上 下
3 / 14

第2話

しおりを挟む
 伯爵邸を出てすぐにユリアスを迎えたのは、代々ディオニス伯爵家に仕えている御者のグレードだった。
 父が幼い頃からこの家に仕えている彼は、セバスと同年代で父にとって馴染み深い人達だ。

「ユリアス様、行き先はそのお手紙の所でよろしいのですか?」
「うん、頼むよ」
「かしこまりました」

 こんなに静かな日は初めてだ———ユリアスは、思わず窓の外を見た。今から向かうのは父の手紙に書かれていた、伯父が住まうルーヴァニア帝国。
 豊かな自然と山に囲まれた山岳地帯にある帝国で、精霊信仰があるとされる国だ。元々は小国だったルーヴァニアだったが、今では魔物の統べるガルガの大森林の盟主の名を精霊によって与えられ、そして帝国へと名を馳せた。
 しかし、周囲の国から“血の流れる野蛮な国“と呼ばれることもある。それは、獣人と呼ばれる人間ではないあらゆる生き物と共存しているからだ。人とは違う耳を持ち、嗅覚・視覚・聴覚に優れた彼らは戦闘が強く、昔は人々から恐れられていた。しかし、二百年ほど前獣人国ラーヴェルと同盟を結んだ皇帝がラーヴェル国を属国とし、帝国の一部とした。

 精霊信仰とは、あらゆるものには精霊が宿るとされている考えのことだ。その考えは世界共通のもので、この世界の創造神ラファエルは神のその名の下に精霊を生み出し、人々が悪さをしないようその土地を監視する役割で人間界へと放ったとされている。 
 精霊は素質がある、または精霊界の王に愛されている者にしか見える事は出来ずその者は伝記上『精霊の愛し子」とされている。
 
 幸運も悪運ももたらすとされる精霊は、気に入った子を見つけると加護を与えるという言い伝えもある。
 だが、『精霊の愛し子』が最も最近見つかったのは百年以上も昔のことで今では夢物語になっている。

「久しぶりだな、シュワルツ伯父さん」

 父ケードルの五つ年上のシュワルツは昔、持病によって医療技術が進んでいる帝国に移るしかなかった。そのため、ディオニス伯爵家を継ぐ事になったのはケードルで、彼らの兄弟仲は良く今でもこうして手紙のやり取りをしていると聞く。
 持病が治ったら伯爵家を継ぐという事だったが、彼はルーヴァニア帝国で出会った平民の女性と恋に落ち、貴族の身分を捨てて今は市井で暮らしているという。

 そして、一ヶ月ほどかけてルーヴァニア帝国の国境まで差し掛かった時、人気のない森の中を馬車で走り景色を眺めていると、不意に濃い青髪の何かがそっと動いた気がした。
 
「グレード、ちょっと止まってもらってもいい?」

 グレードさんに呼びかけて馬車を止めてもらい、その動く何かの方へ歩くとそこに居たのは草に隠れるようにして身を震わせる、小さな子供の姿。

「だ、大丈夫!?」

 近づいてみるものの、怖いのか体をさらに縮こませて微動だにしない。それどころか小刻みに大きくなる震えを見て、ユリアスの心の中でどうしようもない焦燥感がたちまち駆け回った。
 ごめんね、と一声かけてその子の体を草から引き離すように掴むと、抵抗して体を動かし手を噛まれる。その様子を見てグレードさんが、何事か、と馬車から降りてくるがその子の姿を見て愕然とした。

「ユ、ユリアス様この子は……」
「ひどい熱だ。グレードさん、シュワルツ伯父さんの所へなるべく早くいくことはできる?」
「はい。ここからですと後三十分は掛かりますが」
「分かった。じゃあ早く行かないと」

 馬車に戻ったユリアスは、手持ちのバックから綺麗な布を取り出してその子の体についている傷の血をとるかのように優しく拭く。
 体はひどく熱く、溶岩を触っているかのようだった。
 すると、シュルと腕に何かが巻き付く感覚を覚え、その方へ目を向けると一本の毛の塊がユリウスの腕に優しく添えるように巻き付いていた。そしてよく見ると、その子の耳は顔の横ではなく頭についており、それは確かに本で見た獣人の姿だった。

「顔は人なのに……」

 ユリアスは初めてみる獣人を思わずまじまじと見た。すると、その視線に気が付いたのか子供の目がうっすらと開く。
 抵抗する気力もないのか、小さくミィと鳴くと溢れたのは大粒の涙だった。

