アグネスはディートハルトが用意した薪に向って手をかざし、魔法を唱えた。
放たれた炎が薪を燃やし焚火となる。
「あっ!」
思わず、カミルが声を漏らす。
ディートハルトの目論見は、自慢げに発火法の講義をすることであった。
その目論見が見事に泡になったからである。
「答えは魔法じゃな?
余にとってはこんな問題、大したことではないわ!」
アグネスは焚火を眺めながらに得意気に言い放ち、逆にディートハルトは黙り込み、虚ろな目で焚火を見つめていた。
「む? どうした? 急に黙り込みおって」
「あ、では、姫、ディートハルトは釣りに戻りますね」
肩を落として、川の方へと向っていく。
「おい! いきなりどうしたのじゃ!」
「姫様! しばらくそっとしてあげてください」
すかさず、カミルが笑いを堪えながらフォローを入れる。
「そ…そうか……」
5分程した後、気を取り直したディートハルトは、発火法の出題をした事はなかったかのように調理に取りかかった。
串に刺して魚を焼き、いい匂いがし始める。
「余も食べたい!」
「どうぞ」
アグネスは胸を躍らせながら、串に刺された焼き魚を頬張るが――
「うっ、想像以上に不味いのう……」
期待とは裏腹に、味気は全くなかった。
「調味料とかはありませんからね」
一方ディートハルトはこれが当たり前と言わんばかりに平然と魚を食べている。
「こんな不味い料理をどうして作ったのじゃ?」
「池があると、魚を釣りたくなり、魚を釣ると焼きたくなるんですよ」
「そういうもんかのう」
その時、一瞬にしてディートハルトの顔つきが変わり、アグネスの顔の手前に手を伸ばし、火が爆ぜるような音が鳴り響いた。
傍から見ると、まるで殴るフリをしたかのようにも見える。
「な…なんじゃ!?」
一瞬の出来事に、怯えるアグネス。
「申し訳ございません。
これが……」
ディートハルトは手の平を広げると、そこには球状の物体があった。
「何じゃこれは?」
「ゴルフのボールですね」
「コレが例の遊びの?」
「そうですね」
「これをお主がキャッチしたのか?」
「ええ」
「大したもんじゃのう」
「護衛ですから」
ディートハルトは改めてゴルフのボールを確認した。
ボールは石の様に固くなった天然樹脂の塊を球状に加工し、強度強化の為、ミスリルでメッキを施す。
その後、白で塗装し、誰のボールか分かるように、刻印を刻んでいた。
そして、そのボールにはエンケルス騎士団の刻印が刻まれている。
(親父のじゃねーか! あいつ姫様に当たったら死刑確定だぞ)
「姫!」
「何じゃ?」
「このタマをお持ちください」
「?
わかった」
釈然としないまま、アグネスはゴルフのボールを受け取った。
「しばらくすると、メガネがこのタマを探しに来ますから、そしたら笑顔でこのタマをそこの池に捨ててくださいね!」
「うむっ! 任せておけ!」
ディートハルトの予想通り、ハルトヴィヒとヴェルナーがボールを求めてやってくる。
「おおっ! メガネとはハルトヴィヒ! お主の事であったかっ!」
「……メガネ?
これは姫様、どうしてここに?」
「うむっ! ディートハルトがここに案内してくれたのじゃ!
いや~『じじーどものタマ遊びを眺める』のはつまらなくての!」
「さ…左様でございますか」
(あのバカムスコ!
陛下を怒らせる様な真似はするなとあれ程……)
「おおそうじゃそうじゃ思い出した。ハルトヴィヒ!」
「どうしました?」
「このタマをのう……」
アグネスは懐から、ボールを取り出し見せると。
(ひょっとして、私のボールか?)
「お主の見ている前で、池に捨てろとディートハルトが!」
アグネスはそういって、ボールを池に向かって投げ捨てた。
「ハハハッ! 池ポチャだなハルトヴィヒ!」
「……バカムスコがっ!」
「父上~!」
アグネスがヴェルナーに駆け寄ってくる。
「おおっ! アグネス、ここで何をしているんだい?」
「釣りをしておったのじゃ!」
「釣り!?」
顔面蒼白になるハルトヴィヒとは対象にヴェルナーは笑っている。
「そうか~。面白かったかい?」
「ん~?
