9 / 20
Act.4名前
2
しおりを挟む
散歩の後にカフェに行った。ちょうどランチの時間だったのもあり、ランチを注文すると、山中のカフェ独特の自然食材を使ったオーガニック料理が出された。一緒に頼んだコーヒーも近くの川を流れる水だとかで美味しく、二人はしばし緩やかな空間で食事を楽しんだ。
その帰りにはカフェで販売していたテイクアウトの焼き菓子やコーヒーをスミレの為に購入して帰宅した。スミレは帰ってきた二人に笑顔で「楽しかった?」と聞いてきたので、「楽しかったです」と少し恥ずかしがりながら優は答え、テイクアウトしてきたものをスミレに渡した。
スミレはそれを大変喜んでくれ、優も心ではほほ笑んだ。それが表情に出ないだけで、優自身も今日の出来事は素直に喜べたのだ。
その感情はこれまで感じたことのないような温かさだ。かつて自分はこんな些細なやりとりで喜んだ事があっただろうか?
「優君。お風呂湧いてるから先に入りなよ」
「あ、うん……」
夕食後に部屋で本を読んでいた優の所へ大地がやって来た。
「今日は寒かったからね。しっかりお湯に浸かって温まるんだよ」
「わ、わかってる……」
照れくさそうに言う優の頭を大地がポンポンと叩いた。
あぁ、まただ……――
大地に頭を撫でられると、何故か心が落ち着くような気分がすると優は思った。大きな手は優を安心させてくる。
「どうしてだろうな?」
「ん?どうかしたの?」
「あんたにそうやって頭撫でられるの……嫌いじゃない」
「えっ?」
「落ち着くんだ。心が……なんかガキみたいって思うんだけど、それでも心の中が温かくなる」
ぽつりと答えた優だったが、自分で何を言っているのかわからなくなって、身体中から熱が上がってくる感覚がした。
「な、なんでもない!俺風呂に入ってくるから」
タタッと早足で脱衣所のある場所に行き脱衣所に入ると、優はその場に座り込んだ。
「俺何言ってるんだ?」
自分がおかしい。なにもないはずの感情が、今まで知らなかった何かが自分の中に生まれてくる感覚だ。こんなのは自分じゃない。どうしてあんな事を言ってしまったのだろうか?後でどんな顔して会えばいいのだろうか?
優の中で様々な感情がせめぎ合っていた。
「なんなんだ……これ?」
胸に手を当てるとトクトクと鼓動が早鐘を打っていた。こんな事は今までになかった。そう思いながらも優は風呂に入る事にした。
風呂から上がった優は、上がった事を大地に言う為、大地の部屋の前で立ち止まった。
すぅっと息を吸い、吐き出して落ち着かせ、襖の扉をこんこんと叩いた。
「風呂上がったから」
そう言ったのに返事はない。言ったからもう部屋に戻ってもいいだろうと思ったのだが、気になってしまった。
「お、おい……開けるぞ」
勝手に入るのは悪いとは思いつつも、優はそっと襖を開けた。すると大地は部屋にあるベッドで横になっていた。畳にベッドもいかがなものかな?と思いながらも、優は大地の眠る場所へと吸い寄せられるようにして向かった。
大地の部屋は机と椅子、カラーボックスと、とてもシンプルで、机にはノートパソコンが一台置いてあった。壁にはスーツもかけてある。本だらけの雑多な祖父の部屋とは全然違った。
「おい、起きろよ」
「ん……」
一瞬眉をしかめてくすぶっていたが、どうやら深い眠りのようでなかなか起きない。よほど今日は疲れてたかもしれない。このまま眠らせておけばいいのだろうが、それは出来なかった。何故なら今日は寒いし、日中とはいえ外にいたのだ。大地が優を気遣うように、優もまた大地を気遣った。
「このまま寝ると風邪引くだろ?起きろって……」
そう何度も言っているのにまったく起きない。
「おい!大地!」
すると何かに反応したのか、大地の目がパチッと目を開けた。
「優君?」
「風呂も入らず寝たら風邪引くだろ?俺は入ったからさっさと入れよ」
