君に願う幸せ

まぁ

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Act.8傷跡

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 子供の頃から自分は人と違うのだという感覚があった。特別な何かというよりも、普通の人が当たり前のように持つものを優は持っていない。
 それが両親からの愛情。だからこれまでの人生で、愛というものが何かわからなかった。大地を好きになるまでは。
 両親からの愛情を得られない子供など、珍しくもないと大人になって今はわかっている。自分よりも不幸を抱えた子供もいる。だが子供の時の優にとって両親の愛情がない事は、自分一人だけなのだと思っていた。
 母親は所謂いわゆる水商売で、父親はいない。いや、この場合は父親が誰かわからないというのが正しい答えだ。それに母親は父親について話したがらない。それでも母親は優を懸命に育てようとはした。初めこそは……
 後々知る事となった自分の出生。
 母親は高校一年の時に優を身ごもった。だがそれはレイプによって出来た子供であり、母親や両親は優をおろすつもりでいた。母親は高校を中退した後、産婦人科で見たエコーに写った小さな命に、まだ未成熟な精神ながらにも母性が目覚めた。そして母親は一転して優を生む決意をした。
 両親は娘の決断にもう何も言わないとして、娘の意志を尊重した。
 こうして優は生まれた。だがその後待っていたのは好機の目だった。
 母親やその両親が住んでいたのが、優が今暮らすこの場所よりもさらに田舎の場所だった為、悪い噂に尾ひれがつき、母親はその重圧に耐えられなくなって優を連れ、両親の元を去った。
 都会程の栄えた場所ではないにしろ、そこは母親が住んでいた田舎のように他人に干渉するような場所ではなかった。
 母親はすぐに仕事を始めた。とは言え未成年で高校中退ではろくな仕事はない。水商売も歳を偽って働き始めた。母親が働いている間は、同じ職場の仲間に優を見てもらっていた。
 優が三歳になる頃、母親にある変化が出始めた。好きな男が出来たのである。会社勤めの一般男性。その男性は母親や優の事情を受け入れ、二人はすぐに結婚した。そして母親は好きな男との子供を授かる。そこから全ての歯車が狂い始めた。
 例え腹を痛めて産んだ子としても、やはりレイプによって出来た子供と、好きな男との間に生まれた子供では愛情に雲泥の差があった。
 母親が産んだのは娘。優にとっては妹だったが、妹がお腹にいた時から、母親の関心も、父となった男の関心も優にはなかった。二人で仲良く産婦人科に行き、順調に育つ子供の姿を見ては喜び、生まれてくる子供の服や部屋の家具など、優にはそのちゃんとした家族の輪に入る事が出来なかった。だがそんな妹を優は嫌いにはなれなかった。同じ母親から生まれた子供。仲良くしたかったが、母親はあまり妹に触れさせてくれなかった。
 親からの愛情と言えば、せめて手料理くらいだろうか。だがそれは優ではなく、愛する旦那や妹の為である。ろくに遊んでもらえず、ましてや保育園にすら通ってもいない。このまま優は自分に向けられない愛情のまま過ごさないといけないのだろうか?幼い子供ながらにそう思っていた矢先だった。
 かりそめの父親の浮気が発覚した。そこから家庭は一気に冷めて行った。母親は父親に毎夜ヒステリックに怒鳴り、二人は言い争いをする。次第に父親は家に帰って来なくなった。
 母親が段々と壊れていく。普段は妹の側に寄る事も許されないが、母親がヒステリーを起こす間は優が妹を庇っていた。だがそれを見た母親が優に言い放った。
「私が幸せになれないのはあんたのせい!あんたなんて生まなければよかった!私の子供に触らないで!」
 全てを理解するにはまだ早い年齢だが、その言葉はしっかりと理解出来た。
 自分は母親に嫌われている。母親の側にいてはいけない。生まれてきてはいけなかった。家族と言えるものは優が壊した。そしてそこに最初から優はいなかった。
「ホント……あんたの顔見てると私を冒したあいつらの顔が思い浮かぶ!気持ち悪い!最低!」
 優の気持ちなどおかまいなしに母親は罵声を浴びせる。そして次第にそれはエスカレートしていった。帰って来ない旦那。浮気されたのも優のせい。自分が幸せになれないのも優のせい。全ての事に対し責任を優へと転換させた。
 それでも回る日常。罵詈雑言の嵐の中で、優は息を潜めるように過ごす。そして言葉の暴力は体への暴力へと変わる。初めは平手打ちだった。それから拳になり、蹴られ、投げられた。
 幼い優は死にたいという感覚を初めて思った。実の母親に愛されない自分。生きている意味などない。
 だが優の願いはすぐに受け入れられるようになった。
「ムカつく……ホントあんたってムカつく。泣き言一つ言わないでじっと耐えて……まるであの時の私みたい……その顔見たくもない……」
 母親の手に握られていたのは包丁だった。
 あぁ、やっと楽になるのだ。そう思った。
 振り下ろされた包丁は優の命ではなく、顔を切りつけた。そこから先は覚えていなかった。死んだのだろうと思った。気が付いた優の目の前には白い天井。ここは天国なのかとも思ったが、優が目覚めたと同時に、見たこともない老人二人がいた。その二人は母親の両親で、優を見て泣いていた。
「ごめんね。おばあちゃん達が早く気付いてあげたらよかったのにね……」
 自分は生きているのだ。どうしてなのか?そして物心つく前に別れたきり会っていない祖父母をいきなりおじいちゃんおばあちゃんとも思えなかった。そこにいるのは知らない老人。
 後日、優は退院する事になった。そこには母親も妹もいない。祖父母の手に引かれ向かった先は施設だった。
「ごめんね。優はおじいちゃんとおばあちゃんと一緒に住めないの。もちろんお母さんともね。だからここが優の新しいお家。いっぱいお友達作って、元気でね」
 それが祖父母との別れとなった。母親はどうしたのか?妹は?何もわからないまま、優は新しいお家と言われた、この施設で過ごす事となった。顔には消えない大きな傷を無数に残し。


 それから数年が経過した。その当時は幼すぎて何も理解出来なかった優だが、小学も低学年から高学年になるにつれて理解するようになった。
 あの時、母親によって死ぬと思っていた優だったが、正式な離婚を申し込むため代理でやって来た弁護士が家の外で泣き叫ぶ妹と遭遇した。妹は言葉足らずの言葉で「にーにが!にーにが!」と泣きじゃくっていた。家の中で何かが起こっている。ただ事ではないと思った弁護士は、すぐに警察に連絡し、自身も家に入り込んだ。
 そこで目にしたのは包丁で子供の顔を切り裂く母親の姿。弁護士は混乱し叫ぶ母親の手から包丁を弾き、救急車を要請。その時弁護士自身も軽い怪我をしたが、命に別状はなかった。問題は優だった。顔中血だらけで原形がわからない。すぐに警察もかけつけ、母親はその場で逮捕された。そして優も病院に搬送された。妹は父親の元へと預けられたが、元妻となった女との子供を育てる気はないという事で、祖父母に引き取られる事となった。
 優だけは引き取られなかった。やはりその顔に出来た無数の傷が原因の一つでもある。小さな妹への配慮ももちろんだが、元々閉鎖的な田舎だ。これ以上の噂を立てられたら優にとっても辛いだろう。だから優は施設へ行くこととなった。
 それから祖父母にも妹にも、母親にも会う事がなかった。逮捕された母親が現在どうなっているのかなど知らない。だが噂によれば、精神病院に入院しているとか。
 施設で暮らすようになった優の生活は、母親からの暴力がなくなったくらいで、他に何ら変わらなかった。幼い頃から息を潜めるような生活をしていたせいか、物静かで無口、表情の乏しさに加えて顔に出来た無数の傷。
 普通に見たら気味の悪い子供だ。子供達は自然と距離を取ったり、いじめの対象とした。小学になってからもそれは変わらない。むしろそこに生徒の親も加わる。親たちは優の顔を見ては好奇な目を向け、ありとあらゆる噂話を楽しんだ。
 それは中学、高校と続く。やはり自分は生まれるべきではなかった。今からでも遅くない。死のう。そんな風に思っていた時だった。優の元に両親の離婚を仲裁した弁護士が優の元へやって来た。
「優君。顔に出来た傷を治さないかい?」
 一体何を言っているのかと思った。だが弁護士は続けた。
「その傷がなくなれば周りの子達も何も言わなくなる。優君だって普通の暮らしが出来るんだよ」
 今更普通の暮らしがどうのと言われても、普通が何か優にはわからなかった。だが、優は弁護士の言葉を信じようと思った。この傷がなくなれば「普通」が手に入れられる。優は弁護士に承諾を言う。
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