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 それからしばらくして落ち着いたエリサは、マルディアスの用意した馬車でルディア―ス家を後にした。
「お帰りなさいませエリサ様」
「ただいま……」
 憂鬱な気分だけは晴れないまま、屋敷に戻って来たエリサ。いつもならフリークの帰りを待つエリサだが、今日はフリークの顔を見たくはなかった。どうしても昼間の光景を思い出してしまう。
(どうせ帰って来るのは遅いだろうし……)
 だがこういう日はとてもタイミングが悪いものだ。
「旦那様は先ほど戻られています」
 侍女に告げられエリサはドキリとした。こうなっては嫌でも顔を合わせなくてはいけない。エリサはフリークのいる書斎へと向かった。
「フリーク様。お帰りなさいませ。今日はお出迎え出来ずすみません」
「構わない。それよりも今日は帰りが随分と遅かったようだな」
「す、すみません。姉と話し込んでいまして……」
 少しは気を遣われた。そう思ったエリサはなんだか嬉しくなったが、直ぐにフリークは「そうか」と言って興味をなくしたようだ。それで夫婦の会話は終了。エリサは書斎を後にして自室に戻った。


 昼間、フリークと会っていた女性に向けられていた表情。それはエリサには向けられたことのないものだ。もう初夜を迎える事や、夫婦らしい仲になりたいと思わない。あの笑顔だけでもエリサに向けられたら、それ以上を望まない。そんな風に思える程、二人は親密だった。
「これは悔しいのかしら……?」
 収まっていた涙が再び溢れる。涙を拭う為にポケットに手を入れる。するとマルディアスから差し出されたハンカチがそこにあった。
「マルディアス様の……」
 また出会った時までに洗って返さないといけない。だが次に会うなどあるのか?マルディアスは「いつでもいらして下さい」と言っていた。確かにルディア―ス家の薔薇庭園をエリサは気に入った。だがそれ以上に……

「その場合は私の元に来たらいいです。私は貴女を裏切ったりしません」
「私は真実、愛した女性と一緒になりたい。その為には家も名も捨てる覚悟はありますよ」
「正直、私はレーエンスブルク様とエリサ様が離縁してくれたらと思っていますよ。そうしたら私は貴女にアピールしますよ。そしてこの手を決して放しません」

 あれほどにまで熱のこもった言葉を投げかけられたのは生まれて初めてだ。これがフリークだったらどれほど嬉しいだろうかとも考えた。だがあの真っすぐな瞳に言葉。弱ったエリサには正直堪えた。
 明らかな愛の言葉とわかるのだが、それが他人であっても悪い気がしない。むしろ嬉しいと思った。
「マルディアス様……この先会えば、私は何か変わるのかしら?」
 フリークへの愛は本物だと思っていた。だがそれは一方通行で決して返ってこないものだ。どうしたらフリークを振り向かせられるのか。そんな駆け引きも知らないエリサにとって、フリークを想い続ける事よりもマルディアスの言葉を受け取る方が気持ち的に楽になるのではないか。そんな風に思ってしまった。
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