ふぅっと一息つき、優は立ち上がろうとした。すると大地の手が優の手をぎゅっと握る。
「な、何だよ……」
「さっき優君。僕の名呼んだよね?」
「あ、あぁ……それがどうしたんだよ?」
「うぅん。嬉しい。優君が初めて僕の名前呼んでくれて」
そうだったか?と頭の中で思い出す。だがたしかにこれまで大地の名前で呼んだことなどなかったかもしれない。
「名前なんてどうでもいいだろ?早く風呂入れよ」
「いやとっても嬉しいよ。ちゃんと呼んでもらえるって嬉しいよ」
「そんなに喜ばれてもな……それに名前くらいいつでも呼んでやるから、さっさと風呂入れ」
「うん」
大地は本当に嬉しそうな顔をしている。そんなに名前を呼ぶって特別な事なのか?大地の思考がよくわからない。だがそれが当たり前で、むしろ優の方がおかしいのかもしれないと考えた。
「優君」
「何?」
「ありがとね」
それは何に対してのありがとうなのだろうか?よくわからないが、やっぱり大地は変な奴だと優は改めて思った。
「あっ!」
「今度は何だよ!」
「いや、今優君笑った」
「へっ?」
笑ったつもりはないのだが、大地にはそう見えたらしい。能天気でお人よしの大地は、ついに何か見えないフィルターでもかかったのかもしれない。そんな事を考えていると、また大地は優の頭をポンポンと撫でた。
「そうやって笑ってる優君が可愛いよ」
「か、可愛いって!あのなぁ……」
「僕はそっちの顔の方が好きだな。やっぱり優君は笑ってる方が似合ってるよ」
優しいほほ笑みに優の顔が熱くなるのを感じた。そして大地の言った「好き」と言う単語は、優の心をまたドクドクとさせる。
「い、いいから風呂行けって!」
「そうだね」
そのまま部屋を出た大地。優はへなへなと座り込んで両手で頬を挟む。風呂上りなのに冷たい手は、頬の熱さをじんわりと伝えていく。
「な、なんだよ……俺、なんかおかしい……」
自分の中で芽生える感情の意味が優にはわからない。もしかしたらスミレや大地は知っているのかもしれないが、それを聞くのはなんだか恥ずかしいと思った。
その帰りにはカフェで販売していたテイクアウトの焼き菓子やコーヒーをスミレの為に購入して帰宅した。スミレは帰ってきた二人に笑顔で「楽しかった?」と聞いてきたので、「楽しかったです」と少し恥ずかしがりながら優は答え、テイクアウトしてきたものをスミレに渡した。
スミレはそれを大変喜んでくれ、優も心ではほほ笑んだ。それが表情に出ないだけで、優自身も今日の出来事は素直に喜べたのだ。
その感情はこれまで感じたことのないような温かさだ。かつて自分はこんな些細なやりとりで喜んだ事があっただろうか?
「優君。お風呂湧いてるから先に入りなよ」
「あ、うん……」
夕食後に部屋で本を読んでいた優の所へ大地がやって来た。
「今日は寒かったからね。しっかりお湯に浸かって温まるんだよ」
「わ、わかってる……」
照れくさそうに言う優の頭を大地がポンポンと叩いた。
あぁ、まただ……――
大地に頭を撫でられると、何故か心が落ち着くような気分がすると優は思った。大きな手は優を安心させてくる。
「どうしてだろうな?」
「ん?どうかしたの?」
「あんたにそうやって頭撫でられるの……嫌いじゃない」
「えっ?」
「落ち着くんだ。心が……なんかガキみたいって思うんだけど、それでも心の中が温かくなる」
ぽつりと答えた優だったが、自分で何を言っているのかわからなくなって、身体中から熱が上がってくる感覚がした。
「な、なんでもない!俺風呂に入ってくるから」
タタッと早足で脱衣所のある場所に行き脱衣所に入ると、優はその場に座り込んだ。
「俺何言ってるんだ?」
自分がおかしい。なにもないはずの感情が、今まで知らなかった何かが自分の中に生まれてくる感覚だ。こんなのは自分じゃない。どうしてあんな事を言ってしまったのだろうか?後でどんな顔して会えばいいのだろうか?
