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第2話
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伯爵邸を出てすぐにユリアスを迎えたのは、代々ディオニス伯爵家に仕えている御者のグレードだった。
父が幼い頃からこの家に仕えている彼は、セバスと同年代で父にとって馴染み深い人達だ。
「ユリアス様、行き先はそのお手紙の所でよろしいのですか?」
「うん、頼むよ」
「かしこまりました」
こんなに静かな日は初めてだ———ユリアスは、思わず窓の外を見た。今から向かうのは父の手紙に書かれていた、伯父が住まうルーヴァニア帝国。
豊かな自然と山に囲まれた山岳地帯にある帝国で、精霊信仰があるとされる国だ。元々は小国だったルーヴァニアだったが、今では魔物の統べるガルガの大森林の盟主の名を精霊によって与えられ、そして帝国へと名を馳せた。
しかし、周囲の国から“血の流れる野蛮な国“と呼ばれることもある。それは、獣人と呼ばれる人間ではないあらゆる生き物と共存しているからだ。人とは違う耳を持ち、嗅覚・視覚・聴覚に優れた彼らは戦闘が強く、昔は人々から恐れられていた。しかし、二百年ほど前獣人国ラーヴェルと同盟を結んだ皇帝がラーヴェル国を属国とし、帝国の一部とした。
精霊信仰とは、あらゆるものには精霊が宿るとされている考えのことだ。その考えは世界共通のもので、この世界の創造神ラファエルは神のその名の下に精霊を生み出し、人々が悪さをしないようその土地を監視する役割で人間界へと放ったとされている。
精霊は素質がある、または精霊界の王に愛されている者にしか見える事は出来ずその者は伝記上『精霊の愛し子」とされている。
幸運も悪運ももたらすとされる精霊は、気に入った子を見つけると加護を与えるという言い伝えもある。
だが、『精霊の愛し子』が最も最近見つかったのは百年以上も昔のことで今では夢物語になっている。
「久しぶりだな、シュワルツ伯父さん」
父ケードルの五つ年上のシュワルツは昔、持病によって医療技術が進んでいる帝国に移るしかなかった。そのため、ディオニス伯爵家を継ぐ事になったのはケードルで、彼らの兄弟仲は良く今でもこうして手紙のやり取りをしていると聞く。
持病が治ったら伯爵家を継ぐという事だったが、彼はルーヴァニア帝国で出会った平民の女性と恋に落ち、貴族の身分を捨てて今は市井で暮らしているという。
そして、一ヶ月ほどかけてルーヴァニア帝国の国境まで差し掛かった時、人気のない森の中を馬車で走り景色を眺めていると、不意に濃い青髪の何かがそっと動いた気がした。
「グレード、ちょっと止まってもらってもいい?」
グレードさんに呼びかけて馬車を止めてもらい、その動く何かの方へ歩くとそこに居たのは草に隠れるようにして身を震わせる、小さな子供の姿。
「だ、大丈夫!?」
近づいてみるものの、怖いのか体をさらに縮こませて微動だにしない。それどころか小刻みに大きくなる震えを見て、ユリアスの心の中でどうしようもない焦燥感がたちまち駆け回った。
ごめんね、と一声かけてその子の体を草から引き離すように掴むと、抵抗して体を動かし手を噛まれる。その様子を見てグレードさんが、何事か、と馬車から降りてくるがその子の姿を見て愕然とした。
「ユ、ユリアス様この子は……」
「ひどい熱だ。グレードさん、シュワルツ伯父さんの所へなるべく早くいくことはできる?」
「はい。ここからですと後三十分は掛かりますが」
「分かった。じゃあ早く行かないと」
馬車に戻ったユリアスは、手持ちのバックから綺麗な布を取り出してその子の体についている傷の血をとるかのように優しく拭く。
体はひどく熱く、溶岩を触っているかのようだった。