『じじーどものタマ遊びを眺める』よりは面白かったのじゃ~!」
「そうか! それはよかったね~。」
◇――
「ナイショーッツ!!」
ライナルトが打ったボールは遥か遠くへと飛んでいく。
80の老年によるスイングとは思えないものがあった。
「流石は陛下! お見事にございます。」
「フッ……
ふうっ……」
ライナルトは一笑したかと思うと、急に深いため息をつき、適当な岩に腰を下ろした。
「どうされました? まさかご気分が?」
「そうではない……
ゲレオンよ、正直に答えよ。」
「……はい。何でございましょう?」
「ワシは後、一体、何年生きられる?」
「それは……」
ゲレオンは思わずホラーツへ視線を向け、ホラーツはそれに対し頷いた。
「では、正直に申しあげましょう。
後、5年は生きられます。
しかし、10年は生きられないでしょう。
今は、まだこう答えることしかできません。」
「そうか……
10年生きる事はできんか……」
希望をなくしたように、がっくりとうなだれるライナルト。
(アグネスはまだ6つ……
成人するまでは生きてやりたかったが……)
ライナルトの狙いは皇帝の座をヴェルナーには譲らず、アグネスに譲ることであった。
アグネスが生まれてからというもの一切の不摂生を止め、延命に勤めてきた。
(やはり……
アイツが死ぬほかないか……)
◇――
帰路。
「随分と落ち込んでますねディートハルト様。」
イザークは大会が終わり、王都へ帰還する途中、ディートハルトが一言も喋らずうかない顔をしている事に気がついた。
「ああ、いや、今日の『釣り』と『野戦料理』だが……」
「はい、それが?」
「予想以上に、姫にウケなかったのが、何か悔しくてな……」
「は…はあ……」
(いきなり、どうしたんだ?)
「次はもっとも面白い催しを考えねば……」
「そ…そうですか……」
「む? ディートハルト! 何をしているのじゃ?」
「せっかくですから、釣った魚を食べようかと思いまして」
「た、食べるのか?」
「あ、無理に食べなくても大丈夫ですよ。
野戦料理なんて、姫の口に合うかわかりませんしね」
「う~む。
食べてみたい気もするが……」
「ふふふ……」
アグネスが魚を食べる事に興味を示すのを見届けるとディートハルトは得意気に笑った。
「なんじゃ? 気持ちの悪い、その得意気なツラの真意を聞こうか?」
「姫! 魚を食べるには焼いて火を通さなくてはなりません」
「ふむっ……」
「さて、ではどうやって火を起すのでしょう?」
ディートハルトはアウトドアーが好きで、この手の事が大得意だったのである。
何もない所から火を起してみせ、アグネスを驚かせるつもりであった。
火打ち石を用意していたが、その他にもいくつか発火法を心得ている。
まずは、手始めに摩擦式による発火法を披露しようと薪などを用意すると――
「なんじゃそんな事か」
「はい?」
「ファイア!」
アグネスはディートハルトが用意した薪に向って手をかざし、魔法を唱えた。
放たれた炎が薪を燃やし焚火となる。
「あっ!」
思わず、カミルが声を漏らす。
ディートハルトの目論見は、自慢げに発火法の講義をすることであった。
その目論見が見事に泡になったからである。
「答えは魔法じゃな?
余にとってはこんな問題、大したことではないわ!」
アグネスは焚火を眺めながらに得意気に言い放ち、逆にディートハルトは黙り込み、虚ろな目で焚火を見つめていた。
「む? どうした? 急に黙り込みおって」
「あ、では、姫、ディートハルトは釣りに戻りますね」
肩を落として、川の方へと向っていく。
「おい! いきなりどうしたのじゃ!」
「姫様! しばらくそっとしてあげてください」
すかさず、カミルが笑いを堪えながらフォローを入れる。
「そ…そうか……」
5分程した後、気を取り直したディートハルトは、発火法の出題をした事はなかったかのように調理に取りかかった。
串に刺して魚を焼き、いい匂いがし始める。
「余も食べたい!」
「どうぞ」
アグネスは胸を躍らせながら、串に刺された焼き魚を頬張るが――
「うっ、想像以上に不味いのう……」
期待とは裏腹に、味気は全くなかった。
「調味料とかはありませんからね」
一方ディートハルトはこれが当たり前と言わんばかりに平然と魚を食べている。
「こんな不味い料理をどうして作ったのじゃ?」
「池があると、魚を釣りたくなり、魚を釣ると焼きたくなるんですよ」
「そういうもんかのう」
その時、一瞬にしてディートハルトの顔つきが変わり、アグネスの顔の手前に手を伸ばし、火が爆ぜるような音が鳴り響いた。
傍から見ると、まるで殴るフリをしたかのようにも見える。
「な…なんじゃ!?」
一瞬の出来事に、怯えるアグネス。
「申し訳ございません。
これが……」
ディートハルトは手の平を広げると、そこには球状の物体があった。
「何じゃこれは?」
「ゴルフのボールですね」
「コレが例の遊びの?」
「そうですね」
「これをお主がキャッチしたのか?」
「ええ」
「大したもんじゃのう」
「護衛ですから」
ディートハルトは改めてゴルフのボールを確認した。
ボールは石の様に固くなった天然樹脂の塊を球状に加工し、強度強化の為、ミスリルでメッキを施す。
その後、白で塗装し、誰のボールか分かるように、刻印を刻んでいた。
そして、そのボールにはエンケルス騎士団の刻印が刻まれている。
(親父のじゃねーか! あいつ姫様に当たったら死刑確定だぞ)
「姫!」
「何じゃ?」
「このタマをお持ちください」
「?
わかった」
釈然としないまま、アグネスはゴルフのボールを受け取った。
「しばらくすると、メガネがこのタマを探しに来ますから、そしたら笑顔でこのタマをそこの池に捨ててくださいね!」
「うむっ! 任せておけ!」
ディートハルトの予想通り、ハルトヴィヒとヴェルナーがボールを求めてやってくる。
「おおっ! メガネとはハルトヴィヒ! お主の事であったかっ!」
「……メガネ?
これは姫様、どうしてここに?」
「うむっ! ディートハルトがここに案内してくれたのじゃ!
いや~『じじーどものタマ遊びを眺める』のはつまらなくての!」
「さ…左様でございますか」
(あのバカムスコ!
陛下を怒らせる様な真似はするなとあれ程……)
「おおそうじゃそうじゃ思い出した。ハルトヴィヒ!」
「どうしました?」
「このタマをのう……」
アグネスは懐から、ボールを取り出し見せると。
(ひょっとして、私のボールか?)
「お主の見ている前で、池に捨てろとディートハルトが!」
アグネスはそういって、ボールを池に向かって投げ捨てた。
「ハハハッ! 池ポチャだなハルトヴィヒ!」
「……バカムスコがっ!」
「父上~!」
アグネスがヴェルナーに駆け寄ってくる。
「おおっ! アグネス、ここで何をしているんだい?」
「釣りをしておったのじゃ!」
「釣り!?」
顔面蒼白になるハルトヴィヒとは対象にヴェルナーは笑っている。
「そうか~。面白かったかい?」
「ん~?
『じじーどものタマ遊びを眺める』よりは面白かったのじゃ~!」
「そうか! それはよかったね~。」
◇――
「ナイショーッツ!!」
ライナルトが打ったボールは遥か遠くへと飛んでいく。
80の老年によるスイングとは思えないものがあった。
「流石は陛下! お見事にございます。」
「フッ……
ふうっ……」
ライナルトは一笑したかと思うと、急に深いため息をつき、適当な岩に腰を下ろした。
「どうされました? まさかご気分が?」
「そうではない……
ゲレオンよ、正直に答えよ。」
「……はい。何でございましょう?」
「ワシは後、一体、何年生きられる?」
「それは……」
ゲレオンは思わずホラーツへ視線を向け、ホラーツはそれに対し頷いた。
「では、正直に申しあげましょう。
後、5年は生きられます。
しかし、10年は生きられないでしょう。
今は、まだこう答えることしかできません。」
「そうか……
10年生きる事はできんか……」
希望をなくしたように、がっくりとうなだれるライナルト。
(アグネスはまだ6つ……
成人するまでは生きてやりたかったが……)
ライナルトの狙いは皇帝の座をヴェルナーには譲らず、アグネスに譲ることであった。
アグネスが生まれてからというもの一切の不摂生を止め、延命に勤めてきた。
(やはり……
アイツが死ぬほかないか……)
◇――
帰路。
「随分と落ち込んでますねディートハルト様。」
イザークは大会が終わり、王都へ帰還する途中、ディートハルトが一言も喋らずうかない顔をしている事に気がついた。
「ああ、いや、今日の『釣り』と『野戦料理』だが……」
「はい、それが?」
「予想以上に、姫にウケなかったのが、何か悔しくてな……」
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(いきなり、どうしたんだ?)
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