優の中で様々な感情がせめぎ合っていた。
「なんなんだ……これ?」
胸に手を当てるとトクトクと鼓動が早鐘を打っていた。こんな事は今までになかった。そう思いながらも優は風呂に入る事にした。
風呂から上がった優は、上がった事を大地に言う為、大地の部屋の前で立ち止まった。
すぅっと息を吸い、吐き出して落ち着かせ、襖の扉をこんこんと叩いた。
「風呂上がったから」
そう言ったのに返事はない。言ったからもう部屋に戻ってもいいだろうと思ったのだが、気になってしまった。
「お、おい……開けるぞ」
勝手に入るのは悪いとは思いつつも、優はそっと襖を開けた。すると大地は部屋にあるベッドで横になっていた。畳にベッドもいかがなものかな?と思いながらも、優は大地の眠る場所へと吸い寄せられるようにして向かった。
大地の部屋は机と椅子、カラーボックスと、とてもシンプルで、机にはノートパソコンが一台置いてあった。壁にはスーツもかけてある。本だらけの雑多な祖父の部屋とは全然違った。
「おい、起きろよ」
「ん……」
一瞬眉をしかめてくすぶっていたが、どうやら深い眠りのようでなかなか起きない。よほど今日は疲れてたかもしれない。このまま眠らせておけばいいのだろうが、それは出来なかった。何故なら今日は寒いし、日中とはいえ外にいたのだ。大地が優を気遣うように、優もまた大地を気遣った。
「このまま寝ると風邪引くだろ?起きろって……」
そう何度も言っているのにまったく起きない。
「おい!大地!」
すると何かに反応したのか、大地の目がパチッと目を開けた。
「優君?」
「風呂も入らず寝たら風邪引くだろ?俺は入ったからさっさと入れよ」
ふぅっと一息つき、優は立ち上がろうとした。すると大地の手が優の手をぎゅっと握る。
「な、何だよ……」
「さっき優君。僕の名呼んだよね?」
「あ、あぁ……それがどうしたんだよ?」
「うぅん。嬉しい。優君が初めて僕の名前呼んでくれて」
そうだったか?と頭の中で思い出す。だがたしかにこれまで大地の名前で呼んだことなどなかったかもしれない。
「名前なんてどうでもいいだろ?早く風呂入れよ」
「いやとっても嬉しいよ。ちゃんと呼んでもらえるって嬉しいよ」
「そんなに喜ばれてもな……それに名前くらいいつでも呼んでやるから、さっさと風呂入れ」
「うん」
大地は本当に嬉しそうな顔をしている。そんなに名前を呼ぶって特別な事なのか?大地の思考がよくわからない。だがそれが当たり前で、むしろ優の方がおかしいのかもしれないと考えた。
「優君」
「何?」
「ありがとね」
それは何に対してのありがとうなのだろうか?よくわからないが、やっぱり大地は変な奴だと優は改めて思った。
「あっ!」
「今度は何だよ!」
「いや、今優君笑った」
「へっ?」
笑ったつもりはないのだが、大地にはそう見えたらしい。能天気でお人よしの大地は、ついに何か見えないフィルターでもかかったのかもしれない。そんな事を考えていると、また大地は優の頭をポンポンと撫でた。
「そうやって笑ってる優君が可愛いよ」
「か、可愛いって!あのなぁ……」
「僕はそっちの顔の方が好きだな。やっぱり優君は笑ってる方が似合ってるよ」
優しいほほ笑みに優の顔が熱くなるのを感じた。そして大地の言った「好き」と言う単語は、優の心をまたドクドクとさせる。
「い、いいから風呂行けって!」
「そうだね」
そのまま部屋を出た大地。優はへなへなと座り込んで両手で頬を挟む。風呂上りなのに冷たい手は、頬の熱さをじんわりと伝えていく。
「な、なんだよ……俺、なんかおかしい……」
自分の中で芽生える感情の意味が優にはわからない。もしかしたらスミレや大地は知っているのかもしれないが、それを聞くのはなんだか恥ずかしいと思った。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
そして、私は遡る。戻れないタイムリーパーの秘密
藍染惣右介兵衛
ミステリー
――どこまでが実話で、どこまでが作り話なのか……。
『異世界へ行く方法や、過去へ戻る方法が知りたい?』
タイムリープを習得すればいい。
方法……? 方法は簡単だが、あまりお勧めはできないな……
あなたは既に、何度も何度も世界を繰り返しているのかもしれない。
……自分が遡った記憶さえ失って……
実在のタイムリーパーが初めて明かす、タイムリープ物語。
ここにいる自分はいつから「自分」なのか、いつまで「自分」なのか。
ここにある世界はいつから「世界」なのか、いつまで「世界」なのか。
問題や悩みの根源は、いつ、どこから発生したのか。
『現実世界』と『隠された世界』の秘密を白日の下にさらし出す!
