上 下
54 / 91

54

しおりを挟む
 ミリア出産からしばらく。エデンワースの屋敷で穏やかな日々を送っているエリサだったが、この日は姉セリカにある事を伝えた。
「エリサ本当なの?」
「はい。もう決めました。もちろんミリアがいるのですぐにというわけではないですが……」
「まぁ、貴女の人生だもの。私があれこれ言う筋合いはないわね。でも、住まいをちゃんと教えるのと、何かあったらこの家を頼りなさい」
「はい。わかりました」
 どこか清々しいエリサ。
 すぐというわけではないが、エリサはエデンワースの屋敷を出てミリアと二人で暮らす事を決意した。その際にエリサはやりたい事をしたいと思っている。
「けど貴女は事、事業に関しては全くの素人でしょ?」
「はい。なので一年。この家で勉強したいと思います」
「そう。なら事業に関してはルーフェンスに聞いたらいいわ。あれでもちゃんと事業はやってるしね」
 ルーフェンスとはエデンワースの婿養子となったセリカの夫である。主には聖女を輩出している名家とはいえど、それだけで食べていけるわけはない。以前のレーエンスブルほどではないが、それなりに事業は経営している。
「でも貴女がまさか事業をね。母になるといろいろ変わるものね」
「以前お世話になった家庭でシングルの母親が子供を抱えて働くのは大変だって言っていたので、その助けになれればと思ってます」
 エリサがやろうとしているのはシングル家庭の支援をする為の事業だ。いろいろと中身的にやりたい事はあるが、まずは託児所の運営からやっていきたいと思った。この事業はディアナの苦労がヒントとなった。
 一般階級の人達の中にシングルは少なくない。様々な理由はあれど、貴族達のように支援が手厚いわけでなく、子供を抱えながら働かなくてはいかない。だがそれでも満足に働けず、賃金も低く、貧困に喘ぐ人々は少なくもない。
「一般階級には預け先は少ないので、私はそのお手伝いが出来たらいいなと思ってるんです」
「いい心がけだと思うわ。私達貴族が貴族として成り立つのは一般階級の人達のおかげだものね。その人達に私達から恩返しをしてこそ社会は成り立つものよ」
「はい」
 やりたい事を見つけ、そこに向かって前に進もうとしているエリサは、今までで一番充実した日々を過ごしていると感じた。
 だがそれはふと気を抜いた時に影を潜める。
 ミリアをあやしながら、かつて愛したマルディアスの事を思い出す。もう会う事がない。いや会えない。元気なのか。今何をしているのか。ついそんな事を考えてしまう。
「会えないのではなく、会おうとしない。会うのが怖いって言うのが本音かしら?」
 こうして離れてみて気がつくのは、自分自身にまだマルディアスに対しての情がある事だ。あんなに酷い事を言われたのに、去り際のあの表情や言葉がエリサの心を繋ぎとめている。
「本当に酷い人……」
 今の自分にはミリアもいるし、支えてくれるディアナや姉達もいるのに、これ以上を求めようとしている自分がいる。


 その実、順風満帆だったエリサの心が大きく揺れ動くのはそれから一年後の事だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

亡くなった王太子妃

沙耶
恋愛
王妃の茶会で毒を盛られてしまった王太子妃。 侍女の証言、王太子妃の親友、溺愛していた妹。 王太子妃を愛していた王太子が、全てを気付いた時にはもう遅かった。 なぜなら彼女は死んでしまったのだから。

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです

古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。 皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。 他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。 救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。 セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。 だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。 「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」 今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。

夫の不貞現場を目撃してしまいました

秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。 何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。 そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。 なろう様でも掲載しております。

信じないだろうが、愛しているのはお前だけだと貴方は言う

jun
恋愛
相思相愛の婚約者と後半年で結婚という時、彼の浮気発覚。そして浮気相手が妊娠…。 婚約は破棄され、私は今日もいきつけの店で一人静かにお酒を飲む。 少し離れた席で、似たような酒の飲み方をする男。 そのうち話すようになり、徐々に距離が縮まる二人。 しかし、男には家庭があった…。 2024/02/03 短編から長編に変更しました。

【完結】もうやめましょう。あなたが愛しているのはその人です

堀 和三盆
恋愛
「それじゃあ、ちょっと番に会いに行ってくるから。ええと帰りは……7日後、かな…」  申し訳なさそうに眉を下げながら。  でも、どこかいそいそと浮足立った様子でそう言ってくる夫に対し、 「行ってらっしゃい、気を付けて。番さんによろしくね!」  別にどうってことがないような顔をして。そんな夫を元気に送り出すアナリーズ。  獣人であるアナリーズの夫――ジョイが魂の伴侶とも言える番に出会ってしまった以上、この先もアナリーズと夫婦関係を続けるためには、彼がある程度の時間を番の女性と共に過ごす必要があるのだ。 『別に性的な接触は必要ないし、獣人としての本能を抑えるために、番と二人で一定時間楽しく過ごすだけ』 『だから浮気とは違うし、この先も夫婦としてやっていくためにはどうしても必要なこと』  ――そんな説明を受けてからもうずいぶんと経つ。  だから夫のジョイは一カ月に一度、仕事ついでに番の女性と会うために出かけるのだ……妻であるアナリーズをこの家に残して。  夫であるジョイを愛しているから。  必ず自分の元へと帰ってきて欲しいから。  アナリーズはそれを受け入れて、今日も番の元へと向かう夫を送り出す。  顔には飛び切りの笑顔を張り付けて。  夫の背中を見送る度に、自分の内側がズタズタに引き裂かれていく痛みには気付かぬふりをして――――――。 

旦那様は私に隠れて他の人と子供を育てていました

榎夜
恋愛
旦那様が怪しいんです。 私と旦那様は結婚して4年目になります。 可愛い2人の子供にも恵まれて、幸せな日々送っていました。 でも旦那様は.........

処理中です...