すると、シュルと腕に何かが巻き付く感覚を覚え、その方へ目を向けると一本の毛の塊がユリウスの腕に優しく添えるように巻き付いていた。そしてよく見ると、その子の耳は顔の横ではなく頭についており、それは確かに本で見た獣人の姿だった。
「顔は人なのに……」
ユリアスは初めてみる獣人を思わずまじまじと見た。すると、その視線に気が付いたのか子供の目がうっすらと開く。
抵抗する気力もないのか、小さくミィと鳴くと溢れたのは大粒の涙だった。
「だ、大丈夫だよ、大丈夫」
まるで赤ん坊を寝かしつけるかのようにトントン、と背中を叩きながら抱く体制にすると、耳元でミィミィと猫のか細い鳴き声が馬車の中に響き渡る。
時折苦しそうに、うぅと鳴き声をあげたかと思えば突然肩を甘噛みし、泣き止むまでずっと噛みつかれたままだった。
そして、シュワルツの住むルーヴァニアの郊外にある街に着くと、そこは祭りが行われているのか沢山の屋台と獣人や人が一緒になって踊っていた。
「ユリアス様、着きました」
「ありがとう、グレード」
グレードは、ユリアスの持っていた荷物を持つと、平民が住むにしては大きく綺麗な家の前に立つ。
そして、不安げに扉をノックすると中から聞こえたのはドドドドドという沢山の足音と、久しぶりに聞くシュワルツの少し怒ったような声。誰か来たよ!誰!誰??と小さい子供の声がわんさかするドアが開けられると、そこに居たのは久しぶりに会うシュワルツだった。
「ユリアス………大きくなったなぁああああ」
「シュワルツ伯父さん、お久しぶりです」
「そんな堅苦しいのはいらんいらん!それよりも早く入りなさい!………って、その子はどうした?はっ!まさかユリアスの………」
「違います!この子はこちらにくる途中倒れていたんです。あの、手当てをしたいのですが……」
「おう!入れ!」
父ケードルとは正反対の人懐っこい性格のシュワルツは、グレードに敬礼の意を表すとグレードはそれに返答して、伯爵邸へと戻っていくのであった。
父が幼い頃からこの家に仕えている彼は、セバスと同年代で父にとって馴染み深い人達だ。
「ユリアス様、行き先はそのお手紙の所でよろしいのですか?」
「うん、頼むよ」
「かしこまりました」
こんなに静かな日は初めてだ———ユリアスは、思わず窓の外を見た。今から向かうのは父の手紙に書かれていた、伯父が住まうルーヴァニア帝国。
豊かな自然と山に囲まれた山岳地帯にある帝国で、精霊信仰があるとされる国だ。元々は小国だったルーヴァニアだったが、今では魔物の統べるガルガの大森林の盟主の名を精霊によって与えられ、そして帝国へと名を馳せた。
しかし、周囲の国から“血の流れる野蛮な国“と呼ばれることもある。それは、獣人と呼ばれる人間ではないあらゆる生き物と共存しているからだ。人とは違う耳を持ち、嗅覚・視覚・聴覚に優れた彼らは戦闘が強く、昔は人々から恐れられていた。しかし、二百年ほど前獣人国ラーヴェルと同盟を結んだ皇帝がラーヴェル国を属国とし、帝国の一部とした。
精霊信仰とは、あらゆるものには精霊が宿るとされている考えのことだ。その考えは世界共通のもので、この世界の創造神ラファエルは神のその名の下に精霊を生み出し、人々が悪さをしないようその土地を監視する役割で人間界へと放ったとされている。
精霊は素質がある、または精霊界の王に愛されている者にしか見える事は出来ずその者は伝記上『精霊の愛し子」とされている。
幸運も悪運ももたらすとされる精霊は、気に入った子を見つけると加護を与えるという言い伝えもある。
だが、『精霊の愛し子』が最も最近見つかったのは百年以上も昔のことで今では夢物語になっている。
「久しぶりだな、シュワルツ伯父さん」
父ケードルの五つ年上のシュワルツは昔、持病によって医療技術が進んでいる帝国に移るしかなかった。そのため、ディオニス伯爵家を継ぐ事になったのはケードルで、彼らの兄弟仲は良く今でもこうして手紙のやり取りをしていると聞く。
持病が治ったら伯爵家を継ぐという事だったが、彼はルーヴァニア帝国で出会った平民の女性と恋に落ち、貴族の身分を捨てて今は市井で暮らしているという。
そして、一ヶ月ほどかけてルーヴァニア帝国の国境まで差し掛かった時、人気のない森の中を馬車で走り景色を眺めていると、不意に濃い青髪の何かがそっと動いた気がした。
「グレード、ちょっと止まってもらってもいい?」
グレードさんに呼びかけて馬車を止めてもらい、その動く何かの方へ歩くとそこに居たのは草に隠れるようにして身を震わせる、小さな子供の姿。
「だ、大丈夫!?」
近づいてみるものの、怖いのか体をさらに縮こませて微動だにしない。それどころか小刻みに大きくなる震えを見て、ユリアスの心の中でどうしようもない焦燥感がたちまち駆け回った。
ごめんね、と一声かけてその子の体を草から引き離すように掴むと、抵抗して体を動かし手を噛まれる。その様子を見てグレードさんが、何事か、と馬車から降りてくるがその子の姿を見て愕然とした。
「ユ、ユリアス様この子は……」
「ひどい熱だ。グレードさん、シュワルツ伯父さんの所へなるべく早くいくことはできる?」
「はい。ここからですと後三十分は掛かりますが」
「分かった。じゃあ早く行かないと」
馬車に戻ったユリアスは、手持ちのバックから綺麗な布を取り出してその子の体についている傷の血をとるかのように優しく拭く。
体はひどく熱く、溶岩を触っているかのようだった。
すると、シュルと腕に何かが巻き付く感覚を覚え、その方へ目を向けると一本の毛の塊がユリウスの腕に優しく添えるように巻き付いていた。そしてよく見ると、その子の耳は顔の横ではなく頭についており、それは確かに本で見た獣人の姿だった。
「顔は人なのに……」
ユリアスは初めてみる獣人を思わずまじまじと見た。すると、その視線に気が付いたのか子供の目がうっすらと開く。
抵抗する気力もないのか、小さくミィと鳴くと溢れたのは大粒の涙だった。
「だ、大丈夫だよ、大丈夫」
まるで赤ん坊を寝かしつけるかのようにトントン、と背中を叩きながら抱く体制にすると、耳元でミィミィと猫のか細い鳴き声が馬車の中に響き渡る。
時折苦しそうに、うぅと鳴き声をあげたかと思えば突然肩を甘噛みし、泣き止むまでずっと噛みつかれたままだった。
そして、シュワルツの住むルーヴァニアの郊外にある街に着くと、そこは祭りが行われているのか沢山の屋台と獣人や人が一緒になって踊っていた。
「ユリアス様、着きました」
「ありがとう、グレード」
グレードは、ユリアスの持っていた荷物を持つと、平民が住むにしては大きく綺麗な家の前に立つ。
そして、不安げに扉をノックすると中から聞こえたのはドドドドドという沢山の足音と、久しぶりに聞くシュワルツの少し怒ったような声。誰か来たよ!誰!誰??と小さい子供の声がわんさかするドアが開けられると、そこに居たのは久しぶりに会うシュワルツだった。
「ユリアス………大きくなったなぁああああ」
「シュワルツ伯父さん、お久しぶりです」
「そんな堅苦しいのはいらんいらん!それよりも早く入りなさい!………って、その子はどうした?はっ!まさかユリアスの………」
「違います!この子はこちらにくる途中倒れていたんです。あの、手当てをしたいのですが……」
「おう!入れ!」
父ケードルとは正反対の人懐っこい性格のシュワルツは、グレードに敬礼の意を表すとグレードはそれに返答して、伯爵邸へと戻っていくのであった。
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