「だ、大丈夫だよ、大丈夫」

 まるで赤ん坊を寝かしつけるかのようにトントン、と背中を叩きながら抱く体制にすると、耳元でミィミィと猫のか細い鳴き声が馬車の中に響き渡る。
 時折苦しそうに、うぅと鳴き声をあげたかと思えば突然肩を甘噛みし、泣き止むまでずっと噛みつかれたままだった。

 そして、シュワルツの住むルーヴァニアの郊外にある街に着くと、そこは祭りが行われているのか沢山の屋台と獣人や人が一緒になって踊っていた。

「ユリアス様、着きました」
「ありがとう、グレード」

 グレードは、ユリアスの持っていた荷物を持つと、平民が住むにしては大きく綺麗な家の前に立つ。
 そして、不安げに扉をノックすると中から聞こえたのはドドドドドという沢山の足音と、久しぶりに聞くシュワルツの少し怒ったような声。誰か来たよ!誰!誰??と小さい子供の声がわんさかするドアが開けられると、そこに居たのは久しぶりに会うシュワルツだった。

「ユリアス………大きくなったなぁああああ」
「シュワルツ伯父さん、お久しぶりです」
「そんな堅苦しいのはいらんいらん!それよりも早く入りなさい!………って、その子はどうした?はっ!まさかユリアスの………」
「違います!この子はこちらにくる途中倒れていたんです。あの、手当てをしたいのですが……」
「おう!入れ!」

 父ケードルとは正反対の人懐っこい性格のシュワルツは、グレードに敬礼の意を表すとグレードはそれに返答して、伯爵邸へと戻っていくのであった。
しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

愛され末っ子

西条ネア
BL
本サイトでの感想欄は感想のみでお願いします。全ての感想に返答します。 リクエストはTwitter(@NeaSaijou)にて受付中です。また、小説のストーリーに関するアンケートもTwitterにて行います。 (お知らせは本編で行います。) ******** 上園琉架(うえぞの るか)四男 理斗の双子の弟 虚弱 前髪は後々左に流し始めます。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い赤みたいなのアースアイ 後々髪の毛を肩口くらいまで伸ばしてゆるく結びます。アレルギー多め。その他の設定は各話で出てきます! 上園理斗(うえぞの りと)三男 琉架の双子の兄 琉架が心配 琉架第一&大好き 前髪は後々右に流します。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い緑みたいなアースアイ 髪型はずっと短いままです。 琉架の元気もお母さんのお腹の中で取っちゃった、、、 上園静矢 (うえぞの せいや)長男 普通にサラッとイケメン。なんでもできちゃうマン。でも弟(特に琉架)絡むと残念。弟達溺愛。深い青色の瞳。髪の毛の色はご想像にお任せします。 上園竜葵(うえぞの りゅうき)次男 ツンデレみたいな、考えと行動が一致しないマン。でも弟達大好きで奮闘して玉砕する。弟達傷つけられたら、、、 深い青色の瞳。兄貴(静矢)と一個差 ケンカ強い でも勉強できる。料理は壊滅的 上園理玖斗(うえぞの りくと)父 息子達大好き 藍羅(あいら・妻)も愛してる 家族傷つけるやつ許さんマジ 琉架の身体が弱すぎて心配 深い緑の瞳。普通にイケメン 上園藍羅(うえぞの あいら) 母 子供達、夫大好き 母は強し、の具現化版 美人さん 息子達(特に琉架)傷つけるやつ許さんマジ。 てか普通に上園家の皆さんは顔面偏差値馬鹿高いです。 (特に琉架)の部分は家族の中で順列ができているわけではなく、特に琉架になる場面が多いという意味です。 琉架の従者 遼(はる)琉架の10歳上 理斗の従者 蘭(らん)理斗の10歳上 その他の従者は後々出します。 虚弱体質な末っ子・琉架が家族からの寵愛、溺愛を受ける物語です。 前半、BL要素少なめです。 この作品は作者の前作と違い毎日更新(予定)です。 できないな、と悟ったらこの文は消します。 ※琉架はある一定の時期から体の成長(精神も若干)がなくなる設定です。詳しくはその時に補足します。 皆様にとって最高の作品になりますように。 ※作者の近況状況欄は要チェックです! 西条ネア

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

【完結】国に売られた僕は変態皇帝に育てられ寵妃になった

cyan
BL
陛下が町娘に手を出して生まれたのが僕。後宮で虐げられて生活していた僕は、とうとう他国に売られることになった。 一途なシオンと、皇帝のお話。 ※どんどん変態度が増すので苦手な方はお気を付けください。

処理中です...