「――そして、私は遡る。」
【※「姉らぶるっ!!」とは、著者が違います】
【※小説家になろうから移設。いずれ改訂する予定です】
【※時系列が複雑です。タブブラウザで同時に開くと……】
ハッピーエンド
藤美りゅう
BL
恋心を抱いた人には、彼女がいましたーー。
レンタルショップ『MIMIYA』でアルバイトをする三上凛は、週末の夜に来るカップルの彼氏、堺智樹に恋心を抱いていた。
ある日、凛はそのカップルが雨の中喧嘩をするのを偶然目撃してしまい、雨が降りしきる中、帰れず立ち尽くしている智樹に自分の傘を貸してやる。
それから二人の距離は縮まろうとしていたが、一本のある映画が、凛の心にブレーキをかけてしまう。
※ 他サイトでコンテスト用に執筆した作品です。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
桜吹雪と泡沫の君
叶けい
BL
4月から新社会人として働き始めた名木透人は、高校時代から付き合っている年上の高校教師、宮城慶一と同棲して5年目。すっかりお互いが空気の様な存在で、恋人同士としてのときめきはなくなっていた。
慣れない会社勤めでてんてこ舞いになっている透人に、会社の先輩・渡辺裕斗が合コン参加を持ちかける。断り切れず合コンに出席した透人。そこで知り合った、桜色の髪の青年・桃瀬朔也と運命的な恋に落ちる。
だが朔也は、心臓に重い病気を抱えていた。
アイオライト・カンヴァス 【上】
オガタカイ
BL
【あらすじ】
15歳、冬。特別な訳あって引越しをすることになった夕人(ゆうと)は、幼少時から持病の喘息で入退院を繰り返していた。
周りとは違い制限の多い日々…
少し見えた希望でさえも、ある事件が、夕人の心に追い打ちをかけすべてをかき消した。誰も信じられず、きっとこのまま悲観した人生を送っていくのだろうと、諦めた毎日。
一方、隣家に同級生男子が越してくるのを知った速生(はやみ)は、早く会ってみたいと期待に胸を躍らせて家路を急ぐ。
華奢な体に色白なまるで美少女のような顔つきの夕人の姿に一瞬驚くが、その時、どこか様子がおかしいことに気付くーーーー。
「速生は、赤、オレンジ…………黄色」
まるで、太陽みたいな。
「俺は、黒でも、白でも、赤でも青でもなくて。きっと………」
目立たなくていいんだ、道端の雑草みたいに。
「じゃあーーー」
速生は、絵の具を手に取ったーーーー。
【溺愛ワンコ攻め×美形ツンデレ受け】
BLです。
基本受けが愛されます。受け視点メイン。
※R18指定 性的描写の入るエピソードタイトルには▽マークが入りますのでご注意下さい。
※暴力、傷害、ストーカー行為、PTSD、パニック障害、の描写が有ります。苦手な方は読むのを控えてください。
エピソード冒頭に注意書きあり。
【下・後編】へ続きます。↓
https://www.alphapolis.co.jp/novel/868483896/968886181
※作中に登場する学校、企業等の名前について、実在の人物、団体とは一切関係がありません。
また、作中の大学入試のシーン等、実際の詳しい仕組み・制度や受験期間などと比較して矛盾が生じている可能性がありますが、生暖かい目で見ていただけるとありがたいです。
この噛み痕は、無効。
ことわ子
BL
執着強めのαで高校一年生の茜トキ×αアレルギーのβで高校三年生の品野千秋
α、β、Ωの三つの性が存在する現代で、品野千秋(しなのちあき)は一番人口が多いとされる平凡なβで、これまた平凡な高校三年生として暮らしていた。
いや、正しくは"平凡に暮らしたい"高校生として、自らを『αアレルギー』と自称するほど日々αを憎みながら生活していた。
千秋がαアレルギーになったのは幼少期のトラウマが原因だった。その時から千秋はαに対し強い拒否反応を示すようになり、わざわざαのいない高校へ進学するなど、徹底してαを避け続けた。
そんなある日、千秋は体育の授業中に熱中症で倒れてしまう。保健室で目を覚ますと、そこには親友の向田翔(むこうだかける)ともう一人、初めて見る下級生の男がいた。
その男と、トラウマの原因となった人物の顔が重なり千秋は混乱するが、男は千秋の混乱をよそに急に距離を詰めてくる。
「やっと見つけた」
男は誰もが見惚れる顔でそう言った。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる